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ついと
死んでもゆるさねーから覚悟しとけよな。
声量はどうだったか。
声質はどうだったか。
どんな顔をしていたか。
おとだけしかのこっていなかった。
荘厳たる雲海の上を足が進むままに歩くと、高さも知れぬ扉の前へと辿り着く。
見ているだけで目が回りそうな模様が描かれていた扉を当然開けるものと言わんばかりに、腕が持ち上がり、手が扉を押し当てる。
ほんのわずか。
それだけで扉が動くことを知っている。
扉のうちに入れば、こちらに戻ってこれないことも。
ただしそれだけ。
戻れずとも困らなかった。
だからほんのわずか。
手に腕にと言わず、足にも力を込めて扉を押そうとした、その刻。
ついと、袖が掴まれて、顔を動かし、視線を斜め後ろへと向ける。
驚愕すべきだろう。
恐怖を抱くべきだろう。
手首より先の手だけしかそこにはなかったのだから。
けれど、不思議とどちらの感情も生まれなかった。
生まれたのは、綿のような安堵だけだったのだ。
「しんでもゆるさねーからかくごしとけよといったよな?」
「閻魔様への借金がどんどん増えていくな」
第一声がそれかと罵りたいのだろう。
紅の色合いがさらに深まり、さらに鮮やかになり、覚えず、笑みがこぼれる。
(2021.3.23)




