水の都の決戦 其の二
俺は〈不思議之国〉の中を見回して、ほっとため息をついた。
アリスと一緒にウラウネもいた。
二人は“水源の神子”を見て何やらコソコソと話している。
「ありがとう、助かった」
ミーウの声にウラウネは小さく頷いた。
「〈読心〉で何かわかるか?」
俺の声にウラウネは顔を顰めながら口を開いた。
「どうやら、能力を奪われる可能性について考えているみたい。………あの化け物の姿だと人の言葉がわからないのでしょう」
種族間での意思の疎通はほぼ困難だ。
唯一の例外が古代文明に栄えたドワーフとエルフだが、彼らは比較的近い種族だったようだ。
その他は“感情”の魔術師が、他種族の意思を図ることができるくらいだ。
どうやら、最高神官の魔術も万能ではないのか。
だが、確実に意思疎通ができた化け物もいた。
「どういうことだ?」
「多分、魔術の強さだと思う。時には強い魔術で人外にした方が効率的なこともある」
リティアが悲しそうに呟いた。
「“水源”の神子は最後は最高神官に逆らった。だから、化け物にされた」
本物は、死にたくないのか。
それとも、神子でなくなることを恐れているのか。
「取り戻すことは、罪ではない。私は、能力を奪うのではなく返してもらうだけのこと」
リティアは自分に言い聞かせるように呟いた。
「無理するな」
ミーウはそう言うとアリスに向かって頷いた。
アリスはこの不思議の国の王様だ。ここでは万能で、時には神子を凌駕する。
「いくわよ」
アリスの声に皆んなが頷いた。
もう覚悟はできているらしい。神子から能力を奪ったら、それで終わりだ。
最高神官を殺せば、“水源”の神子も元に戻るだろう。
アリスの能力で、“水源”の神子は意識を失った。
○○○
パラライド王国、ウェストポート。
“砂の神子”ソルシャは血の塊を吐き出した。
黒の化け物は一向に減らない。王都の人間は皆んな避難したが、それ以外の地域で爆発的に敵の数が増えていた。
このウェストポートもそうだ。
「も、う、無理かも」
無線でソルシャは呟く。
“血の神子”モグリの焦ったような声が聞こえた。
『すぐに隠れて立て直せ!』
ソルシャはふらついて手をついた。
黒い化け物が口を大きく開けて、ソルシャに迫って来た。
「てやっ」
化け物が吹き飛ぶ。
ソルシャは薄れゆく意識の中で小柄な少女がこちらを振り返るのが見えた。
モグリは目を丸くして血まみれのソルシャを見た。
「君は?」
「ラビット。シャンカラの戦闘員です」
モグリは警戒したようにラビットを睨みつけた。
彼女はただの戦闘員ではない。間違いなく“神子”である。隠す理由がわからない。
「助太刀感謝する。だが、俺たちは問題ない。それより、シャンカラに我が王はいなかったか?」
弱みを見せるわけにはいかない。
ラビットは首を横に振った。
やはり、シャンカラにもいないのか。
「私たちのところの魔術師も、南大陸へ向かったそうです。無線で報告がありました」
ラビットは首を傾げた。
「王様はなぜ、パラライドを離れたのですか?」
「わからない」
モグリは鼻を鳴らした。
無責任だと王を非難する声が高まっている。“浄化の神子”を出せと、過激になる者が増えている。
もう抑えられない。
もう耐えられない。
「ワクチンは、完成したの?」
疲れ切ったテイルがゆっくりと部屋に入ってくる。
ラビットを一瞥すると小さく会釈した。
「ありがとう」
「いえ。シャンカラとパラライドは協力関係にありますから」
それに、とラビットは続けた。
「せっかく、力を頂いたので」
「…………王は、南大陸のシャンカラ魔術師と共にいるのか?」
モグリの声にラビットは素直に「わからない」と首を横に振った。
いる可能性は高い。だが、それ以上のことは言えない。
ラビットが知っているのは、黒い化け物が元人間であることだけだ。
北大陸で収束したウイルスも、他大陸で収束せねば意味がないだろうと、他の戦闘員たちと協力して各地に向かった。
