1000万円のちトラ
「イエロー、お札の束の場所はどこー?」
「ワンワーン」
「ブルー、はぐれないでくださいね。足手まといだけは、ごめんですよ」
「大丈夫に決まってるだろ。しかしやけに静かだな。誰もいないみたいに」
「みんなで慰安旅行にでも行ったんじゃないですか。私たちも、これが終わったら行きましょうよ。ねえ、イエロー?」
「ワーン!」
「そういう話は、無事にアジトに帰ってからだ。一応聞くが、旅行費用は割り勘だよな?」
「ブルー、集中してください。この障子の向こうに、いよいよお目当ての物が。ブルーに開けさせてあげるから感謝してくださいね。そして感謝は気持ちだけじゃなくて、形あるもので伝えないとだめですよ。では、どうぞ」
まさかとは思うが、慰安旅行の費用を出せと? まさかな。もしそうなら、近所の公園にピクニックが関の山だぞ。うん? 集中集中。
私は、まず障子に耳を当て中の様子を伺うと、やはり変わりなく静かで、誰かがいるような気配が感じられない。それでも慎重を期すために、レッドと特にイエローにくしゃみをしないように念を押してから、少しずつゆっくり障子を開けた。
もうすっかり暗さに目が慣れているとはいえ、障子を2、3センチ開けたくらいでは、中の様子が全く分からない。その間、阿部君と明智君は我慢できなかったようで、障子に指で穴を開けて除いている。
さらに障子を開ける前に、私が頭を中に入れた瞬間に障子を閉めて私の頭を挟むようなふざけた事をしないように懇願すると、二人は嫌々約束してくれた。かわいそうなくらいに意気消沈している。だからって、私は考え直さないが。むしろ、先手を打ってやれるほど今日の私は冴えていると、喜んでいる。
安心もして自信もついた私は、頭が入るくらいに障子を開け、目を凝らせて部屋の中を見てみた。一般的な和室のようで、特に何かがあるわけではない。しいて言えば、奥が床の間になっているくらいだ。その間、二人のうち一人は、握りこぶしで障子に穴を開けて中を覗いていた。そして、残りの一頭は、障子に完全に頭を突っ込んで中を見ていたので、私と目が合った。
すると、悪びれた様子なんて全く見せず、明智君が床の間の方だと目で訴える。お札の束の匂いは、あそこから来てると言っているのだろう。阿部君が冗談のように言っていたが、本当に床の間に飾っているのか? いやいや、いくらなんでもそれはないな。床の間に金庫があって、その中にあるのだろう。床の間と金庫の組み合わせは、絵になるし。そして、何よりも、金庫破りは怪盗の醍醐味だ。
私が年甲斐もなく有頂天になっていると、阿部君が障子を全開にして明智君の誘導のもと、床の間にまっしぐらだ。もし落とし穴や跳ね上げ式の網罠なんかがあったなら、どうしようもなかっただろう。という私も、気づけば二人にピタリと付いて走っている。罠なんて、あったらあった時に考えればいいじゃないか。言いたくないが、なんでもかんでも用意周到にしないと行動できないような奴は、我々怪盗団では落ちこぼれ扱いだぞ。
そんなプラス思考の大きさで発言力が左右される、私たちの怪盗団でも、夢でも見ているのかとほんの少しだけ疑ってしまった。まあ夢だろうが現実だろうが、やる事は変わらないのだけれど。
ただ、少しだけ恐怖もあった。ここの組長は、昼間の言動といい、いかれているのかもしれない。話の分かる奴となら、最悪の場合でも私の口車に乗せればいい。だけど、いかれている奴はいきなり暴力に訴える確率が、某国の朝のラッシュ時間帯の電車の乗車率並みだからな。
「ほ、本当に床の間にお金を飾ってる奴って、いるんだな。金庫やタンスや床下に隠さないというのは、よほど盗まれない自信があるのかもしれない。趣味が良いとは言えないのは、声を大にして言えるがな。後ろに飾ってある掛け軸には、トラが描かれているから、これに守らせてるつもりなのかな? ハハハー」
「ブルー、トラを笑うなんて、許さないですよー」「ワンワーン!」
「違う違う。トラをバカにするわけないだろ。お金を飾ってる趣味の悪さと、絵のトラに何かできると本当に信じてるのかと思わせる、ここの組長を笑ったんだ。おそらく、本物の筋金入りの歴史に残るようなバカだぞ。ヒヒッヒヒヒー……。そんな事よりも、早く頂戴しよう。だけど、映画とかだったら、このお金を取ると何か仕掛けが発動するかもしれないから、慎重に……」
