18、亡き将軍が残したもの
赤の帝国編。まだ序章です。
ミュラー宮殿の正面門を顔パスで通過したエリーザは、これでいいのだろうか、とちょっと思った。いや、門番には止められたのだが、後から出てきた責任者に通してもらえた。何でも、リューベック将軍に似ているから、第12皇女だとわかったらしい。ここでも母の影響力を感じる……。
「やあ。お帰り、エリーザベト。よく戻ってきたね。できればもう少し早く帰ってきてほしかったけどね……」
異母兄の第1皇子ジークハルトは笑顔で言った。悔しいことに、エリーザがこの宮殿で過ごそうと考えるなら、この異母兄に頼らざるを得なかった。
ジークハルトは赤の帝国のミュラー宮殿の離宮の一つに暮らしている。未婚の皇子は宮殿内の、俗に後宮と呼ばれるところか、往生で暮らしているものだが、ジークハルトはすでに結婚しており、子供も2人いる。上の子はエリーザとさほど年が変わらなかったはずだ。
「それで、そちらの2人は?」
ジークハルトがエリーザの後ろにいる2人を見た。エリーザは簡単に紹介する。
「クラウゼヴィッツ辺境伯の妹でマルガレーテと、こちらは私の護衛代わりでアリエノールです」
「……クラウゼヴィッツ辺境伯の妹君は侍女かい? というか、君に護衛をつける意味はあるのかい?」
さらりとジークハルトにひどいことを言われた気がするが、エリーザは無視した。とりあえず、アリエノールの名が青の王国的であることにつっこまれなくてよかった。まあ、ジークハルトはそう言うことを気にするような人ではないが。
「私の侍女と護衛にいちいちツッコミを入れないでください」
めんどくさいから。エリーザは鋭い目つきでジークハルトを睨み付けたが、ジークハルトはニコリと笑うだけだった。
「強くなったね、エリーザ。今の君なら、皇帝にだってなれる」
「私は皇帝になるために戻ってきたわけではありません」
「君はそのつもりでも、周囲はそう思わないよ。それを覚えておきなさい」
エリーザは強くうなずき、「わかっています」と答えた。
「以前君が使っていた部屋をそのまま使いなさい。ちなみに、あの部屋は第7后妃……つまり、君の母上の部屋だよ」
「そうなのですか」
エリーザは素直に驚いて言った。そうだよ、とジークハルト。
「君の母上は偉大だった。私の初恋は君の母上だよ」
「……」
そんな情報はいらん。
エリーザはちょっと呆れた視線をジークハルトに投げると、とりあえず礼を言った。
「ご配慮感謝いたします、ジークハルト殿下。では、私は皇妃様と第6后妃様に挨拶に行ってきます」
「そうだね。行ってらっしゃい」
ジークハルトは笑ってエリーザたちを送り出した。宮殿内で立場の弱いエリーザが何をしようと、皇妃は咎めないだろうと思っているのだろう。実際、その通りである。
「フェルディナンド2世の皇妃だから、ヴェルツェル公爵家のイザベラ様?」
マルガレーテが小走りにエリーザの後を追いながら尋ねた。エリーザは静かにうなずく。
「そう。ジークハルト殿下の母でもある。一緒に来る? 嫌なら来なくてもいいよ」
「行く」
「わ、私も」
アリエノールが即答し、それにつられてマルガレーテもうなずいた。エリーザは特に強く止めることはせずに2人を連れて皇妃の居室に向かった。
フェルディナント2世の皇妃イザベラの居室は豪華だった。エリーザは心の中で、皇妃の浪費癖は変わっていないようだな、と思いながらイザベラの侍女に名乗って中に入れてもらう。侍女は今頃になって出てきた第12皇女に怪訝な表情になったが、とりあえず中に入れてくれた。
「……今頃何の用ですか」
「先ほど、戻りましたのでご挨拶をと思いまして」
エリーザは下げていた頭を上げ、イザベラに向かって言った。
皇妃イザベラは、覚えているよりも年を取っていた。元は金髪だった髪は銀髪に、しわは増え、容色の衰えを感じさせたが、フェルディナンド2世が『気に入った』という意志の強そうな目はそのままだ。
そう。西大陸の覇者と呼ばれたフェルディナンド2世は、気の強い美女が好きだった。その点では、将軍であったエリーザの母シャルロッテは、フェルディナンド2世の好みであっても不思議ではないと思う。
「そんなことは聞いていません。選帝侯の妹など連れて。帝位を望むか。この国を捨てた娘が?」
イザベラは見下すようにエリーザを見下ろしたが、エリーザはすっと眼を細めるだけにとどめた。
