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第五章 37話

 刻一刻と時間は流れ、反響するトンネルに響いた馬の蹄と馬車の音が、救助隊に届く。


「この音……」

「姿は見えないが、敵で間違いないだろう」


 右へ緩いカーブを描くトンネルを横一列に併走する2頭のスパイクアーマーアルマジロ。その片割れに跨ったミシェルが呟き、間を飛んでいたホスロウが続く言葉を先に言う。


 その直後、この反響するトンネルの中では救助隊の音も向こうに届く、敵からの攻撃と戦闘に備えるようにとシーバーから注意喚起が行われ、救助隊の面々が気勢を上げた。


 トンネルがカーブを終えて直線になると、距離はあるが正面に横2列の隊列を組んだ馬車の集まりが目視で確認され、2頭の足へさらに力が入る。


 敵方も布で顔の下半分を覆い、背中に盾を背負って殿(しんがり)を勤める騎馬集団が前方へ敵襲を知らせたため、馬車の速度が上がる。それに反して、騎馬集団は速度を落として2列の隊列を組み、救助隊を阻む構え。


「敵騎11! 来るぞ!」

『『ファイヤーアロー』――!!』


 双方の距離が徐々に縮まり、殿(しんがり)を勤めていた敵から一斉に放たれた火魔法を防ぎ、救助隊の面々が魔法で応戦する。しかし、敵側も救助隊に近い列に6、残りの5頭は馬一頭分空けてその間から覗く形で防御と攻撃を分担し、堅実に守りながら一糸乱れず進路を塞いでいる。


「意外と錬度が高いけど、悪いわね……ラインバッハちゃん!」

「うむ!」

「『シャドーニードル』」


 距離が詰められ、レミリーがそう唱えた瞬間


「ごふっ!?」

「な、ばっ!?」

「「「ぁぁあ! あぁぁ――」」」


 騎馬集団の内、前を走っていた2人が血の混じる咳と共に落馬。ラインバッハの操る従魔は避けたが、敵は密集した隊列が災いしてか、避けきれずに馬に衝突、あるいは落馬した騎手に躓いてさらに3頭が転倒。


「“死影(しえい)の魔女”だ! 距離が足りんぞ! 離れてっ、かっ、は……」


 指示を出そうとした者も、途中で喉に影の針を受ける。


「70年近く昔の事を……その呼ばれ方、昔から好きじゃないのよ」


 喉を貫かれた騎手が最後に見たものは、己の身を守るための防具から生える、己を殺すための影の針。そして、自分と同じように鎧の内側(・・・・)から、影の針に貫かれる仲間の姿だった。


 騎馬集団を突破した救助隊は飛び交う魔法を掻い潜り、荷を詰めた馬車との距離を詰める。そして救助隊が馬車の最後尾まで後一歩と言うところまで近づいた時


『!?』


 救助隊の面々とスパイクアーマーアルマジロが、突如敵方から放たれた魔力に身を強張らせかけた。


 それは魔法使いでなくても容易に危険と感じさせる多量の魔力、発生源は首にランプのような物体を提げ、上半身に巻きつけた鎖で固定した異様な風貌の男。馬車の間から顔を覗かせたその男の口の動きへ、真っ先に反応したレミリーが叫ぶ。


「伏せなさい!! 『シャドーウォール』!」



 その直後、救助隊は影に包まれ、トンネル中に氷の嵐が吹き荒れる。


 従魔2頭の足は止まり、実体を与えられた影の壁を鈍器のような氷の礫が絶えず打ちつけ十数秒。影の壁は揺らぎながらも氷の嵐が止むまで耐えきったものの、嵐が止むと氷が溶けるように消え、レミリーの表情に濃い疲労の色が浮かぶ。


「レミリー」

「平気よ! 今の魔法はちょっと厳しいけど、ラインバッハちゃんはこの子達の指示に集中して頂戴」


 手持ちの魔力回復ポーションを(あお)るレミリーの言葉で一層緊迫した空気が広がる中、バラックが声を上げる。


「おい、あの連中一台だけ馬車停めやがったぞ」

「距離が約300、護衛は12人。内1人はさっきの魔法使いだ。馬車が不規則に揺れている、おそらく中に人が居る!」

「攫われた子が居るとしたら挑発か、それとも目的の物を出しときゃ逃げたほうを追わないと踏んだか、少なくとも逃げる気は無いみたいだねぇ」


 目の良いホスロウが補足しネールが言った通り、先で留まる一団は先ほどまでと一転して逃げる気配が微塵も感じられず、トンネルという限られた範囲で落馬の二次被害を避けるためか、先ほど氷魔法を放った男が馬車から降りて周りを鼓舞し始めた。


