第12話:燃えよマブイ
大呉ドームの地下闘技場の空気が、一瞬にして「真空」へと変貌した。
Bブロック準決勝。そこには最新テクノロジーを嘲笑うかのような、異質な二頭の獣が立っていた。
「――光栄だぜ。噛み殺してでも超えさせてもらう。シャオロン!」
サイトハウンド獣人である木村の纏う『燕』の関節モーターが、猟犬の殺気に呼応して高周波の悲鳴を上げる。対するチャウチャウ獣人のリ・シャオロンは、鏡のように磨かれた『からくりヌンチャク』を腰に差し、獅子のような被毛を揺らして無重力のように佇んでいた。
「演算を棄てろ。――獣の血で聴け」
それはからくり依存の格闘理論の否定。機械の計算の彼方にある「本能」への宣告だ。
「始めッ!!」
木村が消失した。サイトハウンド特有の極限の動体視力と瞬発力が生む、一秒間に二十五発の連環拳。獲物の急所のみを的確に削り取る神速の牙が、シャオロンへ殺到する。
だが、シャオロンがヌンチャクを解いた瞬間、闘技場に暴風が吹き荒れた。
キィィィィィィィィン――!!
シャオロンの太い腕と、獅子のような尻尾が複雑に連動し、超高速回転するヌンチャクがマブイを巻き込んで不可視の「ジャイロ防壁」を形成する。チャウチャウの分厚い被毛と遠心力が合わさり、木村の拳がことごとく円軌道の外へ無造作に弾き飛ばされていく。
「全部、毛皮の上を滑ってやがる……!」
観客席の嵐は戦慄した。だが、木村は絶望を焼き切った。
「――まだだぁっ!!」
オーバーヒートした右腕のモーターを、己のマブイで強引に暴走させる。全生命力を推進力に変え、サイトハウンドの細い腕そのものを槍と化す捨て身の一撃。
パシッ。
シャオロンの頬に、一条の赤い血が走った。伝説の顔に刻まれた、木村という男の泥臭い「意地」。
「……ほう」
シャオロンが口角を上げた。刹那、彼は回転させていたヌンチャクから不意に「手を放した」。
防壁が消えた――木村が左拳を突き出した瞬間、宙を舞うヌンチャクの鎖を、シャオロンの太い尻尾が蛇のように絡め取り、木村の腕を拘束した。
「――囮か!?」
気づいた時には、シャオロンの素手が木村の喉元を射抜いていた。
西方大陸由来の絶技:『截撃』。
相手が踏み出すエネルギーをそのまま利用し、脳が認識する前に「終わり」を叩き込む。
カチッ。
衝撃波すら起きない。木村の全からくりと生体神経が、強制的にシャットダウンを命じられた。
「勝者、リ・シャオロン!!」
地鳴りのような獣たちの咆哮。シャオロンは倒れた木村の前に膝をついた。
「木村。からくりはただの分厚い皮ではない。お前のマブイを、形のない水に変えるための『器』だ。それを忘れるな」
「……へへ。……やっぱ、あんたの牙には勝てねぇや」
木村は満足げに瞳を閉じ、気絶した。
シャオロンは立ち上がり、観客席の嵐を射抜いた。
貴賓席ではピットブル獣人のビリーが立ち上がり、鼻を鳴らして冷笑している。
「古臭い犬の曲芸だ。あんな旧式の遠心力、私の屠殺(円)でねじ伏せてやる。……おい、アンディの搾りかす。早くリングへ来い。お前の『円』とやらを解剖してやる」
「……行くぞ、叔父さん」
嵐は立ち上がった。一週間の地獄の修行で作り上げた新しい右腕――金属パーツが生肉とグロテスクに癒着し、獣の神経系に直接根を張った禁忌のからくり腕が、パグの太い心音に合わせてドクンと脈動する。
闘技場の騒乱が、小柄なパグがリングに足をかけた瞬間、嘘のように消えた。
マブイの波動を「零」に固定し、世界の中心に立つ少年。
直線が、円に溶ける。絶望が、確信に変わる。
「準決勝第2試合。安道嵐、対、ビリー。――始めッ!!」
ホワイトアウトする視界の中で、少年の「嵐」が、静かに世界を飲み込み始めた。




