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境界観測《リミナル・サイト》-その線の先で、私は死んでいる-  作者: Rasky
第2章 都市ラグナス

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38話 Restart

「……ヴェル……ナ……なの……?」


「そうだよ……遅くなってごめんね、セレスタ。もう大丈夫だから……!」


 涙を拭い、ルナが急いでセレスタを背負おうと背を向けた瞬間、レナがその肩を強く掴んだ。


「待って、ルナ! セレスタさんは私が……っぐ!?」


 声の途中で、頭蓋の裏側を直接鉄の針で突き刺されたかのような、強烈な痛みがレナの脳内を駆け抜けた。視界が激しく明滅し、思考が途絶えるほどの激痛に、レナは思わず自分の頭を両手で抱え込んでその場に膝をついた。


「ど、どうしたレナ!?」


 慌ててルナが問いかけた声が、遠い水底から聞こえるかのように濁って響く。

 レナの視界に、急速に「線」が浮かび上がってきた。 一つは、セレスタが拘束されていた牢屋の角、その無機質な石壁の隅へと力強く真っ直ぐに続く、白くて太いはっきりとした線。

 そしてもう一つは、今自分たちが歩いてきた背後のT字路の暗闇から、こちらへ向かってじわじわと這い出してくる、一本のどす黒い線。

(なに……これ……。あの牢屋の隅に、線が続いてる……? それに、後ろの黒い線……追っ手……ううん、もっとヤバい何かが近づいてる……!?)


「いや…なんでもない…ただちょっと、頭痛が出ただけ……っ」


 レナは荒い呼吸を整えながら必死に立ち上がり、ふたりの顔を交互に見つめた。


「でも、とにかく……とにかく今すぐここを離れなきゃダメ! 後ろから、絶対に勝てない凄まじい殺気が近づいてる! 一刻の猶予もないよ!」


 迫り来る死の予兆に対する強い直感を、レナは必死の表情でふたりに伝えた。その気迫に押され、ミアとルナの表情が即座に緊張で引き締まる。


「逃げるって言っても、来た道を戻るのは無理だよね……後ろから来てるなら挟み撃ちになる」


「あっち……! 牢屋の隅に、白い線が続いてるの! あっちに抜け道があるはず!」


 レナは必死に牢屋の奥の壁を指さした。 しかし、ルナとミアがその指先を目で追っても、そこに映るのは湿ったカビの生えた無骨な石壁だけであった。格子は砕かれて開いているものの、その奧は完全な行き止まりにしか見えない。


「……レナ、あそこはただの壁だよ? 隠し扉の隙間も、取っ手も見当たらない」


 ミアが壁に近づき、爪で石材の表面を軽く叩くが、返ってくるのは重く詰まった不快な打撃音だけだった。空洞があるような軽い音ではない。


「でも、線は絶対にここを示してるの! この壁の向こうに行かなきゃダメなの!」


「……どうする? レナの感覚を信じてこの壁を壊す手段を探すか、それとも回れ右をして正面突破を試みるか……」


 全員が完全な困惑に包まれ、どう足掻くべきか答えを出せずに停滞した、まさにその瞬間だった。


 カツン。


 背後のT字路から、湿った石床を硬い靴底が踏みしめる音が響いた。


 どす黒い線が示す闇の奥から姿を現したのは、顔全体を無機質な仮面で覆い、漆黒の長剣を握りしめた一人の男だった。


「あれだけの手勢を掻い潜りここまで侵入するとは……貴様ら、ただの鼠ではないな」


 冷徹な声とともに、圧倒的な死の圧力が空間を圧迫する。


 そこからは、悪夢の再演だった。 焦ったミアが飛び込み、右肘を破壊されて腹部を割かれた。ルナが風の連撃で肉薄するも、男の圧倒的な身体能力の前に腕を折られ、胸を黒剣で深く貫通された。ミアが覚醒させた氷の爪で男の背後を狙うも、男はルナの体を蹴り飛ばしてミアと激突させ、二人の命を容赦なく踏みにじっていった。


「無価値な生だったな」


 腰を抜かしたレナの首筋へ、漆黒の刃が振り下ろされる。 視界が急激に赤く染まり、頭部が落ちていく感覚とともに、レナの意識は暗闇へと没した。




 ◇




「はぁああああ!? なんでぇぇえええッ!?」


 次に意識が浮上した瞬間、レナの喉から血を吐き出すような叫びが爆発した。


 見渡す限り、どこまでも続く無機質な「白」の世界。


「なんで!? 何も無いじゃん! ただの壁じゃん!!」


 レナは白い床へ激しく拳を叩きつけた。叩いた音すら吸い込まれて消える空間で、彼女は立ち上がり、頭を抱えて一人でぐるぐると歩き回った。


「白い線は『安全な道』とか『正しい選択』を示してるんじゃなかったの!? 逃げ道を示してくれたと思ったのに、行ってみたらただの分厚い石壁ってどういうこと!? 壁の前に誘導されて、行き止まりで挟み撃ちになるとか、ただの罠じゃない!!」


 溢れ出す怒りと理不尽さに、呼吸が激しく乱れる。


「しかも、戦闘になったら線出てきてくれないし!結局最初の周回の時と同じ展開じゃん!!」


 やっと見つけた解決法が全く通じず、怒りに任せて言葉を吐いてしまう。


「もう……線しか手がかりがないのに……! あの線すら信じられないなら、私は何を見て動けばいいの……!?」


 膝から崩れ落ち、レナは白い床に突っ伏した。圧倒的な絶望感。どれほど思考を巡らせても、死に戻るたびに壁にぶち当たり、命を惨殺される。投げ出してしまいたいという思いが脳裏をよぎる。


(……ダメだ。落ち込んでる場合じゃない……!)


