リティアのシャンカラ観光
あけおめことよろ!
「ミーウ、後ろの子、誰?」
急遽、シャンカラ地下街の魔術師を集めた。
アリスがミーウの隣に座っている少女を見る。
「“天空の神子”」
ローリエが険しい顔で言う。
少女は驚いたように目を見開いたが、頷いた。
「私はリティア。貴女が言うように、“天空の神子”で間違いないわ」
「そんな大物を拾ってきたのか?」
「戦力が増えるのは歓迎すべきことだ」
ミーウは俺がリティアを疑っていると思ったのかムッとしたように言う。
俺はチラッとローリエを見た。
彼女は、警戒心を剥き出しにしている。まるで、テリトリーを侵された雌猫のようだ。
「えっと、貴女は?」
リティアは困ったようにローリエに言う。
この子、良い子だな。間違いない。
「私はローリエ。“大天災”ですよ」
「嘘……。“神の涙”が破壊されたの?」
「よく言いますよ。王国の言いなりになって私を捕まえたのは貴女でしょう?」
なるほど………。わからぬ。
ミーウが今にもローリエに飛びかかろうとしている。
もちろん、リティアと過ごした時間の長いミーウからすると、ローリエが言っていることは明らかにとばっちりだ。
しかし、“神子”について何も知らないミーウではないだろう。
「待って、ミーウ」
リティアは優しく微笑む。
彼女は冷静だ。ローリエは一瞬たじろく。
「安心して、もう敵じゃないわ。貴女と私は味方よ。貴女が私が嫌いなのはわかったけど、お互い協調性くらいは持ちましょうよ」
「…………そうね」
“神子”は、“転生者”でもある。
“神子”は同じ魂しかなり得ないのだ。
神が気に入った子供、もしくは、神が常に強力な祝福を与える子供。それが“神子”である。
“天空”、“大地”、“水源”の三柱の“神子”がもっとも強力とされる。
最高神クリオネがそれぞれバランスを保つために強力な“神子”を作ったとされていたが。
おそらく、否だ。
ローリエによって、神は複数いると断言された。
それぞれの神が、一人ずつ“神子”を持っており、完全に贔屓していると考えた方がいい。
「和解………だな、一応」
俺はため息をついた。
リティアは俺達を見て一礼した。
「改めて、リティアです。能力は多分知っているわよね、〈天空操作〉よ」
“神子”の能力は人生毎によって変わるが、三柱だけは固定されている。
“大地の神子”にいたっては、古代文明から生きている長命な人物だ。どこにいるかは不明だが、確実にこの世のどこかにいるらしい。
つまり、リティアの能力はすでにバレているのだ。
三柱最強とすらローリエが言っていたのだから、知っていてどうにかなるものではないだろうが。
「頼もしいですね」
風月が嬉しそうに手を合わせる。
ウラウネは、リティアに質問した。
「………御付きは?」
「えっと、裏切られたの。教会はそう言ってたわ。今では真相は闇の中だけど」
「“水源の神子”には御付きがちゃんといるらしいから……」
「神楽!」
俺達の声が揃う。
リティアは驚いたように、俺達を見回した。
「御付きの名前……どうして?」
「………まじか」
俺達は偶然に呆然とした。
ミーウが右手を上げる。
「俺に任せろ」
「おう、任せた!」
ウラウネが親指を立てる。
ローリエはまだ、リティアを警戒しているようだった。
○○○
「現実は小説よりも奇なり、ですね」
神楽とリティアは、ミーウの手によって再会を果たしていた。
リティアはすっと目を細める。
「また会えて嬉しい」
「僕もですよ、お嬢様」
ミーウは神楽とリティアが再会するなりどこかへ消えてしまった。
リティアは少し残念だったが、久しぶりの再会に気を使ったのだろうと何も言わずに見送った。
「あの、シャンカラを案内してくれる? すごく良いところだってミーウに聞いたの」
「あの放浪少年に、ですか? まあ、悪いところではありませんが、都会好きのお嬢様には少し、酷な場所ですよ」
神楽は言いにくそうに言う。
リティアはそれでも神楽の腕を引っ張った。
「ミーウは嘘はつかないもの。早く案内して」
「はいはい。わかりましたよ、お嬢様」
「はいは一回!」
「…………はい」
リティアは嬉しそうにクスクスと笑う。
まるで、親と再会した子供のように。
リティアに両親はいない。
いたのだろうが、“神子”の母は神であると言われているため、全ての人間が持っている者はリティアにはないと教えられていた。
“神子”を複数人有する教会にとっても、三柱の“神子”の存在の獲得は悲願に近かった。
故に、変に肉親などの存在によって外界へと縛ることはできなかった。したくなかった。
だが、リティアの母親はとても優しかった。異能を宿す娘を愛して、共に生きようとしたのだ。
しかし、殺されてしまう。他でもない、教会に、だ。
教会はしばらく、そのこもを隠していたが、リティアの耳にそのことが入ってしまった。
教会は焦ったことだろう。自分達の利益のために“神子”の母親を殺したことを。
教会はあろうことか、母親を失ったリティアを“保護した”と偽っていた。リティアがこれを知れば、間違いなく、リティアは敵対する。それは、避けなくてはいけない。
