case6ー8.見つからない手がかり(1)
院内に戻ったエレノアは、院長室でアレンとセレーナに話を聞くことにした。
セレーナはたくさん泣いたのか目が赤くなっていたが、今は取り乱した様子はなく落ち着いている。そのことに安堵しつつ、二人の対面に座ったエレノアは早速本題に入った。
「さて。まずはエイデン・ティンダルについてだが、なぜ奴は暴れていたんだ?」
その問いに答えたのはセレーナだった。彼女は両手をキュッと握り、やや俯きながら口を開く。
「急に訪ねてきて、呼び出されたの。会いたくなかったけれど、病院で騒がれたら困ると思って、呼び出しに応じたわ。そしたら、結婚式の準備をさっさと始めろだの、早くティンダル伯爵邸に移り住んで来いだの、色々と言われて……それで、私が場所を変えて話そうって言ったら、急に怒って、暴れ出して……」
セレーナは先程の惨状を思い出したのか、かすかに震えだした。まだ彼女の脳裏には、アレンが血を流している光景がありありと浮かぶのだろう。
セレーナの機微を素早く察知したアレンが、彼女の背を優しくさすりながら話し出す。
「続きは僕から。僕が騒ぎに気づいて駆けつけたときには、彼は終始わけのわからないことを叫びながら暴れまわっていたよ。なんとか止めようとしたんだけど、彼はとても力が強くて、僕じゃ敵わなかった」
エイデンは一応は帝国軍の第一騎士団に所属している。普通の人間より腕っぷしが強いのは当然と言えば当然だ。アレンや他の医者たちが止められなかったのも無理はない。
しかし双子の情報によると、最近のエイデンは怯えた様子だったという。それなのに、病院では怒りに身を任せ暴れていた。その事実だけ並べると、随分と情緒不安定な男に見える。
(だがもし、普段の怯えた姿が本当で、先程の姿が虚像だったとしたら……?)
エイデンが訪れた目的は、病院で騒ぎを起こし損害を与えること。そう考えられなくもない。
しかし情報が少ない今、これ以上は思考を巡らせても仕方がなさそうだ。ひとまずは情報収集に努めよう。
「ありがとう。では次。ティンダル伯爵家は首都アマンにあるんだが、エイデンがわざわざこの病院に通っていた理由はわかるか?」
エレノアが尋ねると、セレーナが顔を上げた。アレンのおかげで落ち着けたようだ。
「ええと、確か……腕の良い医者がいると聞いて来た。そう言っていたわ」
アレンは以前、毒を盛られた皇太子フェリクスの体を治し、皇城でちょっとした話題になったことがあった。騎士団に所属するエイデンがそのことを知っていても、別におかしな話ではない。話の筋は通っている。
(この情報だけでは、なんとも判断しづらいな)
エレノアは気を取り直し、次の話に移った。
「少し多いんだが、今から名前を挙げていく。よく知る人物がいたら教えてくれ」
そう前置きし、エレノアはジョン・ラッセルの顧客リストにあった名前を片っ端から挙げていった。
二人は怪訝そうな顔をしつつも黙って聞いていたが、彼らの表情を見る限り、どうやら有力な手がかりは得られなさそうだ。
百を超える名前を一通り聞き終えた二人は、ううん、と腕組みしながらしばらく考え込んでいた。過去に誰かと接点がなかったか、必死に思い出そうとしてくれているようだ。
その後、先に口を開いたのはアレンだった。
「貴族の方がほとんどだったから、名前を聞いたことがある人は何人もいたよ。でも、僕は社交の場に参加することがほとんどなくてね。実際に会ったことがある人はいないかな」
アレンは医者として忙しい。他の貴族家の当主と違い、確かに彼が社交場に出ることは滅多になかった。
それはセレーナも同じだ。
「私もよ。その人達がどうかしたの?」
セレーナにそう問われ、エレノアは一瞬答えに迷った。
病院が狙われているかもしれないという推測を、言うか、言うまいか。
二人を不安にさせたくはない。だが、危険が迫っている可能性があることは、自衛のために知っておいてもらった方がいい。
それに加え、二人の協力を得る必要もある。エレノアは最終的に、伝える方がいいと判断した。
「実を言うと、今回の婚約騒動は、エイデン・ティンダルがセレーナに惚れた、という単純な話ではない可能性がある」
「それは……」
「どういうこと?」
二人に緊張が走った。
エレノアは二人を過度に怯えさせないよう、淡々と静かに告げる。
「以前、何者かによってこの病院に麻薬が運び込まれた事があっただろう? あれは明らかに病院を貶めるための行為だった。今回の騒動も、その一環かもしれないということだ」
「え……」
セレーナの顔が恐怖で固まる。彼女がゆっくりとアレンに視線を向けると、彼は「大丈夫だよ」と言わんばかりに、妹の手を優しく握った。
「エレノア、続けてくれるかい?」
アレンに促され、エレノアはひとつ頷いてから口を開く。
「詳しくは言えないんだが、さっき挙げた人物たちが、黒幕に繋がる手がかりってところだな」
二人に顧客リストを尋ねたのは半ばダメ元だ。オーウェンズ病院に接点を持つ人物が顧客リストの中にいれば、黒幕への手がかりになるかもしれないと思ったのだが、そう上手くはいかない。
そもそも、オーウェンズ病院に恨みがあるのは黒幕だけで、黒幕が病院と無関係の人間を使って悪さをしている、という可能性もある。
「あくまでも推測の域を出ない話だ。今回の婚約騒動は、全く関係ないかもしれない。だが、麻薬をこの病院に置いた人物は確かに存在する。それを放置しておくのは、少し気持ち悪い」
最初はジョン・ラッセルの仕業だと思っていた。しかし、奴は犯人ではなかった。
アンナ・スミスが麻薬拡散の首謀者としてアレンを名指ししたことも、病院に麻薬が置かれていたことも、すべて未解決なのだ。
(それにしても、ここまで手がかりが見つからないとは……)
他に出来ることがあるとすれば、エイデン・ティンダルに真意を問い詰めることと、アンナ・スミスを調べ直すこと、そして、ここ最近で二人に接点があった人物を洗うことくらいだろう。
アンナがロゼク国立高等学校に入学したのが約三ヶ月前。その時点で既に病院を貶める計画が動いていたとしたら、その計画はそれよりもずっと前から練られていたことになる。
(半年……いや、一年は遡って聞いておいたほうがいいか)
そう判断し、エレノアは再び二人に尋ねた。
「ここ一年で、誰かと揉めるようなことはなかったか? どんな情報でも構わない」
アレンもセレーナもすぐには思いつかないようで、また腕を組みながらしばらく考え込んでいた。しかし、結局思い当たる人物がいなかったらしく、アレンが申し訳無さそうに口を開く。
「ごめん、エレノア。役に立ちそうな情報は何も……」
「私も。患者との小さなトラブルはたまにあるけれど、それを挙げ出したらキリがないし……」
アレンは人が良い。誰かから恨みを買うようなタイプではない。
セレーナも、厳しいのはエレノアに対してだけで、基本的には献身的で優しい女性だ。患者とトラブルがあると言っても、いずれも些細なものである。
今度はエレノアが腕を組み、しばし考え込んだ。他に得られる情報はないだろうか。
(あと二人に聞いておくとすれば……)
知っておきたいことはある。だが、二人が了承してくれる可能性は低い。期待しすぎない方が良いだろう。
エレノアは顔を上げると、ひとつ頼み事を申し出た。




