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3人一緒の初めてのミッション開始

 この静寂を破ったのは、白シカ組ではなく、私でもなく、明智君でもなく、塀の向こう側の阿部君だった。

「ブルー、まだそこにいますかー?」

「ああ、うん。白シカ組の奴らが現れないけど、どうする?」

「うーん、……。私もそっちに行きます」

「えっ! どうやって? レッドには、この塀は高すぎるだろ?」

「ブルーにできて、私にできないのは癪だけど、単に身長の差なんだから調子に乗らないでくださいね」

 調子に乗ってはいなかったが、阿部君に言われたことで、調子に乗り優越感に浸ってしまった。だからって、「身長の差だけではないぞ」なんて言おうものなら、ここが私の墓場になるので、自重してやるか。

「それで、どうするんだ?」

「そうですねー。ロープがあれば良かったけど、この前のロープは、まだ白イノシシ会の組長宅の鉄条網に引っ掛けたままでしょ? ああいう証拠になるものは、きちんと回収してこないとだめですよ。ブルーは基本がなってないですね」

 我慢我慢。

「ロープか何かがないか、探してみるよ。ちょっと待っててくれるかい」

 私は、明智君も一緒の方がロープを見つけやすいと思い、まずはバックパックに向かおうとした。明智君は、まだバックパックの中だからだ。しかし、私が一歩踏み出すと同時に、阿部君が呼び止めた。何か閃いたようだ。無視をする度胸はなかった。

「ちょっと待って。あるじゃないですか、ロープ……の代わりが」

「え? どこに……」

「バックパックとイエロー」

 明智君は聞こえただろうか。聞こえていてもいなくても、あと数秒後には、確実に顔面蒼白になっていることだろう。でもまあ、明智君の腕力なら、軽い阿部君を支えるのは……。頑張れ、明智君。だけど、それで届くのか? 私が再び塀の上に登れば届くのだろうけど、さすがの私でも無理だ。だって、こちら側は柔らかい芝生が邪魔をして、跳躍が半減してしまうのだから。

「バックパックにイエローの後ろ足を引っ掛けても、届かないだろ? 阿部君からは見えてないけど、こっちの地面は柔らかいから、私は塀に飛び乗れないぞ。足場になるような何かか、もしくはロープを探して来るよ」

「待って待って! こんな事もあろうかと、イエローには大して意味のない大きなマントをコーディネートしてたんですよ。私って、すごいなー。自画自賛しなくても、私を採用しなかった見る目のない企業以外のみんなは、私が世界一凄いって分かってますよね?」

 なんとなく私に似ていると思ってしまった。うーん……なんとも言えない。

「そ、そうだね。じゃあ、バックパックにイエローの後ろ足を引っ掛けて、そしてイエローがマントを持ってレッドの前に垂らせばいいんだね?」

「うーん、それだと、イエローが後ろ足を滑らせたりマントを離す可能性が高いですね。なので、バックパックにマントを括り付けて、その先にイエローの後ろ足を縛ってください。バックパック、マント、イエローの順ですよ。間違わないでくださいね」

「わ、分かった。イエロー、聞こえたかい?」

「……」

 聞こえていないのか、寝ているのだろうか。はたまた、今できる一番の策である無視をしているのだろう。返事をしたら実行されると考えたのだな。だけど、どうせされるのだ。諦めろ、明智君。

 明智君が話を全部聞いていたのは、すぐに明白となった。バックパックを開けて中を覗くと、これでもかというくらいに震えていて、私と目を合わせようともしない。それでも、私は心を鬼にして、バックパックから出るように促す。しかし、明智君は、この至近距離で聞こえないフリをする。最弱の悪あがきだな。

 もう、引きずり出すしかなかった。明智君は本当にささやかな抵抗を試みたものの、そこまで私に負担をかけなかった。どうやら、いつまでもバックパックに留まっていると、反省会の材料になってしまう恐怖に後押しされたようだ。もしくは、待たされている阿部君が、私に何らかの無慈悲なアドバイスをするのを察知したのかもしれない。

