3-7、白昼堂々③
〇×
「それで、どうして俊介先輩が居るんですか?」
寮のリビングでの会合から、約二十分。
怪異対策本部が所有する軽自動車にて、現場――小井戸美帆が住んでいたアパート付近まで走り抜け、少し。閑静な住宅街の中にあるコインパーキングへ車を止めて、周囲を見渡した今。
そこには、氷沼俊介が何食わぬ顔で立っていた。開け放した車窓からは、水無月の湿気高い風と共に一足先に現場へ下りた嶋山凌雅の素っ頓狂な声が聞こえてくる。
――まあ、なんとなく予想は出来ていた。
本日の練習も、黒澤陽光の意向により中止。そのうえ、今朝方には川崎市内の大きなニュースとして、名は伏せられていたものの、小井戸美帆の失踪が報じられていた。
俊介は、その一報を目にして動かずにいられる人間ではない。
「朝のニュースを見てさ、……これはきっと美帆ちゃんの事だよな、と思ってね」
――ほらな。
古川尚也は運転席にて、短い時間で入手した情報をまとめながら俊介の言葉に頷いた。一方、凌雅はわずかに不服そうな様子を見せていた。つい先日、俊介に自分たちの正体がバレてしまった事を伝えた時も同じような反応を見せていたこともあり、彼なりに思う所があるのだろう。顔につけた青い狐の仮面の位置を直しながら、疑問を連ねている。
「ああ、ニュースで……。とはなりませんよ? てか、何で小井戸の家知ってるんですか」
「そりゃあだって、僕、近所だからねぇ。昨晩からパトカーの音で賑やかだったし、早朝にはマスコミ関係者がうろうろとしていてね。……ふぁあ、ごめん寝不足で。……まあ、だから、元より美帆ちゃんの家を知らなくても特定は簡単だったんだよね」
大きな欠伸を繰り返す俊介は強く目を擦った。確かに、小井戸の家と俊介の家は数字にして約一キロメートルほども離れていない。これも一人暮らしする大学生が住まう学生向けの賃貸が多い区画であるから、なんら不思議なことではなかった。
「なんで特定までして……、あ、先輩。終わりましたか」
「うん、終わったよ」
凌雅がそう零した瞬間、尚也は車から軽快に降りた。顔にはいつも通り黒色の狐の仮面を装着し、体格を隠すために身体を覆うようなマントを羽織っている。俊介は興味津々というように、尚也と凌雅を交互に見やっていた。
尚也はそんな俊介の様子を気にせず、直球で尋ねる。
「……で。一応俺からも聞いておくんだけどさ。見事現場を特定した俊は、この後何をするつもりだったの?」
「僕は、……とりあえず犯人の足取りを追ってみようかな、と。僕が思うに、この事件は『怪異』の仕業なんだろう。現にニュース番組のひとつでは、警察から怪異対策本部案件へと切り替わった、と報じられていたことだし。
じゃあ、『怪異』が犯人なのだとしたら。奴らは、人をかかえて虚無になることは出来ない。そうだね?」
尚也の質問に答えた俊介は、長く捲し立てると、鋭い双眸でこちらを見やる。随分と、『怪異』について調べているようだ。凌雅と共に小さく頷けば、俊介は小さく笑った。
「つまり、犯人である『怪異』は、その逃走ルートとして監視カメラの死角を通ろうとするんじゃないかな?」
――やっぱり、こうなった俊介は誰にも止められないな。
尚也は再び頷くと、人通りの少ない道路へ視線を向けた。これからやるべきことは俊介の言った通りではあるものの、何せ怪異対策本部の格好は目立つのだ。白昼堂々、ましてや事件が発覚したばかりの現場を歩くこと、それ即ち。
「凌雅、俊。一旦車の中で作戦会議しようか」
道路の向こう側から群れを成して歩いてくるのは、現場付近で取材に打ち込んでいた報道陣だろう。梅雨入りしてから始めての青空の下に、少々ばかし大きな声が響き渡っていた。風に流されて聞こえてくる声の流れから察するに、どうにも尚也達が立ち話をしている方向へ闊歩している様だった。
――……邪魔されるのだけは、勘弁だ。
同時に察した凌雅と俊介を連れて、車の中に入ること少し。
尚也は後部座席に座った俊介に声をかけた。
「俊。お前が俺たちと動くと、逆に目立つ」
「そりゃあ、仮面を被ったお二人の隣に立っちゃうとね。うん、大丈夫、僕は僕でルートを考……、えぇ、いいの?」
