19、選帝侯会議
話がまとまらないぐだぐだな会議をお楽しみください。
クラウゼヴィッツ選帝侯クラウディアが赤の帝国帝都ベルクヴァインのミュラー宮殿に到着した翌日、フェルディナンド2世の葬儀が行われた。当たり前だが、偉大なる(?)皇帝の葬儀は壮大で、クラウディアは心の中で、この葬儀にどれだけ金が消費されたか考えてしまった。
やはり葬儀に出席していた第12皇女のエリーザに従って、マルガレーテも出席していた。さすがに、平民出身のアリエノールは参加できなかったようで、見渡しても彼女の姿は発見できなかった。
葬儀が終われば、早々に選帝侯会議が始まる。
選帝侯会議。つまり、皇帝選出会議のことだ。7人の選帝侯によって行われる会議で、次の皇帝が決まるのだ。
クラウゼヴィッツ選帝侯であるクラウディアのほかに、選帝侯は6人いる。
まず、ハルツハイム公爵。彼は、先代公爵の弟にあたる。ちなみに、前ハルツハイム公爵も前クラウゼヴィッツ伯と同じく、不審死を遂げている。
3人目はエッシェンバッハ侯爵。クラウディアと同世代の侯爵で、ちょっとおどおどしている。
4人目はシュタイン伯爵。老齢の男性で、ここまでが俗世貴族になる。
あと3人の選帝侯は聖界貴族だ。ベルトラム大司教、シュトライヒ司教、マルブルク司教の3人が選帝侯となる。ちなみに、選帝侯の中で女性はクラウディアだけだった。
「では、選帝侯会議を始めましょうか。まず、皆さんが推薦なさる皇族の方はいらっしゃいますか」
身分が一番上であるハルツハイム公爵が口火を切った。クラウディアは思わずハルツハイム公爵を睨み付けてしまった。あわてて視線をそらす。
「やはり、第1皇子ジークハルト殿下がよろしいのではありませんか?」
最年長、シュタイン伯爵の発言だ。ベルトラム大司教が同意する。
「そうですね。私もシュタイン伯爵に同意します。ジークハルト殿下でないなら、第5皇女ヴィルヘルミーネ殿下、もしくは第4皇子のベネディクト殿下でしょうか」
「しかし、ヴィルヘルミーネ殿下とベネディクト殿下は異国の血が入っておられる」
なら、他国から嫁を取るなよ、とクラウディアは内心あきれて発言したマルブルク司教を見た。
「フェルディナンド2世の皇子皇女のほかに、推薦したいものなどはおりませんか?」
ハルツハイム公爵がさらに尋ねた。クラウディアは黙ったまま「それが狙いか」と思った。おそらく、フェルディナンド2世の兄弟だかに、帝位が欲しい人間がいるのだ。ハルツハイム公爵は、おそらくその人に買収されている。
「で、では、フェルディナンド陛下の弟君であるヨーゼフ殿下はいかがでしょう?」
エッシェンバッハ侯爵がどもりながら言った。彼は何かにおびえているようで、ずっとそわそわしていた。もしかして、その名を言うように脅迫デモされていたのだろうか。
ヨーゼフの名はクラウディアも知っていた。クラウディアも選帝侯だ。赤の帝国を離れていたとはいえ、ラウルス城には多くの情報が入ってくるし、自分で調べもする。その上で、クラウディアはヨーゼフを選択肢に入れなかった。
経歴が、不自然にきれいすぎるのである。ジークハルトを見ても、ヴィルヘルミーネも見ても、それなりにきな臭い面はある。国を治めようと思えば、多少は汚いことに手を染めてしまうものだ。彼のフェルディアンド二世もそうである。
そんなわけで、きれいすぎる経歴は、逆に裏で何かしていると言っているようなものなのである。
「ヨーゼフ殿下ですか……。先代皇帝であらせられるマクシミリアン陛下の第5皇子。確かに資格はありますが」
ハルツハイム公爵が白々しく言った。おそらく、彼もヨーゼフを擁立するように言われていると思われる。
先代皇帝マクシミリアンは評判が悪い。選帝侯が選んだ皇帝ではあるのだが、末期の治世は最悪で、死ぬ前に玉座から引きずりおろされ、新しく選帝侯に選ばれたフェルディナンド2世が帝位についた。ちなみに、フェルディナンド2世はマクシミリアンの第2皇子だ。