 出てきた時には、明智君は完全に観念していた。阿部君に考え直すようにお願いもしない。時間の無駄だと知っているのだ。そんな明智君から、私はマントを外す。そして、片足がいいか両足がいいか聞いてあげた。もちろん縛るのが前提だ。明智君は何も言わず、そっと両足を揃えて出してくる。私は、マントをバックパックに縛ってから、反対側を明智君の足にも縛った。

 その間、「まだー?」とか「早くー」とか聞こえていたが、明智君のために無視をしてやった。この程度の反抗は許してくれるだろう。いや、反省会で……。もう手遅れか。

「できたよ。イエローを投げるぞー」

「待ってましたー。元気良くねー」

「あれ? 待てよ。イエローではなくてバックパックを、レッド側にした方がいいんじゃないか? バックパックの方が持ちやすいだろ?」

「あっ、ほんとだー。今日のブルーは珍しく冴えてますね。私の教育の賜物かな。ただ、ブルーは絶対にイエローを離したらだめですよ。どんなに涙を流しても、どんなに鼻水を垂れさして、どんなにギャンギャン叫ぼうとも。分かりました?」

 私の一存では返事をしないで、明智君に同意を求めるのが筋だろう。すると明智君は悟りを開いた僧侶のように、全く感情を出さず遠くの方を見ながら、頷いてくれた。無理しないでほしい、いやそもそもロープになんてなりたくない、と言いたいのは山々だろうけど。他に選択肢がないことを理解しているのだ。

「明智君、きっと報われる時が来るさ」と、敢えて『イエロー』とは呼ばずに励ましてあげると、明智君は健気にも笑顔で頷いてくれた。

 これが号令だと判断した私は、明智君を肩に乗せ、バックパックを月に向かって投げた。全く難しくないので、バックパックは無情にも塀の向こう側に消えて行く。と同時に、嬉しそうな声で、「ナイスー」と悪魔の声が返ってきた。阿部君のはちきれんばかりの笑顔が手に取るように分かる。

 続いて、明智君を逆立ち状態で塀に持たれかけるようにして、バックパックをさらに阿部君に近づけた。おそらく、阿部君の目と鼻の先くらいまで、バックパックが届いただろう。「オッケー」と、これまた地球上のすべての生き物の喜びを独占したような楽しさで返ってきたからだ。

 もしかしたら、阿部君は最前線で活動したくて、うずうずしていたのだろうか。気持ちが分かるだけに、阿部君に対して、私はほんの少しだけ優しくなれそうだった。明智君には言えないが。

 それはそうと、何の遠慮もなく阿部君はすぐにバックパックにしがみつくと思っていたのに、何の反応もない。私が明智君の前足をがっちり握り、明智君が無の境地でロープになっている、時間だけが無意味にすぎている。ときおり、魚釣りで餌を突かれている浮きのように、チョンチョンと動くだけだ。阿部君は何をしているんだ? 一番に業を煮やしたのは、珍しく私だった。

「レッド、いつでもいいぞ。登ってきてくれ」

「何言ってるんですか。私はバックパックにしがみついてるので、引っ張ってくださいよ」

 もちろん明智君も聞こえていたはず。だけど無反応だ。それでも、一応明智君に確認すると、またもや笑顔で頷いてくれた。明智君の覚悟は計り知れない。すっかり大きくなって、私は嬉しいよ。

「じゃあ、引っ張るぞー。手短にやりたいから、レッドも頑張って手を離さないようにしてくれよー」

「はーい。私、頑張りまーす」

 私が加減しては明智君に申し訳ないし、何より無駄に時間だけがかかって、明智君が苦しむ時間が長くなるだけだ。明智君の根性と、あと阿部君がしがみつくだけではなく上手く手足を使って少しでも負担を軽くする努力に期待して、私は力を込めて明智君の両前足を引っ張った。