「たかが将軍の娘である私が、皇帝になることを望むとでも? 私には一軍を任されるくらいが関の山です」
「……不愉快だわ。さがりなさい」
「失礼いたします」
エリーザは再び頭を下げると、あっさりと皇妃の居室をでた。
「……偉そうな人だね」
アリエノールは囁くようにエリーザに言った。エリーザは「今はね」とため息をつく。
「あと10日もすれば新皇帝が即位する。そうすれば、皇妃もこの宮殿を退去する。最後に贅沢でもしたいんでしょう」
「でも、ジークハルト殿下の母上なんでしょう? 次の皇帝は……」
マルガレーテは今来た方を見ながら言った。
「ジークハルト殿下の可能性が高いね。でも、ジークハルト殿下は母親の介入を求めないと思う。自分の母でも、皇帝になれば容赦なく追い出すだろうね」
少々腹黒い面もあるが、ジークハルトは為政者として優秀だと思う。家族だからと言って、実力のないものに口を挟ませたりしない。その点は、エリーザも彼を評価している。
次に向かったのは第6后妃ハイルヴィヒのもとだ。エリーザの母シャルロッテの異母妹に当たり、エリーザとはフェルディナンド2世が関係なくても叔母にあたる人間である。
エリーザの母シャルロッテがフェルディナンド2世に見初められたとき、母の生家であるグレッシェル伯爵家ではちょっとした騒動が起こった。ただの妾の娘であるシャルロッテは皇帝の後宮に入るのに、伯爵家の本妻の娘が後宮に入れないのはおかしい、ということだ。
そこでまず、シャルロッテの一つ年下の異母妹にあたるハイルヴィヒが第6后妃として後宮に上がったのだ。それからすぐに彼女は皇子を生み、それから第7后妃としてシャルロッテが後宮に上がった。先に妾の娘であるシャルロッテに子供を生まれて、伯爵家の実権が奪われることを嫌ったのだろう。まあ、母はそんなことはしなかったと思うけど。
ハイルヴィヒは、異母姉であるシャルロッテが怖かったようだ。なので、姉が死んだあと、彼女に似たエリーザを引き取ることはしなかった。ゆえに、エリーザの育ての親は彼女ではない。それでも、グレッシェル伯爵家の連なるものとして、エリーザは彼女にあいさつに行かなければならない。
「………………エリーザか?」
散々見つめた挙句にそう言われ、エリーザは背の高いその男を見上げた。
「お久しぶりです。ギルベルトお兄様」
「……本当にエリーザか。ますますリューベック将軍にそっくりになったな……」
声も似てる、と彼は壁に手をついた。
ギルベルトはハイルヴィヒの第一子で、赤の帝国の第8皇子だ。このミュラー宮殿で最も仲の良かった兄弟になる。母親同士が異母姉妹でもあるので、兄弟の中でもかなり近しく感じている。
黒髪に温かいオレンジの瞳をした中性的な顔立ちの青年だ。何となくエリーザと似ているのは気のせいではないだろう。
「お元気そうで何よりです、お兄様」
「いや、お前も元気そうでよかった。……父上が亡くなったことを聞いて?」
「ええ。ジークハルト殿下から手紙が来ました」
「ああ……なるほど。あの人、しつこいからなぁ」
ギルベルトはそう言って後ろ頭をかいた。こういうところが少し皇子っぽくない異母兄である。
「それより、第6后妃様はいらっしゃいますか? あいさつに来たんですけど」
目的を告げると、ギルベルトは「いるぞ」と答えた。
「お前は意外と律儀だよな。母上がおびえたらすまん」
異母姉シャルロッテを怖がるハイルヴィヒは、よく似たエリーザを怖がる可能性があった。かつてここにいた時よりも、格段にエリーザはシャルロッテに似ている。それは自覚していた。母の写真は見たことがあるし、帰ってきてから何度母と間違えられたことか。
「まあ、それは仕方がありませんから。挨拶をしたらすぐに帰りますし」
「そう言えば、お前どこに泊まるの」
「以前使っていた部屋をそのまま使わせてもらいます」
「ああ……そう言えば、だれも入居者がいなかったな……」
ギルベルトは思い出したようにそう言ってうなずいた。それからエリーザの方を見る。
「困ったことがあれば言ってくれ。まあ、なんとかできたら何とかしてやる」
「……わかりました。ありがとうございます」
「いや、力が足りなくてすまんな。じゃあ、またな」
「ええ。仕事を頑張ってください」
ギルベルトを見送ると、エリーザは第六后妃ハイルヴィヒの部屋に入った。マルガレーテが何か聞きたそうにしていたが、ひとまずそれはあとだ。