魔術師となったラビットは一人でこの西大陸まで来た。
ただそれだけだ。
「待つしかないでしょう」
ラビットの声にモグリは小さく唸った。
「簡単なことではない」
国民は不満を抱いている。
黒い化け物を恐れている。
家族が、友人が、同僚が、上司が、近所の知り合いが、目の前で化け物になった。
次は自分かもしれない。
そんな不安の中に、いてほしいはずの王はいない。
「…………待てない」
ラビットは真顔だった。
何も知らないのだろう。苦労など、ないのだろう。
「俺は、医者になるために生まれて、医者になるために育った。全てはこの国のため、王のためだ。国民もそうだ」
王国らしい王国も、秩序らしい秩序もないシャンカラの人間にはわからないだろう。
国のためとか、王のためとか。
「わからないだろう」
「はい」
ラビットは潔くそういった。突き放したような、そんな言い方だった。
「けど、仲間を待ちたい気持ちはわかります。でも、来ないものは来ないです。あなたは“神子”なんでしょう」
なら、やることは一つじゃないんですか。
モグリは頷く。
“血の神子”を舐めるな。
ずっと、医者として避けていた。
「テイル様。ワクチンは完成しました。しかし、量産の体制は整っておりません。戦闘員を希望する者から先に打ちましょう。そのあとは、女子供から」
「老人は?」
「切り捨てる。残念だが」
テイルは頷いた。
「貴族も関係なしですか?」
「偉大なるパラライドの前では、人間は等しく国民である。より国家として生存できる方法をとる。それだけだ」
ラビットは満足そうに頷いた。
「ラビット。お前にあてはあるのか」
「はい。中央大陸、聖教会です」
モグリは嫌そうな顔をして、テイルに視線を向けた。
テイルも似たような表情のまま口を開いた。
「ラビットさん。貴女は、王と合流してください。ロネシェ………“浄化の神子”とも」
ラビットは目を丸くした。ここで共に戦うつもりだったのに。
「最高神官はずっと胡散臭かったんだ。あの野郎を蹴り飛ばしてくれ」
そこまで言われたなら、答えは一つだ。
「それと、これを」
モグリはそっと小さな箱を渡す。
中には赤い液体の入った注射が一つ入っていた。
「特効薬だ。効くかはしらないが」
「そんな、こんな貴重なもの」
「最高神官を倒さないと、この世界は終わる。この国ではなく、世界が、だ」
モグリの言葉にテイルも頷いた。
「感染者は徐々に増えています。変異したウイルスが、魔術師に感染しないという保証もない」
「わかりました。それでは」
モグリはそんなラビットの腕を掴むと注射を差し込んだ。
「ひぎっ!?」
小柄で、敵の攻撃には滅多に当たらないラビットは、実は痛みに耐性がない。
不意打ちとも呼べる注射に、涙目になる。
「ワクチンだ。ないよりマシだ」
モグリはそう言うと笑った。
「頼んだ、ラビット」
○○○
俺たちはため息をついた。
“水源の神子”はもはや神子ではない。リティアが、能力を取り戻した。
「ロネシェがいたら、味方にできたんだろうか」
「協力してくれるかは、怪しいところね」
繚乱の声に、リティアが軽く頷いた。
「では、一旦飛行船に………」
「そう言えば、東の神子連中は?」
その瞬間、俺たちの背後に鈴音が現れた。ニューズと悪事千里も一緒だ。
そして、無惨にもズタズタにされた巨大な鳥の化け物が横たわっている。
「繚乱様、申し訳ございません。泰山殿が」
全てを察した。
「他の者は?」
「飛行船に戻っています」
「わかった。急いで合流しましょう」
これが、泰山?
鈴音がやったのだろうか。仲間なのに、躊躇わなかったのだろうか。
「変なこと考えるなよ、捨て猫」
ウラウネが俺の肩を叩く。
「仲間が死んで良い気分になる奴はいない」
「そうだな」
俺たちは鈴音の〈転移〉にて、飛行船に戻ることにした。
急になりますが、活動休止させていただきます。
詳細は活動報告に上げてます。