「わいわーい。お札の束が10個もあるー」「ワワーン」
「話を聞けー」と言ったところでだったな。
「明智君、後ろ向いて……ああ、イエロー、後ろ向いて。リュックサックに入れるからね」
「ワン」
阿部君と明智君は、なぜこんなにも考えないで行動できるのだろうか。良く言えば大胆で豪快とも言える。だけど、いつか足元をすくわれ、泣きべそと意味そのままの吠え面をかくのだろう。そして、私にすがってくるはず。くどくど説教するのは、その時でいいか。
「ブルー、ボケっと突っ立ってないで、念の為に周囲を見張ってないとだめでしょ。敵が全く見えなくても、油断したら命取りになるんだから。ねえ、イエロー?」
「ワンワオー」
うーん、阿部君の言っている事は正しい。だけど、私は腑に落ちない。どこでどう間違ったのだろうか。
結局、阿部君がお札の束を明智君のリュックサックにすべて入れ終わっても、何事も起こらなかった。これが、アメリカの考古学者が主役の有名な映画だったなら、阿部君は大爆発、明智君は串刺し、私は大玉転がしをしていただろう。無事なのはいいが、見せ場がないのは物足りないな。
とはいえ、拍子抜けしたというよりは、逆に不気味で言いようのない不安がどんどん増幅していた。まあ、一層神経を尖らせたのは、私だけだったが。私以外の我々怪盗団は、一層欲深くなっていたから。
「イエロー、リュックサックにはまだ空きがあるから、金銀財宝も探しに行こうよ」
「ワンワーン」
「え? こんな田舎ヤクザが、どうのこうのって、言ってなかったか?」
「時が経てば、考えなんて変わるもんですよ。盗れる時に盗っておいた方がいいじゃないですか。こんな簡単に1000万円が手に入ったんだから、まだまだ……ヒヒヒヒヒ」
阿部君の言っている事も、一理ある。ただし、欲張るとろくな目に合わないと、昔の話とか童話とかに教訓として書かれてもいる。引き際を大事にしないといけない、と私は声を大にして言いたい。だけど、阿部君と明智君が、リーダーである私の意見を聞くわけがない。なぜなんだろう?
「分かった分かった。だけど、あくまでも慎重にな。そして常に退路を確保しながらだぞ」
「はいはい。まったくもー。ブルーは心配性すぎるんですよ。年寄りの取り越し苦労って、本当にあったんですね」
「ワワワーン」
私の意地の悪い部分が腹の底から湧いてきているのが分かる。その結果、金銀財宝を見つけたい気持ちを、何か危険があればいいのにと期待する気持ちが、あっさり凌駕してしまった。もちろん本気ではない。だけど、それが原因かどうかは定かではないが、まさかあんな想像を絶する危機に陥るまでは、それほど時間を必要としなかった。私が良からぬ願望を持とうが持たなかろうが、あんな危機に巡り合ったのだろうけど、一応反省しておくか。では、危機とはなんだったのかを説明しよう。
この部屋の、床の間がある方と向かいになっている方は、一見、壁だったが、実は襖で仕切られているだけだったのだ。それを、全く警戒していない阿部君と明智君が勢いよく開けた。そしてそのままの勢いで突き進むものだと信じて疑わなかった私は、何も考えずついていく。しかし、二人は襖を開けると同時に、ピタッと止まったのだ。なので私は、ついつい前にいる明智君を蹴飛ばしてしまう。不可抗力だ。
あれほど運動神経の良い明智君が、蹴られた勢いがあったとはいえ、ゴロゴロ転がっていってしまうとは。正座や縛られたりして、足にダメージがあったのも一因だろう。だけど、一番の原因は、襖を開けた瞬間に見えた光景にビビったからだろう。
そして、そのビビったもののすぐ目の前まで転がってしまい、ビビったを通り越して腰が抜けたように動けなくなってしまった。さらに不幸なことに、転がった勢いもあって、お札の束が3つほどこぼれ落ちてしまったのだ。リュックサックのチャックがきちんと閉められていなかったのかもしれない。きちんと閉めなかったのは、阿部君だと、犯人探しをしている場合ではないな。
そこには、白シカ組の組長らしき年配で強面でまあまあ威張っている人と、他に組員らしき人が10数人いた。なのに、誰一人として、その落ちたお札の束を拾うどころか、言葉一つ発しようとしない。トラの覆面を被った一人と、変なロボットのお面を付けた一人と、部屋の中央まで転がっていったトラの覆面を被った一頭に対して、何らかのアクションを起こす素振りを一切見せないのだ。
