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4.クレア

『従順なる狂犬』



4.クレア Lv.40


特徴:従順 女官見習い 二面性


歳は十歳前後と思われる。蔭の一員で、子供という利点が生きる任務に就くこともあるが、普段は女官見習いとしてレイディアと共に後宮や城で働いている。レイディアのお遣いで各地を回ることもある(ギルベルトが意図的に飛ばす場合も)。実力は蔭の中でも指折り。現在はレイディアに懐いている。レイディア至上主義。右向け右。レイディアとの約束で人を殺さないことを誓う。

乙女心が分からない。

今はクレアとして生きているが…












~そうして僕は貴女の手を取った~ 



暗い、じめじめとした地下牢の中。そこに小さな子供が地面に伏していた。

その身体は僅かに胸元が上下するだけでぴくりと動かない。指先を動かすのも億劫なくらい、身体が痛めつけられていた。

「………」

荒い息だけが零れる唇の端は切れており血が滲んでいる。顔も身体も痣と傷だらけで、髪にも血がこびり付いている。元の端正な顔立ちが、今は見る影もない。

痛い。痛覚など既に殆ど麻痺しているのに、それでも痛む心。

―くそっ

あの日、自分は死ぬはずだったのに。死ぬ時はクレアと一緒に碌でもない死に様を晒すのだと思っていた。目ざわりなものだらけの世界に否定されて、見たくないもの全てに押し潰されて、それでもクレアと一緒の筈だった。

なのに、俺はここにいる。片割れはもうこの世にいないのに、俺の心の臓は休まず動く。

「………」

…だけど、それもあと少しだろう。

そう思うと、自然と笑みが零れた。

長い時間、俺の身体を甚振り続けたあいつらだが、致命傷を与えはしなかった。それは、出来るだけ長く俺を苦しめたいが為だ。ひと思いに殺すこと程、敵に対する情けはない。どうやら俺はあいつらにとって大事な女を刺してしまったらしい。

深い深い夜の森を思わせる女を思い出す。俺に対して憐みも、恐れも、厭う気持ちさえ抱かなかった女。ただ静かに俺を見つめていた瞳は、俺が彼女を刺し貫いた瞬間さえ変わらなかった。

何を考えているのか分からなくて、本能的に畏れを抱いたのは、お館様を除けば、彼女が初めてだった。

そう言えば、クレアの頭、撫でてくれたな…

あの女と、彼女に撫でられて笑顔になるクレアを思い浮かべた所で、意識を失った。




「……あら、死んじゃった?」

それからどれだけ時間が経っただろう。クリスは若い女の声と同時に冷たい水を吹っ掛けられて意識を取り戻した。傷に水が滲みるじくりとした痛みに反射的に身体が強張った。

「ああ良かった、生きてるみたいね。子供の癖に結構しぶとくて助かったわ」

この声は知らない。俺を痛めつけたのは、主にエリカと呼ばれていた女と、バルデロの王だ。だけど、こいつがどんな奴だろうが興味はない。味方でないことには変わりないから。

「いつまでもだらだらと寝てんじゃないわよ。ほら、傷の手当てしてあげるから、さっさと起きなさい」

まるで聞かん坊の弟にかける言葉に、クリスは目を上に向けた。

目の覚めるような赤髪を三編みに纏め、レースをふんだんにあしらった黒と橙のドレスを身に纏った女がそこにいた。およそ臭くて汚い牢屋に似つかわしくない。

目が合うと、その女は鼻の上に乗った洒落た眼鏡を中指で推し上げ、不敵に笑った。

「私は誰かっていうのと、何で手当てなんてするのかっていう疑問の顔ね」

図星だった。

「私はソネット。あんたを迎えに来たわ」

それを聞いて、俺は笑みを浮かべた。

「やっと俺を処刑台に連れて行く気になったのか」

「うちの主人はその気満々だったんだけどね、私の可愛い妹があんたを呼んでるのよ」

「いもうと…?」

こいつに妹がいるのか?

「妹も弟もいるわよ。キャンキャン煩いのから全く喋らないむっつりまで色々と」

俺の考えが通じたのか、その女は血は繋がっていないけどね、と答えてくれた。


そしてクリスの身体に手早く包帯を巻くと、彼女はクリスを抱き上げた。触れられる所と腰に激痛が走った。痛みを堪えてクリスは牢から連れ出そうとする女を睨みつけた。

「何処に…」

「私ん家よ。怪我を治すにはここじゃ無理だもの」

「何で…」

「ディーアちゃんが呼んでるって言ったじゃない。ぼろぼろのまま会うなんて駄目よ」

「………」

ディーアちゃんなる人物が、俺が刺した女だということは、知っている。何故、自身を害した俺を呼ぶのか。

「俺を殺したいんじゃ…ないのか?」

「ディーアちゃんがあんたを殺すなっていうんだもの。その所為で陛下がぷんすかしちゃって、ただの絞首刑で済んだ受刑者に八つ当たりを始めちゃうし、あー大変大変」

言葉の調子と内容が合っていない。クリスは口元が引き攣らせた。王の容赦のなさはクリス自身、身に沁みて知っている。

俺を運びながらもソネットの口は止まらない。ひとしきり喋った頃には地下の出口まで来ていた。扉の隙間からは微かに光が漏れている。

「…ここから先は外の世界。もしかしたら、ここで死ねた方が、あんたは幸せだったのかもね」

そうして意地悪い笑みを見せてソネットはクリスを陽の元に連れ出した。




レイディアと対面し、“クレア”の名前をもらうのはそれから半月後のこと。



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