第13話「やってみろよ」
■登場人物
「タナーカ」
転生者、チートスキル~支配の邪眼~を持つ、所持品ブリーフ一枚。
「リシャ」
十字剣を携える神官騎士。美少女。
「ローレンス」
リシャの相棒で上司。タナーカと同じくらいの年齢で妻子持ち。
「ここに入れられて何日目だ? 何時までここに居なきゃいけないんだ?」
タナーカは木造の天井を眺めて言った。随分と長い間この場所にいるような台詞だが、まだ十六時間しか経過していない。
ゴンゴンゴン、ゴンゴンゴン。
彼のすぐ横の壁を叩く音が鳴る。壁は天井と同じく木造だが、随分と厚みがあるため丈夫なのだろう。
「なぁーあんちゃん、お前は何やったんだぁ! うっひい!」
タナーカはその声を無視しながら「またかよ」と呟いた。
「なぁなぁ? 何をやったんだぁ! あんちゃーん!」
タナーカは応えない。
「あんちゅわーん!」
ゴンゴンゴンゴン。
「だから何もやっていないって! 何回言えばわかってくれるんだよ?」
タナーカは流石に我慢が出来なくなり返事をしてしまった。
「馬鹿言うな! 何もやってないのにこんな所に入れられる奴がいるかぁ?」
その質問も何度目だ、そして、俺に何度同じ事を言わせて、何度疑う。タナーカはそんな事を思う。
彼は数えてなどいなかったが、答えをここに記するなら八回目である。
「うるっせぇーぞ! クソどもが! クソして寝ろ! 殺すぞ!」
次は逆サイドの壁越しからドスの効いた怒号が放たれた。ひとつ隣の牢屋は空き室であるから、ふたつ隣の牢屋から発せられている。
「こえぇーよ……勘弁してくれ……異世界に来てから牢屋にしか入ってないじゃないか」
彼はそう呟きながら頭を垂れた。
タナーカがいま居るこの場所は、王都リバーサイド区に在る、メンシア教団の留置場だ。
人口五千人程の区画が隣接し、三十万程度の民衆を抱える国家、エーテルベルク、そのお膝元にある都のみを王都と呼称する。
「はぁ……狭いし臭いし、隣人は五月蝿いし……最悪だ」
悪魔崇拝者達の隠れ家で放り込まれた牢屋は岩壁だった。この場所は木壁だが、看守の有無の違いもあるとは言え、造りとしてはそう違いはない。
狭くて陰気で、糞尿は桶のようなものに致すらしく、酷い臭いが充満している。
悪魔崇拝者と対峙し、殴る蹴るの暴行を受けたタナーカ。
その代わりと言っては何だが、リシャはほぼ無傷で救う事ができてはいた。
直後に悪魔崇拝者達は行方を眩まし、リシャを追って隠れ家にやって来たローレンスに、二人は助け出されていた。
ローレンスがやって来なければ、タナーカは薄暗い洞窟でセカンドライフを終えていたかもしれない。その最悪だけは免れていたのだが……元から容疑者という立場でしかなかったタナーカであるから、当初の予定通りリバーサイド区の留置場まで連行されていた。
「足音……聴こえてこないかな」
タナーカは鉄格子みて逆サイドの壁に耳を当てた。
木壁は厚く、多少の衝撃ではびくともしないだろうが、防音性は皆無と言っていい。聞き耳を立てれば壁向こうの音など丸聞こえであった。
寝ているか用をたすか、隣人に話しかけられるか、それ以外の時間、彼はずっとこうだ。
誰かを待ち焦がれている。
コツコツ、コツコツ。
彼はどれくらいの時間そうしていただろうか、やがて、近づいて来る足音に気づいた。二人分の足音だ。
「リシャ?」
自分以外の誰にも聞き取れないであろう声量で彼は呟く。
タナーカは壁から耳を離し、備え付けの粗末なベッドに腰を下ろすと、まるで飼い主を待ち構える犬のような態度で待ち受けた。
「ご苦労様です」
若く美しい声が部屋に響く。
牢屋が立ち並ぶ大部屋の入り口、万が一の脱走を阻む、分厚い扉の向こう側。看守の待機所のような箇所からその声は発せられた。
「お嬢ちゃん、こっちおいでよー。俺と良いことしようぜー、うひゃひゃひゃひゃ!」