赤の帝国では、罪を犯せば皇帝ですら引きずりおろされる可能性があるのだ。マクシミリアンの母であるクリスティーネ女帝が、そうなるように法を整備したのだ。
「ほかに推薦したいものはおりませんか? クラウゼヴィッツ辺境伯はいかがですか?」
ハルツハイム公爵に話を振られ、クラウディアは口を開いた。
「そうですね。私はしばらく赤の帝国を離れていましたから、皆さんの意見とは違うかもしれませんが……ジークハルト殿下のご高名は私も聞いています。それから、今出ていない方で言いますと、私は第12皇女エリーザベト殿下を推薦したいところですね」
エリーザが知ったら怒るだろうなぁ、と思いながらクラウディアは言った。これにはさしものベルトラム大司教も口を開いた。
「エリーザベト皇女は7年以上、ラウルス城へ身を寄せていましたな」
ベルトラム大司教はじろっとクラウディアを見たが、それでひるむ彼女ではなかった。
「その際に、彼女の能力を見ました。確かに長く赤の帝国を離れてはいましたが、彼女は優れた指導者です」
指導者というのはちょっと違う気がするが、ほかになんと表現すればいいのかわからないのだ。
とりあえず、クラウディアはこの会議を混乱させたかったのだ。何となく、選帝侯の力関係と背後関係はわかった。今は、もっと情報が欲しい。選帝侯の確執を何とかしなければ、皇帝は決まらない。皇帝選挙を行っても票がばらけるからだ。皇帝は選帝侯の過半数以上の推薦がないとなれない。
「……さすがに、一度の会議では意見はまとまらないようですな」
ハルツハイム公爵がもっともらしく言った。ベルトラム大司教も同意するようにうなずき、初めの会議はここで終了した。
クラウディアは王城の客間に戻ると、メイドをすべて下げて考えを整理した。
まず、ハルツハイム公爵。兄である前ハルツハイム公爵が亡くなったために爵位を継いだはずだが、前公爵には息子もいたはずだ。やはり亡くなったのだろうか?
とにかく、クラウディアも人のことは言えないが、彼はかなり胡散臭い。
エッシェンバッハ侯爵は言うに及ばず。彼の対処は後に回せばいいだろう。
シュタイン伯爵は最年長なだけあって、良識的な判断をしてくれるはずだ。実際に、会議中の発言は偏ったところはなく公平だったように思う。
ベルトラム大司教も鋭い指摘は入れてくるものの、誰かに肩入れしている様子はない。
マルブルク司教は怪しすぎだ。聖職者だが、俗世に染まっている気がする……。シュトライヒ司教はよくわからない。会議中もクラウディアに続いて発言が少なかったからだ。
はっきりと怪しい、と思えるのはハルツハイム公爵とエッシェンバッハ侯爵の2人だけ。聖職者はよくわからない。まあ、本心を隠すのは得意そうな仕事だからしょうがないか。
しかし、痛いところをおさえられている。選帝侯は同じ貴族の中でも一目置かれる存在だ。そして、公爵と侯爵は、貴族の中でも特に身分が高い。選帝侯の中の公爵と侯爵が押さえられている現状はかなり痛い。
「私も脅されるようだったら、またラウルス城に逃げようかしら」
つぶやいてみたものの、それは不可能だとわかっていた。そんなことをすれば、頭の悪い叔父たちに爵位を奪われてしまう。クラウディアは、親類の中ではザーラの事しか信用していない。
彼らの背後に、だれがいるのだろうか。それを探るのはエリーザに任せた方がよさそうではあるが……。
そこに、ノックがあった。クラウディアはソファの上で姿勢を正してから返答する。
「はい。だれ?」
「あの……クラウゼヴィッツ辺境伯様宛のお手紙をお預かりしているのですが」
この部屋付きのメイドの声だ。クラウディアが入るように言うと、メイドは手紙を胸に抱えるようにして入ってきた。クラウディアは手紙を受け取ると、メイドをそのまま部屋から出した。
