26、新しい住人
だいぶ間が空きましたが、久しぶりに『黒の王国の住人』です。
ラウルス城では12月になると『評議会』議員選挙が行われる。投票期間は12月いっぱい。自分が「この人なら」と思う人に投票する。選挙権はラウルス城の住人1人につき1票だ。
今年いっぱいで任期終了となるのは、事実上のラウルス城最高責任者アウラ・サフィラス。レジナルド・アークライト。アンドレイ・ヴァシェンコ。クレイグ・ソールズベリー。さらに、城を追放されたカール・シュルツが任期3年目だったが、彼はエルキュールとともに追放。代わりにリアムとエリーザが臨時議員を勤めている。この2人も任期満了とみなされるため、今回は6人が選ばれることになる。
そんな中、東方から一組の男女が駆け落ちしてきた。
「初めまして。フェイイェン・ウェイです。こちらはユェンラ・ヤオ」
流暢なアイク語を披露したのは女性だった。東大陸人らしい黒髪に濃い藍色の瞳の美少女だ。10代半ばから後半ほどに見えるが、実際にいくつなのかはわからない。
一方のユェンラと言う男はアイク語が話せないらしく、フェイイェンが通訳している。彼も黒髪で、エリーザよりも十センチほど背が高い。東大陸人にしては長身だ。
「……はあ。私はエリーザ・リューベックと言います」
母グレイスが妊娠中なので、代わりに彼女の子供たちと雪遊びをしていたエリーザが答えた。雪だるまを作っていたので、中腰の不自然な体勢である。エリーザの後ろには人見知りのローレルとエリスがいる。
この子たちと城の前で遊んでいるところに、この二人がやってきたのだ。空は晴れているが、深い雪が積もり、寒い。
とりあえず、自己紹介されたので自己紹介を返したエリーザだが、この後、どうすればいいのだろうか。
「リューベック? もしかして、リューベック将軍と関係が?」
フェイイェンが身を乗り出すように尋ねた。ここで母の異名が出てくるとは思わなかったエリーザは少し驚きながらも「シャルロッテは母」と答える。フェイイェンが眼を輝かせる。
「本当!? あなたがエリーザベト・シャルロッテ? その子たちはあなたの子供?」
「さすがにこんなに大きな子供がいる年ではないのだけど」
「あ、そうよね。大人びて見えたから。ごめんなさい」
フェイイェンは、こほん、と咳払いするとニコリと微笑んだ。
「できれば、城内に案内していただけると嬉しいのだけど」
「わかりました。どうぞ」
エリーザはあっさりとうなずき、エリスを抱き上げてローレルと手をつなぐ。それを見たフェイイェンはさらに尋ねてくる。
「子供でないなら、年の離れた弟妹かしら」
「……どう見ても似ていないと思うけど」
エリーザは少し呆れ気味に言った。ローレルとエリスは金髪碧眼だが、エリーザは黒髪赤眼だ。母親が違う可能性もあるが、そもそも顔立ちからして似ていない。天使の美貌のグレイスの子であるローレルとエリスは可愛らしい系の顔立ちをしているし、エリーザは相変わらず目つきが悪い。
「そう? ごめんなさい。西大陸人の顔立ちの違いがいまいち判別できなくて」
フェイイェンは悪びれなくそう言った。そう言えば、エリーザと同時期にラウルス城に来たシャンランも西大陸人の顔の見分けがつかないと言っていた。エリーザもいまいち東大陸人の顔立ちから年齢を予想できないので、ど地位もどっちかもしれないとも思う。
城の中に入ると、エリーザはエリスを降ろした。しゃがんでローレルとエリスに言う。
「2人でグレイスの所まで帰れる?」
手をつないだ姉弟は顔を見合わせてこくりとうなずいた。4歳のエリスはともかく、6歳のローレルはそろそろこの人見知りを何とかした方がいいかもしれない。
「そう。いい子ね。グレイスとリアムにも、お客様が来たことを伝えておいてくれる?」
またうなずいた。エリーザは少し微笑み、2人の頭をなでた。
「じゃあ気を付けてね。私はこの2人をアウラの所に連れて行くから」
もう一度2人はうなずき、手をつないだまま居住区の方に歩いて行った。ちょっとかわいい。
「では、案内します」
エリーザはフェイイェンとユェンラを手招きしてアウラの執務室まで案内する。途中でテレパシー能力を持つアリエノールと遭遇したので、彼女も連れて行くことにする。ある程度人の心を読める彼女は、相手を調べるときに便利なのである。
アウラはたいてい執務室にいる。執務室にいなくても、必ず城内にいる。城の外に出るときは、必ず一報があるのだ。