リシャの足音がタナーカの居る牢屋に近づくにつれ、収監された男達の野次が飛ぶ。
(昔みた映画のような光景だな……自分が牢屋に入れられる事になるとは思わなかった……)
タナーカはそんなことを考えつつ、リシャの到着を待った。
「お前たち、鉄格子から離れて大人しくしていろ、立場をわきまえないとどうなるか、解るよな?」
「ハンサムな兄さんが相手してくれてもいいんだぜぇ? うひゃひゃひゃ!」
「下がれと言っている」
この場所に来たのはリシャだけではない様子だ。
(あいつ……ローレンスも一緒なのかよ……くそ)
間もなくタナーカの入れられた牢屋前に到着する二人。
「傷の具合はどうですか?」
鉄格子越しにリシャは言った。
栗色の髪、栗色の瞳、たてば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。タナーカの脳裏に実際のイメージが沸いた訳ではないのだが、リシャを表現するにこの唄がピッタリなのだろう、彼はふとそんな事を考える。
こんな糞溜めのような場所に似つかわしくない美少女、半日ぶりの再会にタナーカは心を躍らせた。
「リシャ!」
タナーカはベッドから腰を持ち上げ、リシャとの間を別つ鉄格子に縋りつく。
「おい、鉄格子に近づくな。下がれ」
「ちっ」
ローレンスに咎められた事に腹を立て、露骨に舌打ちをするタナーカ。
その態度とは裏腹に指示には素直に従い鉄格子から離れた。
「結局はお医者様に診てもらう事もできず……申し訳ありません」
タナーカは傷だらけ、リシャの祈祷によって致命傷だけは塞がっていたが、細かいモノは無数、血の小便が出てもいた。
「大丈夫……平気さ。キミの……リシャのおかげだよ」
「いえ……あなたが居なければわたくしの方こそどうなっていた事か」
「おい、リシャ……罪人とじゃれるな」
「はぁ?」
タナーカもローレンスに助けられてはいたが、あくまでもリシャを助けた際の副産物だったのであろう。元からローレンスはタナーカに興味など示さず、右から左に流してしまうだけの罪人。留置所に放り込むか、行儀が悪ければその場で処刑でも良い、そういった些末な存在にすぎない。
だが、いまのローレンスは明らかにタナーカに敵意を向けている。理由はわからないが、タナーカ自身がそれを感じ取れる程にだから、隠すつもりもないのだろう。
タナーカの頭のてっぺんから足先、そして四肢にローレンスは視線を這わせる。
「本来、オマエのような異教徒、罪人に神の祝福は与えられるべきではない……わかっているのか?」
ローレンスのこの問いかけはタナーカに宛てられたモノだが、同時にリシャに向けられていた。
神に乞い奇跡を起こすシンシア教団の秘術である祈祷は信徒にのみ向けられるべきモノだった。
「ローレンス、タナーカさんの審問は終わっていません。あくまでも容疑者です、罪人呼ばわりは辞めてください」
「ふむ、そうか。そうだな、だが遅かれ早かれ有罪に決まっているだろう? こんな奴はただの魔剤中毒者だ」
「なんだとっ!」
あきらかな侮辱にタナーカも声を荒らげる。
「ローレンス」
リシャも子供を嗜めるようなトーンで言った。
「コイツに助けられたと言っていたなリシャ?」
当のローレンスは二人の反応を意にも介さなかった。
「はい」
「だから私情を挟んでいると?」
「……そんな事は」
「そもそも、にわかには信じられんよ。三人組の悪魔崇拝者達をこの男が退けたというのか? こんなクズが?」
「てめぇ!」
ローレンスの侮辱は収まる所か、クズと言い切る所まで来ていた。タナーカもローレンスが嫌いではあったが、それでも面と向かってクズ呼ばわりはしていない。
そもそもタナーカとローレンスはこれまでまともな会話すらしていない、それなのに目の敵のような態度をタナーカは受けている。
(ゴミを見るような目で見下されてたのは知ってたが……口にだすのかよ?)