一応許可を得て入室したのだが、エリーザを見てハイルヴィヒはびくっと震えた。
ハイルヴィヒは黒髪に琥珀色の瞳の美女だ。エリーザの母が、生きていれば44なので、ハイルヴィヒは今、43歳のはず。年相応の美しさが見られる。
「お久しぶりです、第6后妃様。戻ってまいりましたので、念のためご挨拶をと思いまして」
「あ……ご丁寧にどうもありがとう……」
ハイルヴィヒは小さな声で言った。声が震えていないだけましだろう。エリーザがまだ小さいころから、できるだけ接触を避けるような小心者の彼女だ。おそらく、彼女はフェルディナンド2世の好みとはちょっとずれていたのではないかと思う。
「ハイルヴィヒ様がお元気そうで安心いたしました。それでは、お邪魔にならないようにそろそろ失礼いたします」
「え、ええ。……また、いらしてください」
ハイルヴィヒが控えめに微笑んだ。彼女にしてはかなり頑張っただろう。エリーザも割とおっとり話すのだが、ハイルヴィヒはよりゆっくりしゃべる。
「……あの人、ちょっとエリーザと似ていたね」
マルガレーテがハイルヴィヒについて話題を振った。もう1人、会いたい人がいるエリーザは、やはり彼女とアリエノールを連れて後宮を歩いていた。
「まあ、第6后妃は私の母の異母妹だからね。似ていても不思議はないと思う」
とはいえ、ほぼシャルロッテに生き写しなエリーザは、それほどほかの兄弟とは似ていない。つまり、ハイルヴィヒともそれほど似ていない。
「それから、第6后妃様の部屋の前であった人は、第8皇子のギルベルト様よね?」
マルガレーテの問いに、エリーザはこくりとうなずいた。
「そうだよ。一般的に福祉支援で知られているね。平民からの支持は強いけど、貴族からはそれほどでもないから、彼が皇帝に選ばれる可能性は低いね」
エリーザ的にはギルベルトが皇帝になった方が、赤の帝国は幸せなのではないかと思うのだが、世界はそんなに簡単ではないようだ。
「皇族のことはよくわからないけど、不思議なところね、後宮って」
アリエノールが言った。青の王国の平民出身である彼女には、いまいち後宮の存在がピンとこない様子だ。
「まだ誰か会う人がいるの?」
「いるよ」
エリーザがうなずくと、アリエノールは首をかしげた。
「誰? って、私は聞いてもわからないけど」
自分で聞いて、自分でつっこみを入れた。エリーザは、アリエノールとマルガレーテが隣にいて、心強いな、とちょっと思った。物おじしないアリエノールと、ビビりつつもエリーザを心配してくれるマルガレーテの存在はエリーザに力を与えてくれる気がする。
エリーザは後宮の中でも質素な部類に入る部屋の前に立った。ちょうど出てきたメイドに声をかけた。
「ねえ。カリン后妃はいらっしゃる?」
振り返った年かさのメイドは、エリーザの顔を見てびくっとした。
「え、ええ。いらっしゃいますが」
「ありがとう」
エリーザはそう言うと、マルガレーテとアリエノールを手招きして部屋の中に入った。室内も、やはり先に会ってきた皇妃や第6后妃に比べると地味だ。エリーザは、オルガンの前に座っている女性に声をかけた。
「お久しぶりです。カリン様」
――*+○+*――
赤の帝国第15皇子のラウレンツは、速足で後宮内を歩いていた。
赤の帝国の皇子は、15歳の成人を迎えると、後宮から出され、王城か、もしくは城下に屋敷を与えられてそこで暮らすようになる。もしくは軍に入って、宿舎で暮らすつわものもいる。ラウレンツは今年15歳になり、住まいを後宮から王城に移したばかりだ。
赤の帝国は実力主義だが、それでも生まれが物を言うこともある。宮殿内では特にそうだ。実力があれば眼をかけられるが、生まれが低ければさげすまれることもある。ラウレンツは母親が平民出身なので、家族内でも見下されていた。
ラウレンツは母の居室の前に立つと、「失礼します!」と宣言して、返事を待たずに中に入った。室内の光景を見て、ラウレンツは叫んだ。
「本当に姉様がいる!」
「ラウ。少し静かにしなさい。それと、入るときはノックをして、返事を待ってから入りなさい」
「すみません、母様」
ラウレンツは肩をすくめて母に謝ると、視線を「姉様」に移した。
「……帰っていらしたんですね」
「まあね。久しぶり」
第12皇女エリーザベトは、ストレートの黒髪に紅玉の切れ目をした美女になっていた。最後の記憶が七年前なのであいまいだが、11歳のエリーザベトがそのまま大きくなったような容姿になっている。
