船の家族
「重巡洋艦青葉の席は…。」
私は青葉と書かれている席の前を詰めて座りました。持ってきた荷物は、席の左隣に置きました。
「この紙は?」
私の座る席には、今日の入学式のスケジュールと校歌の歌詞が書かれている紙がありました。
「入学式は、一時間くらいで終わるのかな?」
私が席に座ってスケジュールを見ていると、後の席に同じような女子生徒が話しかけて下さいました。
「あの。あなたも青葉の船員ですか?」
後から現れた女の子は、私に似て緊張しているようで、キョロキョロ周囲を見回しながら話していました。
「えっと。えっと。わ…私は、重巡洋艦青葉の航海長になりました。東雲美岬と言います。よ…よろしくお願い…いたします。」
女の子は私と同じくらいの身長でありながら私より身を小さくしながら話しかけてくれました。
「よろしくお願いします。」
私は東雲さんの軽い挨拶に応えて返事をしました。私は、東雲さんと続けて会話を始めました。
「東雲さんは、どこ出身ですか?」
「京都の高浜町…です。」
高浜町と聞いて。私は、重巡洋艦青葉を思い出しました。
「半年前に安全祈願のために青葉神社の本殿に来ていた船に私が乗ることになるとは思いもよらなかったです。」
東雲さんは、ほんの少し引きつったような笑いをしながら言いました。私の名前を紹介していないことを思い出して、軽い話の枕を加えて話しました。
「そういえば、私も言っていなかったですね。失礼致しました。私の名前は、湊ヒナと言います。航海実習では、重巡洋艦青葉の艦長に任命されました。」
東雲さんは、私が自己紹介をすると、少し驚きながら話を始めました。
「艦長だったのですね。」
「私も初めてのことなので、よろしくお願いします。」
私は、東雲さんに軽い挨拶をして話を変えました。
「東雲さんは、どうして第一高校に入学したのですか?」
日本各地に海洋学を学ぶ場所が分かれているため、多くの生徒は、目的がない場合、その地の普通学校に通うことが多いのです。
「えっと。私は、乗組員として、船に貢献したいので…舞鶴の補給基地ではなく、横須賀の指令基地を選びました。」
国立海洋学院高校には日本各地に九つの分校が存在しており、それぞれが役割を成しています。国立海洋学院第一高校横須賀基地では、船を製造する技術師と整備師の造船学科。海上で負傷者や体調不良の人に対応する医療学科。艦船の乗組員や司令官・監督の航海学科の三つに分かれています。国立海洋学院第四高校舞鶴基地は、日本海の西と東の中心に位置していることもあり、人命救助を学ぶ災害救助学科。自衛艦隊等の正面部隊に対する後方支援で気をつけなければならないことを学ぶ海上補給学科。機雷・爆発性危険物の除去及び処理を学ぶ海洋危険物処理学科の三つとなっています。
「艦長はなぜこの学校に入学しようとしたのですか?」
「私は…。母の思いを受け継ぎたくて」
私は、母の思い出を思い出しながら言いました。
「えっと。湊さん。ごめんなさい。」
「何でもありません。」
東雲さんは、私が暗い表情に見えたようで、心配そうに声をかけて下さいました。私は、申し訳なさそうに東雲さんの顔を見て返事をしました。
「それなら良かったです。」
私と東雲さんが話していると、後ろの席で多くの生徒が座り始めました。時刻は、八時三五分。周囲の生徒も隣の席の人と話し始めていました。
重巡洋艦青葉の席は横に二列に分かれており、後に三〇席程並んでいました。
私は一番前の席左側の席に座ることになっており、右側の席は、未だに空いていました。
「隣に座る方の名前は…。」
私は携帯を取り出し、名前を確認しました。
「しおはら…満智子さん?」
私が名前を読み上げると、隣に鋭い眼光で私を睨みつける女子生徒立っていました。
「しおばらよ。重巡洋艦青葉の副艦長よ。」
「えっと。私は」
私が名前を言おうとすると、潮原さんが名前を読みました。
「あなたが艦長の湊さん?」
「はい」
潮原さんは私が返事をすると、大きなため息を吐きました。
「あなたみたいな人が艦長だなんて最悪ね。」
潮原さんは、嫌そうな表情をしていました。
「し…潮原さん。湊さんに失礼だと思います。」
「あなた誰?」
潮原さんの嫌味に怒ったのは、今まで話していた東雲さんでした。
「彼女は航海長の東雲美岬さんです。」
「この子も?最悪だわ。」
潮原さんは、大きなため息を再び吐いて私の隣に座りました。
「どうしてこんなボロ艦船の乗組員になってしまうのよ。」
「あれ?潮原さん?潮原さんですよね。覚えている?私、同じ学校だった深海葵。」
「あぁ。深海さん。久しぶり。」