 レナは歯を食いしばり、自分の両頬を両手で強く叩いた。打撃音が静寂を打つ。


(向こうに戻ったら、ここで話した細かい言葉や記憶は消えちゃう……。でも、ここで諦めずに『理由』を突き止めれば、その思考の結果が次の命の直感や『線』の変化として繋がるんだ……! 私が思考を止めたら、みんなまた死ぬんだ……!)


 立ち上がり、レナは冷静に原因を分析し始めた。


(何が足りなかった? なぜ線はあそこを示していたのに、目の前には壁しかなかったの……?)


 思考の糸を解きほぐしていく。


 あの線は嘘をついていたわけではないのでは?前回の死の直前に「逃げる」と決意したことで発生した線だ。ならば、あの壁の向こう側には「確実に空間が存在している」はずなのだ。

 問題は、線が壁を貫通してその先の脱回路を示していたのに、自分たちは「壁がある」という目の前の視覚情報だけに囚われ、ただ立ち尽くして困惑してしまったことだ。


(そうか……壁の奥に道があるなら、あの壁そのものを『破壊』して突破しなきゃいけなかったんだ! でも、私一人じゃあの頑丈な石壁は壊せない。私に足りなかったのは……壁の向こうに道があると見抜く判断力と、それを破るための『ふたりの攻撃力』だ……!)


 必要なのは、躊躇している時間ではない。線が見えた瞬間にそれが抜け道であると確信し、ルナとミアに全全力でその壁を打ち破らせる指示を即座に出すこと。


(次の私は、迷わない。線が壁を示したら、ふたりにあの壁を全力で攻撃してもらう……!)


 原因と解決策を脳裏に強く刻み込んだ瞬間、白い世界が眩い光に包まれ、急速にホワイトアウトしていった。




 ◇




「……ヴェル……ナ……なの……?」


「そうだよ……遅くなってごめんね、セレスタ。もう大丈夫だから……!」


 涙を拭い、ルナが急いでセレスタを背負おうと背を向けた瞬間、レナがその肩を強く掴んだ。


「待って、ルナ! セレスタさんは私が……ッぐ!?」


 言い終えるより早く、頭蓋を直接鉄の針で突かれたような激しい頭痛がレナを襲った。レナは思わず自分の頭を両手で抱え込んでその場に膝をついた。


「ど、どうしたレナ!?」


 背後のT字路からは、どす黒い線が一直線にこちらへ伸びてきている。だが、牢屋の奥の壁へ伸びる白い線は、ただ壁に繋がっているだけではなかった。


 ルナの足元から一本、そしてミアの足元から一本。赤い線が、ふたりの足元から牢屋の奥の壁のある一点に向かって、鋭く伸びていたのだ。


 即座に、レナはその意味を理解した。


(あの壁をふたりに攻撃してもらえってこと……?)


 慌ててルナが問いかけた声に反応することも、あまりの痛みに耐えきれず床に着いてしまった膝を起き上がらせることもなく、指示を出す。


「ルナ!ミア!お願い、今すぐにあの牢屋の奥の壁に向かって、最大火力で攻撃して!!」


 レナの唐突で切迫した叫びに、ふたりは一瞬驚愕し、目を見開いて困惑した。


「え!? 壁を……!? レナ、何言ってるの、あそこは……ただの壁だ──」


「説明してる時間はないの! 後ろから絶対に勝てない敵が来てる! 逃げるにはあの壁を打ち破るしかないの! お願い、私を信じて!!」


 レナの涙ながらの、必死な叫び。その瞳に宿る狂気的なまでの真剣さと切迫感に、ルナとミアは一切の疑念を捨て去った。


「……分かった!ルナ!!」


「ああッ!!」


 ふたりは同時に地を蹴った。 ルナは両足に爆発的な風の魔素を集中させ、双剣に高密度の旋風を纏わせる。ミアは身体能力を極限まで跳ね上げ、両手の爪の先端に力を集約させた。


「「はぁあああああッ!!」」


 ふたりの威力を秘めた連撃が、白い線の示す壁の一点へと正確に叩き込まれた。


 ズガアアンッ!!!


 凄まじい破壊音が狭い牢屋内に反響し、大量の落石と土煙が舞い散る。脆く見えた石膏の裏側に隠されていた薄い石壁が粉々に砕け散り、その向こう側に巨大な空洞があらわになった。

 そこに広がっていたのは、勢いよく水が流れ落ちる、広大な地下排水路のような空間だった。


「な……本当に、奥に通路が……!?」


 煙の向こうに広がった空間に、ルナとミアが息を呑む。


 しかし、レナの視界では、背後のT字路から伸びるどす黒い線が猛烈な勢いで太くなり、すでにすぐそこまで迫っていることを告げていた。何者かの足音がすぐ近くまで来ている。


「やっぱりセレスタさんはルナが背負って! 敵がすぐそこまで迫ってる! 追いつかれたら一瞬で殺される!急いで!!」


 レナは直感的に感じたことをそのまま叫びながら、背負おうとしていた手を引いてルナに後を託した。そして躊躇うことなく、新しく出現した排水路の濁流が渦巻く空間へと、いきなり真っ先飛び込んだ。


「っ!? ちょっと、レナ!?」


「待って、飛び込むなんて——!?」


 レナの普段なら絶対にしないような大胆かつ躊躇のない行動にふたりは絶句して驚いたが、T字路の闇から漂い始めた尋常ではない殺気と、レナの切迫した怒号に背を押され、ルナは素早くセレスタを背負い直した。


「くっ……行くよミア! レナに続けッ!」


「うんッ!」


 ふたりは破砕された壁の穴をくぐり抜け、レナの後を追って勢いよく排水路の闇の中へと飛び込んでいった。

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