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家畜転生  作者: 羊の缶詰
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ここはどこ。私は誰。



宮島椿が最初に目にしたものは、白衣を着た集団だった。どういうわけか、ほぼ全員が目を白黒させている。目の前にいる額の禿げ上がった中年の男はかろうじて冷静さを保とうとしていたが、大きく見開かれた目は驚愕を隠しきれていなかった。一体何が起きたのか、と考えようとしたら思い出したように頭痛が襲ってくる。内部で脈動する痛みと、表面上から感じる物理的な痛み。そこで、ようやく自分が水槽のようなものに頭突きをして叩き割った事を思い出した。



そこから連鎖して、徐々に頭に様々な単語や光景が浮かんできたがどうも要領を得なかった。あらかじめ自分が持っていた記憶と、何かの授業で聞いたようなおおざっぱな知識。それが境界線を無視して混ざり合っていて、現実感が湧かなかった。まるで夢を見ているよう。



「ここは、何処なの?」



自分の足取りを確かめるように訪ねたが、誰も何も答えなかった。言葉は私の知っているものと同じはず……どうして私はそれを知っているんだろう?



「ここは、どこなの?」



もう一度、同じ質問をしたが結果は同じ。いや、場の空気がますます悪くなった気がする。なぜ?解決法を自身の記憶から探った。こういうとき、初対面の相手にはまず自分から自己紹介をしなければならなかったっけ。確か、私の名前は。



「私の名前は、椿よ」



数人がその場で倒れた。



「どうして?」



更に数人が後ずさった。椿は探るように他の白衣を着た連中を見たが、反応は似たようなものだった。あまりにも異常な雰囲気に前方に向けていた目線を切り、自身の身体へと向ける。



裸だった。何一つ身にまとっていない。



妙に肌が白いだとか、自分はこんなに貧相な身体をしていたっけとかいう些細な疑問が、羞恥心で一気に吹き飛ぶ。私はこれでもか弱い女の子……だっけ?まあ、今はそんな事はどうでもいい。



「誰か、服をちょうだい」



「畜人が服だと?」



目の前の額が禿げ上がった中年の男がとうとう、堪えきれずに叫び出した。まるで自分の培ってきた常識が粉々に砕かれたように、残り少ないであろう髪の毛を掻き毟っている。



「だ、だいじょうぶ?」



椿は、人として当たり前の言葉をかけたつもりだった。



「うをおおおお!!!あおをおおおおお!!」



椿を含めて、研究室にいる誰もが中年の男が狂った可能性を思い浮かべた。異世界から来た椿と、この世界の人間が初めて同じ考えを抱いた瞬間でもあったが誰もその事には気がつかなかった。





「どうなるんだろう、私」



やたら警戒した数人の研究員に部屋を与えられた椿は、頭を抱えていた。あの後ハゲオヤジは泡を吹いて失神したし、服はやたら神経質そうな女性の白衣を借りることが出来た。サイズは全く合っていないが、裸よりはましだ。それに妙に肌触りがいい。これも、元いた世界との共通点ってやつかな?



「……まただ」



自分の記憶ではなく知識が教えてくれる。そのことについては今はどうでもいい。ただ、問題なのはその知識があやふやすぎることだ。それに、いつこの知識を蓄えたのか?例えば、先程聞いた畜人という言葉。確かに私は知っている。だが、それがどういう意味でこの世界でどのような役割なのかという部分がすっぽりと欠落していた。



「それに、なに?この角」



先程から頭を抱えるたびに自分の手に当たるもの。鏡を見ていないが、どう考えても角だった。しかも羊から生えているような巻角。どうしてこんなものが、自分から生えているのか?



「わかんない、なにもわかんない」



どうして自分がここにいるのか。自分は何者なのか?少なくとも今の自分にとっては、粗末なベッドが備え付けられているこの狭い部屋だけが自由に振舞う事を許された世界なんだろう。



「とりあえず、ちょっとづつ考えていこう」



薄い毛布に身を包んだ椿は、ゆっくりと夢の世界へと逃げ込んだ。





「あのハゲはまだ目を覚まさないの?」



呆れたような声で、カルテナが言った。身体に溜まった垢を洗い流す為に軽く浴水をした後なので、肌が本来のきめ細やかさを取り戻している。畜人に貸した白衣の変わりにカーディガンを羽織っているせいか、研究職というよりどこかの品のいい女学生にしか見えなかった。



「しばらくは安静が必要だって」



誰も答えないのでしょうがなさそうに、マギアが答えた。さっきから必要以上に眼鏡についた脂を裾で拭っている。眼鏡を取ったせいで更に小さくなった目は、頻繁に周囲へと向けていた。



他の職員も途方に暮れている。無理も無かった。ここのところ失敗続きの第三研究室でようやく成果が上がりそうだったのに、蓋を開けてみれば貴重な試験管が破壊され、そこから出てきた畜人は意味不明な行動を取り、挙句の果てに主任研究員であるサーバスは狂を発したかのように倒れる。誰もが自身の首と明日からの仕事を考えていた。



「ああ、もう。私はこんな事をするためにわざわざ学校を卒業したんじゃないのよ」



女性特有の金切り声を発したカルテナが、当て付けのように机を叩いた。床に散らばった試験管の破片がそれに反応して、液状へと変化していく。



「おい、魔力加工していない器は安定していないんだぞ」



「うるさい!!こうなったらどうせ同じよ!!そんなに言うなら貴方が破片を一つ一つ拾い上げて再加工すればいいでしょ!!」



マギアの言葉に触発されたかのように、カルテナが大声で返した。誰も反論する気は起きなかった。不満、無力感、焦燥、諦観。それら全てが研究室内を覆っていて、何かがきっかけで爆発を起こすことを無意識のうちに感じているからだった。



暫くの沈黙を破ったのは、一つの音だった。その音に研究室にいる全員が振り向き、視線の動きに合わせるよう扉がゆっくりと開かれた。



「やあ」



現れたのは柔和な笑みを浮かべた老人だった。健康的な身体の丸みと、自然な笑顔を形作る頬の弛みは、初めて見た者なら外見通りの印象を受けるだろう。



「所長」



だが、カルテナとマギアの顔は、死刑宣告を受けた罪人のように青ざめていた。


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