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境界観測《リミナル・サイト》-その線の先で、私は死んでいる-  作者: Rasky
第2章 都市ラグナス

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40話 魔族領 最高幹部

 魔王ハデスの魔族領域同調放送から数日後──


 魔王城の最上部に位置する謁見の間および、それに連なる執務参議室には、ハデスの直属たる最高幹部たちが集結していた。


 先日の同調放送において、ハデスは全魔族領に対して「境界線」の動作ロジック

 ──軍事侵攻判定の閾値と、特定種族に対する殺意・排除意思が5%に達した際の自滅型トリガーの存在──を公開した。


 この発表は国民のパニックを抑止した一方で、魔王軍の軍略を直接担う幹部層にとっては、前提条件の根底からの再設計を要求される事態となっていた。


 重厚な黒鉄の円卓を囲んでいるのは、魔王ハデスを心底敬愛する六人の最高幹部たちであった。


 黒髪マッシュの整った容姿で知的かつ端正な顔立ちをしながらも魔法剣士として高い威力を誇るカイン。

 赤く長い髪を二つに結い上げたツインテールが印象的な鋭い眼光を持つ魔法使いの少女ネフィラ。

 顔面から肉体にかけて禍々しい刺青が刻まれた巨漢でありながら格闘術を極めた心優しいバルトレス。

 紫の艶やかな長髪をなびかせる大剣使いでありながらどこか抜けた雰囲気を纏う女性、ノクシア。

 薄い白髪と深く刻まれた刻印のようなシワを覗かせつつ全武具と魔法に精通する老賢者エルドリス。

 水色のショートヘアを揺らし暗殺術と暗殺魔法を完璧に修めながらもその存在感の薄さゆえに佇む少女シェル。


 一見すると歪な構成であり軽口や弄り合いが絶えない彼らであったが、ハデスへの絶対的な忠誠と、己の管轄領域に対する責任の重さにおいては完全に一致していた。


 円卓の中央には、ハデスが書き換えた神代の「境界線」の概念図と、ヒューマン領の動向を示す魔導地図が広げられている。ハデス自身はこの場に不在であり、「君たちで自由に使ってね」という放任の姿勢を貫いていた。その不在こそが、幹部たちに「王の意図を正しく解釈し、自身の責任領域においてどのような判断を下すべきか」という課題を突きつけていた。


 黒髪マッシュの青年カインが、眉間を寄せながら卓上の魔導地図を指先で叩いた。


「ハデス様が同調放送で境界線の仕組みを全土へ公開してくれたおかげで、国民のパニックが抑えられたのは本当にありがたいことだ。だが、軍術的な観点から言えば、俺たちの防衛機構の仕様をヒューマン側に開示したのも同然なんだよな。

 向こうの王がまともな思考回路を持っていれば、大軍を動かすのを諦めて、先日選定された勇者とかいう奴らだけを潜入させてくると考えるのが論理的だ。問題は、ハデス様が『僕からは動かない』と仰った以上、俺たち幹部がどうやって防衛や防諜のラインを引き、どこまで責任を持つかだ」


 その言葉に、ツインテールを揺らしたネフィラが、くすりと小馬鹿にしたような笑みを浮かべて返した。


「相変わらずカインは頭が硬いわねぇ。ハデス様の『動かない』って言葉の表面だけ受け取って勝手に悩んでるんじゃないわよ。ハデス様が提示された前提はすごく単純じゃない。境界線っていう完璧なシステムで大枠の防御を維持しつつ、ルールの裏を抜けてくる小鼠に関しては、私たち幹部が自分たちの判断で処理しなさいって委任してくださっているのよ?

 ハデス様が自ら前線に降りて勇者をひねり潰したら、領内の過激派が勝手に盛り上がって感情臨界トリガーを発動させるリスクが増えるでしょ?

 だから静観を選んで、私たちに『自分の手をお煩わせするんじゃないわよ』って宿題を出されたの。こんなのも分からないなんてバカじゃないの?」


「おいネフィラ、言い方にトゲがありすぎるだろ。俺は全体の因果関係を整理整理しようとしてるんだよ」


 カインがため息をつくと、顔と体に凄まじい刺青を入れた巨漢バルトレスが、巨体を揺らして優しく微笑みながら巨拳をぽんと手掌に当てた。


「まあまあ、ふたりとも落ち着いてくれ。カインの言う心配も、ネフィラちゃんの言う解説も、どちらもハデス様を想ってのことなんだからさ。

 要するに、勇者たちが少人数で乗り込んでくるなら、俺がその手前で全員まとめて優しく叩き潰してあげればいいってことだろう?

 破壊衝動がウズウズして動きたくて仕方ないってわけじゃないけどさ、ハデス様の手を煩わせるくらいなら、俺の拳で一瞬で終わらせてあげるのが一番平和的じゃないかな」


 すると、どこか頼りなげな声が円卓の端からボソボソと響いた。水色ショートヘアの少女シェルが、袖口から小袋を取り出しながら小さな声で呟いていた。


「あの……バルトレスさん……それだと……先制攻撃になっちゃうかも……。あ……これ、新作の焼き菓子……みんなで食べて……。シェルが思うに……急にこっちから出ていったら……ヒューマンの感情が刺激されて……ハデス様の境界線に……へんな負荷がかかるかも……」


「あらあら……シェルちゃん、ありがとうねぇ。おいしそうなお菓子だわ」


 紫髪のノクシアがのんびりとクッキーを口に運び、ほほ笑んだ。


「あら……? でもねぇ、バルトレスちゃんの言うことも一理あるのよ? 潜入してくる子たちを入口でちょちょっと大剣で切り払っちゃえば、ハデス様も安心してゆっくりお茶を飲んでいられるんじゃないかしら……? あれ、でもそうすると……境界線のルールに触れちゃうんだっけかしら……?」


