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からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第1部

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第1話:嵐の継承

『からくり空手』

第1話:嵐の継承


 二〇二六年、夏。静寂に包まれた病室には、規則的な人工呼吸器の音だけが響いていた。

 ベッドに横たわるのは、かつて「青い目のサムライ」と呼ばれ、からくり空手界に君臨した四天王の一人、アンディだ。首から下には、鋼鉄のゲートをも紙のように引き裂く義肢「旋風サイクロン」が装着されている。しかし今のそれは、鈍くくすんだ銀色の塊に過ぎなかった。白血病。マブイ(魂)を物理エネルギーに変換する「からくり」をもってしても、生身の血を蝕む病魔には勝てなかった。

 「……嵐、そこにいるか」

 震える声で呼ばれ、甥の安道 あんどう・あらしは叔父の冷たい義手をそっと握りしめた。

 「叔父さん、ここにいるよ」

 「嵐……。空手は、力じゃない。マブイを『から』にするんだ。機械からくりになるな、人間からだになれ……」

 それが伝説の空手家の最期の言葉だった。モニターの音が平坦な電子音へと変わり、「旋風」からも完全に光が失われ、ただの鉄屑へと戻っていった。

 葬儀の夜。道場の隅で嵐は、一つの木箱を前に立ち尽くしていた。中には、叔父が引退後も肌身離さず手入れをしていたアーマー『クロオビ』が収められている。派手な電飾も重厚な装甲もない。漆黒のカーボンフレームが、ただ静かに鎮座していた。

 「それが『クロオビ』か。噂通りの骨董品だな」

 静寂を破ったのは、低く不快な駆動音だった。振り返ると、最新鋭の強化外骨格『ライノ』を纏った巨漢——最大派閥・後藤道場の精鋭、石嶺いしみねが立っていた。

 「アンディは死んだ。そのアーマーは後藤道場が管理することに決まった。ガキの玩具には重すぎる代物だ。渡してもらおうか」

 背後には数人の門下生が控え、威圧的なマブイの波動を放っている。

 「……これは、叔父さんが俺に遺してくれたものだ。あんたたちに渡す義理はない」

 嵐の声は震えていた。だが、その目は真っ直ぐに石嶺を見据えていた。

 「マブイも練れていない素人が、その重みに耐えられると思っているのか!」

 石嶺が地を蹴った。強化された脚力で一瞬にして間合いを詰め、重戦車のような拳が嵐の顔面に迫る。咄嗟に『クロオビ』のチェストピースを胸に当てたが、何も起きない。駆動音すらしない。重い鉄の塊に押し潰されそうになり、嵐は膝をついた。

 「死ね! アンディの搾りかすが!」

 拳が振り下ろされる瞬間、嵐の脳裏にアンディの声が蘇った。

 『……マブイを「空」にするんだ』

 (力を入れるな。叔父さんのように、風になれ——!)

 嵐は全身の力を抜いた。恐怖も怒りも、すべてを忘れて呼吸を合わせる。

 ドクンッ。

 『クロオビ』が、嵐の心臓と共鳴するように鼓動を打った。漆黒のフレームの隙間から、青白いマブイの光が溢れ出す。装着が完了した瞬間、重力から解放されたような感覚が全身を包んだ。嵐の右拳に、かつてないほど密度の高いマブイが集束していく。

 「……搾りかすじゃない。俺の名前は、安道 嵐だ」

 放ったのは、基本中の基本である『正拳突き』。石嶺の複雑な攻撃軌道を無視し、ただ真っ直ぐに。

 パァンッ。

 爆発音はなかった。乾いた音が響いた次の瞬間——石嶺の最新鋭装甲が、まるでガラス細工のように内側から粉々に弾け飛んだ。

 「ば、バカな……。最新鋭の計算機が、あんな旧式のパンチで……」

 石嶺は、何に打たれたかも理解できぬまま崩れ落ちた。

 嵐の右腕から、パチパチと過負荷による放電の音が響く。『クロオビ』は再び沈黙し、凄まじい疲労感が全身を襲った。これが「マブイの消耗」——からくり空手の洗礼だ。

 道場の入り口に人影があった。伝説のアーマー『オーガ』を背負った男、秋吉だ。一部始終を見ていた彼は、鋭い視線で嵐を射抜いた。

 「面白いマブイだ。だが今の突きは、アンディのそれには程遠い。今のままでは、お前は自分自身の魂に焼き殺されるぞ」

 「安道 嵐と言ったか。その『クロオビ』と共に、俺のところへ来い。本物の『からくり空手家』にしてやる」

 嵐は赤熱した右腕を握りしめ、静かに頷いた。

 アンディの死から始まったこの夜、伝説の継承劇は——まだ幕を開けたばかりだった。


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