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4-7、レイ

 一度練習室へ戻ったように見えた伶が、再び尚也の前に現れてから数十分。二人の追いかけっこにも似た勝負は、未だ決着の道筋のひとつも見えやしなかった。


 伶が戦闘を走り、その後を尚也が追いかけ続ける。距離は縮まらない。

 ただ、ただ、平行線を辿っているだけだった。


 ――何が、したい。


 校舎を自由に駆け回る伶は、楽しそうに笑う。最初こそ戸惑ったような顔をしていたくせに、今は随分とご機嫌なようだ。


 右手に握りしめたナイフの柄が滑る。だからより強く握って、再び前を向いて走る。

 伶の背中が離れては近付いて、また、離れていく。


 ――もう、お互いに限界だろう。


 今や尚也は気合いで走っているだけだ。目の前の怪異を殺す、それだけが原動力となっている。対する伶もまた、時々足が縺れるところをみると、相当に体へきているはずだ。


 すると、伶が足を止める。



 つい先にやってきた屋上まで戻ってきていたようだった。

 大学構内を見渡せるこの場所は、()の光に包まれていてどうにも明るく眩しい。


 ――迷わない。


 立ち止まり、挑発的な瞳で尚也を見やる伶に、尚也はかまわず走り続けた。


 ――仕留める。

 ――今、ここで殺す。


 今度こそ、と、この数か月間で何度も捉えようとした伶の心臓を目指してナイフを振りかざす――……が。その刃先が伶の核を貫くことはなかった。金属の擦りあう鈍い音が響くと同時に、伶の柔らかい声が尚也の名を呼んだ。


「古川尚也」

「……何だよ」

「少しだけ、話をしよう」

「はあ?」


 随分と落ち着いた声色での対話の間、互いのナイフは押し合いを続けている。押し、押され、ついには刃が交差をやめた時。先に地面へ膝をついたのは尚也の方だった。


「逃げも隠れもしないさ。約束する」


 頭上から降ってくる伶の言葉に攻撃の意志はない。ちらりと見やれば、伶は両手を天へ掲げていた。


「なんなら、その銃を向けたままでも構わねぇよ」


 楽しそうな笑い声をあげた伶は、尚也の横へ同じように膝をついた。


 ――最悪な気分だ。


 白石伶とは去年知り合ったばかりだが、それでも多くの時間を共に過ごしてきた。互いを知り、様々なことを語り、笑いあってきた。少しずつ芽生えていた互いを思う気持ちが踏みにじられているような感覚だった。


 暁に所属する白石伶の姿が、悪意に壊されていくところを傍観するしか出来なかった。


「……なら、元の姿に戻ってくれ。話はそれからだ」


 尚也は銃を取り出すと、伶の肩口に押し付けた。

 情報を落としてくれるのであれば、いくらでも対話をしよう。目を細めて言えば、伶はあっさりと姿を変えた。一度虚無()を介し、元の姿に戻る。赤茶髪の、あの日見た青年の姿に戻る。


「やっぱりお前だったのか。……アキサカ」

「ああ」


 軽い相槌は、吹く風に乗って消えていく。


 ――俺に話がある訳ではないのか。


 銃口を向けたまま、互いに睨み合うこと数秒。秋坂は口を開かなかった。伶の姿で見せていたように、白い歯を見せてただ小さく笑うだけ。ならば、と、尚也は小さく息を吸い込み、言葉を紡ぐ。