アリエノールに先に連絡を入れてもらったので、アウラは執務室にいた。エリーザが連れてきた2人組を見て眼を見開く。
「東大陸の方ですか」
「はい。藍の王国ウェイから来ました、フェイイェン・ウェイと申します。こちらはユェンラ・ヤオ」
フェイイェンの流暢なアイク語にアウラは驚いた表情になる。それから、微笑んでフェイイェンを見た。
「アイク語がお上手ですね」
「まあ。ありがとうございます。でも、ユェンラはあまりアイク語が話せなくて」
ユェンラが口を開かないのは寡黙だからではなく、言語がわからないからだ。藍の王国の公用語は凌語のはず。
「では、凌語でお話ししましょうか」
アウラが言語を切り替えた。凌語を勉強中のアリエノールが顔をしかめたが、彼女には何となくニュアンスで伝わるはず。テレパシーはこういう時は便利である。
さまざまな国の人間が集まってくるラウルス城に百年近く君臨するアウラは、この世界のたいていの言語を話すことができる。基本的に生活で使用するのはアイク語だが、他国から来た人間は話せないことが多いので、そこは適宜対応である。
祖国の公用語を聞いたユェンラが少し驚いた表情になった。アウラは微笑んだままそんな彼らにソファを進める。エリーザは備え付けられた小さなキッチンで湯を沸かし、紅茶を入れた。本当は花茶のような東方で飲まれるお茶を出したいところだが、アウラの執務室には備え付けられていなかった。
「わたくしはラウルス城『評議会』議員、アウラ・サフィラスと申します。紹介されたかもしれませんが、こちらは浅香アリエノール。黒髪の方がエリーザ・リューベックです」
正確にはエリーザベト・シャルロッテと名乗るべきなのだが、面倒なので、エリーザは『エリーザ・リューベック』で通していた。
「ラウルス城については後で詳しく説明いたします。とりあえず、あなた方のお話を聞いてもいいですか?」
「はい」
フェイイェンはにっこり笑ってうなずいた。凌語でも、結局話すのは彼女のようだ。エリーザはフェイイェンとユェンラ、アウラの前に紅茶のティーカップを置いた。茶菓子も出す。そのうち、アリエノールにも紅茶の入れ方を教えておこう。
「気づかれたかもしれませんが、私は藍の王国の王女です。第3王女になります。彼の国では」
フェイイェンは一度言葉をきり、にっこり笑った。
「軍師をしていました」
「軍師ですか。王女殿下が?」
「ええ。王女と言っても、私は側室の子でしたから。母の身分も低いですし」
「……」
アウラの視線が背後のエリーザの方を向いた。どこかで聞いたことのある出自であるが、確かに、エリーザのものと似ている。
「と言うわけで、私は軍に所属していたのですが、突然嫁ぐことが決まったんです」
「誰にですか?」
「黄の皇国の皇太子です」
「……」
黄の皇国の皇太子はリー・ソンユンと言う。少し前に、シャンランが彼と結婚したと聞いた。おそらく、シャンランの母がかの有名なシェラン大帝だからだろう。その知名度にあやかろうとしたのだ。
「……黄の皇国の皇太子は先ごろ婚姻なさったはずですが」
「ええ。私は皇太子の側室として差し出されそうになりました」
フェイイェンはやはりにこにこ笑って言う。彼女は実際に黄の皇国にも言ったそうだ。ユェンラは彼女の護衛として同行した従者らしい。
「そこで、シャンラン皇太子妃にお会いしました。私にここへ逃げるように言ってくれたのはあの方です。そういえば、あなたたちによろしくと言っていました」
「……」
なんだか重要な部分が飛ばされた気がするのだが。
「ええっと。なぜ、シャンランはあなたにこの城に来るように勧めたのでしょうか?」
アウラが遠回しなようだが、直球ともとれる質問をした。フェイイェンはことりと首を傾ける。
「だって、私はユェンラを愛していましたから」
「……嘘はついていないと思います。たぶん、ユェンラさんもフェイイェンさんが好きです」
ずっと沈黙していたアリエノールが唐突に口を開いてそう言った。同じくずっと黙っていたユェンラがアリエノールを見て「わかるのか?」と首をかしげた。もちろん、凌語である。
「そう言う能力ですので」
そう言う能力だから、わかるのは仕方がない。それ以上説明できないのだ。
「それで……逃げてきたのですか」
駆け落ちだな。アウラは明言を避けたが、エリーザは心の中で簡潔にそう思った。フェイイェンも「はい」と否定する様子もなくうなずいた。
「藍の王国は小国です。東には黄の皇国、北には赤の帝国、西には緋の公国が控えています。父は、黄の皇国と縁を持つことで藍の王国の発展を図ったのだと思います」