そして、話半分で車を降りようとする俊介に、自前の鞄の中から未使用の仮面とマントを投げ渡す。
「ん。今はとにかく人員が必要だ。危険があれば、俺たちが必ず守る」
そう続ければ、俊介は嬉しそうな顔で狐の顔を撫でるものの、一瞬の後に顔を青ざめさせると首を傾げた。
「いや、うん、でも、今度こそ職権濫用にあたるんじゃ……」
「大丈夫。俺の名前出せばどうとでもなるから気にすんな」
助手席で此方を見ぬふりをする凌雅を横目に、尚也は言い切った。
実際、怪異対策本部に関する法律など全くもって整備されていないのが現状だ。各支部が独自のルールで運営している昨今、支部長である尚也が「OK」と言えば「OK」、「NO」と言えば「NO」であった。
これまた察しのいい俊介は、「そっか」と返答をして、静かに着替えはじめる。
「俊。一個だけ聞いていいか」
「……もちろん、どうしたんだい」
マントの装着に手間取る俊介をバックミラー越しに見つめて、尚也は続ける。
「もう、辞めたのか」
静かに吐き出したその言葉に、一番に反応を見せたのは凌雅だった。ずっと外を見つめていた凌雅は、「何を?」というように尚也の方を向いて、視線を逸らさない。俊介は一瞬だけ、ボタンを掛ける手を止めた。
「もう、辞めたよ。世界を観るだけってのは、実につまらないね。世界の当事者になること、世界のアクターになること。それらを、僕はずっと恐れていた。……でもね、やっぱり、面白くないなってさ」
それから数秒の沈黙の後、俊介は、彼の言の葉をゆっくりと綴る。
膝の上に載せていた狐の仮面を装着して、ただ、静かに語った。
狐の仮面がみっつ。
狭い車内で、大きくも細かい地図とにらみ合うこと小一時間。
現場付近の様子はかなり落ち着いていた。報道関係者の数は減り、野次馬もほとんど居ない。そんな中を、三手に分かれて走り回った後だった。
「監視カメラの場所は、概ねこの場所で、合ってましたね」
「……うん」
助手席で未だ落ち着かない呼吸を繰り返す凌雅は、地図を指してそう言った。一方後部座席に寝転がりながらも地図を見つめる俊介は、最早話す気力のひとつも無さそうだった。
対する尚也は、ハンドルに肘をついて考え込んでいた。
付近直径数キロの防犯カメラの場所は、凡そ特定したといっても過言では無い。
では、この地図に書き込んだカメラの位置から導き出すものとしては、逃走ルートで間違いはないのだが。
――……しんどい作業だ。
防犯意識が高い昨今、防犯用に監視カメラを付けている家屋が多い。あっちを見ても、こっちを見ても、そっちを見ても、どこにでも見つかる監視カメラの数々。その全てを見て回る訳にはいかないものの、警察の協力により手に入れたいくつかの防犯カメラ映像には一切映っていなかった。
地図に載せられた、赤い×印は「既に映像確認済みの防犯カメラ」。
そして、青い×印は「未確認の防犯カメラ」。その量は数百を超えている。この中で死角を探し出す作業はかなり苦しいものであるが、要するに迷路の要領だ。せめて。どの方角へ連れ去られたかだけでも分かれば……。
「……なあ、そろそろ落ち着いたか?」
「ほんと、先輩の体力意味わかんない」
尚也が振り返れば、未だ助手席と後部座席は息も絶え絶えの様子だった。凌雅は温くなった水を飲み干しながら愚痴をこぼしているし、俊介に至っては殆ど眠っているも同然だ。
「身体を使うことにだけは、自信あるからね」
体力、持久力、瞬発力、柔軟、等々。
どれを取っても、人に負けたことはない。筋力だけで言えば弱い所もあるが、それでも人並み以上である自負はあった。
「あと五分な」
この先の作業は、どうしたって自分達の足で歩いて確認していくしかない。ゆっくりしている暇などないが、一人で勝手に進める訳にもいかなかった。尚也は運転席から飛び出すと、うんと短く小さな伸びをする。確か、少し歩けば自動販売機があったはずだ。
――……水でも買ってきてやるか。
尚也のひとりごとは、雲ひとつない青空に消えていった。
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