13、『春を呼ぶ皇帝』
今回はちょっと今までと趣が違うかもしれません。
少し、昔話をしようか。
リー・シャンランの母親は、リー・シェランと言った。先代の黄の皇国斉の皇帝だ。
彼女は、かなり数奇な運命をたどったと言える。
シェランは帝暦1783年に、黄の皇国の第17代皇帝の皇后シュ氏の娘として生まれた。第2公主だった。
しかし、父皇帝の寵愛は皇后である母親ではなく、貴妃であるウー氏に向いていた。皇后シュ氏は政略によって娶られた皇后であり、皇帝が望んだのは貴妃ウー氏だけだった。ウー氏には、第1公子、第1公主、第4公主の3人の子どもがいた。
ウー貴妃は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題だった。彼女の親族も皇帝の寵愛を受けていることを理由に、朝廷での権力を増していった。
誰も、ウー貴妃や皇帝に意見することはできなかった。それほど、ウー貴妃の権力が大きかったということだ。
シェランが10歳になったころ、彼女の母シュ皇后が亡くなった。第2公主であり、血統の優れた彼女は後宮を追い出されることは無かったが、かなり肩身の狭い思いをしたのではないかと予想される。
そして、15歳になったころ。今度はシェランがなついていた第2公子が亡くなった。明らかに他殺とわかる死因だったが、皇帝は取り合わなかった。そのことに、シェランはついにぶちぎれた。
この時、すでに黄の皇国は傾いてきていた。ウー貴妃が湯水のように国庫を使い、政治にまで口を挟むようになっていたためだ。彼女こそまさに傾国の美女。
シェランはウー貴妃の宮まで行くと、そこにいたウー貴妃とその娘である第1公主を斬り殺した。シェランはウー貴妃の死体を引きずり、父である皇帝のもとに直談判に行った。当たり前かもしれないが皇帝は彼女の言葉を聞き入れず、彼女を京師の外れに幽閉した。
この時、シェランが殺されなかったのは、彼女に対する同情票が集まったからだ。ウー貴妃の評判が国内外ともに悪かったのもある。
彼女の幽閉生活は6年にも及んだ。その間に彼女の父である第17代皇帝は亡くなり、第18代皇帝としてシェランの異母兄、ウー貴妃の息子である第1公子が登極した。
このシェランの異母兄だが、約1年の在位期間でしかなかったはずだが、『傀儡皇帝』と呼ばれるほどの無能だった。いや、無能とは言えないかもしれない。とにかく自分に都合の良いことしか聞き入れないのだ。もともと傾いていた黄の皇国は分裂した。
そこで、担ぎ出されたのがシェランである。シェランの異母兄は彼女を暗殺しようとたびたび凶手を送り込んでいたが、暗殺は成功しなかった。先の皇帝が崩御したとき、すでにシェランは母方の実家に身を寄せていたのだ。異母兄が暗殺者を送り込んでくることを予想していたのだろう。
シェランは、半年ほどで中原を平定した。異母兄をその手で処刑し、玉座を簒奪した。ゆえに、彼女は登極直後『流血女帝』と呼ばれていた。
担ぎ出されたシェランではあるが、官吏たちは誰も彼女に期待していなかった。教育は受けているものの、皇帝となるべく育てられたわけではない彼女だ。それも当然だろう。
もともと、黄の皇国では女性が皇帝となる事例はほとんど見られなかった。女帝はいても、男性の皇位継承者がまだ幼い場合など、中継ぎの立場での登極が多かった。
しかし、この時のシェランは中継ぎではなく、本物の女帝だった。黄の皇国初の女帝と言っていい。
図らずも女帝となった彼女は、意外にも為政者としての才能を持っていたようだ。
登極した彼女はまず、朝廷組織の見直しを始めた。やましいところのある官吏はすべて暇をだし、戻ってきたかったらもう一度、官吏の雇用試験を受けろと言い放ったそうだ。ここまでの一連の作業が登極してからたった10日で行われたらしい。
