表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/18

ドッキリ

『人生とは時にエンターテイメントである』

 これは今私が適当に考えた格言だが、あながち間違っていないのではと思う。なぜならば、人の窮地というのは、傍から見ればこれ以上ない娯楽だからだ。

 そういう悪趣味な慈悲や、他人事の優越感を間接的に味わうのが、いわゆるテレビの「ドッキリ番組」である。若手芸人やアイドルが、時にチープな、時にハードな仕掛けにハメられる瞬間は、画面越しだからこそエンターテイメントとして成立する。


 では、実際に一般人でドッキリにかけられたことがある人は、どれくらいいるのだろうか。それも、テレビカメラなんてどこにもない、ただ「オレと、お前」のクローズドな空間で行われる、何の生産性もないドッキリを。

 お察しの通り、筆者にはその経験がある。眠れない夜に、人生の無駄な出来事として走馬灯のように思い出す、あの最悪な記憶だ。


 もう十年以上前の話である。

 当時、新卒で入った会社を勢いで退職した私は、実家を飛び出し、大阪の知人の家を転々としていた。

「なんとか食いつながなければ」

 その一心で、生きるために必要なスキルが身につきそうな飲食店に狙いを定め、片っ端から面接を受けた。今思えばなんと安直な動機だろう。しかし結果として、私はあるフランチャイズのお弁当屋に正社員として採用された。

 学生時代にホールの経験はあったものの、調理経験はゼロ。魚は切り身の状態で海を泳いでいると思っていたレベルである。しかしまあ、アルバイトの高校生でもできる仕事だ、なんとかなるだろう。

 ……そして、本当になんとかなってしまった。オーナーの作ったマニュアルがよほど優秀だったのだろう。メキメキと調理スキルを身につけた私は、なんとわずか半年ほどで、小さな店舗の責任者(店長)に抜擢されたのだ。

 出世頭? 否、ただの奴隷契約だったのだが、その詳細を語ると本筋からズレるので割愛する。


 事件は、ある休日に起きた。

 私は通院のため、マイカーで大阪の繁華街「ミナミ」を訪れていた。

 渋滞のせいか寝坊のせいか、病院の予約時間が迫っていた。焦った私は、いつも使う安いコインパーキングではなく、病院の最寄りにある目に留まった駐車場へと車を滑り込ませた。

 数時間後、用事を終えて駐車場に戻り、出庫のために清算機へアスファルトの番号を打ち込む。

 画面に表示された金額を見て、私は目を疑った。

 五桁。……そう、万単位である。

 慌てて看板の案内表示を見上げると、そこには目を凝らさなければ見落とすような超一等地の「破格(絶望的という意味で)」の料金設定が、しっかりと記載されていた。

(焦って金額を見ていなかった。というか、手持ちが足りない……!)

 まさか数時間の駐車料金で諭吉(当時はまだ諭吉の時代だった)を繰り出す羽目になるとは思わない。ギリギリの極貧生活を送っていた私に、そんな大金があるはずもなかった。


 困り果てた私は、当時居候させてもらっていた友人に電話をかけた。仕事中だったようだが、パニックを起こしている私に「看板にある管理会社に今すぐ電話しろ」と的確なアドバイスをくれた。ナイスすぎる。

 私は震える手で管理会社へ電話をかけ、料金を確認せずに停めてしまったこと、決して踏み倒す気はなく、支払う意思があることを必死に説明した。

 数十分後、現場に現れたのはスーツを着たサラリーマン風の男だった。男は事情を汲んで出庫させてくれ、「後日振込で支払う」という約束で連絡先を交換し、その日は解放された。どうやらその駐車場は、地元の小さな不動産会社が運営しているようだった。