手紙の封を破ると、中から出てきたのはカードだった。そのカードには装飾文字で『真夜中に、春の庭の噴水の前でお待ちしています』と書かれていた。
そのカードを見て、クラウディアが最初に取った行動はアリエノールに連絡を取ることだ。アリエノールが双方向テレパシーを使えるとはいえ、彼女自身から思考をつなげてもらわなければならない。しかし、精神感応魔法を閉じ込めた魔法道具を使えば、アリエノールの意識をこちらに向けることができる。どこでも連絡が取りあえるように、クラウディア、アリエノール、エリーザ、マルガレーテはその魔法道具を持ち歩いていた。
『ディア、どうしたの?』
『うん。ちょっと野暮用ができてね。夜中に春の庭の噴水の前で正体不明の人と会うことになったわ』
『何それ。春の庭ってどこ?』
『それはエリーザに聞いて。とにかく、そう言うわけだから念のため護衛についてほしいんだけど』
『了解。夜だし、エリーザはほっといても大丈夫だと思う』
『ありがとう。頼んだわ』
クラウディアは優秀な狙撃手ではあるが、相手も部下を連れてくるだろう。根本的な身体能力の低いクラウディア1人では危険と思われる。攻撃魔法が使えるアリエノールがいれば心強い。
夜も更けると、クラウディアは部屋を出て春の庭に向かった。
春の庭とは、このミュラー宮殿の東側にある庭のことだ。春に咲く花が集められていて、夏である今は閑散としていることだろう。実際に、花はほとんど咲いておらず、ただ緑が生い茂るのみだ。
指定された噴水は、その茂みに隠れるようにして存在した。噴水の水は止められていて、たまった水は少し濁っていた。
クラウディアは遠隔透視能力を使って周囲を見渡した。アリエノールがクラウディアの視線に気づいて手を振った以外は、まだだれもいないようだ。
噴水のまわりをぐるりと回り終えたとき、ふと人影が現れた。クラウディアは微笑を浮かべて首をかしげた。
「あなたが手紙の差出人だったの? エッシェンバッハ侯爵」
エッシェンバッハ侯爵は夜闇の中でも顔を赤らめて見えた。別に、クラウディアに見惚れているとか、そう言うわけではあるまい。
「それで、何のご用でしょうか」
できるだけ優しく尋ねたつもりだが、クラウディアの口調は、よく抑揚がなくて怖いと言われる。エッシェンバッハ侯爵もそう感じたようだ。
この人、私とさほど年が変わらないはずなんだけど。これでいいのかしら。
クラウディアが思わず心の中で心配してしまったとき、彼はようやっと口を開いた。
「クラウゼヴィッツ伯! た、助けてください!」
「……はあ?」
思いっきり怪訝な声を上げてしまったクラウディアは、別に悪くないと思う。
「私は脅されているんです!」
いわく、ある日、家に帰ったら父が死んでいて、気づいたら自分が侯爵になっていた。それからすぐある人に、『選帝侯会議で自分を推薦しろ』と言われて、母親と妹が人質に取られた。らしい。
「……」
クラウディアには、この話が本当かどうかの判断はできなかった。おそらく、話し自体は本当なのだろう。しかし、『助けてください』と言うのが、彼の本気の言葉なのかやはり誰かに言わされているのかがわからない。
「お願いです! ずっとラウルス城にいたあなたなら、あの人と関わりはないと思って……」
必死で言葉を紡ぐ様子を見ていると信じたくなってしまうが、クラウディアはその思いを振り払う。
「……わかりました。善処したいとは思いますが、私自身には何の力もありません。助けられる保証はありません」
しかし、エッシェンバッハ侯爵はパッと顔を輝かせた。
「ええ。ええ! それで構いません! ありがとうございます、ありがとうございます!」
それでいいのか、侯爵。
――*+○+*――