 もしこの場面を誰かに見られたなら、動物虐待で通報されただろう。例え明智君が自らの意思でやりましたと言ってもらえない。そういう風に追い込んだのは、私と阿部君だし。よけいに悪質だと思われるだろう。だけど、一つ言い訳というか説明させてほしい。明智君は愛玩動物ではないし、立場とかも下でも上でもない。私たちは全員が対等な仲間なのだ。

 自然と「ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン」という掛け声を、「ワン」の所はもちろん明智君、「フォー」が阿部君、「オール」を私が担当して発している。初めて一つになった我々怪盗団は、少しずつとはいえ確実に進んでいる実感があった。怪盗団としての仕上がりと、阿部君の位置が。

 無心で声を出し明智君の顔だけを見て引っ張っていると、突然、手応えがなくなった。勢い余って、私は尻もちをついてしまう。さらに悪いことに、すべての足を拘束されて為す術のない明智君が、私の眉間をめがけて頭突きをしてきたのだ。

 痛い。頭がクラクラする。私は、自分の顔と明智君の頭がケガをしていないか心配だった。だけど、それ以上に気がかりだったのは、阿部君の状態だった。耐えきれずに手を離してしまったのだろうか。それならまだ阿部君の責任なので、再び今の地獄が繰り返されるのが辛いだけだ。だけど、マントの結び目が解けたり、マントが切れたとしても、私の責任にされてしまう。そうなったら、反省会の恐怖に負けて、私と明智君は白シカ組に入れてもらってヤクザの道を歩むのを選ぶかもしれない。

 しかし、そんな私の心配が杞憂に終わったのに気づくまで、1秒も必要としなかった。無意識に塀に目をやると、視界の上部分に人影らしきものがある。焦点をその人影らしきものに合わせると、月光をバックに塀の上で阿部君が……いや、『レッド』が両手を腰に当て背筋を伸ばし立っていて、逆光でも笑顔だと分かるくらいに歯を光らせ、私と明智君を見下ろしていたのだ。

 私は、しばし無言で眺めていたが、阿部君は動く気配を一向に見せない。何をしたいんだ? 私たちの時間は永遠ではないんだぞ。

 何かおかしいと感じた私が、目を凝らして見てみると、阿部君は膝がガクガク震えていた。なるほど。登ったはいいが、恐くて降りられないのだな。今までの仕返しで、石でもぶつけてやりたい気持ちを押し殺し、私は優しく声を掛けてあげる。石ころ一つ見つからなかったとは、言わなくてもいいことだ。

「レッド、立ってないで、まずしゃがむんだ」

 阿部君は憎まれ口を一切叩かず素直に従った。これはこれで優越感に浸れたので感無量だ。

「次に、下を見ないで塀にぶら下がってごらん」

 口答え一つせず、またもや素直だ。

「よし、もうそこからなら地面まで1メートルもないから、手を離してごらん」

 さすがに恐いのか、なかなか離さない。

「ワンワオー」

 後ろ足をマントで縛られたままだけど、自分の足や頭が痛いのは忘れて、明智君も応援をする。すると、私と明智君の期待に応えるように、清水の舞台から飛び降りる覚悟を傍から見てても分かるくらいに見せつけて、何事もなく何十センチ下の柔らかい芝生の上に落下した。

 言うまでもなく無傷だし、痛くも痒くもないはずだ。100歩譲って、痛いとか言ったところで、あからさまに無視をしてやると心に決めてはいたが。

 想像はできていたが、喜び勇んだ阿部君は私の方へは来ずに、キャッキャッ言いながら明智君に駆け寄った。そして、あたかも死の淵より生還したヒロインとヒーローよろしく抱き合う。あくまでも喜んでいるのは阿部君だけで、一時的人間不振に陥っている明智君の目は冷めている。それに何より、明智君が今一番して欲しいのは、後ろ足を縛っているマントを外してくれる事だ。

 なので、私はそっと明智君に近寄り後ろ足を自由にしてあげると、明智君は阿部君を突き放し、私に鼻っ面を寄せてきた。しかし、それも一瞬だったが。

「イエローは頑張ってくれたから、今日の取り分は、私3、ブルー3、イエローが4で決まりだね」の言葉一つで、明智君は痛いはずの後ろ足で私を足蹴にして、阿部君の懐に飛び込んでいった。