潮原さんが落ち込んでいると、後ろから髪が肩あたりまで伸びた女子生徒が現れました。
「どうしたの?もしかして、場所が分からないの?良かったら、私が案内するよ。」
「深海さん。私の席は、ここで合っているわ。」
潮原さんはさらに落ち込んだ様子で深海さんに返事をしました。
「どうして?潮原さんなら。大型艦の艦長にだって。それに副艦長だなんて。」
深海さんはそう言うと、私の方を見つめていました。
「私は潮原さん以外の人が艦長だなんて認めないから。」
「えっと。それは難しいと思いますよ。」
私は深海さんの言ったことを少し悩みましたが否定しました。
「潮原さんまた後で。」
深海さんは潮原さんに声をかけて、後の席に向かいました。
「深海…深海…。いました。深海葵さん。機関科の副指令です。」
「私も頑張らないといけませんね…。」
私と東雲さんが話していると、潮原さんが見つめていました。
「まあ。一応、あなたが艦長だし。命令には、聞く。」
「潮原さん。もしかして照れていますか?」
潮原さんは、顔を赤くしていると、東雲さんが透かさず言いました。
「断じて照れていない。こいつは艦長で私が副…艦長だ。航海実習であっても一応、上だからな。」
私は潮原さんの話に嬉しくなり、笑顔になりました。
「よろしくお願いします。しおはらさん。」
「しおばらだ。」
潮原さんが私を勇気付けていると、さらに数名かの女子生徒が来てくれました。
「お前さんが艦長だな!」
「は…はい」
私は、急に大きな声で話しかけられたため、怯えてしまいましたが、小さな声で返事をしました。
「すまん。声がやかましかったなあ。ウチは、金剛流っていうもんや。重巡洋艦青葉は、機関長や。よろしゅう。」
「よろしくお願いします。」
金剛さんが挨拶に来てくださり続けて、他の生徒も軽い自己紹介をしてくださいました。
「私は佐倉美智子と申します。重巡洋艦青葉では通信員を担当します。宜しくお願い致します。」
佐倉さんは、髪が背中のあたりまで伸びており、身長は、私より少し大きく。大和撫子という言葉がこの人にあるのだと思ってしまうほどに美しい女性です。
「えっと。」
「とても綺麗です。作法も上品です。」
東雲さんは、佐倉さんを見て目を輝かせていました。
「私、その…お家のお屋敷で茶道を習っておりまして」
「屋敷?もしかして…お…お嬢様ですか?」
東雲さんは、ワクワクしながら佐倉さんの話に聞き入っていました。
「えっと。そうですね。よく使用人さんには言われます。」
「使用人…。お嬢様!」
東雲さんは、憧れの目で佐倉さんを見つめ続けていました。
「えっと。美海は姫野美海なの。青葉の給養員を担当するから。お腹が空いたら言ってね。」
姫野さんは、髪が肩の上のあたりまでしかなく、ショートボブの女性で身長も私と変わらない程で、優しい表情で自己紹介をしました。
「私は、久方千沙。青葉の航海員を担当。よろしく。艦長。」
久方さんは、髪を後ろで一纏まりにして目付きが鋭くカッコいい女性です。身長は、佐倉さんよりも大きく、胸も…。
「何よ。」
私と東雲さんが見ていると、久方さんが睨んでいました。
「えっと。」
「どうやって大きくしたのですか?」
東雲さんは、久方さんの胸を見て興味津々で尋ねました。
「…は?」
久方さんは、東雲さんの方を向き、胸を隠しながらじっと見つめていました。
「何。この人。」
東雲さんは、少し落ち着くと、自分の席に座り、静かになりました。
「ヘンタイ?」
「スミマセンデシタ」
久方さんは、顔の表情を変えませんでしたが、体を隠しながら言いました。
「もうしませんよ…」
東雲さんは、久方さんが未だに警戒していたため、何もしないことを誓いました。
東雲さんと久方さんは、初めて会ってようですが、打ち解けたようで、隣で話を続けています。
「仲良くなったみたい。良かった。」
私が二人を見ていると、もう一人後ろから女の子が来て嬉しそうに言いました。
「えっと。あなたも青葉の人ですか?」
「うん。清水雫。青葉では、電測員を担当する。よろしく。」
清水さんは、私の方を見て、右手を出しまた。
「握手。」
清水さんの右手を私は、ギュッと握り、挨拶をしました。
「よろしくお願い致します。」
「うん」
清水さんは、どことなく私と雰囲気が似ており、あまり話すこともない大人しい女性のようです。
挨拶を一通り終えると、金剛さんは、席に戻ろうと促しました。
「青葉で機関長を任されとうさかい何かあれば言うて。ほな。」
入学式が始める前の少しの時間に挨拶をしてきた生徒は、席に戻りました。