対するラウレンツは15歳という年齢を考えても小柄だ。やわらかそうな栗毛に薄紫の瞳をした少女めいた顔立ちをしている。実際に少女に間違われることも多く、この女性ばかりの場にいても、あまり違和感なく溶け込んでいる。
「小さなころからシャル様にそっくりだったけれど、ますます似てきたわね」
ラウレンツの母、第12后妃カリン・アデナウアーは微笑んで言った。ラウレンツはこの母親に似ており、カリンの方が若干目の色が濃いかな、くらいの差しかない。
カリンの言う『シャル様』は、16年前に亡くなったエリーザベトの母シャルロッテのことだ。第7后妃で、一般にはリューベック将軍の名で知られている。15歳のラウレンツは、当たり前だが直接会ったことはない。
カリンはもともとシャルロッテの侍女だったそうだ。そこをフェルディナンド2世に見初められ、ラウレンツが生まれた、らしい。
そんなカリンは、元主のシャルロッテをとても尊敬していて、彼女曰く、エリーザベトはシャルロッテにそっくりなのだそうだ。ラウレンツはエリーザベトを見て、シャルロッテもこんなきつい美人だったのだろうか、と思う。
「それにしても、本当によく帰ってきたわね、エリーザ。しばらくはいられるの?」
「とりあえず、次の皇帝が選ばれるまではいるつもり」
エリーザベトはカリンの質問に伏し目がちに答えた。つまり、次の皇帝が選出されれば、また出ていく……のだろうか。
「そう言えば、ラウは今年で15歳だよね。王城に住まいを移したの?」
「あ、はい。今は暗号解析官の訓練を受けています」
「暗号解析……そう。はっきり言って、意外な才能だね」
エリーザベトにそう言われて、ラウレンツは苦笑した。それはわかっている。母親のカリンは元シャルロッテの侍女で、楽師でもあったから、ラウレンツも音楽家になると思われていたのだろう。確かに、楽器を演奏するのは好きだが、それは趣味の範囲を越えない。
ラウレンツは、エリーザベトと兄弟のように育った。いや、実際に異母姉弟なのだが、そう言うことではなく、本当にともに育ったのだ。
カリンは、シャルロッテの死後にエリーザベトを引き取ったのである。
エリーザベトの母シャルロッテは前グレッシェル伯爵の妾の娘である。シャルロッテが後宮に入るときに、正妻の娘である彼女の異母妹も後宮に入った。第6后妃である。
本来なら、彼女がエリーザベトを引き取るべきだった。第6后妃には皇子しかいないため、皇女であるエリーザベトを引き取れば、グレッシェル伯爵家は女の手ごまとして彼女を使えたはずだ。
だが、第6后妃ハイルヴィヒは、エリーザベトを引き取るのを嫌がった。彼女は異母姉に似たエリーザベトを怖がったのである。
そのため、元シャルロッテの侍女のカリンがエリーザベトを引き取った。ラウレンツが生まれる前のことだ。エリーザベトを引き取ったため、カリンは后妃として召し上げられたと言ってもいい。
つまり、生まれた時からラウレンツはエリーザベトと一緒なのだ。昔から表情に乏しかったエリーザベトだが、それでもラウレンツをかわいがって遊んでくれたのを覚えている。
まあ、何が言いたいのかというと、ラウレンツにとってエリーザベトは特別なのだ。だから、いなくなったときはショックだった。
だが、いなくなった理由も理解できる。いくらカリンがエリーザベトをかわいがったとしても、エリーザベトの母親はすでに亡くなっており、彼女は後宮内で孤児だった。特に際立った力もなく、異母兄弟にいじめられる日々。やはり立場の弱いラウレンツをかばっていたのもあり、エリーザベトはいつも傷だらけだった。
一度、異母姉に熱湯をかけられたことがある。正直、あれはないと思った。そのすぐ後に、エリーザベトはいなくなったのである。
特に際立った力もない、と言ったが、エリーザベトには魔力があった。しかも、彼女の紅玉の瞳は精神感応系魔法が使えることを示していた。初めにエリーザベトの能力に気が付いたのは、異母兄のジークハルトだったと思う。
ジークハルトはエリーザベトを自分側に勧誘していた。精神感応系魔法は、政治で強力な武器になるためだ。エリーザベトの魔法能力が本格的に開花したのも、彼女がいなくなった時期と重なる。いろいろな要因が重なって、エリーザベトはこの宮殿を出たのだろうと推測する。
「そう言う姉様は、『黒の王国』でどのような生活を?」