「向こうもやる気みてぇだが、陸上なら俺らも戦いやすいぜ。なぁ?」

「「ああ!」」


 バラックとその仲間2名に加え、シーバーも従魔から降りて本領を発揮すべく武器を手にし、数十秒後には争う音がトンネルに響き渡る。









 その頃、暗い馬車の中では助けが来ている事を察し、攫われた者たちが体に繋がる鎖を鳴らしていた。


「クソッ! 外れろっ!」

「馬鹿、殴って外れる訳無いだろ!」

「そこの2人、静かにして頂戴よっ」

「ざけんな! さっきの魔力はお前らにも分かっただろ!」

「それは感じましたし、逃げたいのも分かりますが、誰かが来たらそれこそ逃げられません。せめて声は抑えてください」

「っ、だからさっさと何とかしようとしてんだろっ」

「馬車が止まって外は外で慌ただしい。チャンスじゃないかっ。今を逃したらどうなるか、それに助けに来た人が負けるかもしれないだろ」

「……じゃあ手枷が外れたとして、アンタらそんな相手に逃げ切れると思うの?」

「っ……じゃあどうすりゃいいんだよ!」


 冒険者の男二人を諌める女冒険者二人。いがみ合っている場合ではないが、経験も少なく先の魔力を感じて怯えた男二人は冷静さを欠いていた。


「あの……一つよろしいですか?」


 平行線をたどるやり取りに、女冒険者二人の間に居たエリアが口を開く。


「助けに来たのは前騎士団長のシーバー・ガルダック様です。お声を近くで聞くことがありましたから、間違いありません」

「えっ、騎士団長……?」

「まさか、いや、そういえばテレッサに居るって噂が」

「噂で無く、本当にいらっしゃいました。だから、どこかで話を聞いて助けに来てくださったのでしょう。元宮廷魔道師の方と人助けをしているそうですし……」

「元騎士団長と元宮廷魔道師……」

「はい。ですから、そう簡単に負けてしまうことはないと思います。だから――大丈夫ですわ」

「お、おぅ……?」

「本当に、助かるのか……?」


 助けに来たシーバーとレミリーの肩書きを前面に押し出したことにより、多少は落ち着きを見せる男二人。


「ああ、もう。情けないね! 年下の女の子が堪えてるってのに男がオロオロと」

「マロール」

「はいはい、分かってるよ。何かできることを考えないとね」


 マロールと呼ばれた女冒険者の苦言に、男二人は静かになった。


「でも、本当にどうしよう? こんなの力づくで切れないし」

「せめて魔法が使えればまだ……」

「この手枷が魔法道具なんですよね?」

「そうだよ。これのせいで魔力が出せないのさ、やって見ればすぐ分かるよ」


 エリアの問いにマロールが簡潔に答えると、エリアは実際に確かめようと、普段魔法を使う時のように魔力を出してみた。すると……


「あら?」

「どうしました?」

「いえ、確かにこう邪魔といいますか、魔力が押し込められる感じがしますけど……私、ほんの少しでしたら魔力を出せそうで……」

『!!』


 限界を確かめつつ搾り出された言葉でエリアに注目が集まり、馬車の中が一度静まり返りすぐに潜めた声で会話が始まる。


「嬢ちゃんのだけ魔法道具が壊れてたのか?」

「んなことどうだっていいでしょっ」

「エリアちゃん、その、どんな魔法が使えますか?」

「少し漏れ出す程度の魔力なので、火か氷の初級魔法くらいしか……」


 周囲は落胆して肩を落とすが、エリアは自分の言葉で閃いた。少ない魔力でも使える魔法があるじゃないかと。それを伝えると半信半疑ながら他にこれといった手も無く、細い糸にすがる様にやってみようという話になる。


「まず外の様子を(うかが)いましょう。魔力を感知される危険があります」


 もう一人の女冒険者の言葉に反対意見があるはずも無く、全員が黙り込んで耳をそばだてる。


「――!!」

「……!」


 彼らの耳に届いたのは無数の怒声に剣戟の音。そこに断末魔の叫びも混ざり、壁一枚向こうで行われる戦いの激しさをものがたっていた。


「今なら――待って」


 突如、騒がしかったそれらの音が止む。馬車の中は決着がついたのか、どちらが勝ったのかと気が気でない。そこに


「しぶといな……」

「騎士団長殿こそ、そのお歳でよくそれだけ……こちらの兵が……我々を追うにも疲れが……」

「貴様らの目的は……」


 短く微かで、途切れ途切れの話し声が壁越しに届き、誰かの大声を機に再び激しい戦いの音が続く。


「何かの拍子に止まっただけみたいだな」

「それに、本当にSランク冒険者が来てくれたのか……」

「大丈夫そうですね。エリアちゃん、今のうちに」

「はいっ」


 自分の魔力が近くの戦闘に紛れることを願いながら、エリアは腕を前に突き出してある魔法を使う。


「『ヒート』」


 それは竜馬との訓練で飽きるほど繰り返した加熱の魔法。訓練時のように、弱々しい火属性の魔力を、両手を繋ぐ鎖の輪の1つへ集中させて流し込み、温度を上げる。


「どうした?」

「やっぱり使えませんでしたか?」

「……魔法は発動しています。だけど魔力が少なくて、少し時間がかかりそうですわ」


 心を落ち着け、魔法道具の効果を上回る魔力で魔力を押し出し、さらに一点に注ぎ込み続け、じきに鎖とその周辺が暖まったことと集中による疲労で額から汗を流すエリア。


「ちょっと、大丈夫――って、これ……」


 その様子に気づいたマロールが声を掛けたところで、魔法の効果が誰の目にも明らかになる。


「このまま、もっとっ」


 熱を加えられた鎖の一部が赤くなり、破損したのか魔法道具の効果が薄れる。エリアは一度魔法を止め、先ほどより少ない魔力でまた熱を加え続ける。するとじきに融解しかけ、柔らかくなった鎖が千切れ――落ちた金属が馬車の床を焦がし火がつきかけたが、氷魔法で事無きを得る。


「と、とりあえず成功ですね」


 多少のトラブルがあったものの、エリアは馬車の中でひっそりと逃走の機会に備えていた。

主人公不在が続いていますが、次回には出します。

読んでいただきありがとうございました。

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