「……なあ、何故こんなことをした。小井戸を誘拐した目的はなんだ?」

「ボスに命令されたから。それ以上でもそれ以下でもねぇよ」

「ボス……、ってのは、黒澤陽光か?」


 秋坂は肯定も否定もしないどころか、首ひとつ動かしやしない。


「この件に、赤塚兼吾も関わっているんだな?」

 間。

「黒澤陽光と、秋坂兼吾はお前の仲間か?」

 静寂。

「……伶さんは、生きているのか」


 都合の悪い質問には答えない姿勢を見せていた秋坂の瞳が、大きく揺らぐ。そして悩む素振りをみせた後に、小さく頷いた。


「白石は生きてる。殺しはしていない。でも、俺は白石の行方は知らない」

「いつから成り代わっていた」

「……図書館の噂から」

「ずっと?」

「ああ、ずっとだな。俺が白石伶を演じていた」


 ――……イヤな言い方をするな。


 怪異は、演じない。人間の肉体から思想の全てを模倣し成り代わっているのだ。

 どこか他人事のように話し続ける秋坂に、銃を構える腕が震えて仕方がない。

 すると、秋坂がからからと笑った。口を大きく開け、腹を押さえて笑いだす。


「何が面白い」

「全部、かな」

「……?」


 どうにも主語のない返しをする秋坂は、再び笑うと息を吸った。


「尚也。俺は怪異に生まれて、ずっと死にたいと思ってきた。今も、死ぬためにこうして動いてる」


 ――死ぬために動いてる?


「怪異としての生を終わらせるために、アイツの口車に自ら乗ったんだ。もしあの場で出会ったのが人間だったなら、人間の肩を持ったかもな」

「……何が、言いたい」


 抽象的で、ざっくばらんな内容は、どうにも要領を得ない。

 それでも、秋坂は楽しそうに口を開き続けた。


「良い事を教えてやる。俺たちの人生は、全てアイツの箱庭の中で決められている。お前が深く悩むことも、俺がこうして死に際に意味のない話をすることも、この先の未来で消える人間の全てが、アイツの思惑通り。俺たちは、アイツの箱庭の中で勝手に操られているだけなんだよ」

「箱庭の、駒?」

「お前も、俺も、兼吾も、伶も、俊介くんも、凌雅くんも」

「みどりと、あおいは」

「……それは、お前の目で確かめな。どうせ、いつかは見ることになる」


 秋坂は遠くの空を見やると、ゆっくりと立ち上がり、屋上の柵に寄りかかった。


 ――結局、何が言いたい。


 秋坂の言う「ボス」や「アイツ」が黒澤陽光だと仮定するならば、つまり、それは。


「この青い大空も、大地も、全部アイツの箱庭の中なんだよ」


 空へ手を伸ばし、両手を広げて笑い声を上げた秋坂は、いやに輝いた双眸で尚也を見つめる。


「だからさ、殺してくれる?」


 冷たい風が、二人の間を器用に吹き抜けていく。


「お前に情報は十分やったろ。裏切り者の古川尚也くん」


 何度その言葉を言われたかは、もう分からなかった。一度目は今でも覚えている。二度目も、三度目も覚えている。でも、四度目、五度目からは数えるのを辞めた。それ以降は聞かぬふりをしては、目を逸らしてきた。


 ――……終わりにしよう。


 これ以上、秋坂との対話は望めない。

 柵に寄りかかり、ただ空を見やる秋坂は自身の罪を認めている。生かす必要は、ないだろう。

 尚也は大きくため息を吐きだすと、秋坂の横顔を覗き込めば彼の双眸と視線が交差する。


「残す言葉は?」

「……、ねぇよ」

「そう」


 だから。

 尚也は片手に握りしめていたナイフを、秋坂の(コア)に突き刺した。


 同時に、秋坂は消える。陽光の当たるナイフに、真っ赤な鮮血を残して、跡形も無く。

 声のひとつもあげやせずに、消えていった。



 〇×


 時は、止まることなく流れ続けている。

 盤上からひとつの駒を消しても、箱庭は揺るがず続いていく。


 数日かけて、秋坂怜が白石伶に成り代わり起こした事件は終息を迎えた。

 小井戸美帆は怪異対策本部に保護され、現在は実家で療養を続けている。

 演劇サークル暁もまた、幾多の調査が入った一方、黒澤陽光と赤塚兼吾が関与した証拠は見つかることなく、存続することとなった。

 一方、白石伶の行方は未だ掴めていない。



 そんなある日。

 晴れ渡る七月の空の下。



 記憶を失ったという白石伶が、怪異対策本部川崎支部の前で意識を失った状態で発見された。

第一部前編、完結となります。


数日間更新を休み、次回は、第一部後編から開始いたします。


第一部後編

『第五章、二人目』

EP.5-1、記憶喪失


とある日の、早朝。

行方不明となっていた白石伶が発見された。

場所は、怪異対策本部 川崎支部の前。

記憶を失っているという白石伶から紡がれる言葉は、真か。

誰を信じ誰を疑い、誰を愛し誰に愛されるのか――……。

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