ラウレンツが聞き返すが、エリーザベトは特に表情を変えなかった。彼女は突然この宮殿から消えたため、当初は行先不明だったが、ラウルス城、通称『黒の王国』がある翠の王国国王からエリーザベトの所在を知らされていたので、ラウレンツもエリーザベトがラウルス城にいたことを知っていた。
質問されたエリーザベトは、ゆっくりと紅茶を飲んでから言った。
「そうだね……まず、剣術を学んだね。それから、魔術制御の仕方を習ったりとか、勉強をしたりとか。それから、私は『オーダー』に所属していたから、他国に赴いたりもしていたよ」
「まあ。結構充実した暮らしをしていたのね」
カリンが楽しそうに笑った。確かに、充実しているような気がする……。
「そう言えばエリーザ。あなた、剣が使えるようになったの?」
「まあ、教わったから」
「そうなの……実はね。生前、陛下に、あなたが帰ってくるようなことがあれば渡してくれって、預かっていたものがあるの」
「……」
カリンの唐突な言葉に対し、エリーザベトは何の反応も示さなかった。というか、彼女は感情を表に出さないので、何を考えているのかわからない。おそらく、精神感応系魔術師は、その感情がそのまま魔術に影響するからだと思うのだが。
それにしても、フェルディナンド2世は、エリーザベトへの伝言をカリンに頼んだようだ。エリーザベトの母シャルロッテは、フェルディナンド2世が最も愛した女性ともいわれており、その娘であるエリーザベトに伝言を残すことはそれほど不自然ではない。不自然なのは、その言伝をカリンに頼むことである。
まあ、カリンはシャルロッテの元侍女だし、エリーザベトの育ての親だ。エリーザベトが戻ってきたなら、必ずカリンのもとを訪れると思ったのかもしれない。
「はい。これよ」
侍女が持ってきた布にまかれた細いものを、カリンが差し出した。これは……どう見ても。
エリーザがその布を取り払うと、漆黒の剣が出てきた。ああ、やっぱり……。話の流れ的にも形状的にも剣だと思った。
「あなたが剣を使えないのなら宝の持ち腐れだけど、使えるのなら使うといいと思うわ。一度シャル様に話してもらったことがあるけど、いい剣だそうよ」
「……そうですか」
エリーザベトはそう言うと、鞘から剣を少しだけ抜いた。そして、驚いた表情になる。その変化にラウレンツもカリンも驚いた。
「ど、どうしたんですか?」
「変なところでもあった? ちゃんと管理していたつもりなのだけど……」
2人の言葉に、エリーザベトは首を左右に振った。
「そうではなくて……。この剣、いいものどころじゃなくて、国宝級の聖剣なんですけど……」
「聖剣?」
カリンとラウレンツの声がかぶった。エリーザベトは丁寧に説明してくれる。
「魔術剣の強化版のこと。通常の消耗品の魔術剣ではなくて、数世紀にわたって残るような強力な魔術が施された剣のことを、俗に聖剣と呼ぶんだよ」
「……シャル様、そんなものを持っていたのね……」
カリンが少々顔をひきつらせつつ言った。知らなかったとはいえ、そんなものを一時期保管していたことに戦慄を覚えたのだろう。
「おそらく、フェルディナンド2世から下賜された剣なのでしょうね。……私がもらっていいんですかね」
「シャル様の遺品代わりにってことらしいわよ。陛下に下賜されたものなら、陛下の遺品にもなるわね」
「……」
カリンの悪意のない言葉に沈黙するエリーザベト。こんなものを遺品に残すなら、生きている間にエリーザベトを助けてあげればよかったのに。
思わずそう思ったラウレンツである。
この時は、このリューベック将軍シャルロッテの遺品が、あんな結果を招くとは思わなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
亡き将軍=シャルロッテです。残していったのは自分が使っていた剣でした……。
ちなみに、エリーザ=エリーザベトです。本名はとても長いので端折ります。赤の帝国の人間の視点だと、エリーザがエリーザベトになるので書きづらい……いっそ、統一してしまうか? だけど、エリーザの本名はエリーザベトなんですよねぇ。
そして、ついに出てくることがなかったフェルディナンド2世。今度、シェラン皇帝と合わせて書いてみようかな……。
ちなみに、赤の帝国の宮殿はミュラー宮殿。ミュラー宮殿のモデルはニンフェンブルク宮殿です。いや、シェーンブルン宮殿も捨てがたかったんですけどね……。
次は選帝侯会議の予定。




