鏡写し
「晴明、榛名を連れだせ」
「ちょっと、海斗! 私は晴明と話し……」
「榛名は黙っててくれ。ここはなんとかする。けど、榛名がいたら何も進まない。だから早く連れて行け」
口調とは裏腹、声に全くと言っていいほど力がなく、ただただ淡々と言葉を吐き出す海斗。クラスメイト大半は、榛名の一挙手一投足を怯えながらも見つめている。ああ、そうだそうだ。考えるのは後でいい。とにかくここを離れよう、榛名を連れて離れよう。この惨状を見つめながら冷静に考えられるほど、俺は強くも弱くもない。海斗の言葉に従おう。とにかくこの場から逃げ出そう。
「榛名、ついてきてくれ」
「え、もうすぐお昼終わっちゃうよ?」
「いいから!」
「……うん」
手を握り榛名を強引に連れて行く。不思議そうな顔をしながらも、抵抗せずに引かれるままについてくる。つながった手を見つめ、嬉しそうにほんの僅かに頬を染め、俺の視線に柔らかく柔らかく微笑んで。ああ、その笑顔はたんぽぽに似て暖かく。本当になんだこれは、こんな事があっていいのか。もう、いやだ、帰りたい。何もかも投げ出して家に帰って眠りたい。
そのまま榛名を引きずるように校舎裏へ。どうするどうする分からない。だからとにかく偽り冷静に、冷静の仮面をかぶり振る舞おう。いつもの自分、完璧な自分に偽装して、榛名に優しく問いかけた。
榛名が何を考えて何を思っているのか把握しておく必要がある。今の榛名の異常な点、はっきり言おう、どうして俺が好きなんだ? 正直、全くわからない。それを問いかけることにしよう。
「榛名は……、俺のどこが好きなんだ?」
「決まってるじゃない、晴明の『完璧』なところが大好きよ!」
ニコニコと、俺が誰より言われたかった言葉を、誰より言われたくなかった形で榛名は告げた。自信に溢れ嬉しそうに、間違いなんてないかのように。否定出来ない否定はしない。俺は榛名に『完璧』だって思われたい。榛名には俺がすごいやつだって思って欲しい。何でもできると思って欲しい。
でも、榛名は俺をすごいやつだって思ってくれて、何でもできると知っていて、そのために頑張っていると知っていて、だから俺を『完璧』だとは思っていない。俺は俺は……、不完全な俺を知っていて、それでもすごいと思ってくれる、そんな榛名が好きなんだ……。
「晴明はすごいわ! かっこいいし、勉強だってすっごくできるし、スポーツだって得意だもの。そんな晴明が大好きよ! 私の『ために』完璧になってくれた晴明のことが大好きよ!」
そういって微笑む榛名、可愛く可愛く花のように。それが何より悍ましい。目の前にいるのは一体誰だ? 疑問と不信は砕け散ったガラス細工のように、ザクザクザクザク、傷つけて、片っ端から自分とあの男への怒りを垂れ流す。
「ねぇ、晴明は覚えてる? 大きくなったら僕がお嫁さんにしてあげるって私に言ってたの。そして私がなんて言ったか」
ああ、覚えているよ、覚えてる。血がにじむほどに鮮明に。幼い幼い、小学校にすらあがる前、泣き虫で弱く弱く、偽ることなぞ欠片も知らなかった不完全、しかし、今より完全な蕾だったあの頃だ。
「その時はね、ちょっと恥ずかしいんだけど、白馬に乗った王子様に憧れててね。だから晴明に『王子様みたいに格好良くて完璧だったらいいよ』って言ったんだ。そうしたら小さくて、ちょっと生意気で泣き虫だった晴明が、今では立派な王子様で完璧になってくれたんだもの! 私のために、私だけのためにでしょう? だから晴明、貴方が好きよ、誰よりも。私だけのたった一人の王子様!」
嫁見る乙女のように笑う、瞳はそれとはかけ離れて。からからからから、カラカラと。俺を理想の相手だと、心の底から幸せそうに。まっすぐまっすぐ見つめる瞳には鏡写しのように俺の瞳が映ってた。