タナーカはローレンスを睨みつけ、ローレンスはタナーカを見下す。
「どうしたのですかローレンス? わたくしに嘘をつく理由がありません」
「ふん、どうだかな……お前みたいなクズが武装した相手を……か? 一体どんな魔法を使ったんだ?」
「!」
リシャの顔色が曇った。
「リシャ?」
ローレンスが言葉に含んだ意味をタナーカは読み取る事ができなかった。
リシャは窮屈そうに言葉を紡ぐ。
「戦った訳ではありません……タナーカさんは身を挺してわたくしを守ってくれたのです」
リシャの表情は言い訳のそれだ。
「それで? ボコボコにされて、泣き叫んだら、許してくれたって事か? 随分と優しい暴漢だな」
ローレンスは大袈裟なジェスチャーと共にタナーカを嘲笑った。タナーカは拳に力を込め、唇を噛みしめるが、何も言い返せなかった。
リシャもこれ以上、この話題を続ける気はなかった。不都合な事実をローレンスに詰められたくはなかったから。
だから、少々強引にだが話題を変えた。
「タナーカさん、近日中に尋問官による取り調べが行われますが、質問には正直に答えてください」
「あ、ああ……尋問って何を聞かれるんだ?」
「それはお答えできませんが……数日間大人しくしていただければ、すぐに放免となりましょう」
「うそだろ? 数日間っ?」
「はい、あなたの容疑は魔剤使用ですが……数日間の拘留中に禁断症状がでなければ無罪と判断されるかと」
リシャがそこまで言葉を続けた直後、ローレンスが口を挟む。
「おいリシャ、それ以上はなしだ。他の奴等にもそんなに親切にして回るつもりなのか?」
リシャはハッとした表情を浮かべて言った。
「……すみません」
こればかりはローレンスの言い分が正しかった。
タナーカに助けられた事に恩義を感じ、必要以上の便宜を働いてしまっている。リシャの神官騎士としての経験の浅さからくる、公私混同だった。
「リシャ」
タナーカはそう言いながら鉄格子に手をかけた。ローレンスは咎めたが、自分は感謝している、その事を伝える為に。
ガシャン!
「うわ!」
鉄格子の隙間から伸びた手が、タナーカの胸元を乱暴に掴んだ。その状態で無理矢理に引っ張られた彼は頭を鉄に打ちつける。
タナーカが着せられた囚人服は、麻で織られた丈夫なものであったが、その勢いで少し裂けた。
「鉄格子に近寄るなと……言ったよな?」
ローレンスはタナーカに頭を近づけ睨みつける。敵意の表れなのだろうか、二人の間に鉄格子がなければお互いの頭を擦り付け合っていただろう。
「は……離せよっ!」
「ローレンス!」
リシャも困惑した表情を浮かべ、ローレンスに手を離すように言うが、彼が手を離す事はなかった。
先ほどから……いや、最初からずっとそうなのだが。ローレンスが相棒であるリシャの言う事に耳を貸す事はない。
「身の程をわきまえろ、魔剤中毒者が」
「魔剤なんてやってないって言ってるだろ!」
「どうだかな……お前みたいなクズが俺の手を煩わせやがって……化けの皮、剥いでやるから覚悟しろ」
剝がされて困る皮などタナーカにはなかった。異世界に転生して一日しか経過していない。
彼にはまだ、失うものなど何もなかった。強いて言うならば命くらいだろうが、メンシア教団の恐ろしさについても、彼は知らない。
だから、こう返す。
「やれるものならやってみろ」
「ひゃひゃひゃひゃ! やれやれー! やっちまえ!」
「開けろ、開けろ! 俺にもやらせろ!」
周りの囚人達も二人を煽った。
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