第五章 38話
本日の投稿は第五章38話と更新停止のお知らせの2話分になっており、
こちらは第五章の38話になります。
「くっ、『ブリザード』」
「『シャドーウォール』!!」
気合一閃。最前線で戦うシーバーがハルバードを振りぬくと、相対していた男がたたらを踏んで後退し、苦し紛れに放った魔法をレミリーが防ぐ。
荒れ狂う氷の嵐がトンネルに満ちていた喧騒を鎮め、救助隊と敵が何度目かのにらみ合いに入る。
「はぁ……卑怯だなんだと言う気はねぇが、魔力を吸うって何だよその魔法道具は。こっちの攻撃魔法だけが当たる前に消えちまう。防御魔法も効果減退。やりづらいったらありゃしねぇ」
にらみ合いの中、バラックはぼやくような口調とは裏腹に威圧的な声色で苦境を口にする。それに答えたのは、シーバーと戦っていたリーダー格のランプ男。
「よく言えたものだ。そちらは怪我人1人に対し、こちらは3人も殺られたというのに」
男の言う通り、戦況は負傷者を出したものの救助隊が優勢。とはいえ敵の魔法だけが効果を発揮する状況に苦戦を強いられている。戦闘中にランプ男の持つランプが魔力を吸っている事が原因だとレミリーが看破し、シーバーが破壊を試みているが、ランプ男の技量と魔法によるほぼ一方的な援護に阻まれていた。
件のランプへ繋がる鎖の音だけが静まり返ったトンネルに響き、男の目は一瞬だけ後方にたたずむ2頭の魔獣とその影に隠れる負傷者、そして負傷者を介抱するミヤビらへと向く。だが、視線はすぐに目の前のシーバーへ戻さざるを得ない。
長々と見ていれば隙にもなるが、何よりシーバーが重々しく口を開いた。
「貴様こそかなりの腕前……だからこそ、それだけの力をこのような場所で振るっているのが惜しい」
「何を突然……」
「貴様ら、国軍の兵士ではないのか?」
確信を持ったこの一言は敵と救助隊双方に僅かな驚きを与え、言葉を発した本人はさらに続ける。
「正しくは元兵士、といったところか。少なくとも兵士や騎士を志していた事はあろう」
「何故……」
「貴様の剣筋は野党私自身も訓練生の頃に散々叩き込まれ、部下にも指導した剣筋と同じ。これを見紛うほど耄碌したつもりはない。
貴様も他の者も、賊にならず真っ当な道に生きていればその腕で他者を助けることも、金や名誉を手に入れることも出来ただろうに」
「……賊と一緒にするな……」
「我々は金に汚く女を襲うような真似はしない……っ!」
「よせ! 我らは我らの正義に殉ずるのみ」
シーバーの言葉を侮蔑と受け取った敵の数名が苛立ちや悔しさを隠せずに呟くと、ランプ男がそれを止め、続く言葉によって再び敵の意識が救助隊へ向き直る。だがここで、その物言いに我慢ならなくなったバラックが怒鳴った。
「正義だと? どの口が言ってやがる!」
「思想は人それぞれと言いたいが、人攫いに正義があるとは思えんな」
「理解されようとは思っていない」
意見に同調するホスロウの言葉にもランプ男は淡々と答え、場が一触即発の空気に包まれる中――
「「っ!」」
シーバーとランプ男がどちらからともなく動き、戦闘が再開する。
「ハァッ!」
「ラァ!!」
決死の覚悟を固め激しく攻め込む敵を、感情を飲み込み冷静に迎え撃つ救助隊。敵方の魔法による援護に苦戦するも
「うぐっ!?」
「舐めんじゃないよっ!」
「かっ!?」
ネールがバラックと戦っていた敵の1人の隙を突き、手持ちの鞭を首に巻きつけ引き倒し、生まれた隙をバラックは逃さずに敵を1人減らす。
