22、赤の帝国の皇帝
これで、赤の帝国編は最後。
「……ふむ」
エリーザは宮殿で一番高い塔に登って帝都の様子を見ながらエリーザは目を細めた。すでにはっきりと見て取れるほど、傭兵団は近づいてきていた。
ヨーゼフの言うとおり、彼が捕まっても彼らは止まらなかった。
「これは一度、戦闘を行うしかないな」
赤の帝国軍を事実上統括している異母姉のヴィルヘルミーネの言葉だ。軍事的な行動を起こそうとすると、どうしても彼女と行動せざるを得なくなる。
ちなみに、ここにはほかにもジークハルト、ベネディクト、それに少年兵たちを保護し終えたギルベルトもいる。
エリーザはなぜ自分がここにいるのかいまいちわかっていない。
「宮殿の中には客人もいるからね……。そちらはアレクサンドラに任せてきたけど」
アレクサンドラはジークハルトの奥方だ。気の利く優しい人ではあるが、現在妊娠中だ。そんな人に裏を任せていいのだろうか……。しかし、ほかに安心して任せられる人がいないのも事実だ。
「ジェインも状況に気付いていたから、場合によっては手を貸してくれると思いますが……彼女は国王ですからね」
ベネディクトはため息をついて言った。確かに、クイーン・ジェインの力を借りることができれば心強いが、彼女は他国の人間で、しかも女王であることを考えると難しい。
「……俺は、これが終わったら白の王国に行こうと思います」
「クイーン・ジェインの王婿になると?」
「ええ。おそらく、その方がいいでしょう。変にこの国に残ってしまっては、またこのようなことが起こるとも限らない」
ベネディクトは言い切った。それを聞いて、エリーザも言った。
「私も、次の皇帝が決まったら、翠の王国に戻ります」
「君はヴィルヘルム王太子に嫁ぐと?」
「……それは、まだわかりませんが。そうなるかもしれません」
エリーザは感情の起伏に乏しいが、鈍くはない。ヴィルヘルムがエリーザに好意を寄せてくれていることはわかっていた。エリーザは、ベネディクト同じように、再び皇帝選出問題を起こさないためにもヴィルヘルムと結婚した方がいいのかもしれない、と思っていた。
「エリーザが皇帝になればいいのに」
ギルベルトが微笑んで言った。なんだかよくこのセリフを言われる気がする。
「……たぶん、私が皇帝になったら、赤の帝国を内側から崩壊させてしまうと思う。私に、赤の帝国の考え方は合わない」
強いものが力を持ち、弱いものが虐げられる。エリーザは、そんな国なら滅んでしまえと考えるだろう。しかし、赤の帝国は崩壊させるには大きすぎた。
「……君なら、やってしまいそうで怖いな」
ヴィルヘルミーネがその場を和ませるためかそう言ったが、空気はいまだに硬直気味だ。
「……その考えが間違っているんじゃないか」
「? どういうこと?」
エリーザはちらっと横目でギルベルトを見上げる。彼は苦笑気味に言った。
「赤の帝国は実力主義だと言われているな。力があれば上にいけるし、なければ弱者となる。果たして、始祖イルメラ女帝は何を考えてそんな国の形を作ったのだろうか、とときどき思う」
この実力主義は初代皇帝であるイルメラの時代から続く考えであると言われている。千年近くも前のその考えがいまだに残っていることが驚きだ。
「それで、俺は考えた。この考えは、長い月日の中でゆがんでしまったんじゃないだろうか?」
「……」
「もともと、イルメラ女帝は強いものが弱いものを護るべきだ、と考えたのではないか? 力のあるものがないものを護り、できる者ができないところを補っていく。そんな国を目指したんじゃないだろうか」
「……」
沈黙。
「……自分の考えを真っ向から否定された気分だ……」
「うぉっ!? そんなつもりはありませんよ、姉上!」
ギルベルトがびくつきながら言った。ヴィルヘルミーネはそんな感想を漏らしたが、エリーザは、福祉に力を入れるギルベルトらしい考えではあるな、と思った。
ギルベルトは皇族だ。第8皇子で、力も権力も持っている。だから、その力を使って力のないものを護り、可能であれば力を分け与える。その結果が福祉なのだろう。