クラウディアが2度目の選帝侯会議で頭を痛めているころ、エリーザはアリエノールから、クラウディアとエッシェンバッハ侯爵の真夜中の密会の報告を受けていた。
「……エッシェンバッハ侯爵のミスリードかな」
ともに報告を聞いていたマルガレーテもエリーザと同じ考えに至ったようだ。彼女の姉の事でもあるので、真剣だ。
「よくわからないけど、嘘をついてる様子はなかったよ」
アリエノールはそう言って首をかしげた。双方向テレパシーを持つ彼女は、相手が嘘をついているか、などの簡単な判断ができる。そして、その直感はたいてい外れない。
「……まあ、嘘はついていないんだろうね。今のエッシェンバッハ侯爵は、1年前に爵位を継いだはずだ」
エリーザはテーブルに頬杖をついて言った。一応、エリーザも選帝侯については簡単に把握してある。クラウディアに助けを求めたベルンハルト・エッシェンバッハ侯爵は、前侯爵の長男にあたる。
年はクラウディアの1つ年上で23歳。今回の選帝侯会議では、クラウディアが最年少にして唯一の女性選帝侯になる。
「……確か、彼には弟妹がいたと思うんだけど。人質にでもとられたかな」
「サイテー!」
「いや。クラウディアがとっさにラウルス城に逃げてこなければ、グレーテルも人質になってたんだよ」
「ってことは、お父様を殺した人と、エッシェンバッハ侯爵を脅してる人は一緒ってこと!?」
「わからないけど、その可能性もあるね」
俄然マルガレーテのやる気が増した。この子はやる気があるほど空回りする傾向があるので、できればおとなしくしていてほしいのだが。
「アリエ。他に気になったところはなかった?」
「え? うーん……」
尋ねると、アリエノールは腕を組んで考え込んだ。
「特にはない、かな。あ、そのエッシェンバッハ侯爵にも誰かついてきてたけど、その人は護衛っていうより、エッシェンバッハ侯爵を見張っているって感じだったのが気になると言えば気になった」
と言うことは、やはりエッシェンバッハ侯爵は脅されているとみていいだろう。爵位を継ぐ前の彼を知っている人によると、彼は悪巧みに加担するような人ではなく、頭はいいが怖がりなのだそうだ。自分から法を犯すようなことをするとは思えない。
エリーザは、頭の中で自分も前クラウゼヴィッツ辺境伯を殺した人間と、今回裏で糸を引いている人間が同じだと考えていることに気が付いた。思い込みはよくない。
「こちらも情報収集をしておきましょうか。やっぱり、クラウディアと直接話せないのが痛いね」
アリエノールがいれば連絡は取れるが、やはり直接会って話し合える方がいい。相手が何をやっているか確認できるから、互いにやっていることが別々でかみ合わない、と言う事態にはならないのが幸いだろうか。
エリーザは重い腰を上げて、外出する準備をした。外出と言っても、宮殿の庭園に出るだけだ。クラウディアが呼び出されたのは春の庭だったが、今は夏の庭が見ごろだろう。
普通、皇女と言えば侍女に着替えを手伝ってもらうものだが、エリーザは大体のことは自分でできる。さすがにドレスを着るのは1人でできずに断念したが。
侍女として連れてきたマルガレーテがメイドを2人呼んできてエリーザを着飾らせる。マルガレーテは最近、エリーザを着飾らせることに凝っている。
どうやら、初日にエリーザの異母姉に鼻で笑われたのが頭に来たようだ。
まあ、それはともかく、エリーザは庭に出た。先日、フェルディナンド2世の国葬が行われ、1週間後には戴冠式が控えている。まあ、それまでに皇帝が決まるかわからないが、期限を決めなければ、選帝侯会議はだらだらと続くとは思う。
そのため、葬儀が終わってからも滞在している人が多いのだ。そういった人たちを楽しませるために、庭を案内するのは定番だ。
エリーザも日傘をさしてゆっくり歩く。その後を、物珍しげなマルガレーテとアリエノールが続く。