エリーザに言わせればそれは愚策である。婚姻でしか保てない縁など、内にも等しい。
「いくらシャンランの協力があったと言っても、よく見とがめられずに逃げることができたね」
エリーザが素朴に疑問に思ったことを尋ねた。エリーザは黄の皇国に言ったことはないが、この世界に帝国が赤の帝国と黄の皇国しかないのを考えれば、黄の皇国の宮殿の規模は赤の帝国の宮殿と同じほどだと推測できる。(ちなみに、黄の皇国では宮殿を禁城と呼ぶそうだ)
そんなところから、どうやって逃げ出してきたのだろうか。いくら皇太子妃シャンランの手引きがあったとしても、藍の王国からの監視もいただろうし、抜け出すのは難しかったと思うのだが。
「言ったでしょう? 私は軍師だったの。情報操作なんてお手の物よ」
フェイイェンがニッと笑って言った。どんな噂を流したのか気になるところだが、その情報操作による混乱に乗じて逃げてきたのは理解した。
「それに、黄の皇国側も私たちを持て余してたみたいだし。うちの父上が押し付けたみたいねぇ」
「……バカだな」
「だよね」
フェイイェンはあくまでニコニコと、エリーザは無表情で交わされた会話である。エリーザなら軍師であるフェイイェンを囲っておく。国外に出さない。おそらく、藍の王国国王の周辺の圧力があったのだろう。フェイイェンは側室の子だと言っていたし。
「……事情は大体わかりました。わたくしたちは、あなた方を歓迎します。ここはラウルス城です。来るものを拒まず、出ていくものは追いません。簡単に、この城について説明しますね」
アウラはそう言って微笑んだ。
――*+○+*――
フェイイェンがラウルス城を訪れた時、すでにこの城は深い雪に覆われていた。12月のこの時期には『評議会』議員の選挙が行われるらしく、12月の半ばには結果発表が行われるらしい。
人見知りをしないフェイイェンは、数日でラウルス城になじんだ。事実上の夫であるユェンラも、アイク語を話せないながらなじんでいる。アウラやエリーザの他にも、凌語が話せる人がいたのだ。多くの国から人が集まってくるから当たり前だが、多国語を話せるものが多い。マルチリンガルが異様に多いのだ。
フェイイェンは藍の王国の第3王女。妾の子で身分は低く、戦場に出ることで居場所を見つけたような女だった。
幸いと言うか、フェイイェンは軍事的な才能に恵まれていた。特に、戦略立案が得意で、軍師として居場所を確立していった。そんな中で出会ったのがユェンラ・ヤオと出会った。
もともと、ユェンラはフェイイェンの護衛である。曲がりなりにも王女であるフェイイェンを1人でふらふらさせるわけがなく、彼女が行くところには必ずユェンラがいた。
ユェンラはフェイイェンを『王女』や『軍師』として敬ったが、時にはただの少女として扱った。そんなユェンラにフェイイェンが引かれたのは無理もない話だろう。
そんな折、父である藍の王国国王から、黄の皇国の皇太子に嫁げと言われた。黄の皇国皇太子ソンユンは先ごろ妻をめとったばかりで、その妻は先代皇帝シェランのたった1人生き残った愛娘だった。この男は、そんな相手がいる皇太子に嫁げと言ったのだ。
フェイイェンを藍の王国から引き離すのは戦略的に間違いである。この国の平和はフェイイェンによって守られていたと言っても過言ではなく、実際に、この先、藍の王国は斜陽となるだろうとフェイイェンは読んでいる。
父王に命じられ、フェイイェンは実際に黄の皇国まで行った。行った先で、フェイイェンは皇太子妃シャンランに会った。
フェイイェンは、幸運だったと思う。優しげな雰囲気を持つシャンラン皇太子妃は、見かけどおり優しい人だった。フェイイェンは彼女に、自分が護衛であるユェンラを愛していることを伝えた。
優しい皇太子妃は、フェイイェンとユェンラを禁城から逃がし、ラウルス城へと向かわせた。かつての仲間たちへの伝言を託して。
もしかしたら、シャンランは側室となるフェイイェンが邪魔だっただけかもしれない。正妻が側室を疎むことはよくあることだ。だとしても、フェイイェンはシャンランに感謝している。
ラウルス城は治外法権。翠の王国は永世中立。フェイイェンに追手が来ることはないだろう。
その日は来年度の『評議会』議員が発表された。ラウルス城内にはいくつかの掲示板が存在する。原始的だが、簡単で見に行けば必ず一次情報を提供することができるので、かなり便利だ。