そこにいる、我々怪盗団を含む誰もが、動ける状況ではなかったからだろう。各々が自らの命を心配するのに精一杯だったのだから。
大きさは明智君を一回りほど大きくした程度だけど、今にも獲物に襲いかかろうと大きく口を開けた一頭のトラが威嚇しているのだ。何かしらの動きを見せたものが、最初の犠牲者になるだろう。まだまだ子どものトラに見えるので、明智君が本気を出せば勝てないこともない。だけど、まずビビった時点で負けたようなものだ。
もし予めそこにトラがいると分かっていて、さらに大金を手に入れてウキウキはしゃいでいなければ、あんな無様に子トラの前でひれ伏すこともなかっただろう。少なくとも明智君が得意の逃げ足の速さを存分に発揮くらいはできたはず。
このままだと明智君が食べられてしまうと、結論するまで、私にしてはまあまあ時間がかかってしまった。明智君を犠牲にして逃げるかどうか迷っていたわけではない。しいて言えば、冷静に状況を分析というか……今こそ言い訳している場合ではないじゃないか。本当のところを言うと膝がガクガク震えていただけだ。
なので、膝の震えが収まると同時に、私は走りだした。もちろん、明智君を救出にだぞ。白シカ組の連中に囲まれる事も、子トラに襲われる事も顧みずに。敵前逃亡したい気持ちを必死で押し殺しながら。気絶しそうなほど驚くべきことに、なんと、同時に、阿部君も私と並走して、私と共に、子トラと明智君の間に割って入ったのだ。
私たちの怪盗人生、いや人生そのものが終わってもいいとさえ思うほど、感動したのは言うまでもない。明智君の「ありがとう」がはっきり聞こえた……ような気がする。
でも、ここで、犬死になんて……うん? 犬死になんて言うのは、明智君に失礼か。まあこれは私の心の声なので問題ないだろう。というわけで、私は普通に犬死にする気なんてない。最後の最後までかっこよく戦ってやる。阿部君と明智君も、この時ばかりは、私と考えを共にしてくれているはずだ。
腰が抜けていた明智君は、元気づけられたからなのか、何事もなかったかのようにすくっと立ち上がった。それが合図とばかりに、私を真ん中に、左に阿部君、右に明智君という並びで、子トラを睨みつける。すると、意外なことに、子トラがビビっている……ような錯覚に私は陥ったようだ。
いや待てよ。これは錯覚ではない。子トラの様子が何かおかしい。子トラが少しばかり小さくなったようにも見える。もしかしたら、トラの顔に人間の体、ロボットの顔に人間の体、トラの顔に犬の体の我々3人組を、この世のものとは思えない異様な存在としてビビっているのかもしれない。だけど、この場は私たちの鋭い眼光で、ビビっていることにして欲しい。
ここからが大事だ。失敗は許されない。というか、失敗イコール死だな。ビビっているとはいえ子トラとはいえ、獰猛なことが巷で有名なトラだ。私たちの連携攻撃を受けあっさり降参してくれればいいが、捨て身の反撃をしてくるかもしれない。それでも、私は強いから大丈夫だけど、弱っちい阿部君と明智君は見るも無惨な状態になってしまうだろう。
いや、考えている場合ではない。先手必勝。攻撃は最大の防御だ。よーし……。
この子トラは、話せば分かってくれないだろうか。私は平和主義だし。「おとなしく帰るから、私たちの事は忘れろ」と言ってやれば、ビビりながらもかっこつけて「今回だけだぞ」と返してきて、思わず安堵のため息をついてしまい必死で目を逸らすに違いない。
今回は、この子トラに花を持たせてあげようじゃないか。私が本気をだせば、この子トラの縦縞を黄色と黒を逆の縦縞にだってできるが、私だって鬼ではない。何度も言うが、私は平和を愛する怪盗なのだ。
と決めたが、トラ語が分からない。明智君は、この子トラと話せるのだろうか。もし話せるにしても、私の後ろに隠れて「バーカ」とか言うに決まっている。阿部君は? 阿部君は犬と意思疎通ができるのだから、トラともできてもおかしくはないが。
あれ? 考え込んでいる間に、阿部君がいない。いや、阿部君だけじゃなくて、明智君もいないじゃないか。私のこのお面の視界が限られているから、たまたま死角に入っているのか?
