さいこうのちぎりえ
長い夏休みが終わりを迎えて、小学校が始まった。
ランドセルを大きく揺らしながら小学校へと駆け走る小学校四年生、十歳のゲジ眉の少年、三日月は、自分の身長よりも長い模造紙を輪ゴムで丸めて片手に持っていた。
長い模造紙は夏休みの宿題のひとつの自由工作。
鉄筆という道具で折り紙を押さえて、引き千切るようにちいさくちいさく千切って描いた緻密なちぎり絵。
カラフルな海を描いた大傑作である。
三日月は一学期の終業式に担任の先生、二十五歳の麻呂眉の男性、烈日に宣言していたのである。
始業式にすごいものを見せてあげるね。
そう、約束していたのである。
そう、約束していたのに。
「つむじ風のばかああああああっ!!!」
突如として発生したつむじ風によって、三日月の片手に持っていた模造紙が飛ばされたかと思えば、昨日の豪雨で流れが速くなっている川へと落ちて、瞬く間に流されてしまったのである。
つむじ風さえなければ。豪雨さえなければ。模造紙は取ることができたのである。
「つむじ風と豪雨のばかああああああっ!!!」
三日月は駆け走った。友達にそっちは学校じゃない遅刻すると言われても構わずに模造紙を追いかけた。
烈日先生と約束したからだ。
夏休み、毎日毎日少しずつ作っていって、完成させた最高のちぎり絵なのだ。
諦めきれるわけがない。
徹夜が堪えるようになった五十歳。
小学校男性教師である烈日は久々に気分が高揚していた。
烈日の元生徒が同じ小学校で一緒に働くことになったのである。
名前は、三日月。
長らく交流がある愛しき元生徒でもあり、一時期、生霊として烈日に憑いては、烈日は何も悪いことをしていないのに免罪を乞いたくなるほどにひどく悩まされた元生徒でもあった。
「今となってはいい思い出、かなあ」
「本当にすみませんでしたって」
前祝にと三十五歳の三日月を居酒屋に誘った烈日。カウンター席に座って、ビールで乾杯したあとに、いつものように話題にしたのが三日月生霊事件であった。
「まさか、四年生の二学期の始業式から五年生の二学期の始業式までの一年間、ずっと、君の生霊に憑かれたままなんて思いもしなかったよ」
「烈日先生、もう、ほんと、勘弁してくれよ~~~」
「うん。あの当時は本当に、私も勘弁してほしいって思ってたよ。まだ新米教師でさ。やることは山積みで。目が回り過ぎて気持ちが悪くなるくらいに忙しかったのに、いつも君が泣いていてさ。私にちぎり絵を見せたかった。約束したのにって。最初の頃は、私も見たかったなあって、そんなに一生懸命作ってくれたんだすごく残念だって。でも。うん。三か月ぐらい経った時はもう。私はどんな悪いことをしたんだって。どうか赦してください、君から解放してくださいって。うん。教師失格だね。君を煙たがった。君はただ、私に見せたかっただけなのに。約束を果たしたかっただけなのに。私ときたら、神社仏閣に駆け込んで、君の生霊をどうにかしてほしいって拝み倒して。未熟な先生だった」
「いや。本当に俺が悪かったんだ。ごめん。先生。先生、忙しかったのに。それでも、俺たちには優しくしてくれた。俺に、俺の生霊のことを言わなかった」
三日月は冷ややっこを食べ終えて、言葉を紡いだ。
「俺が俺の生霊を知ったのは、小学校四年の三学期の終業式。先生に一年間、ありがとうございましたって。絶対に夏休みに作った最高のちぎり絵を超えるちぎり絵を作って見せるねって言いに行こうとした時。俺は初めて、俺の生霊を見た。見ることができた」
「それから、君は大慌てで私を連れて校長先生に会いに行って。どうにかしてくださいって土下座をして。大騒ぎでしたね。校長先生にも君の生霊は見えていましたし」
「もう。黒歴史だよ。結局、俺が夏休みのちぎり絵を超えるちぎり絵を作ることができた五年生の二学期の始業式まで、俺の生霊は烈日先生に憑いたままだったし。本当にごめんなさい」
「いえ。今となっては、いい思い出です。教師にもできることに限りがあるということを思い知ることもできましたし。頼るという大切さも重々。同じ教師であれ、生徒であれ」
「烈日先生」
「君も私を頼ってくださいね。生徒を頼ってくださいね。きっと助けてくれる人も居ますから」
「………うん。うん。俺。烈日先生と一緒の小学校で働けて、すげえうれしいよ」
「私もですよ。これからお願いしますね」
三日月は差し出された烈日の手をじっと見つめた。
小学校四年生からずっとずっとずっと見続けてきた分厚く大きな手。
二十五年という年を経た今でも。
成長した今の三日月の手と変わらないように見えて、まったく違う。
「これからよろしくお願いします。烈日先生の助けになります」
三日月は差し出された烈日の片手を両の手で包み込んでは強く握りしめた。
烈日は目を細めて、もう一度、よろしくお願いしますと言ったのち、力が強いですよと、ぽんぽんと片手で優しく叩いたのであった。
(2026.8.23)