通りすがりに目に入ったカーネーションを眺めていると、後ろからくすくす笑う声が聞こえた。何となく振り返ると、そこには昔エリーザの背中に熱湯をぶっかけてくださった異母姉、第3皇女ミリヤムの姿があった。と言うか、まだ嫁いでいないのか。そろそろ行き遅れだぞ。
彼女はたくさんの取り巻きを連れて庭を散策していたようだ。正確には、自分の異母兄弟たちに難癖をつけて歩いていると言った方が正しいかもしれない。
「ごきげんよう、ミリヤム殿下」
エリーザは方手が日傘でふさがっているので、右手だけでドレスのスカートをつまみ、軽く礼をした。エリーザは女性にしては背が高い。対してミリヤムは小柄で、ハイヒールを履いていてもエリーザより背が低い。ミリヤムは自分より背の高い異母妹を見て顔をしかめた。
「あなたに会ったことで機嫌も急降下よ」
「じゃあ、返事をしなければいいじゃないですか」
嫌味っぽく言ったミリヤムにそう言い返せば、ミリヤムはその美貌をピクリとひきつらせた。
「言うようになったわね、この孤児が。背ばかり高くて、女性らしくは成長できなかったようね」
「ミリヤム殿下こそ、第3后妃様が亡くなって、権勢が衰えているのではありませんか? プライドばかり高くて、嫁ぎ先が見つからないようですし」
「この……っ」
ミリヤムがカッとなって口を開きかけたが、こういったことは頭に血が上った方が負けだ。エリーザにおいては『怒る』という現象がめったにないので、嫌味合戦にエリーザは強い。
「エリーザベト!」
唐突に名を呼ばれてそちらを見ると、少し離れたところに精悍な顔立ちの青年が、つばの広い白の帽子をかぶった女性とともに立っていた。エリーザはミリヤムに向き直ると言った。
「それでは、呼ばれているようですので失礼いたします。2人とも、行くよ」
われ関せずとばかりに花を観賞していたマルガレーテとアリエノールにも声をかけ、エリーザは青年のもとに向かった。
「こんにちは、ベネディクト殿下」
「ああ……大丈夫か? ミリヤムにいじめられたか?」
「いえ。悪口を言われたんで、言い返してきました」
「……お前、たくましくなったな……」
第4皇子ベネディクトは、さらりと答えたエリーザにちょっと引き気味だ。
第3皇女ミリヤムと第4皇子ベネディクトは同い年で、ともに28歳。男性がこの年で結婚していないのはまあ、たまにあるが、女性がこの年まで結婚できなければ、この時代ではこのまま1人身の可能性が高い。エリーザの嫌味は、ミリヤムが気にしているところを正確についたと言える。
そして、ベネディクトと言えば、母親の第4后妃が白の王国のオリヴィエ公爵家の出身で、メアリの従兄にあたる人だ。そう思ってみれば、何となくメアリと似ている気はする。
「エリーザベト。紹介したい人がいる。彼女は白の王国女王、ジェインだ」
「こんにちは。初めまして、第12皇女殿下」
帽子のつばの下から顔を見せた女性を見て、エリーザは目を見開いた。基本無表情なエリーザにしてはかなり直接的な驚きの表現である。
クイーン・ジェイン。弟のケイス公爵子息をラウルス城に派遣し、メアリに白の王国の実家に戻るように仕向けた人。
見た目は普通の女性と言える。少し目がきつめだが、エリーザも人のことは言えない。淡い金髪は緩やかに背中に流れ、碧眼がまっすぐにエリーザを射抜く。
「……初めまして、クイーン・ジェイン。赤の帝国第12皇女エリーザベトと申します」
驚きを乗り越えてあいさつを述べると、クイーン・ジェインはうんうん、とうなずいた。
「しっかりしてるわねぇ。ラウルス城ではうちの義妹が世話になったみたいね」
そう言えば、メアリがケイス公爵子息であるジョージと結婚したと聞いた。
「いえ、こちらの方こそ、メアリにはご迷惑をおかけいたしました」
「いい子ね、あなた」