 私は理解した。こんなにも変わり身の早い明智君が一番好きなのは、私でも阿部君でもなく、お金なんだと。というわけで、この茶番劇には早々と見切りをつけるか。

「レッド、イエロー、はしゃいでるところを悪いが、早く次のミッションに移らないか?」

「そうですね。あんなに派手に爆竹が鳴り響いてたのに、白シカ組の誰一人として現れないのは不気味ですけど」

「私が見込んだように、やはりここには何かがあるぞ」

「そうですね。私が見込んだ物が、ざっくざくとありますね。楽しみだねー、イエロー?」

「ワオーン!」

 明智君がすっかり元気になっただけでも、良しとしておこう。うんうん。だけど、これで、ここでの収穫が何もなかったなら、明智君は怪盗団を脱退するかもしれない。せめて猫だけでもいてくれたらいいのだけれど。いや、最悪、野良猫を捕まえて白イノシシ会の組長に見せるか。それとも正直に猫はいなかったと言うべきだろうか。何かここに来た証拠を持って帰れば信じるだろう。うん、表札を持って帰ろう。私たち3人でも持てるほどの大きさであってくれよ。こういう田舎ヤクザは目立ちたがりだから、バカでかい場合があるからな。

 私は、白シカ組組長の驚く顔と白イノシシ会組長の喜ぶ顔を思い浮かべながら、笑顔で進んだ。少し離れて、阿部君と明智君が何かこそこそ話しながら、ついてくる。ただ、ここは完全に敵のテリトリーなのだから、慎重さだけは忘れないようにしないとな。特に阿部君と明智君がお荷物となるのだから。

「ブルー!」

「こらー! 急に大きい声を出すんじゃない!」

「ブルーだって……。でも、大丈夫ですよ。爆竹を鳴らしても何の反応もないんだから、これくらいの大声で見つかるわけないじゃないですか」

「それはそうだが……で、なんだ?」

「イエローは、お札の束の在り処が分かるみたいですよ。昨日初めてお札の束の匂いを嗅いで覚えたそうなんです。分かりきったことだけど、ブルーは今までお札の束とは無縁だったんですね? ヒヒヒ」

「そ、そんなことは……。そもそも、お札一枚とお札の束は、濃度の違いがあれど、匂いは同じじゃないのか?」

「そう言えばそうですね。イエロー、どういうことなの?」

「ワンワ、ワンワンッワワン、ワワワンワンワン」

「なるほどー。お札を束ねてる帯の匂いが独特らしいですよ」

「そうなんだ。お札を一枚一枚探すよりは、その帯を探す方が効率的だから、それは朗報だな。ところで、レッド、話は変わるが、レッドはイエローと話せるのか?」

「ブルーはバカなんですか? 人間と犬が話せるわけないでしょ」

「い、いや、でも、レッドはイエローの通訳みたいなことをしてるし。それに、いつも二人で楽しそうに会話してるじゃないか」

「あっー! ほんとだー! え? どうして? イエローは、かわいくって心もきれいな人とだけ話せるとか?」

「いやいや、それはない。変な妄想は時間の無駄だ。ちょっと、イエローと話してみれば? 私だ見てみるよ」

「ブルーが見ても謎が解けるとは思えないけど、他に誰もいないし、藁にもすがるとか言いますしね。イエローはどうして私と話せるの?」

「質問が直球だね。おや? イエローは表情豊かにジェスチャーみたいな事までしているじゃないか。まさか、レッドはイエローが今何て言ったか理解できたのかい?」

「はい。イエローは、『そんなの分からないけど、僕は人間の言葉は分かるよ』と」

「なるほど。まず、イエローが人間の言葉が分かるという前提があるんだよ。そして、イエローが話す時は、表情は豊かなうえに全身を使ったジェスチャーを織り交ぜていたぞ。だからって、そのイエローの表現を普通の人は理解不可能だね。レッドが持って生まれた対応力って言うのかな、それが図抜けているんだろうね。イエローとレッドの波長がぴったり合うのも手助けしているだろうし」

