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家畜転生  作者: 羊の缶詰
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黒金の協定世界



肩まで伸びた黒い髪を靡かせながら、畜人は柵内の放牧場を駆け回っていた。どうしてそんなにせわしなく動いているのか、と聞いても答えは返ってこない。何故なら畜人には知性というものが備わっていないからだ。人とは異なる系統から進化した畜人は、見た目こそ似ているかもしれないが決して人ではない。野生に生息していた動物を人が利益を得る為に飼いならしたもの、それが畜人である。



「なんともまあ、牧歌的なことだ」



学生時代に読んだ学術書の内容を思い出しながら、アルパードは目の前にある現実と照らし合わせた。無機質な文章で表現された世界と、自分が見ている世界。確かに違いは無いのだろう。



「ごはん、ください」



だが、目の前の畜人は息をしているし、体温もある。額から生えている巻角が無ければ人間の子供と見分けがつかないかもしれない。



「もう、だめだ。さっきもあげただろう」



慣れた手つきでアルパードは目の前の畜人を追い払った。じっと見つめられても、今度は貰えないと察した畜人はまた放牧場を駆け回った。



畜人が一般に流通するのは殆どが食肉加工済みで、畜農が行われていない地域では生きた畜人を見ることはほぼない。基礎的な学問だけを教える初等学校で挿絵として存在を知るくらいだった。アルパードのように専門学校に入学してようやく畜人の歴史や利用方法を学ぶようになる。



「これでも地元の星なんだよな、俺って」



村唯一の私塾で優秀な成績を収めたアルパードにとって、憧れであった知識階級の就業所であるこの場所は、常に現実というものを教えてくれる良い学び舎であった。自分より優れた者などいくらでもいるということや、机上と実践の違い。村でアルパードの事を覚えているのは家族と数少ない友人だけということだけは、知る由も無かったが。



「あーあ、中では何をやってるんだろうな」



日課になった呟きと共に、アルパードはぼんやりと視線を向けた。偶然にもそこは


、先程までちょっとした問題を起こした第三研究室がある場所だった。





「さて、ここに残ってもらったのは、私が見る限り優秀な研究員だけだと思うのだがどうだろうか」



にこやかな口調でパイル・ロゴスは室内の面子を見渡した。入ってくるなり早々研究室内の責任者及びその主たる補助者以外に休憩を命じたせいか、数人しか残っていない。室内に入ってきたときと同じような柔和な笑みを崩さないパイルと違い、残った面子の表情は固まっていた。例外は先程から気絶しているサーバスと、パイルと共に入室したどこか締りの無い笑みを浮かべた男だけだった。服装は白衣とはまた違う色合いの白一色で統一されていたが、どういうわけかこの男が着ると清廉さよりもだらしなさを演出している。



「まずは状況を説明してくれないかな」



わざとらしい咳払いをしたパイルの言葉に、反応は無かった。室内にはサーバスのいびきの様なうめき声だけが鳴り響いている。マギアは音源を眼鏡越しから呪詛をこめた目つきでサーバスを睨み、カロテナは手にしているペンを投げつけてやろうか必死で心の中でこねくり回した。



「この世界、そう君達が知る私達人間と妖人達が住む世界は黒金の協定によって成り立っている」



後ろで手を組み、まるで講義を始めるかのようにパイルは背筋を伸ばした。



「それがいつ制定されたかは定かでは無いが、過去に勃発した人間と妖人との戦争で、両者が共倒れになることを防ぐ為に作られた、と一般的には言われている」



パイルは言葉を続けた。



「この協定は小さなものでは私達人間の婚姻や商売にまで影響を及ぼしているが、それは世間の常識として根付いているので意識しない限り違和感は無いだろう」



パイルの言葉に同意するかのように後ろに立っている男が曖昧に頷いた。



「だが、人間と妖人との間での取り決めまではを網羅しているものは少ないと言える。例えば何があるかな、カロテナ君」



突如、名前を呼ばれたカロテナは驚いたがその後の言葉に詰まる事は無かった。



「領土問題です。簡単に言えば、お互いの縄張りという事でしょうか。自身の縄張りで戦争をしようが、密入国者を始末しようが他者に文句は言わせない。それは逆も然りです」



「よろしい。よく勉強しているな」



満足げにパイルは頷き、視線をカロテナの右へと向けた。



「他には何があるかな。マギア君」



「食糧問題です。これは、妖人側は自分達と同じ種族である牛や豚等の動物を人間は食べるな。代わりに自分達も人間は食べない、と要約できます」



マギアも眼鏡の淵を触りながら淀みなく答えた。



「いささか噛み砕きすぎだが、的確な答えだ。うむ、素晴らしい。流石は誇りある第三研究室の職員だ」



パイルはわざとらしく手を叩き、質問に答えた両者を褒め称えたが、当の両人の心境は全く喜びを感じなかった。パイルの質問は専門教育を受けたものなら誰でも答えらるような初歩的なものであるからで、どこか馬鹿にされたような気分になったからだ。



「あー、ちょっといいでしょうか」



パイルの後ろにいる男がだらしなく手を上げた。この場にそぐわない緊張感の無さだが、上げた右腕につけてある泡と石の意匠をこらした腕章のせいで誰もが無碍に出来ない威圧感を感じた。



「一応、泡神の教えもあるっていうのを頭に入れておいて下さいね。俺はあんまり強く言いませんけど」



「うむ、もちろんだとも。国教である泡神教の戒律には誰も触れてはいないよ」



高らかに笑いながら男の肩を叩いたパイルだが、目だけは笑っていなかった。男もその事には気づいているからなのか、より一層だらしない笑みを浮かべる。



「よし、ではそろそろ本題に移ろう」



これで終わりとばかりに男から目を背け正面へ向き直ったパイルは、満面の笑顔を浮かべた。



「主任もそろそろ目が覚める頃だろう。改めて聞くが、状況を説明してもらえるかな」



いつの間にか誰にとっても不快な呻き声が鳴り止んでいた。パイルの目線の先には、室内の中で誰よりも顔を青くしたサーバスが、小動物のように震えていた。


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