そう言って、クイーン・ジェインはエリーザの顔を覗き込んだ。精神感応魔術師の証と言える紅玉の瞳を見て、クイーン・ジェインは目を細めた。
「いい眼ね。意志が強そうで。メアリはどこかボーっとした子だと言うし、ベネディクトもあまりしゃべらない無口な子だって言ってたけど……なるほどねぇ」
エリーザは思わず足を後ろに引いた。それに気が付いたベネディクトがクイーン・ジェインを止めにかかった。
「ジェイン。やめろ。おびえさせてるだろ」
「あら。そんなことないわよ。ねえ?」
同意を求められて、エリーザはうなずく。
「驚いただけです」
「ほぉら」
クイーン・ジェインは満面の笑みをベネディクトの方に向けた。
「しっかりした子じゃないの。才能もあるし、それに驕らない謙虚さも見える。意外と気が利くし、頭もいい。みんな、過保護すぎるのよ。ちゃんとそう言った場所と機会を与えてあげれば、彼女は今頃女帝になっていたかもしれないのに」
「……お前がそう言うなら、そうなんだろうな……」
ベネディクトはうんざりとした口調で言った。エリーザは小首をかしげる。
「クイーン・ジェインが言うと本当なんですか?」
「まあ、そう言う能力があるからね」
と、彼女はエリーザに向かってウィンクをした。彼女には精神感応系能力があるのだろうか。でも、それならクイーン・ジェインの優れた頭脳の理由がつく。
「選帝侯会議は紛糾しているようね」
白の王国女王の言葉に、ベネディクトとエリーザは顔をこわばらせた。クイーン・ジェインは楽しげにふふふ、と笑った。
「でも、戴冠式までには結果が出ると思うわ。2人とも、周りには注意ししておくといいわよ」
「……ジェイン。お前、何たくらんでんの……」
ベネディクトの言葉は、エリーザの心情も代弁していたと言っておこう。クイーン・ジェインは肩をすくめた。
「この国もいろいろややこしいわねぇっていう話よ。ねぇ、エリーザベトが皇帝に選ばれなかったら、もらっていってもいい?」
「本人に許可を取れ。と言うか、お前どれだけエリーザベトを気に入ったんだ」
「一目ぼれよ。かわいいじゃない」
だめだ。クイーン・ジェインといると調子が狂う。
「まあ、今日の所は話せただけで良しとするわ。今度、ラウルス城にいた時のメアリの話を聞かせてね」
「……はあ」
エリーザは小首をかしげたにとどまったが、クイーン・ジェインは特に気にした様子を見せなかった。彼女はベネディクトの腕を取ると言った。
「さて。案内を再開してもらおうじゃないの。エリーザベト、またね」
「あ、はい」
反射的に少し膝を折ると、クイーン・ジェインは笑顔で手を振った。そのままベネディクトを引きずって行く。
「……あの2人は夫婦なの?」
アリエノールの素朴な問いに、エリーザは口を開いて答えた。
「2人とも未婚だよ。……婚約者でもないはずだけど」
と言うか、前にベネディクトにはあっているはずだぞ、アリエノール。
「なんかすでに尻に敷かれている感じ」
マルガレーテが言った。いや、実はエリーザもそう思った。
「ベネディクト殿下が皇帝にならなければ、クイーン・ジェインと結婚するかもね。ベネディクト殿下は、半分白の王国人だし」
たぶん次の皇帝が選ばれれば、現在この宮殿に残っている皇子皇女たちも一斉に政略結婚に出されるだろう。エリーザも例外ではない。その前にラウルス城に駆け込む気満々だった。
そう言えば、選帝侯会議はどうなったのだろうか。
2度目の選帝侯会議も結局、意見がまとまることはなく、そのまま会議は解散した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
赤の帝国編は当初、5話くらいで考えていたんですが、なんか伸びそう……。今回、話は進んでないしね。
まず、ヨーゼフ殿下を出さなくちゃね。