ここにきて、官吏たちは「シェラン皇帝は危険」と判断した。自分たちで担ぎ出しておきながら勝手だと言えるが、彼女を排除し、彼女の異母弟を皇帝にしようともくろんだものがいた。
しかし、そのもくろみは実現しなかった。この計画が女帝にばれたのである。彼女はやはり、自らの手でこの計画の首謀者を処刑した。
後世の人物たちから見れば、この時の皇帝がシェランでなければ、黄の皇国は本当に分裂し、今は存在しない国となっていただろう。とはいえ、これは結果論であり、当時の人間にはシェランは「武力による支配を行う皇帝」にしか見えなかっただろうと思う。
シェランにはわかっていたのだ。当時の黄の皇国を治めるには、圧倒的な武力を持って支配するしかないのだと。彼女にはそれだけの力があった。彼女の父皇帝が彼女を疎んだのはこの強大な力ゆえかもしれない。とはいえ、恐怖ゆえに、人々は彼女に従った。
しかし、彼女の登極から10年も経てば、人々もシェラン皇帝がただの独裁者ではないことに気付き始めた。彼女が皇帝になってから、明らかに経済のまわりがよくなったし、街道も整備され、農村では灌漑などが積極的に作られるようになり、収穫量が上がった。
誰が呼びだしたのかはわからない。登極当初は『流血女帝』と呼ばれて畏れられたシェランは、気づけば『春を呼ぶ皇帝』と呼ばれ、尊敬されるようになっていた。人とは変わり身の早いものである。人々は彼女を恐れるのではなく、敬うことで彼女の怒りを買わないように努めた。
西のフェルディナンド2世。東のシェラン。
近現代におけるもっとも有名な皇帝だ。この世界で皇帝を名乗るのは、西大陸の赤の帝国の君主と、東大陸の黄の皇国の君主だけ。赤の帝国に限っては、数代前のクリスティーネ皇帝も有名であるが、黄の皇国ではシェランが最も有名な皇帝と言ってもいいだろう。
しかし、シェラン皇帝は帝暦1832年に49歳で崩御した。死因は病だ。ちなみに、赤の帝国のフェルディナンド2世は帝暦1840年現在も生きている。健在とは言えないが。
シェラン皇帝には4人の子どもがいた。3人の息子と、1人の娘。そのうち、3人の息子はシェラン皇帝が亡くなる前に相次いで亡くなっている。彼女の夫もそうだ。夫の方は他殺であったが、いまだに犯人が見つかっていない。
ただ1人残った娘。彼女が母に続いて女帝として登極する案もあったそうだが、当時15歳の少女には荷が重すぎるということで却下され、一度、シェランの代わりに皇帝に推挙されたことのある彼女の異母弟、リー・リンユンが第20代皇帝として登極した。
このリンユン皇帝だが、異母姉であるシェランを尊敬していた。シェランは自身の兄弟たちとあまり仲が良くなったが、彼とは仲が良かった。もともと、シェランを皇帝に、と望んだのはこのリンユン皇帝だったという。
彼は、ただ1人残った敬愛する異母姉の娘を保護し、使われなくなっていた後宮の離宮の一つに住まわせた。
だが、1年ほどでそのシェランの娘は黄の皇国を出奔した。
向かったのは無論、翠の王国に存在する通称・『黒の王国』、ラウルス城だった。
――*+○+*――
黄の皇国を出奔したシェラン皇帝の娘、シャンランは黄の皇国の現状を聞いて黙りこくっていた。アウラの執務室に呼び出されたと思ったら、これだ。
黄の皇国斉。シャンランの生まれ故郷であり、シャンランの母シェラン皇帝が平定した東大陸の覇者。その大国が、再び割れようとしていた。
「……兄……長兄ですけど、彼が、母が登極するときに皇位継承権をもつ兄弟を皆殺しにしなかったのは失策だと、よく言っていました……その言葉が、現実となったということですね……」
シャンランはつぶやくように言った。
母シェランは、15歳の時に父親の寵姫を斬り殺した。それとともに、寵姫の子どもである第1公主を斬り殺した。
そして、21歳で玉座を簒奪したとき、彼女が斬り殺した寵姫の息子、第1公子を処刑している。
では、1人残った寵姫の第4公主はどうなったのだろうか?
