第40話 そんなに嫌なのか
紀律と別れた頃には、空が夕暮れ色に染まり始めていた。
「ぱなえと沙奏は、もう帰ったみたいだな。二人には、また今度紹介する」
「……いいんですか?」
「ああ。もちろんだ」
「ありがとうございます。私……幸せです」
夕日に照らされた華担が、頬を緩める。
本当に幸せそうな顔をする子だ。
見ているだけで、こちらまで嬉しくなってくる。
それと今日の放課後、ハーレムメンバーと一緒にいる華担を見ていて思った。
華担は、妙にみんなと馴染んでいた。
みんなの輪に加わっている姿が不思議なくらい自然で、これから先も、俺たちと一緒に笑っている華担の姿が、簡単に思い浮かぶ。
「今日は俺も楽しかった。ありがとう、推鹿さん」
「と、ととと、とんでもないです! このご恩は、いつか必ずお返しいたします!」
突然とんでもない方向へ暴走したかと思えば、走琉や玖詩まで自分のペースへ巻き込んでしまう。
それでいて、ハーレムのみんなを心から好きでいてくれる。
短い時間だったが、華担のさまざまな一面を知ることができた。
「…………」
隣を歩く華担の銀髪が、夕日を受けてさらさらと輝いている。
楽しそうに歩くその横顔を眺めているうちに、胸の中へ一つの思いが浮かんだ。
俺は――華担が好きだ。
もっと一緒にいたい。
華担のことを、もっと知りたい。
そして、俺のハーレムの中で、みんなと一緒に笑ってほしい。
その気持ちは、もう抑えられなかった。
「華担……! 聞いてほしいことがあるんだ」
「か、華担って……! 推しからの唐突な名前呼び! ファンサえぐいて!」
相変わらず奇妙な言葉を使う。
でも、今はそんなところすら可愛く思える。
「今日、一緒に過ごして、華担のいろんなところを知った」
「……え?」
「それで――俺は華担のことが好きになった!」
「…………」
華担の動きがぴたりと止まる。
「もっと華担と一緒にいたい。俺のハーレムに入ってくれ!」
「かあああああっ! 無理無理無理無理ですよ!!」
「そこをなんとか!」
「なんとかってなんですか! 絶対に無理です!」
華担が飛び退くように、俺から大きく距離を取った。
「伊阪利君と私は、推しとファンなんです! それ以上でも、それ以下でもないんです!」
「俺は……そんな関係じゃ嫌だ」
「え……?」
華担が目を丸くする。
「もっともっと華担のことを知りたい。もっと一緒にいたい。それでいつか、華担とおせっせもしたい!」
「伊阪利君がおせっせしたいなら、私の身体を使ってもいいです! でも、ハーレム入りだけはダメです!」
「そんなおせっせに意味なんてない!」
思わず声を張り上げる。
「俺は華担の身体だけが欲しいわけじゃない!」
「…………っ」
「俺は華担と心から愛し合って、その先でおせっせがしたいんだ」
「…………」
華担の肩が小さく跳ねた。
「私では……駄目です」
さっきまでの勢いが嘘のように、華担が視線を落とす。
「その愛は……なじみさんや紀律さんたちに注いでください」
「なじみや紀律への愛は、華担に注いだからって減ったりしない!」
「…………」
「華担のことが好きだから、華担にも俺の愛を受け取ってほしいんだ」
華担は何も答えない。
胸元をぎゅっと押さえたまま、俺から一歩後ずさる。
「いざかた……だ」
「……え?」
「俺と華担で、いざかただ!」
俺は華担をまっすぐ見つめる。
「このカップリングはアリだろ!」
「…………」
華担の顔が一気に赤く染まった。
「なしです……」
華担は真っ赤な顔で、絞り出すように続けた。
「いざかたは……解釈違いです!」
「華担!」
華担はくるりと背を向けると、そのまま勢いよく駆け出した。
「ちょっ、待ってくれ!」
呼び止めても、華担は振り返らない。
銀色の髪を夕日に輝かせながら、あっという間に遠ざかっていった。
◇◇◇◇◇
翌朝。
「槍田くん、おはよう」
「おう! おはよう、なじみ!」
教室へ入ると、先に来ていたなじみが声をかけてきた。
「今日も可愛いな!」
「朝からいきなり何言ってるの……」
「本当のことだからな。なじみ、今日も最高に可愛いぞ!」
「も、もう……分かったから」
なじみは困ったように言いながらも、少し嬉しそうに笑った。
そのとき、ふと教室の入り口へ視線を向けると――華担が立っていた。
「おっ、華担! おはよう!」
「ひゃあっ!?」
俺が声をかけた瞬間、華担がびくっと肩を跳ねさせた。
「…………」
「華担?」
「い、伊阪利君……」
一瞬だけ目が合う。
すると、華担の顔がみるみる真っ赤に染まっていった。
「む、無理ぃぃぃぃぃ!」
「ええっ!?」
華担はくるりと反転すると、ものすごい勢いで教室から飛び出していった。
「華担!?」
呼び止める間もない。
廊下を駆けていく銀髪は、あっという間に見えなくなった。
「…………」
ガチで逃げられた。
「槍田くん……推鹿さんと何かあったの?」
隣から、なじみの声が聞こえる。
「昨日、一緒にいたよね?」
「ああ。そのあと、華担にハーレムへ入ってほしいと伝えたんだ」
「はぁ……結局そうなるのね」
なじみが呆れたように目を細める。
「ハーレムの人数が増えることに慣れてきた自分が怖いよ」
「仕方ないだろ! 華担のことが好きになったんだ」
「まあ、ちょっと不思議な子だけど……可愛いもんね」
なじみは小さくため息をつくと、華担が消えていった廊下へ視線を向ける。
「でも、あんなに逃げられるってことは……どうせ『おせっせさせてくれ!』とか言って迫ったんでしょ」
「おせっせしたいとは言ったが……」
「それ、普通にセクハラだからね?」
なじみは相変わらず、痛いところを突いてくる。
「華担からは、おせっせしてもいいと言われたんだ。ただ、ハーレムには入れないと断られた」
「えっ、そうなの?」
なじみが意外そうに目を丸くする。
「推鹿さん、そういうことは平気なんだ。ちょっと意外かも……」
次の瞬間、なじみがぎらりと俺を睨んだ。
「槍田くん。してもいいって言われたからって、本当に手を出しちゃ駄目だからね」
「分かってる! 俺だって、ハーレムメンバーでもない相手とするつもりはない!」
できれば華担にも、ハーレムメンバーになって欲しい。
しかし、今日は顔を見ただけで逃げられた。
「……そんなに嫌だったのか?」
ハーレムに入ることを、無理強いするつもりはない。
だが、このまま避けられ続けるのは嫌だ。
「……ちゃんと話さないとな」
華担が俺との関係を、これからどうしたいのか。
もう一度、落ち着いて話をしてみよう。