「それでも、自立しようと思えば力がいる……まあ、これはどの国も共通だな」
ヴィルヘルミーネとギルベルトのやり取りを聞き流し、ベネディクトがしみじみと言った。どうやら彼はギルベルトの意見に共感したようだ。
「足りないところを補い、弱いものを護るのが強いものの義務と言うことか……」
ジークハルトまで何ら考え込んでしまった。しかし、今はそれを考えている時間はないのだ、実は。
すでに昼は過ぎ、お茶の時間に差し掛かっている。今日中に何とかしたいなら、そろそろ動かなければならない。ヴィルヘルミーネが眼を細めて傭兵たちを見る。
「ざっと3000人くらいか……エリーザベト、実戦経験は?」
「ありますけど、そんなに大人数を相手にしたことはありません」
『オーダー』の騎士であったエリーザは、何度も実戦経験がある。一度だけ、戦場に連れて行ってもらったこともある。しかし、その時にはいつも仲間がいたし、1人で考えて行動するのはラウルス城攻略事件以来だ。
『オーダー』の仲間たちが集まれば、3000人くらいちょろいと思う。しかし、ここは赤の帝国。一応、常備軍が8000、城内とその付近にとどまっているが、ろくに戦争の経験もないだろう。使い物になるかわからない。
「……私が特攻をかましてきましょうか」
エリーザは提案した。相手は3000人。しかし、さすがに一気に飛びかかってくるのは無理だ。せいぜい10人ほど。それくらいなら、エリーザは魔術を使わずに蹴散らすことができると思う。ただ、その後援護がなければ数の暴力に押しつぶされてしまうと思うが。
「エリーザ……さすがに笑えない冗談はやめよう」
ギルベルトがあきれるやら引くやらで言った。しかし、ヴィルヘルミーネは面白そうだな、と言う。
「数人で一気に蹴散らすのを見せつけたら、相手の士気が下がるかもしれん」
いや、エリーザはそんなことを考えたわけではない。だが、それもありかな、と思った。『精神矯正魔法』は最終手段である。
「エリーザベト。三千人の中に突っ込んで行って、生き残る自信はあるか?」
「あります」
「すごい自信だな。だが、気が合う」
「近衛兵にはなりません」
「わかってるよ。私も、次の皇帝が選ばれれば、宮殿を出ていくつもりだからな」
エリーザは驚いてヴィルヘルミーネの方を見た。彼女がそんなことを言いだすとは思わなかったのである。
「まあ、私もそろそろけじめをつけねばな。それで、やるか?」
「……やりましょう」
そう言って、2人の皇女は不敵に微笑みあった。ジークハルトは「楽しそうだね」と微笑むにとどめたが、ベネディクトとギルベルトはその笑みに寒気を覚えて身震いした。
「やばい。まじ怖ぇ」
「同感です。できそうなのが一番怖い」
そこ、余計なお世話だ。
そんなわけで、エリーザはヴィルヘルミーネとともに特攻部隊を編成した。といっても、精鋭部隊だ。軍から腕のいい軍人を引っ張ってきて、部隊を編成したのである。もちろん、嫌なら断ってもいいと言ったが、皇女2人の引き抜きに逆らえる者はおらず、声をかけた30人すべてが特攻部隊として編成された。
30人……1人につき、100人くらいかな。さすがのエリーザも百人切りはやったことがないが。
ヴィルヘルミーネが30人の軍人に状況を説明し、喝を入れている。エリーザはその少し後ろに控え、ぼんやりとそれを見ていた。
「エリーザベト。何か言いたいことはあるか?」
「……いえ。特には」
話をふってもらったが、エリーザベトは首を左右に振った。本当に思いつかなかったのだ。この時は。
あらかじめ、住民たちには避難勧告を出したので、残っている住民は少ないはずだ。
交渉役として傭兵団の前に立ったのはエリーザだった。
「何の用だ」
傭兵団側の代表は長身で大柄な男だった。エリーザより二回りほど大きい。エリーザはその男を見上げて言った。
「単刀直入に言う。帝都から即刻退去してほしい。あなたたちの雇い主は投獄された」
知っているだろうが、一応、ヨーゼフが捕まったことを知らせてみる。傭兵の代表ははっと笑った。
「俺達はこの赤の帝国自体に不満があるんだよ。この国をぶっ壊すまで、俺達が出ていくことはないぜ。残念だったな、お嬢様」