結論は簡単だ。生きている。今も。
第4公主はシェランが皇帝になる前に黄の皇国の貴族に嫁いでいた。ちょうどシェランが登極するころ、彼女は妊娠していた。『流血女帝』と呼ばれながら、シェランは女系の皇族を手にかけなかった。
これが、シェランの甘いところだ。夫どころか息子にまで指摘されていた。そして、彼らの懸念は現実となった。母の異母妹の息子が謀反を企てた。つまり、シャンランの従兄にあたる。
親族内で内乱を起こすのは嫌だ。今まで何事もなかったのは、シェラン皇帝の威光が残っていたからだろう。シェランが上から押さえつけていたからこそ、黄の皇国はまとまっていたのだろう。
「わたくしはあなたにこの情報を渡しましたが、シャンランにどうこうさせようという気はありません。あなたがどうするかは、あなたの自由です」
「……たぶん、アウラから情報をもらわなくても、従兄から手紙が来ると思います。私は、シェラン皇帝の最後の子どもですから」
シャンランが言う従兄は、第4公主の息子ではなく現在の黄の皇国の皇帝リンユンの息子の方だ。親同士の仲が良かったので、リンユン側の従兄とは必然的に仲がよかった。その従兄は次兄と同い年だったのもあるかもしれない。
黄の皇国に絶対的な君主として君臨したシェラン皇帝。彼女の子どもも、もうシャンラン以外は残っていない。もしも、シェラン皇帝の血を引く者の力が必要だとしたら……私は、どうするだろう。
アウラの執務室を出たシャンランは、まずハオシンのもとに向かった。彼はシャンランの長兄の従者兼親友だった。ついでに、シャンランたちの父方の従兄でもある。
見つけた彼を呼び止めて簡単に状況を説明すると、彼はため息をついた。
「なるほど……。シェラン様が亡くなった時から覚悟はしていたが」
「国が割れるとわかっていたんですか? なら、どうして私を止めなかったんですか?」
望んで国を出たのは自分のはずなのに、シャンランは責めるような口調でハオシンに尋ねた。彼は苦笑した。
「あのまま黄の皇国にいたら、シャンランの方が壊れていただろ。なら、やりたいことをさせたほうがいいと思ったんだ」
シャンランはぐっと言葉に詰まった。否定できないかもしれない……。あの時はとにかく、黄の皇国を出たいという思いが強かった。シェラン皇帝の最後の子どもとして祭り上げられるのが嫌だった。叔父のもとで国がまとまっていくのに水を差したくなかった。
そして、何より、思い出が詰まったあの場所にいたくなかった。
不思議に思う人もいるだろう。思い出が詰まった場所にいたい、と思うのが残されたものの心情だ。
だが、シャンランはいつまでもあの場所、生まれ育った禁城にいると、母がひょっこり戻ってくるのではないかと思えてならなかった。遺体の見つからなかった次兄が帰ってくるのではないかと思えた。
そして、今日も帰ってこなかった、2人とももういないのだと、毎日突きつけられる現実。それに耐えられなかった。だからいっそ、国を出てしまおうと思った。先の皇帝の娘が残っているのは新体制に悪い、というのがいい言い訳になった。
シャンランはこのラウルス城に来て正解だったと思っている。
ここでの生活は楽しかった。同じころにこの城にやってきたエリーザの面倒を見て、グレイスの出産を見守って、いろんな国の話を聞いて。
本当に、楽しかった。
「……ハオシンは、どうするんですか。この黄の皇国の現状を聞いて……戻りたいと思いますか」
「どうかな」
以外にも、彼は困惑気味にそう言った。彼を見上げると、軽く微笑んだハオシンは口を開いた。
「気になると言えば気になるけど、実家の方は兄の方がうまくやってるだろうし。俺は同じくらいシャンランが気になるから、シャンランについて行くよ」
ハオシンは次男だ。だからこそ、惜しげもなくかつての皇太子の従者に差し出せたのだろう。ハオシンの兄は優秀な人だ。
