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掌編小説シリーズ  作者: 藤泉都理
2026.6.
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2395/2417

あまいあめとあいあいがさ




 甘い雨。

 草木を潤し育てる雨。

 その名の通り、甘い味がする。

 ほんのりと、

 あまい。

 あまいあめ。


 この甘い雨を全身で吸収し続けたら、強くなれるだろうか。

 この世に産声を上げて、自我が生まれる前より、強くなるための修行を課せられて。

 まいにち。

 毎日毎日毎日。

 辛くて苦しくて逃げ出したくて。

 なのに。

 強くならないから不要だ。

 そう、

 両親から捨てられた時。

 逃げられると安堵するよりも。

 全身が引き裂かれたかのような痛みに苛まれた。

 捨てないで。

 曇天の空の上を雄々しく、華々しく飛翔する両親に追い縋ろうと腕を大きく伸ばすも、両親のどちら共に指の先すら掠ることはなく。

 飛翔できないがゆえに空の中、両親を追いかけることもできず。

 姿は見えているのだ。駆け走って追いかければいい。そう、すればいいのに。

 足が、地面に縫い留められたように、動かず。

 足が、甘雨に縫い留められたように、動かず。

 心が、甘雨に縫い留められたように、動かず。


 泣いているはずなのに、泣いてないように思う。

 泣き喚いているはずなのに、泣き喚いてないように思う。

 身体も心も魂も動きを止めてしまって、何も分からない。

 なにも、






「邪魔だ。退け」




 温柔な雨が突如として峻烈な雨へと変化したかのように思えたが、何故か恐怖に苛まれることはなかった。

 雨と共に、水と共に地の上を歩く生物だ。

 自分を置いて行くことのない生物だ。

 どこから生まれたのだろうこの自信は。

 この生物は自分を必要としてくれるし、自分も必要とする。絶対に。

 心が、魂が、身体が動き出す。

 無慈悲にも通り過ぎようとしているこの生物を逃がすなと、冷静な声が全身全霊を突き動かす。




 甘い雨が変わった。

 冷たい雨へと変わった。

 変わってもよかった。

 雨は雨。

 自分たちを、自分を生かしてくれる雨には違いなかったから。











 十五年後。


 呪霊狩りの業界の中でも冷酷無比な妖怪として恐れられている、河童の阿和あおは、龍の子どものりんを絶対零度の眼差しで以て見下ろしていた。


 阿和は漆黒の瞳に、漆黒の前髪も肩につく後ろ髪も一直線に切り揃えられている痩せ型長身の人間の三十代男性へと化けて、漆黒のスーツを着用していた。

 霖は群青色と銀色と異なる色を持つ瞳、ゆるく波打っている青の短髪、小柄ながらも筋肉質な体型の人間の二十代男性へと化けて、漆黒のスーツを着用していた。


「一回だけでいいからさ。相合傘しよう。いえ。してください。阿和」


 聞こえていないと思ったのか。

 もう一度同じ言葉を阿和へと捧げた霖は紅の蛇の目傘を広げて、にっこりと無邪気な笑みを向けた。


「霖」

「はい」

「傘を持つには片手が塞がる。両の手を使い呪霊狩りを行っている俺たちが傘を持つなどあってはならないことだ。加えて、人間に化けているからと言い俺たちは軟弱な人間と違い、雨にぬれても体調不良に陥ることはない。ゆえに、傘は不要だ。しかも一つの傘に俺とおまえが入るなど窮屈極まりない」

「うん。阿和がそう言うと思ったけど。一度だけ。俺のお願いを聞いてください」

「おまえの願いはこれまでも多く叶えて来た。もうおまえの願いを聞くつもりはない」

「うん。その言葉も多く聞いて来たけど。阿和。なんだかんだ言って、三回に一回は叶えてくれるじゃん。直近の二回は叶えてくれなかったから、今回は叶えてくれるでしょ?」

「くだらないな。付き合ってられん」

「一回。一回だけ。相合傘に関してはこの一回だけしかお願いしないから。五分だけ。ほら。今から店に行く予定があったじゃん。この本部から店に着くまでの五分間だけでいいから。お願い!」


 紅の蛇の目傘の柄を両手で挟んでは、瞳を潤わせて上目遣いで見つめる霖の頭を真っ二つに叩き割りたくなった阿和であったが。


(こいつは本当に俺を狂わせる達人だな。初めて会った時から、)


「………五分間だけだ。いいな」

「ありがとうっ」

「さっさとしろ」

「うん」


 本部の出入り口に立てば、雷が入り乱れる鉄砲雨が暴れに暴れ回っていたが、阿和は目を細めては、いい雨だと呟いた。

 どこか色気を滲ませたその物言いに、動揺してしまう霖。ほのかな朱を頬に浮かび上がらせながら、紅の蛇の目傘を持ったまま行こうかと、屋根のある出入り口から出ようとした時だった。


「俺が持つ」

「え? いいよ。俺が持つ。阿和は両手を塞いだらだめ」

「俺よりおまえの方が両手を塞ぐべきではない。まだ片手で力を制御できていないのだからな」

「………っ」


 今になって現実が見えてしまった霖。もしも、と、考えてしまったのだ。

 相合傘をしたいと浮かれる頭が突如として冷やされて、考えて当然の思考が顔を出す。

 もしも、両手が必要な呪霊に遭遇した時に、相合傘を持ってしまっていた所為で、阿和に何かよからぬ事が起こってしまったら。


(俺。ばかだ。相合傘をする人間たちが羨ましくなって。真似したくなって………本当にばかだ)


「あ。え。あ。やっぱ「早くしろ。叶えると俺は言った。本部から店までは相合傘をすると言った。俺がおまえの願いを叶えると言って叶えなかったことがあるか?」

「………ないです」

「俺が持つ。いいな」

「………ごめん。阿和」

「おまえがばかなやつだということは知っている」


 阿和は紅の蛇の目傘の柄を持つと、行くぞと歩き出した。

 悪天候にもかかわらず、乱れのないいつもの歩行速度。

 置いて行かれそうで置いて行かないいつもの歩行速度。


「甘えられる時は甘えておけ」

「………」


 突如として涙腺が緩んでしまった霖。言葉が出て来ず、代わりに阿和の腕に肩をちょこんと触れさせたままにした。

 雷が入り乱れる鉄砲雨に加えて暴風も吹き荒れる。

 傘など一瞬の内に破壊されそうなほどの悪天候であったが、不思議と紅の蛇の目傘は微塵も破壊されることなく。


 早く店に着きたい。

 もう少しこのままで居たい。

 早く大きくなりたい。

 もう少しだけこのままで居たい。


(堂々と甘えられる今をもう少し長くって気持ちと、甘えるだけじゃなくて。そうじゃなくて。阿和に甘えられたいって。頼りにされたいって。気持ちも)


 近づけば近づくほどに、阿和の身体の冷たさを実感する。

 凍えそうなほどに冷たい体温。

 この冷たさが心地いいなんて、心地いいと感じる日が来るなんて、霖は思いもしなかった。


(両親と同じはずなのに。全然違う)


「阿和。ありがとう」

「………調子には乗るなよ」

「うん。次の願い事二回は諦める」

「………」


 溜息を出す阿和に、霖は大好きだよと満面の笑みを浮かべて言ったのであった。











(2026.6.6)




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