傭兵の代表はエリーザを値踏みするように見て言った。エリーザは剣の柄に手をかける。母の形見のである剣だ。
「おっと。そいつを抜くなら、俺も自分の身を護らざるを得ないな」
「知っているか? 国の許可のない傭兵団は違法だ。そして、あなたたちは許可のない傭兵団だ」
正確には、ヨーゼフが許可を出したが、彼は捕まってしまったのだ。すっ、とエリーザは剣を抜く。
「なら、成敗しても問題ないな」
エリーザとその傭兵が切り結んだのが戦闘開始の合図だった。エリーザは身をひるがえし、その傭兵の男を切り伏せた。細身の女性にあるまじき筋力は、魔法で強化したものである。
次々と襲い掛かってくる傭兵を切りつけながら、エリーザは叫んだ。
「何故君たちは軍に入ったかを考えろ! 何か護りたいものがあったのではないのか!? 今がその思いを遂げる時だと知れ! そして、何よりも自分が生き残ることを考えろ!」
エリーザの言葉に、年配の傭兵が動揺した。さざめく声の中に「リューベック将軍!?」と言う声を聞いて、もしかして母を知っているのだろうか、と思った。
「『怖い』と言う気持ちを忘れるな! 相手を侮ると、自分の命を失うことになる!」
叫びながら戦っていると、不意に背後から切りかかられた。振り返ってその重い剣を受け止めると、何と、その剣を持つ人物は知っている人間だった。
「カール!?」
「やはりエリーザか!」
かつてラウルス城にいたカール・シュルツだった。カールに思いっきり剣を振り払われ、エリーザはたたらを踏んだ。やはり、腕力では男に勝てない。
「リューベック将軍の剣に、かつてあの人が言った言葉。そして、あの人の血を引く皇女。考えたな」
何か勘違いをしている気がする……。エリーザはそう思ったが、訂正はしなかった。時間がないのだ。
「どう考えてくれてもいいけど、今はあなたの相手をしている時間はないから。だから」
エリーザは大きく息を吸い込むと、叫んだ。
「ファイナル・オーダーよ! あなたはその場から一歩も動かないで!」
カールの意に反して彼の体は動きを止める。エリーザは彼に背を向けると、パッと走り出した。
しかし、カールが動きを止められるのを見ていたのか、みんな、ずさっとエリーザから離れて行った。エリーザは単純に自分がカールを切りたくなかったからこの能力を使っただけなのだが、どうやら傭兵たちに畏怖の念を与えてしまったらしい。
なんだか当初の予定と違うようになってしまったが、現状を利用しようと思い、エリーザは口を開いた。
「ねぇ」
「ひぃっ!」
百戦錬磨の傭兵が間抜けな悲鳴を上げる。何となく、エリーザの外見がリューベック将軍に似ていることも一因のような気がするのだが、気のせいだろうか。
とりあえず、おびえる傭兵たちを無視してエリーザは提案した。
「今なら降伏を認めてあげるけど、どうする?」
エリーザの淡々とした口調もある意味よかったのだろう。傭兵たちは目を見合わせると、武器から手を放して下に置いた。
「……ある意味作戦勝ちだな」
何故か一緒についてきていたベネディクトが近づいてきて言った。どこが作戦勝ちなのかわからなかったが、エリーザは適当に「そうかもしれませんね」と相槌を打っておいた。
――*+○+*――
傭兵たちを脅迫、もとい武力による説得をしたエリーザとヴィルヘルミーネは、彼らから帝都撤退の約束を取り付けてきた。初めからそう言う作戦だったのだが、傭兵たちのリーダーやまとめ役を重点的に狙い、統率力を失わせる、と言うことをしていた。エリーザやヴィルヘルミーネが容赦なく斬りまくっていた中に、まとめ役らしき人間が何人かいた。
即日撤退、とはいかなかったものの、傭兵たちはすぐに逃げるように帝都から出ていった。よほどエリーザの魔法が怖かったのだろう。
そして、皇帝選挙の結果が出た。普段は一か所にいることのない皇族たちが一堂に会し、結果を待っている。
そう言えば、ヨーゼフが拘束されたことで、彼と協力関係に会ったハルツハイム公爵は更迭され、代わりに前ハルツハイム公の長男フランクが次のハルツハイム選帝侯として選帝侯会議に参加している。この長兄は死んだと聞いていたのだが、気のせいだったのだろうか。