冷静沈着を地で行く私がややパニックのマネごとをしていると、今までマネキンのモノマネ大会でもやっていたかのような白シカ組の誰かが口を開いた。
「お前たち、いきなり入ってきたと思ったら、横に並んだり縦に並んだりと。いったい何者だ? ここを天下の白シカ組だと分かった上での、ふざけた行動なんだろうな?」
え? 横に縦に? ということは、阿部君と明智君は、私を盾にしているのか? なぜだ? 3人がかりで威圧しているから、この子トラはビビっているというのに。
うん? でも、元を正せば、この子トラと白シカ組は、ここで何をしているんだ? ずっとここにいたのなら、私が派手に爆竹を鳴らしたのも、隣りの部屋でキャッキャッ言いながらお金を盗っていたのも、その時ついうっかり組長の悪口を言ってしまったのも、知っているんじゃないのか。
これは、どういう風にまずいか分からないが、とにかくまずい。
「おい! 聞いてるのか? お前たちは何者だ? もしかしたら神様が遣わしてくれた生贄なのか?」
あんなにおしゃべりの阿部君と犬語しか話せない明智君が、押し黙っているので、私が相手しないといけないのだろう。それが泣く子も黙るリーダーの役目でもあるし。せめて誰か「リーダー頑張れー」と応援しておくれ。
「我々はただの心優しき通りすがりの怪盗団だ。それがちょっとだけ道に迷ってしまったようだな。でもすぐに帰るから安心しておくれ。お前たちの邪魔はしない。では、さらばだ。レッド、イエロー、さよならを言いなさい。それが礼儀だ」
「さよならー」「ワオワンー」
「待て待て待て待て。生贄が帰ったらだめだろ」
「生贄って何の事だ?」
いけない。速攻で帰ろうとしたのに、反応してしまった。阿部君と明智君の冷たい視線を感じる。お前たちは、ただ恐がっていただけじゃないか。機転を利かせて帰ろうとしたのは、私なんだぞ。
「そこにいるものすごく大人しいはずの虎造は、お腹を空かせているからんだ。だから、お前たち、ちょっと食べられてみてくれ」
トラゾウ? おそらく、この子トラの名前なのだな。もう少しセンスのある名前にしてやれよ。いや、名前は本人の生き方次第で、光り輝くものかもしれないな。それに、今はそれどころではない。うんうん。
「お前、何を言ってるんだ? 正気か? ふざけるな。私たちは帰る」
「待て待て。飛躍しすぎたようだ。ちょっと話を聞いていけ。そうすれば気が変わるかもしれないぞ」
「お前は頭が悪いのか? 気が変わるということは、このトラゾウに食べられるということじゃないか。そんなこと、あるわけないだろ」
「そこまで言うのなら、話を聞いてくれるんだな?」
「ああ、望むところだ」
阿部君がパンチを明智君がキックを、私に見舞ったようだ。気持ちは分かるぞ。
私がこんな簡単に口車に乗ってしまうなんて、この組長はそこまではバカではないのかもしれない。バカの相手をするよりは頭の良い奴の相手をする方が、私には相応しいから、嬉しい誤算だと強がっておくか。それに物は考えようで、話を聞いて時間を稼いでいる間に、この訳のわからない危険地帯から逃げる方法が見つかるかもしれない。どうせ今すぐこの場から大人しく帰してくれないのは分かりきっていたし、万が一解放してくれたとしても、ビビっていてじっとしているとはいえトラゾウに背を向けるのは危険すぎる。
そうだ、組長の話を聞いている間にトラゾウが暴れ出さないように、神様にお願いしておかないといけないな。阿部君と明智君も、トラゾウに変に刺激を与えるかもと心配して、私にそんなおもいっきりは攻撃できなかったくらいなのだから。現時点では、私たちがこのトラゾウから無事に離れるためにできる事が思い浮かばない以上、この蛇に睨まれた蛙状態を打破するためには、組長の話を聞くのが結局正解なのだろう。
「人の話を聞くつもりなら、そろそろこっちを向いたらどうなんだ?」
「バカヤロー! トラゾウに背を向けられるか。たまに頭だけ振り返ってやるから、それで妥協してくれ」
「くそっ、引っかからなかったか」
「うん? 聞こえない。もう少し大きい声で話してくれ。さっきまでできていただろ」
「しょうがないなあ。ちゃんと聞いておけよ」
「ああ」




