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掌編小説シリーズ  作者: 藤泉都理
2026.5.
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2364/2506

青白い五月晴れ




 五月病という症状をご存じだろうか。

 新生活の環境変化(入学や就職など)によるストレスや緊張が、ゴールデンウィーク明けに心身の不調として現れる症状の総称を指す。

 では、五月健という症状はご存じだろうか。






 五月病だけではなく、昼だけ真夏のようにギラつき、朝夜は晩春といったスズやかな気候という気温の落差で、身体に変調をきたす者が続々と現れ始める最中の出来事であった。

 妖魔対策部門新米育成課の首領、憧れの対象である医者知らず、体力自慢の男性吸血鬼、山吹やまぶきが生まれて初めて医務室に足を運んだのであった。


「ああ。これは。うん。たぶん。五月健じゃないかな」


 妖魔対策部門医療課の首領、小奇麗で距離感が絶妙な小舅と秘かに呼ばれ頼りにされている男性吸血鬼、桔梗ききょうは、パリッと糊の利いた常の白衣を身に纏うのではなく、シワシワヨレヨレの白衣を羽織っては、覇気のない声音で言った。


「五月健ですか?」


 妖魔対策部門新米育成課所属にして山吹の補佐役、山吹と桔梗以外は一度目を離すと探す事が困難になるほど影の薄い男性吸血鬼、黛青たいせいは、初めて聞く病名に眉根を寄せながら聞き返した。


「ああ。うん。はあ。やる気が出ないのが五月病。やる気が出まくるのが五月健。あれでしょ。山吹。ああ。なんだっけ。ゴールデンウィークで。はあ。もう休みたい。あそこのぐちゃぐちゃのベッドで僕もぐちゃぐちゃに眠りたい」


 桔梗は真っ白いシーツも掛け布団もぐちゃぐちゃになっているベッドを指差して言った。

 いいですよと言った黛青は、桔梗をぐちゃぐちゃのベッドへと連れて行った。

 ありがとう。

 儚げに微笑んだ桔梗は掛け布団も下に敷いたまま、寝心地の悪そうな体勢で言葉を紡いだ。


「えっと。ああ。そうそう。ゴールデンウィークなのに身体を休めるでもなく。はあ。見知らぬ土地に修行に行って不思議な果物を食べたって。はあ。言って。はあ。つかれた。だろ。たぶん。その果物が遅効性の効果抜群の栄養ドリンクみたいな………ものでさ。血がさ、一新、した。みたいに。若返って、力がみなぎって。やる気が出まくった。効果は一時的だろうから。そんな。悲壮感に浸った、顔を。しなくても。いいん。じゃ。ない?」

「チョコトマト食べますか?」


 あまりに気だるげな桔梗の姿に、血の代替品であり吸血鬼の主食の一つであり桔梗の好物である、トマトとチョコレートを組み合わせて創られたチョコトマトを収穫してこようかと黛青は提案したが、桔梗に要らないと言われてしまった。


「食欲ない」

「今日はもう退勤した方がいいんじゃないですか?」

「………いいや。だいじょうぶ。こうやってべっどにからだをよこたえていたらだいじょうぶ」

「大丈夫じゃありませんよ」

「よし。じゃあ。俺が桔梗の代わりを務めよう。二十四時間三百六十五日働くぞ」

「暑苦しさが増しました」


 気力体力を吸い取られているような気がした黛青は、げんなりとした。

 通常は大火を背負う山吹であったが、五月健を発症した今は炎を纏うハリケーンを背負っているのである。

 しかも恐ろしい事に伝染するのである。

 ただの一言でも山吹と言葉を交わした吸血鬼は、瞬く間に二十四時間三百六十五日間働けますを実行に移す吸血鬼と化してしまうのだ。

 桔梗と黛青のように伝染しない例外者も居るには居るが、とても稀であった。


「組織長も伝染してしまって、コンプライアンスを徹底したホワイト企業が今や、ブラック企業へと変貌してしまいました。ですので、私は五月健とやらが終息するまで、姿を消す事にしました」

「ああ。うん。いいんじゃない」

「任せろ。俺が黛青の分まで働くからな」

「………」

「ん? どうした?」


 山吹は胸を叩いて、満面の笑みを浮かべた。

 黛青は応えず無言で、じっと山吹を直視したかと思えば溜息をひとつ出し、素早く山吹の首元に牙を立てては、黛青の体力の限界まで勢いよく吸血したのであった。


「ふ。ふふ。山吹は優しい補佐役に就いてもらってしあわせだね」

「反動で長期間休まれでもしたら迷惑ですから」


 がんばって、がんばって、がんばって。

 吐き出しそうになるぐらいまで山吹の血を吸い上げた結果、山吹は気絶をした。

 膝が崩れる山吹を抱えた黛青は小さくゲップをしたのち、言葉を紡いだ。

 山吹に負けず劣らず、青白い顔をして。


「とりあえず、完治するまで気絶し続けてもらいますよ。山吹さん」

「本当に優しい相棒が居て、よかったね。山吹」


 山吹を連れて姿を消した黛青を見送ったのち、桔梗はやっぱり掛け布団をかけてもらえばよかったと呟いたのであった。











(2026.5.18)




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