どうやら、彼がジークハルトの言うところの『最終兵器』だったらしい。ジークハルトがフランクをかくまっていたようだ。もう、自分の兄弟たちが策士……と言うか腹黒すぎて言葉も出ない。
と言うわけで、現在はフランクが選帝侯会議に加わり改めて投票を行っている。と言うか、今日中に決まらなければ、明日、戴冠式は行えない。
会議室の扉が開き、視線がそちらに集まった。初めに出ていたのはベルトラム大司教だった。彼は手に紙を持っていた。それを広げ、読み上げる。
「お知らせします。このたび、赤の帝国新皇帝が、選帝侯会議によって決まりました」
どうやら、明日、戴冠式が行えそうだ。
「新皇帝は、第8皇子ギルベルト殿下に決定いたしました」
……。
「はあっ!?」
大声をあげたのは当の本人である。ギルベルトは動揺してベルトラム大司教に尋ねる。
「皇帝は、ジークハルト兄上ではないんですか!?」
「いやぁ、私は宰相に立候補させてもらったよ」
ジークハルトがあっけらかんとして言う。しかし、ほかにヴィルヘルミーネとか、ベネディクトとか、ほかにもいるだろう。ギルベルトとしては第12皇女エリーザベトを押したいところだが。
ふと思い至って、ギルベルトはエリーザの方を見た。彼女は相変わらずの無表情でじっとこちらを見ている。自然に見つめ合う(にらみ合う)こととなるが、エリーザはその鋭い視線をそらすことはなかった。
……図ったな。
瞬間的にギルベルトはそう思った。エリーザはかなり頭がいい。幼い彼女に読み書きを教えたのはギルベルトだった。スポンジが水を吸収するように、彼女は知識を吸収した。それに、彼女がフェルディナンド2世とリューベック将軍の娘であることを考えれば、彼女の妙なカリスマ性も説明できる。
そんな彼女は、自分が皇帝になりたくないばかりにギルベルトを皇帝にするように画策したのだろう。なんとなく、ギルベルトはそう思った。思っただけではなく、それは確信だった。
「お喜び申し上げます、皇帝陛下。あなたのような皇帝を得られて、我らは幸せです」
ジークハルトが臣下の礼を取ると、次々と周囲が膝を折って行く。
ギルベルトに、頭を下げていく。
やばい。マジか。マジで皇帝になるのか。
はっきり言うが、ギルベルトは宮殿内で育ってもそれほど育ちが良いとは言えない。一通りの勉学と礼儀作法は収めたが、母が控えめな人だったので、それ以上のことは教わらなかったし、よく帝都の街に出かけるので、実は口も悪い。
どうしろと!?
廊下をとぼとぼ歩きながら悶々と悩んでいると、背後から気配もなく異母妹が近づいてきた。
「大丈夫です。私の知り合いに、黄の皇国のシェラン皇帝の娘がいましたが、彼女によると、シェラン皇帝はかなり型破りな方だったらしいです」
「……突然どうしたの」
「そのことで悩んでるんじゃないんですか?」
死んだような目でエリーザを見ると、彼女は微笑んだ。
「大丈夫ですよ。お兄様は福祉に力を入れていましたから、国民の信頼も厚いですし。何より、力のあるものが護るのは義務、と言ったお兄様に、皇帝はふさわしいと思います。安心して皇帝になればいいと思いますよ」
「そんなに簡単に言うなよ……そう言うなら、エリーザが皇帝になりなよ」
割と本気でそう言うと、エリーザは無理です、と即答した。
「一応、私はもうヴィル様の婚約者です。ほら」
と見せられた彼女のほっそりした指には、ルビーの指輪がはまっていた。細工の見事な指輪がはまっているのは左手の薬指だ。心なしか嬉しそうに見えるエリーザに、ギルバルトは返す言葉がなくなった。
彼女が、ジークハルトが、選帝侯が、国民が、ギルベルトでいいと言うのなら、皇帝になろうかな、と思った。
翌日、戴冠式が行われた。
そして、ついに赤の帝国に、新皇帝が誕生した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これで、赤の帝国編は終了になります。本当はメアリとか、出したかったんですけど、出せなかった……。
次はラウルス城に戻ろうと思います。




