面倒な関係
一は、羨望と安堵。
四は、羞恥と嫌悪。
では、七十一はどうなるのか。
幼い頃にしたように、斜め後ろを見てみれば、思いもかけず視線が合い、思わず、変な声が出た。
恐らく、相手も同じような声が出ている事だろう。
退職してほとんどの時間、我が家を謳歌していたのだが、休息を十分に取れたのか、家族の奥底に渦巻いている冷たい視線に耐えかねたのか、外へと向ける気になった。
さてさて、何かの参考になればと、新聞のチラシを冷やかして見る中で、興味を引いたのが社会人向けの授業だった。
IT、環境、文学、美術、世界史、日本史の中から選べて、時間は休憩を挟んで二時間、初回は無料とのことで、善は急げと、予約の電話をして、早速訪れたというわけだ。
母校である小学校に。
記憶が曖昧なだけではないだろう。
色合いが明るく整っている学校に、昔とは違う現代的な空気を感じるも、居心地の悪さより高揚感が勝る。
教室に入る前に、軽く一礼をして、中に入る。
一年一組。
はるか昔、自分が使っていた教室。
とくれば、座るのは、当時の席。
廊下側の一番後ろ。
斜め後ろを見れば、三年四組の教室が見える場所だった。
姉が見える場所だった。
「まーさーか。この年になって、弟とまた一緒の学校に通うなんて」
「姉ちゃんの家、確か、一時間くらいかかるだろ」
「受けてみたい講師の方が居たから仕方ないでしょう」
「免許は返納してんだろ。わざわざバス使ってまで。年を考えろよな」
「動かないと実年齢以上の年を取る事になるからね。動ける内は動くよ」
両親が亡くなってからは、一年に一回会えれば上々だった姉は、外見上は年老いていたものの、はきはきとした口調と視線は幼い頃と変わらないままで、自分はどうなんだろうと、少しだけ思ってしまった。
もし、自分も変わっていなかったとしたら。
「あ。そうだ。あんた。日本史だったでしょ」
「そうだけど」
「私、ちょっと興味があったのよねー」
「…俺は別に姉ちゃんが受ける講義には興味がないんだけど」
「大丈夫大丈夫。あんたの家に行くなんて、面倒な事なんて言わないわよ。ほら。喫茶店があったでしょ。そこで、どんなもんか教えてくれればいいわ。優しいお姉さまが好きなもんを一つだけ奢ったげるから」
「旦那に頼めよ」
「旦那は庭づくりで精いっぱいだし、友達も子どもも興味が一切ないっていうし。受けないの?」
「いや。受けるけど」
「じゃあ、何も不都合ないじゃない」
(不都合だらけなんだが)
一年生で感じたのは、初めて行く学校の事を何でも教えてくれる姉への羨望と姉が同じ空間に居てくれる安堵。
四年生で感じたのは、姉の友達にからかわれる羞恥と自分を小ばかにする姉への嫌悪。
では、七十一はどうなるのか。
後ろ斜めを向けば、手で払われる仕草が目に入り、ちゃんと授業を受けているのかと悪態をつくも、背筋を伸ばして、前を向く姉の姿に、自然と口の端が上がった。
とりあえず、面倒だという事だけは確かだろう。
(2021.4.18)