彼はシャンランについて行くと言った。仮にも皇帝の娘であるシャンランには、人に決定をゆだねることはできないということか。シャンランは唇をかみ、同じく君主の娘であるエリーザを談話室に引っ張り込んだ。
「……何?」
シャンランとハオシンを見比べて、エリーザが怪訝そうに言った。昔面倒を見ていた少女に相談するのは少し妙な感覚だったが、パッと思いついたのが彼女だったから仕方がない。
「もしも、赤の帝国が割れるようなことになったら、エリーザは国に戻ろうと思う?」
「……? ああ、黄の皇国の話しか。謀反が計画されているらしいね」
さらりと無表情で言われ、シャンランとハオシンは目を見開いた……が、よく考えれば彼女は臨時『評議会』議員に選ばれているので、少々情報が早くても不思議ではなかった。
「エリーザも、皇帝の娘でしょう? あなたなら、どうする?」
シャンランが逃すまい、と彼女の手首をつかんで尋ねると、エリーザは少し考えてから言った。
「私とシャンランでは状況が違いすぎる。まず、私の父親は生きているし、私には兄弟が多い。前提条件が違いすぎるから、答えようがない」
バッサリと切られて、シャンランはがっくりした。確かに、その通りだ。シャンランの母皇帝は亡くなっているが、エリーザの父皇帝は生きている。シェラン皇帝の子供は4人、うち生きているのはシャンランだけだが、エリーザの父フェルディナンド2世の子どもは男女合わせて40人近くいるらしい。
「……なら、もしも、国のために自分にできることがあるのだとしたら、エリーザはそれをしようと思う? それで自分の幸せや、平安を捨てることになっても」
母シェランは多くの尊敬と同時に多くの恨みを買っていた。だから、娘であるシャンランが黄の皇国に戻れば、何があるかわからない。もともと、七年も国を出奔していたのだ。
シャンランはエリーザの返答を待ったが、彼女は素っ気なく「さあ」と言っただけだった。がっくりしたシャンランに、エリーザは問いかけた。
「シャンランは、私に何を言ってほしかったの。背中を押してほしかった? 行くな、と言ってほしかった?」
「え、エリーザ……?」
彼女の口調は落ち着いているのに、何故か迫力があった。彼女は紅玉の眼を細めると言った。
「私はシャンランほど愛国心がない。母国にいい思い出はないからね。背中の火傷の痕、見てみる?」
「……」
見てみるも何も、シャンランはエリーザの背中に火傷の痕があるのを知っていた。見たこともある。赤の帝国の宮殿で暮らしているころに、異母姉妹からのいじめで熱湯をかけられたらしい。
母国での暮らしは、エリーザにとって楽しいものではなかっただろう。対してシャンランは、国を出る直前はともあれ、母国での生活は幸せだった。この2人は、君主の娘という同じ立場であったが、置かれる状況が違いすぎた。
「あなたの心がわかるのはあなただけ、だから、あなたがどうするか決めるのもあなたにしかできない。私が断言すれば、それは本当になってしまうかもしれない」
声を発することで精神感応魔法を使用できるエリーザの言葉は魔法だ。だが羅、エリーザが断言してしまえば、それが本当になる可能性は確かにあった。
「……そう、ですね。邪魔をしてすみません」
「ん」
エリーザは身をひるがえすと、談話室を出ていこうとした。しかし、その前に一度立ち止まる。
「……さっきの質問の答えだけど」
「はい?」
シャンランは首をかしげたが、すぐに自分が発した質問を思い出した。
『国のために自分ができることがあるのだとしたら、エリーザはそれをしようと思う?』
立場が違いすぎると言った彼女は、その質問に答えてくれるようだ。
「私だったら、やると思う。自分にしかできないというのなら、やると思う。それくらいしないと、私は自分の存在意義がわからないからね」