「ふぉっふぉっふぉ、ノクシアや、相変わらず抜けておるのう」


 白髪を撫でながら、老賢者エルドリスが深く刻まれたシワを破顔させて笑った。


「お主が大剣を振り回せばそれだけで一帯の地形が変わり、ヒューマンどもの殺意が跳ね上がってしまうわい。シェルやネフィラの言う通りじゃ。我が軍から打って出る行動は、ハデス様が敷かれた境界線の『感情臨界トリガー』を誘発させる因果を生む。カインの言う通り、我々幹部が目指すべきはハデス様の意図されたシステムの安定稼働。己の武力を誇示することではないのじゃよ」


 ネフィラは腕を組み、胸を張って全員の意見をまとめるように言い放った。


「エルドリスおじいちゃんの言う通りよ。確定している事実は三つ。

 一つ、ハデス様の境界線は絶対で大軍の侵攻は不可能。

 二つ、相手の攻撃は少数潜入に限定される。

 三つ、私たちが安易に人間領へ攻め込めばトリガーを誤作動させるリスクがある。

 だから私たちが選ぶべき判断は、攻め込むことじゃなくて、領内の防諜と重要拠点の防衛レベルを引き上げて、勇者の足取りを検知した瞬間に確実に拘束・無力化する迎撃態勢の構築だけよ。ハデス様が作ってくださったこの完璧な環境を、私たちの浅はかな行動で汚すなんて絶対許されないんだから!」


 カインはマッシュ髪を掻き上げ、ネフィラの論理展開に頷いた。


「ネフィラの整理した通りだな。ハデス様は『境界線を破るような暴走が起きない限り本気は出さない』と仰った。それは俺たちが城塞や領内の安全管理という当然の職務を放棄していい理由にはならない。

 勇者が城塞内部や重要拠点に侵入した時点で、それは政治的・軍事的な脅威だ。俺たちが全力で排除しなければ、ハデス様への忠誠も責任も果たしたことにならないんだ」


「ふぉっふぉっ、頼もしいかぎりじゃな。では、具体的に何を選び、何を保留にするか、ワシらの役割を明確にしておこうかの。カイン、記録を頼むぞ」


 カインは羊皮紙にペンを走らせながら、淡々と因果関係を口にした。


「了解だ。まず決定事項。全野戦軍の人間領境界付近への移動を即座に凍結する。

 大軍の接近は相手に過剰な警戒感を与え、境界線の軍事トリガー周辺での予期せぬ誤作動を招くからだ。

 次に、領内主要都市における防諜機関の警戒レベルを引き上げ、単独や少数で侵入してくるヒューマンの検問を強化する。特に商業都市ガルディナのように人間族の比率が偏りやすい場所は、治安部隊に人口分散措置を徹底させる」


「まぁいいんじゃない?」


「ふぉっふぉっ。ネフィラが褒めるとは珍しいのぅ。決定事項の次は保留事項じゃのう?」


 「はい。『保留事項』として、まず、勇者が境界線を突破してきた際の直接的な撃滅部隊の事前派遣は保留とします。現時点では勇者の侵入ルートや能力値が不明であり、あらかじめ幹部クラスを特定の現場へ配置することは手札の無駄遣いであり、他地域の防衛手薄を招くからです。

 敵の動向が特定されるまでは、各自が管轄領域の防衛維持に専念し、情報が確定した段階で即応部隊を編成します」


 バルトレスは自身の大きな手を固く握り締め、力強く頷いた。


「分かったよ。ハデス様がせっかく作ってくれたこの平和な日常と国民の笑顔を守るためなら、俺はいくらでも待つよ。勇者が俺の担当地域に来たときは、ハデス様の手を一切煩わせないように、迅速に、かつ確実に仕事を遂行するからさ」


「……シェルも……影から……毒と暗殺魔法の準備……ちゃんとしておく……。ハデス様を困らせるやつは……絶対許さないから……」


 シェルが小さく、しかし強い決意を込めてボソボソと呟き、全員にまたお菓子を差し出した。


「ふぉっふぉっ、みんないい子じゃな。ハデス様が望まれているのは、無意味な血流ではなく、この魔族領の平和と安定じゃ。私たちが感情に任せて動けば、ハデス様が示された『合理的で平和な統治方針』の信憑性を損なってしまう。各自、己の職務を全うしようぞ」


 幹部会合の結論は出揃った。


 彼らは魔王ハデスの意図を「放置」ではなく「絶対的な構造防御を前提とした組織運用の委任」と解釈した。六人は互いに軽口を叩き合い、お菓子を分け合いながらも、誰ひとりとして勝手な先制攻撃に走らず、王の力に盲従して思考を止めることもなかった。


 自らの役割を明確にし、行動すべき防衛策と、保留すべき積極攻勢を論理的に切り分けた幹部たちは、ハデスへの深い敬愛を胸に静かに円卓から立ち上がった。


 ハデスが構築した巨大な「境界線」という概念の庇護下で、魔王軍の機構は、破綻することなく、着実かつ冷徹に迎撃の準備を整えつつあった。城の窓から見下ろせる魔王都の街並みは依然として平和な静寂に包まれていたが、その内部で動作する軍事的ギアは、寸分の狂いもなく噛み合わされていた。






魔王ハデス「……僕の出番…」

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だんだんとハデスが痺れ切らし始めてて草
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