基本的に執行機関『評議会』からの情報が張り出される掲示板には、ずらっと新しい『評議会』議員の名が記されていた。基本的にアイク語、ほかにはサリス語、フォルクレ語、果てには凌語で記されたその名前をざっと見て、フェイイェンはつぶやいた。
「エリーザの名前がないわ」
「エリーザ? エリーザって、あの黒髪赤眼の?」
「そう。その子よ。絶対2位には食い込んでると思ったのに」
軍師であるフェイイェンの勘はよく当たる。むしろ、勘がよく当たるから軍師ができたのかもしれない。それをよく知っているユェンラなんかは、「外れたのか。珍しいな」と言っている。フェイイェンもそう思う。
勘が外れた。そう思ったのだが、事情を聞いてみると何のことはない。単純な話だった。
「私、来年には結婚するから『評議会』議員は辞退した」
と、エリーザから言われたのである。なるほど。思わず、フェイイェンも手をたたいて納得した。
ラウルス城での暮らしは刺激的であった。雪が深く、外に出られないためか城内では時折爆発音が聞こえる。アウラ曰く「気にしないでください」とのことだった。
ほら、今も爆発音が……。
「近づいてきてないか?」
「それは私も思ったわ」
周囲の人たちも気づき始めた。ユェンラがフェイイェンの手を取って走り出すと、つられたようにみんな走り出す。フェイイェンは途中で、ぼんやりしている少女を見つけた。
「お嬢さん、何してるの?」
「おいっ。フェイ!」
ユェンラが呼ぶが、フェイイェンはまっすぐ少女の方を見ていた。黒髪の、東大陸人の特徴がみられる彼女はフェイイェンを見上げた。
「大丈夫。ここまで来ない。この爆発は音が大きいだけ。大した被害はない」
「……そうなの?」
迷いのない口調は、まるで「そうなる」とわかっているようである。ラウルス城には様々な異能を持つ人間がいるが、この少女はその1人なのかもしれない。
と、その時、今まで廊下だったところに突然壁が現れた。フェイイェンとユェンラは目を見開く。
「え、何これ」
「防護隔壁」
少女がこともなげに答えた。そこに、『オーダー』のメンバーらしい少年がかけてくる。
「あ、美代。大丈夫?」
「大丈夫なのはわかってたから大丈夫」
微妙に答えになっていない返事を聞いても、少年は「そっかそっか」と見よというらしい少女の頭をなでる。
「ねえ。どうして爆発が起こったの?」
フェイイェンが尋ねると、少年はまじまじとフェイイェンを見つめた後、言った。
「……たぶん、研究魔術師の誰かが実験に失敗したんだと思うよ。君たちは新しい住人? よくこういうことはあるから、早めに慣れたほうがいいよ」
「……よくって、どれくらいの頻度かしら?」
「んー……週に一・二回くらいは起こるかな。今回のは割と規模が大きかったけど、城全部が巻き込まれることもあるし」
少年の言葉に、フェイイェンは唖然とした。それを見たユェンラが「どうした」と凌語で話しかけてくる。頭を整理すべく、フェイイェンは言われたことをすべて翻訳してユェンラに話した。
話を聞いたユェンラもあきれるやらで微妙な表情になった。
「すごいところだな、ここは……」
「あ、そっちのお兄さん、もしかしてアイク語話せない? 言ってくれれば凌語で話したのに」
「!?」
流暢な凌語で話しはじめた少年に、フェイイェンもユェンラも目を見開いた。さらに美代が「この城、結構凌語を話せる人はいるよ」とやはり流暢な凌語で言うものだから、フェイイェンたちは驚くしかない。
「……ここの人はみんな変わっているのね……」
「まあ、僕はずっとラウルス城に住んでるし、美代はここに来た時から既に凌語は話せたしね」
「でも、美代ってことは、黄の皇国とか、藍の王国出身じゃないでしょ?」
「蒼の王国から来た」
蒼の王国。黄の皇国のさらに向こうにある東の島国のことだ。フェイイェンは再びため息をついた。
「……なんか、すごいところに来ちゃったみたい」
女でありながら軍略に長けるフェイイェンは、藍の王国では浮いていた。だが、これだけすごい人が多いのなら、自分はその中に埋もれることができるかもしれない。そう思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『黒の王国の住人』はここでいったん終了とさせていただきます。すみません。執筆速度が追い付きません……。申し訳ありません。
今まで読んでくださった方、ありがとうございました。
ちなみに、最後に出てきている『オーダー』の少年はダニエルのことです。