エリーザはそれだけ言うと、「じゃあね」と談話室を出ていった。それをシャンランとともに見送ったハオシンは、感心したようにため息をついた。
「しっかりしたものだな、あの子も。出会ったばかりのころとは大違いだ」
「ええ……あの子は、本当は指導者になれる器があるのかもしれない」
もしも、アウラに何かあったら、この城の指導者はエリーザになっているかもしれない。
しかし、シャンランには彼女ほどの力も決意もなかった。
その夜、シャンランは『評議会』議員のリャン・ライシュンに呼び止められた。
「シャンラン。黄の皇国のことを聞いたか」
「……ええ」
同じ黄の皇国人とはいえ、シャンランとライシュンはさほど交流がない。だから、シャンランは戸惑った。ライシュンは腕を組んで廊下の壁に寄りかかる。
今は6月下旬。5月30日から6月1日にかけて起こった『ラウルス城攻略事件』の傷跡は、もうほとんど残っていない。とはいえ、まだ銃撃や剣戟の痕が残っているところもある。この廊下にはまだ残っていた。
「……私は昔、君の母上に会ったことがある。彼女が女帝になる前のことだ」
「えっ、母にですか?」
シャンランは意外に思い、聞き返した。いや、年齢を考えれば不自然なことではないのだが、ライシュンは長らくラウルス城にいるイメージがあったので、黄の皇国を出たことがないシェランとあったことがある、という事実が意外だったのだ。
「君はウー一族を知っているか?」
「はい……その、私の祖父、お母様のお父様が寵愛した貴妃が、ウー一族の出身だったと……」
シャンランが口ごもったのは、そのウー貴妃とその娘の1人を、彼女の母シェランが斬り殺しているためだ。シャンランがしたことではないとはいえ、自分の母がしたことだ。シャンランが口ごもってしまうのは無理ないだろう。
そんなシャンランに、ライシュンは驚くべきことを言った。
「私はウー一族の出身だ。ウー貴妃は私の叔母にあたる」
「ぅえっ!?」
驚きすぎて変な声が出た。シャンランは急に居心地悪くなるのを感じた。
「別にシャンランを責めるつもりはないぞ。シェラン皇帝は私の一族に制裁を加えたが、こうして私は生きているしな」
意外にドライな発言を聞いて、シャンランは唇をひきつらせた。どんな反応をすればいいのだろうか。
「それに、私を生かしてくれたのはシェラン皇帝だ。彼女が皇帝になってから、黄の皇国が持ち直したのは事実だし、私の家族が国を乗っ取ろうとしたのも事実だ」
「……そうですか」
「そんな黄の皇国の英雄である女帝を母親に持つ君が、黄の皇国に戻るかは君の自由だ」
「……」
どこぞで聞いたようなセリフを言われ、シャンランは黙り込んだ。
「だが、迷うくらいなら、やってみたほうがいいとは思う。君は、自分の母親がなぜ女帝になったか聞いているか?」
シャンランは素直に首を左右に振った。傀儡であったウー貴妃の息子に危機感を覚えた官吏たちが、皇后の娘であったシェランを担ぎ出したことは聞いているが、シェランが何を思ってその要求を受け入れたかは知らない。
晩年の口癖が「隠居したぁい」だったことを考えると、母は皇帝になることに否定的だったのではないかと思われる。そもそも、半年で中原を平定できる力がありながら、6年間も軟禁生活に甘んじていた時点で、やる気はほぼ皆無だったと考えていい。
「彼女は、国の事なんかどうでもいい。滅ぶなら勝手に滅べばいいと言っていた」
「……えっと」
やはり反応の仕方がわからず、シャンランはあいまいに微笑んだ。シャンランの母は思ったよりやる気がない皇帝だったようだ。
「だが、彼女は皇帝になったな」
「……はい」
「あの人は、私に、もしも自分が国を滅ぼすような愚帝となったら、止めに来いと言った。実に矛盾した人だった」
「す、すみません」