「じゃあ、お宝を探しに行きましょう」

「ワンワーン!」

「私の話を聞けー!」

 阿部君と明智君の二人が、物陰に隠れる辺りを確認する次の物陰まで静かに全力疾走するを無意味に繰り返す後ろを、私は何も軽快せずにダラダラついていった。二人は初めての怪盗らしい潜入を目一杯楽しんでいるけれども、爆竹や私たちの会話で誰も出て来なかったのだから、コソコソする意味がない。もしかしたら気づいていて、私たちを家の中におびき寄せ逃げ場を失くしてから捕まえるつもりなのかもしれないが、どちらにしても中に入るまでは警戒する必要はないだろう。

 そんな事を考えながら無言でついていってると、二人は怪盗ごっこに飽きたのか、急に警戒するのを止め何やら相談し始めた。もう今さら二人が会話できる事に、いちいち反応する気はない。

「何かあったのか?」

「はい。この壁の向こうに、お札の束が山のようにあるって、イエローが自信満々に」

「ワ? ワンワー! ワンワン」

 おそらく阿部君の都合の良いように解釈されたのだろう。明智君は完全には否定していないが、何か言い訳をしているようにも感じる。私も明智君の言いたい事がだいぶ分かるようになっているじゃないか。だけど、いちいち阿部君に逆らうようなことはしない。私も明智君も。

「それじゃ、この近くから入れる所がないか見てみよう。中で待ち伏せしてることも考えて、慎重にな」

「はい。ブルー、ここに窓がありますよ」

「鍵が開いてたらいいけど、どうだ?」

「うーん、びくともしませんね。でも、鍵が見えますよ」

「よしっ。こんな時のために、ガラス切りを持ってきたんだぞ。私は抜かりないだろ。昔、コソドロを捕まえた時に、腕試しのつもりで、そいつから気づかれないように盗ったなかなかの美品だから……」

「ガシャン! そんなものいらないですよ」

「こらー! 私たちは、怪盗であって、強盗ではないんだぞ。昨日、レッドがイエローに散々言ってたじゃないか」

「まだ誰にも危害を加えてないから、これは怪盗の範疇ですよ。でも、私がイエローにそんな事を言いました?」

 私と明智君は、阿部君は酔うと記憶を失くすと知った。さほど重要な情報ではないな。

「この音で、白シカ組の奴らが来るかもしれないじゃないか。例え来なかったとしても、それは結果論だからな」と、私が真の怪盗のリーダーらしく説教をしてあげているのに、すでに阿部君と明智君は窓を開けて侵入を試みていた。何らかの罠があるかもしれないのに、なんて躊躇のない奴らなんだ。そして間違っているのは、私にされる。

「ブルー、そんな所でひとり言を呟いてないで、早く来てくださいね。気持ち悪いなー」

「こらっ、もっと警戒しろ。カメラとかセンサーとかないのか?」

「分かりませんよ。こんなに暗いんだから。どこかに電気のスイッチがあればいいんですけどね」

「こらー。もしスイッチがあっても、触るんじゃないぞ!」

「冗談じゃないですか。おとなげないなー。ねえ、イエロー?」

「ワン」

 暗がりでも、二人の私をバカにしている視線を感じる。二人も、私の顔が真っ赤になっていることに気づいているのだろうか。言ってこないが、気づいているなら、言ってくれた方がまだいいのに。

「オホンッ。まあ、警戒は怠るなよ」

「はいはい」「ワンワン」

「『ワン』は1回……じゃなくて『はい』は1回だ」

 私の会心の冗談は、一方通行のひとり事となった。ただ、二人の私をバカにしている笑い顔が鮮明に見えるのは錯覚だろうか。電気は着いてないから、目が暗さに慣れてきたか、錯覚だな。錯覚であっておくれ。

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