これにランプ男は奥歯を軋ませ、後方から魔法による援護をしていた4人へ怒鳴った。
「もはやこれまで! やれ!!」
その瞬間2人が素早く剣を抜き、御者台へ駆けだす。
「!! 『ウォーターカッター』!!」
「『ファイヤーアロー』!!」
行き先からいち早く狙いに気づいたセバスとラインバッハが効かぬ魔法を放ち、シーバーが守りを突破しようとするが。
「ぐっ!! 行かせは、しない!」
ランプ男が身を挺し、胴部に傷を追いながらもシーバーを押しとどめた、瞬間――
爆音と共に御者台が吹き飛び、煙と塵が舞った。
「嘘っす……」
友人の乗った馬車が爆発。音と振動を感じて魔獣の影でこぼす言葉は、カナンだけでなく他の者の不安を表していた。しかし
「脱走だ!!」
「っべ、急げ!」
「ちょっ、勝手に……!」
「もう、急ぎますよ!」
敵の1人が爆発に吹き飛ばされた仲間や非武装で逃げようとしている2人の男を目にして声を上げ、さらに男の行動に苛立ちや焦りを隠さない女が3人馬車から飛び出した。中にはエリアの姿もあるが、無事を喜ぶ暇など無い。
たとえ逃げなくても敵に襲われただろうが、防具一つ着けていない今の彼女達は格好の的。援護をしていた残り2人が強化魔法を使って追うが。それをさせまいと救助隊の追撃が激しさを増すが、ランプ男はしぶとく立ち塞がる。
「『ファイヤーウォール』!! っ!」
「『サンダーボルト』!!」
装備の無いエリア達は敵の居ないトンネルの先へ逃げざるをえず、苦し紛れに放った魔法は追っ手の目を煩わしそうに細めさせる程度の効果しかない。
馬車から逃げた者と馬車の傍で戦っていた者。元より何百メートルもの長い距離が開いていた訳ではなく、追っ手が間近に迫るまでに時間はかからなかった。
背中に避けろ! 逃げろ! と祈るような叫び声がかかり、一歩ごとに追っ手の足音と荒い息が大きく聞こえ、ふと振り向けば剣を振り上げる男が2人。
エリアは男を睨みつけるが、迫る刃に否応なく死を覚悟させられる。
そして片方の男が剣を振り下ろし、エリアの体が切り裂かれる――
「えっ」
直前、男の頭に矢が突き立った。
エリアは体の力を失って勢いのままに前へ倒れる男の様子を目にして足をもつれさせ、倒れかけながらもう一人の負ってが足を止める所を目にする。しかし次の瞬間、その視界は刀を上段に構える血まみれの男に遮られた。
「ギャアアアアアッ――」
男は瞬く間に立ち止まった追っ手を一刀の下に切り捨て、ここでようやく目の前に居るのが誰かに気づいたエリアがぽつりと呟く。
「リョウマ、さん?」
「……間に合った」
竜馬は女性冒険者の警戒の視線を受け流し、未だ戦い続けている救助隊のほうへ目を向けているが、声には若干の安堵の色が浮かんでいた。
しかし、これを良しとしない者が居る。傷を負いながら救助隊と切り結び、耐えたランプ男だ。
「邪魔をするな!!!」
追っ手がやられた途端にランプ男の冷静さはなりを潜め、仲間まで巻き込む氷の嵐を救助隊へ放ち前線を放棄。
「下がれ!」
竜馬の一声でエリアと女冒険者は迫るランプ男と距離を取り、竜馬とランプ男の剣が交わる。そして一度、二度、三度と打ち合い、不意に鍔迫り合いになったランプ男は呪詛を吐いた。
「おのれ掃除屋! 貴様が邪魔をしなければっ!!」
「邪魔するに決まってる。俺は、そのために来たんだよ! ……アルフォード」