 ここまでは、まだ前座に過ぎない。


 そんな金銭的爆弾を抱えたまま、私は日常の業務へと戻った。

 数日後の、昼下がりのことである。

 お弁当屋にとって、朝の仕込みから昼過ぎまではまさに戦場だ。腹を空かせた客が猛獣の如く詰め寄ってくる。反面、十四時を過ぎれば一息つける「アイドルタイム」となり、夜に向けた仕込みをしつつ、事務処理や清掃を進めるのが常だった。

 私がカウンターで事務作業をしていた時、自動ドアが開く音がした。

「いらっしゃいませ」

 顔を上げた瞬間、心臓を直接掴まれたかと思った。

 黒スーツの男が、あからさまに機嫌の悪そうな顔で大股で近づいてくる。

(……そんなにお腹が空いているのだろうか)

 現実逃避気味にそんな呑気なことを考えていたが、違った。

「店長、おるか?」

 ゲーム『龍が如く』でしか聞いたことのないような、低い声。ドスの効いた声とは、まさにこのことだ。

 あ、店長ですね。ええっと、店長、店長……自分だ。

「わ、私ですが……」

 この時点で声はガタガタに震えていた。漏らさなかったのだけが奇跡と言っていいほど、足の震えも止まらない。クレームか? ピーク帯に何かやらかしたか? 思考がコンマ一秒の間に乱高下する。

「表出ろや」

 借りてきた猫のように、従順に連行される私。パートのおばちゃんが心配そうにこちらを見ていた気がするが、記憶は曖昧だ。

 そのまま、店の駐車場へと連れ出された。そこに停まっていたのは、見事な黒塗りのセダン。

(あー。これ、アレだ。本物のヤクザだ)

 どうやって逃げよう。私の脳内コマンドは『にげる▼』一択になっていた。

 男はおもむろに懐から煙草を取り出し、火をつけた。メビウスだった。一息吸って紫煙をくゆらせたのち、鋭い睨みとともに口火を切った。

「お前、この前ミナミで駐車場代踏み倒したやろ。払えや。一〇〇万や」

 コノヒト・ハ・ナニヲ・イッテ・イルンダロウ。

「えっと、それは後日振込でいいって話だったんじゃ……それに、一〇〇万なんて無理です」

「そんなん知らんわ。ええから親に借りてでも今すぐ払えや」

「ふええええ、無理でしゅ……!」

 圧倒的な威圧感。目つき、声音。間違いない、この人は裏社会の住人だ。なんてところに車を停めてしまったんだ。払えなかったらどうなる? 遠い海へ連れて行かれるのか?

『闇金ウシジマくん』で得た乏しい知識をフル回転させるが、脳裏に浮かぶのはどれも最悪なバッドエンド集ばかり。気がつけば呂律すら回らなくなっていた。このまま連れ去られる。おばちゃん、お願いだから通報して――。


「……なんてな。怖かった?」

「……ふえ?」

 突然、男が相好を崩して破顔した。いや、そんな笑顔をされても恐怖は一ミリも引かないのだが。

「ごめんな。俺、ここのオーナーの知り合いやねん。今度近くに新しく店出すから、今後の付き合いもあるし挨拶しようと思ってな。そしたらオーナーが『ちょっとドッキリ仕掛けようや』って言うからさ」

「えーっと……つまり、嘘ってことですか?」

「そう、嘘。テッテレー!」


 テッテレーじゃねえよ。山か船かを覚悟したわ。

 カメラもない、ただオレとお前の関係でのドッキリほど、無駄で悪質なものはない。

 すぐさま店のオーナーに抗議の連絡を入れたが、「ハハハ、驚いた?」と特に悪びれる様子もなかった。


 当然、そんな最悪なトラウマを植え付けてきた人間関係が、その後にうまくいくわけもない。私はその男とも、そして悪趣味なドッキリを企画したオーナーとも完全に馬が合わなくなった。

 リアルドッキリ事件を経て、会社への信頼が綺麗さっぱり地に落ちた私は、数ヶ月後にそのお弁当屋を退職した。

 ちなみに、例の駐車場代金は、後日指定の口座へきっちり一円の狂いもなく振り込んで解決した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