確かに、母は矛盾したことを自然に言ってのける、ちょっと不思議な人だった。皇帝になりたくなさそうだった彼女。しかし、自分が皇帝になって国を滅ぼしそうになったら止めろと言った彼女。どちらもシェランだ。
「……母は、長らく幽閉されていたせいか、かなり屈折した性格ではあったともいます……そう言えば、文句を言いつつも頼まれればやってしまうような人だったと思います」
シェランは頼られるとやってしまうような人だった。やりたくないと言いつつ、その力を持って黄の皇国をまとめ上げた皇帝シェラン。
娘の目から見ても、不思議な人だった。彼女がまとめ上げた黄の皇国を、このまま分裂させてしまってもいいのだろうか……。
「……ライシュンさんは、黄の皇国に戻りますか?」
「いや。どうやら私の血族が謀反をたくらんでいるようだが、私が戻ればよりややこしくなりそうだからな」
それは否定できないかもしれない。シャンランは即答したライシュンに苦笑した。
「朗報を期待している」
結局何を言いに来たのか不明だが、ライシュンとの会話でシャンランの心が決まった。
シャンランに母のような力はない。でも、皇帝シェランの娘だということで、できることがあるのなら。
「黄の皇国に、戻りましょう」
――*+○+*――
「下で見送らなくていいのか」
ラウルス城の玄関側にあるバルコニーから下を見ているエリーザは、キースの言葉に振り返った。今日も整った顔はピクリとも動かない。
城門のところで、リー・シャンランとチャン・ハオシンがアウラやグレイスの見送りを受けているのが見えた。2人は、祖国に戻ることにしたようだ。エリーザはシャンランと姉妹のように育ったらしいが、見送りに行かなくてもいいのだろうか、とキースらしからぬ気遣いを見せたわけだ。
「……別に。この城は、いろんな人が来て、そして出ていく。これもその一つ」
クールな彼女の言葉に、キースはにやりと笑みを浮かべた。右目でエリーザを見下ろす。左目は先の反乱で失ってしまった。そのため、眼帯で覆っているのである。
この寡黙な少女は面白い。今まで、キースは人生を面白いと思ったことはなかった。それは、彼の経歴を見れば明らかだろう。罪を犯すというスリルに喜びを覚えていた。
しかし、この少女に出会って、こいつについて行けば面白い、と思った。
この少女は、人の運命を変える力を持っているのかもしれない。まだ2か月ほどの付き合いだが、キースはそう感じていた。
「……もしも縁があれば、また会うこともあるでしょう。その時にまた話をすればいい。だから、今はいい」
下を見ていたエリーザが城門の方に向かって手を振った。キースも覗き込むと、シャンランが手を振っていた。エリーザはそれに答えたらしい。
「……姫さんは詩人みたいだな。言ってることがよくわかんねぇ」
「……割とそのままだと思うけどね」
エリーザは名残惜しそうに城門の先、シャンランたちの後ろ姿を見つめて城内に戻った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ちょっと早めの更新でした。我ながら頑張った……。
シャンランとシェランの母娘に焦点を置いていますが、この2人、名前がややこしいな! シャンランは祥蘭、シェランは雪蘭と書くのですが、漢字でも見分けがつきにくい、と気が付いたのは書いた後でした……もしかしたら、シャンランとシェランの名前が間違っているところがあるかもしれないので見つけ次第、直していこうと思います。
シャンラン、まさかの城を出る、です。彼女の母親であるシェラン皇帝は武力で黄の皇国を支配した人です。その跡を継いだリンユン皇帝は平凡です。ちなみに、リンユンは稜雲と書く。
今気づいたのですが、やはりシャンランとエリーザは似ていますね。2人とも、片親が皇帝で、母親がカリスマ性を持つ武人。なのに、娘のこの違いはなんだろう。育った環境の違いでしょうか。




