5-0、演出家
「どうして、暁の皆を巻き込むような真似をした」
「……ただ、お前を苦しませたかった」
◇◆◇◆
七月のある日。怪異対策本部 川崎支部の前にて。
行方不明となっていた白石伶が、記憶を失った状態で発見された。
九月のある日。とあるアパートの一室にて。
前日まで変わらぬ笑顔で演劇に興じていた氷沼俊介が、帰らぬ人となって発見された。
◇◆◇◆
黒澤陽光は、とある箱庭の演出家である。
盤上に載せたコマを自由自在に操る、いわば神のような存在であった。創造した未来を事実にするために作られた箱庭は、今日もその動きを止めることはない。
黒澤陽光は、怪異である。
人間からかけ離れた力を持ち、ありとあらゆる犯罪に手を染めては逃げ続ける生活を送っていた。軽微な犯罪から、人殺しまで。その全てを用意したコマに実行させている。自分の手は汚さずに、旨みだけを得ていた。時にはコマを犠牲にし、使い捨てるかのように盤上から蹴落としてきた。
――はず、なんだけどな。
深夜二時のアジト。薄暗く、音のひとつもないリビングにて。
陽光は息を大きく吐き出した。床に散らばったコマの破片を集めて、小さな箱へと詰めていく。ひとつひとつはただのプラスチックだが、元はそれなりに大切なポーンだった。欠片を手のひらに載せて、ひとつ。
別段、彼に未練の情があった訳ではない。
そもそも、自分のコマに対して個別の想いを抱いたことはない。
全てが等しく、全てが自身にとって使い勝手の良い駒である。
と。そう思いたかったとしても、静かすぎる部屋には存外寂しさを覚えるものだった。
数年間、消えることのなかったテレビの音が無くなり、人の話し声もまたどこかへ溶けていった。残されたのは、趣味ではない書籍や洋服に、いつの間にか増えていた生活用品の数々。目に入れば思い出す温い日常に、喉の奥が閉じていく感覚に蝕まれていく。
――……関係ない。
棚の奥底へ箱をしまった陽光は、唇を噛み締める。
そして、リビングの中央に鎮座する箱庭の前へと腰を下ろした。
物語の状況は悪くない。
怪異対策本部 川崎支部の上に置かれたルークへ、金将が進行を続けていた。その横を銀将が付き添い、絶好の機会を伺っている。
「やっぱり、この盤面にはクイーンが必要かなあ」
すっかりがら空きとなった宵の口大学に、陽光はひとつの駒を指す。
王冠の形をした、最強の攻撃力を持つ駒だ。序盤で出すには勿体なく、かといって終盤まで温存しては負けかねない。この箱庭の物語を作り上げるには、重要な駒だ。
――指すなら、今しかない。
――全ての目的を果たすために。
ああでもないこうでもない、と、考えれば考えるほど、喉のつかえは取れていく。
この世に生を受けて、数十年。
愛した人は、たったの一人。
そんな貴女と同じ薄灰色の瞳を持つお前が、憎い。
同じ笑い方をするお前が、同じ泣き方をするお前が、憎い。
赤い血に塗れた顔で、覚悟を決めたような顔をしたお前が、憎い。
憎くて、今すぐ殺してしまいたいくらいなのに、そんなお前が愛おしくて仕方がない。
だから。
だから、どんな手を使ってでも、お前を苦しませる。
そう誓ったあの日から、今日という日まで。
描いたシナリオに矛盾はない。
舞台装置は完璧に整った。
あとは皆が思いのまま演じるだけ。それだけで、理想の物語が出来上がるのだ。
「待ってろよ、尚也」