そこで、教会はとある人物に全ての罪を押し付ける。
それが、リティアが最も信頼していた神楽であった。
神楽は、リティアの母親の古い友人の息子であった。
その存在は知らずとも、生まれつき御付きに相応しい魔術師で、それなりに強かった。
死んだリティアの母親にはリティアの未来を託されていた。最初は自分の人生を奪った小娘だと辛くあたっていたが、次第に彼女の人柄に惹かれるようになっていった。
絶対に叶わぬ恋とわかっていた。せめて、命に変えても守ろうと誓った。それなのに、彼女を守ったのは、組織でもあまり顔を見ない忠誠心の欠片もない少年。
それでも、神楽は。
「良いところじゃない」
リティアは教会では見ない庶民服のワンピースを着て嬉しそうにくるりと回った。
教会では、聖女としての正装や貴族用のドレスばかり着ていた彼女は普通の服が羨ましかったのか、はやりの服よりもちょっと古い流行のものを買っていた。
似合っていたので、店員もノリノリでリティアに服を仕立てていた。
「満足されたなら良かったです」
「………神楽」
「まだ、行きたいところが?」
「違うの」
リティアは真剣な顔で神楽を見た。
神楽は姿勢を正す。
「ごめんなさい。貴方を、疑って。酷い……酷い言葉を、かけてしまった。貴方は、ずっと私を恨んでいるのだと、思っていたから」
リティアは涙を溜めて、それでも神楽から目を逸らさない。
「いいのです。僕の忠誠心が足りなかったのです」
「ち、違う! 私が、もっと貴方を信頼して、教会に胸を張って、一緒に生きていくって。貴方を疑うくらいなら、私も出て行くって! そう言えれば………貴方を苦しめることも、私が苦しむことも、グライブが死ぬこともなかったでしょ!?」
神楽は驚いた。
グライブは、リティアの御付きではなかったものの、リティアの護衛騎士として教会に任命されていた高邁な騎士だった。
彼が、死んだ?
「私を逃すために、彼は貴方のこと、信じていたわ。貴方が教会に力を奪われてもう魔術を使えないとも」
「グライブが」
神楽は泣かなかった。
主の前では何があっても強くあるように決めていたから。リティアも、それを理解しているのか悲しそうに神楽を見ていた。
「貴方の力は取り戻せる?」
「大丈夫ですよ」
神楽はふっと笑う。
リティアは不思議そうに眉をひそめた。
「うちには、盗みの天才がいるので。それよりも、シャンカラにはもっと良いところがありますよ」
○○○
「ベルーガ様、よそ見しないでください」
ドーベルマンのベルーガは、リードを握る主人の顔を見る。
不満気な顔だとバレたのか、主人はさらにリードを強く握った。
「何を見ていたのですか」
ベルーガは黙って、歩き出す。
結果、油断していた主を少し引きずるとこになってしまった。
主人はさらに頑固にリードを引っ張った。
いつもこうだ。主人は頑固だし、ベルーガも頑固。
「こら、ベルーガ………様」
いい加減、様付けはやめて欲しい。犬畜生に様など付けて、この女は恥ずかしくないのか。
「ばう」
「どうした、のです、か?」
主人はその先のものを見て、ニヤニヤと嫌らしく笑う。
ベルーガは気味悪いものを見るように主人を見つめた。主人は都合よく気がつかない。
ベルーガはため息をついて、その場に伏せる。
「あの二人、また会えて良かったですわね」
「ふぅ」
その視線の先には。
○○○
神楽とリティアがやって来たのは、シャンカラの街の中央にある少し大きな公園である。
街の、少し高いところにあって街が一望できる。
夕方ではあるが、散歩中の人が多くいる。
学校帰りの子供や親子連れも多く見かけた。
「ここです」
やって来たのは、そんな公園の一番高い場所。
中央に立つ、時計塔の上だった。
シャンカラという田舎には絶対に無いと思われたエレベーターを使って上まで昇る。
「ここに入れるのは、シャンカラ地下街の中枢だけですよ。街にとっても、大切な施設なので」
神楽はとある部屋の前で一度立ち止まって、「今日はいないようですね」と、ほっとしたように呟いた。
そして、階段でとある場所に行く。
時計塔の時計の中心………のちょっと右上部分。針は丁度左に垂直である。
神楽は慣れた手つきで命綱をリティアにつける。
神楽はつけない。彼にとっては無い方が動きやすいからだ。
「行きますよ」
「え?」
神楽はリティアを抱えて、長針の上に立つ。
ガタン、と、針が上に動く。
リティアは神楽にしがみついた。
「大丈夫ですよ。ほら」
神楽は指を差す。
その向こうには。
「うわぁ」
シャンカラからだいぶ遠いところにあると思われる海と、水平線に沈む夕日。
海はもちろん、街も、オレンジに染まっており、森へ帰る鳥達は黒い影になり幻想的に目に映る。
リティアの瞳も例外なく、夕日のオレンジに染まっていた。
「良いところでしょう。たまに一人で見にくるのですよ。危ないので、“時計守り”がいると出来ないのですが」
今日は運が良かった、と神楽は笑う。リティアもつられて微笑んだ。
「ありがとう、神楽。また、連れて来たね」
「はい。もちろんですとも、お嬢様」
主従は微笑み合う。
教会を敵に回した今、平穏は長くは続かないとわかっているから。