漆黒の鳥居と銀杏とエスパーと
「確かに」
男性エスパー、秋桜は今、漆黒の鳥居の下に立っていた。
協力者から得た情報通り、この漆黒の鳥居の下に立つと、ノイズが聞こえるのだ。
否。
普通の人間にはノイズに聞こえるだろうが、エスパーである秋桜には言葉に聞こえた。
ただ、あまりに小さな声だったので、何を言っているのかまでは聞き取れなかった。
秋桜は鳥居の下に立ったまま周囲を見渡した。
漆黒の鳥居には投げかけられた願いの石があり、近くには色づいてはたわわに実る樹齢数百年は超えているだろう立派な銀杏が植えられていた。
(………少し、)
臭うな、と、秋桜が思ったその刹那。
大爆音の言葉が秋桜の脳天を貫いたのであった。
ワタシ、人間不信になりそうです。
テレパシーでそう秋桜に伝えてきたのは、鳥居の近くに植えられていた樹齢五百年の銀杏だった。
「以前まではワタシの周囲は笑顔で溢れていました。実りの時期は特に。とても嬉しそうに有難がって砂利の上に落ちたワタシの実を取って行きました。なのに。なのに。今の人間ときたら。ワタシの実をイジメの道具に使うのですよ。『くせえだろうおまえの臭いダロゲハハハハ』とか高笑いをして。もう。下品で下品で聞くに堪えなくて。手下たちも親分に追従して高笑いしながら、ワタシの実を一人の少年にぶつけるのですよ。もう。もう。ワタシ。腸が煮えくり返って。倒れて親分と手下たちをぺちゃんこにしてやろうと何度思った事か。ワタシの実は確かに独特な臭いはしますが、決して臭くはありませんと。伝えたくて伝えたくてどうしようもないのに伝えられなくて悔しくて悔しくて悔しくてもうっ!」
心なしか、落下する銀杏の実が増えたように感じた秋桜。ササササッとさり気なく避けながら銀杏の声に耳を傾けた。
「悔しくて悔しくて悔しくてでもきっと届くって。あの不届き者たちに怒りの鉄槌を下してくれる生物が現れてくれるって。叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで。百年、ほど。ですか。漸くあなたが現れてくれたのですっ!」
「………なるほど。あなたの想いは分かりました。ですが、百年経っているのであれば、もう不届き者たちは死んでいます」
「………死んで、る?」
「はい。人間の寿命はおよそ百年ですので」
「………通りで全く現れなかったのですね。死んで。そう。死んで………では、この怒りはどうすればいいのでしょう」
「………そう、ですね。怒りは消えるものではないですからね。消えたと思っても、ふとした瞬間に噴出する事もありますから」
「そう、でしょうね。消えないと思います。この怒り。この憎しみ。くうううう」
「………あ」
「どうしました?」
「あの、銀杏の実が大好物の人間が居まして。もしよろしかったら、連れて来てもいいでしょうか?」
「はいっ! はいっ! 是非っ!」
今にも飛び跳ねそうなほどに歓喜する声音に微笑を浮かべた秋桜。少々お待ちくださいと言って、テレポーテーションしては、すぐに連れてきたのである。
協力者であり、銀杏の実もお酒も大好きな赤ら顔の男性、無花果を。
「想像していた方ととても違いましたが、あんなに喜んでくれているので本望ですっ!」
うひゃひゃひゃひゃ。
無花果は下品な笑いを発しながら、トングで砂利の上に落ちた銀杏の実を取りまくっていた。
よしこれで少しは気が紛れたかな時々来て発散してもらおうと、秋桜が思った矢先の事である。
なんだか。
銀杏から不穏な声音が聞こえたのだ。
「あら。なんだか。この方。あの不届き者たちの親分の笑い声にとても似ていますね。あら。あらあらあら。ワタシ。なんだか。あの時の怒りが、」
「うひゃひゃひゃひゃ。なんだか素敵な音楽も聞こえて来て、ますます気分が乗ってきますなあ」
気絶してもおかしくないほどのノイズにけれど、全く動じないどころか高揚させて銀杏の実をトングで取りまくる無花果をテレポーテーションさせた秋桜。静まりかけていた怒りを大放出させている銀杏に、これなら最初からぼくが銀杏の実を取ればよかったと思ったのであった。
(………願いの石を鳥居に無事に乗せることができたら、銀杏の怒りが静まりますように)
秋桜は願いながら砂利の中からひとつ取った石を鳥居に投げては、すぐに振り返り銀杏に向かい合ったのであった。
「なんて、神頼みすることではなくて、ぼくがどうにかしないとな」
(2026.9.12)




