表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
掌編小説シリーズ  作者: 藤泉都理
2026.6.
PR
2389/2439

夢の中だけの隣人




 六月に雨に打たれながら結婚式を恙なく終わらせた花嫁と花婿は生涯幸せになれる。

 六月が晴天続きの我が国では、もはや伝説となってしまった結婚の言い伝えである。






 三週間後に結婚式を控える二千歳の女性エルフ、睡蓮すいれんは、自身が住む巻貝のような形の塔の隣室へと足を運んだ。

 いつものように。

 夢の中だと認識しながら。

 隣室の扉を人差し指の背で軽く叩く前に、隣室の主からどうぞと声をかけられた。

 睡蓮が隣室の扉のドアノブを回しては横に動かせば、真っ黒いとんがり帽子にワンピースを身に着けた金色の大きな目を持つ黒猫のような少女、黒百合くろゆりが、待っていたわよと言っては蠱惑的な笑みを浮かべるのであった。




 魔王を討伐した勇者からのプロポーズを百回断り、百一回目に受け入れた睡蓮には結婚式に向けて為さなければならないことがひとつあった。

 それは、雨を降らせることであった。

 魔法が苦手な薬草師のエルフである睡蓮にとって、雨を降らせることなどできなかった。

 できない。

 睡蓮が素直に言うと、結婚式を取り仕切る冷静沈着が売りの神官長が、鼻息を荒くして言ったのだ。


 最早絶滅寸前の知識が豊富なエルフと魔王を討伐した勇者の結婚式に雨を降らせずしてどうしましょうかいいえありえません絶対に降らせていただきます。


 そう言っては、魔法の特訓を睡蓮にも勇者にも課したのである。

 特訓に明け暮れる日々。

 剣は得意だが魔法が苦手な勇者もしごかれまくる中。

 結婚式を一か月後に控えた睡蓮は夢を見始めるようになった。

 舞台は何故か、睡蓮が住む巻貝のような形の塔の中。

 部屋は十二室あるがどれも睡蓮の使っており、誰も居ないはずの或る一室。

 睡蓮は疑問を抱くこともなく隣室へと向かい、隣室に居る黒百合を訪ね、黒百合と共にティータイムを過ごしたのちに、雨を降らせる魔法の特訓をさせられるのである。

 夢の中でも特訓をしなければならないなんて。

 げんなりした睡蓮はその日から寝ても覚めても雨を降らせる魔法の特訓に明け暮れたのであった。






 梅酒のパウンドケーキ。

 枇杷のゼリー。

 枇杷の葉を使った紅茶。


 結婚式を翌日に控えたその日。

 いつものように。

 夢の中だと認識しながら。

 睡蓮が疑問を抱くことなく隣室へと向かい人差し指の背で軽く叩く前に、黒百合がどうぞと言ったので、扉のドアノブを回して横に動かして部屋の中に入り、黒百合と共にティータイムを過ごした。


「睡蓮。今日は特訓はいいわ。免除してあげる。ティータイムだけで終わりにしましょう」

「いや。できれば今日も特訓をしてくれないかい。黒百合」

「あらあら。自信がないのね」

「ああ」

「ふふ。あんたは雨を降らせられなかったら降らせられなかったで別に気にしないでしょ。例えば、国中が雨を期待する、エルフと勇者のビッグカップルの結婚式だったとしても。ね」

「ああ。気にしてなかったよ。だけど。色々な人に声をかけられてさ。おめでとう。おめでとうって。ほとんど知らない人だけど。祝われたら。期待に応えたいって思っちゃったんだよ。雨を降らせたいってさ」

「ふふ。神官長が怖いからじゃなくて?」

「………君は本当におしゃべりだね。知らなかったよ。ずっと一緒に居たのにさ」

「あら。わたしの正体に気付いてたんだ。いつからかしら?」

「さてね。最初からのような気もするし、つい今しがたのような気もするよ」

「おしゃべりで幻滅した?」

「いいや。嬉しかったよ。話せて。厳しく特訓してくれたおかげで雨を降らせる魔法を会得することもできたし。感謝しかない。夢から覚めてもたくさんお礼を言いたいし、君の好きな物をあげたいけど。どうせ、消すんだろ。この一か月間の夢の中の出来事をさ」

「安心して。雨を降らせる魔法は会得したままだから」

「黒百合」

「あらあら。二千年も生きているのに、生まれたばかりの赤ん坊が駄々を捏ねるような顔をして」

「どうしても消すんだね」

「ええ。わたしはあんたを見守り記録するだけの存在。本当ならこんな手助けは御法度。だけど。まあ。数少ないあんたの晴れ舞台だし。一回ぐらいは。ね」

「だったらなおさら特訓してよ」

「ぐうたらなあんたが珍しい」

「一生に一回くらいはね」

「ふふ。じゃあ。今日もビシバシ行くわよ」

「よろしくおねがいします」


 優艶に笑ってみせた黒百合に、睡蓮はいつものように眠たそうな微笑を向けたのであった。











「じゃあ。行こうか」

「………にゃ」


 結婚式当日。

 巻貝のような形の塔の家から出て薬草畑の世話をした睡蓮。生まれた時から共に居る妖精の黒猫、黒百合と共に結婚式場へと向かった。


「そういえば、不思議な夢を見たような気がするんだよ。少女に化けた君にしごかれる夢。ほとんど消えかかってるけど。消えてほしくないな」

「………にゃ」

「大丈夫。絶対成功させるよ。勇者と一緒にね」


 迎えに来た勇者の元へと少し足早に向かった睡蓮をじっと見つめては、もう一度小さく鳴いた黒百合であった。











(2026.6.3)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