目の前の敵が知るはずの無い自分の名前にほんの一瞬ランプ男が体を固めた隙を逃さず、竜馬はランプ男を突き飛ばす。ランプ男はすぐさま体制を立て直したが、今まで以上の警戒をあらわにした。
「何故、名を知っている」
「ここに来るまでに、他にも色々と知った。誘拐まで含めて貴方が首謀者だったことや、貴方の目的も。まさか闇ギルドの構成員が、闇ギルドを潰そうとするなんて考えもしなかった」
竜馬は初めに誘拐犯から聞き出した通路が爆破されていたため、逃走経路の先にあるアジトから先回りする形でここまで来ており、アジトに居た闇ギルドの構成員を殲滅した際にさまざまな情報を得ている。
そんな竜馬の言葉を聞いて険しい表情をさらに険しくするランプ男、もといアルフォードが口を開いた。
「闇ギルドは犯罪者の巣窟。奴らは罪無き人々を理不尽に苦しめる、根絶すべき害悪だ」
「だからエリアを狙った。公爵令嬢の誘拐なんて大事を起こし、わざわざ俺への脅迫状という形で公爵令嬢が誘拐された証拠まで残させて」
「いかにも。嘆かわしいことに闇ギルドと手を組み、不当な利を得る不届きな貴族が居る。闇ギルドを潰すためには、そういった貴族が庇いきれない罪が必要なのだ」
「貴方にとっては問題が大きくなるほど好都合なんだろうな……表ざたに出来ない書類やら人の思考を誘導する薬、とにかく犯罪の証拠になる物が見つかったよ。
俺を呼び出した誘拐犯から闇ギルドの倉庫の存在を暴露するように仕向け、失態は全て誘拐の実行犯とその仲間に押し付けて逃げる。あいつらも、俺もいい様に使われた訳だ。……そして、貴方も」
ふと胸元のランプに目を向けた竜馬へ、アルフォードが氷の槍を無詠唱で放つ。
魔力を察知して紙一重で避ける竜馬だが、続く剣が首を狙う。
一歩後退して切っ先を避ければ氷の矢が竜馬を襲うが、過剰な魔力を込めた火の矢で威力を殺す。
一瞬でアルフォードが剣を振りかぶり、脳天を狙い殺意を込めて振り下ろす。
対する竜馬は斜め左に踏み込みつつ刀を剣と垂直に掲げ、刀と剣が打ち合わさる刹那。
アルフォードの視界から刀身が消え、剣が虚空を切る。
そして消えた刀身は、アルフォードの頭上に。
「ァアッツ!!!」
「――!!」
竜馬は刀と剣が合わさる寸前に体をひねり、刀を握る右手を支えとし、まるで舟を漕ぐ櫂のように左手で円を描いた。
左手を上げる僅かな動きは刀身を斜め下へ傾かせ、下げる動きで攻撃へ移る構えを整え、瞬時に反撃に転じる事を可能にする。
援護も無く、シーバーとの戦いで既に手負いのアルフォードは咄嗟に体を仰け反らせたが避けきれず、気を纏わせた竜馬渾身の袈裟切りは肩口を捉え、右脇腹まで鎧を胸元のランプや鎖ごと一直線に斬り裂いた。
「ハッ、ハ……ッ! ァ……」
周囲に血飛沫と鎖が飛び散り、いまだに竜馬に剣を向けているものの、アルフォードの息は傷の痛みで荒く足取りも覚束ない。
そこに2つの影が迫り、
「カハッ!?」
アルフォードの首と心臓が背後から貫かれる。
「敵はリョウマ1人ではない」
「我々に背を向けるのは、確実に殺してからにすべきだったな」
「ァ……ァ…………」
それは氷の嵐を切り抜けたシーバーとホスロウ。
さらに後ろにはバラックやネール、救助隊の他の者が武器を構えて立ち並ぶ中、掠れた息を吐いたアルフォードはそれまでの激しい戦いに反し、静かに息を引き取った。