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境界観測《リミナル・サイト》 ―魔王も勇者も転生者!?でも私はただの村娘です―  作者: Rasky
第1章 都市ラグナス

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39話 王国が選定した最高の人員達

訓練場に足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような空気の変質に身震いした。


湿り気のない乾いた風が吹き抜け、巻き上がった砂の匂いに、使い古された武具の鉄錆と、男たちの染み付いた汗の臭いが混じり合って鼻を突く。


広い。視界が開けすぎている。


石壁に囲われたその巨大な空間には、すでに数十人の騎士や兵たちが集まっていた。彼らは示し合わせたかのように訓練の手を止め、一斉にこちらへ視線を向ける。


「……っ、うわ」


思わず声が漏れた。

向けられる視線は一様ではない。英雄を一目見ようとする無邪気な好奇、国を救えという傲慢な期待、そして何より——新参者の実力を測ろうとする、冷徹な値踏みと疑念。


(見すぎだろ……穴が開くわ。俺はパンダか何かなのか……?)


一歩踏み出すごとに、視線が物理的な圧力となって肩にのしかかる。エルピスという個人の意思など、この“勇者”という巨大な記号の前では塵に等しい。


「勇者様、中央へ」


案内役の騎士が、促すというよりは追い立てるように前に出る。

逃げ場はない。逃げる背中を見せれば、その瞬間に「期待外れの偽物」という烙印を押されるだろう。砂を噛むブーツの音が、静まり返った場内にやけに大きく、孤独に響いた。


「まずは、聖剣との適合確認を行います。抜剣を」


中央の円形広場。そこは何もない空白の地だが、周囲を囲む観衆の熱量がそこを逃げ場のない“処刑台”へと変えていた。


(……やるしかない、のか。やるしかないんだな。クソッ)


エルピスは、腰に下げた聖剣の柄に手をかけた。

指先に伝わるのは、昨日までは感じなかった妙な熱量と、心臓の鼓動に呼応するような微細な振動。

ゆっくりと、銀の刀身を引き抜く。

キィィィィン、と。

高く澄んだ、それでいて鼓膜を震わせるような金属音が、静寂を切り裂いて伸びた。


その瞬間——。

周囲のざわめきが、真空に飲み込まれたかのようにぴたりと止まった。


(……なんだ、これ。軽い?)


違和感。

手に伝わる重さが、羽毛のように消え失せている。いや、軽いのではない。剣の重心が、まるで自分の腕の骨の延長線上に溶け込んでいるかのように、完璧に「同化」しているのだ。


「……構えろ」


騎士の鋭い号令。

反射。思考が介在するよりも早く、肉体が最適解を導き出した。

膝がわずかに曲がり、重心が落ちる。左足が砂を捉え、右腕が自然な軌道を描いて剣先を正面へ固定する。


(身体が……勝手に動いてる!?)


『——打ち込め!』


次の瞬間、頭に響いた“声”に導かれるように、エルピスは爆発的な加速と共に踏み込んでいた。

速い。視界が後ろへ流れる速度が、自分の知る「限界」を遥かに超越している。

砂を蹴った衝撃が、ダイレクトに太腿から腰へと伝わる。踏み込みの一歩が、石畳を砕かんばかりに深い。振り下ろされた聖剣が空気を断ち切り、真空の断層を生むような鋭い風切り音を残した。


ドォォォォンッ!!


耳を打つ、重苦しい破壊音。

標的として置かれていた、成人男性の胴体ほどもある訓練用の鉄塊が、紙細工のように真っ二つに両断されていた。断面は鏡のように滑らかで、摩擦熱で赤く光っている。


「…………は?」


剣を振り切った姿勢のまま、エルピスは硬直した。

自分の意志で振った実感がない。まるで、聖剣という装置に“腕”という部品を貸し出しただけのような感覚。


「ほう。鉄塊を断ち切るとは…。初振りでそれか。神託の言葉、あながち大げさではなかったようだな」


背後から、低く、重厚な声が届いた。

振り返る。そこに立っていたのは、他の騎士たちとは一線を画す威圧感を纏った男だった。

重厚な鎧ではなく、動きやすさを重視した革製の軽装。だが、剥き出しの腕の筋肉は鋼のように硬く、据わった眼光には幾多の修羅場を潜り抜けてきた獣の鋭さがある。


(というか、勇者の扱いが雑すぎるだろ。せめて敬語使えよ!勇者って地位高いんじゃないのかよ!?)


そんなエルピスの心境とは裏腹に、先程案内してた兵士が口を開く。


「勇者様、ご紹介いたします。王国騎士団副団長、ガルド・ヴェルク殿です」


(副団長……。あ、これ、見たらわかる。絶対厳しいタイプの人だ)


「……よろしく頼むぞ、勇者様。お前の命、俺が預かることになるかもしれんからな」


値踏みするようなガルドの視線が、エルピスの喉元をなぞる。背中に、冷たい汗が伝った。


「次、私ね?…ふぅん?意外と細っこいけど、中身は詰まってそうじゃない」


鈴を転がすような軽い声と共に、一人の女が割って入った。

しなやかな肢体に、腰には一振りの細剣。薄笑いを浮かべているが、その双眸には一切の油断も、親愛もない。


「私は宮廷魔術師、リシア。後方からの火力支援と精密射撃は任せて。……あ、もし私の呪文に巻き込まれて死にそうになったら、早めに言ってね? 助けないけど」


(いやいや、怖い。怖すぎるんだが?というか、勇者に対してとか以前に、仲間になる人に言うセリフじゃねぇだろ。やばい、この人性格が終わってる予感がする……)


さらに、音もなく巨大な影がエルピスを覆った。

見上げれば、そこには壁のような大男が立っている。肩には、人の背丈ほどもある凶悪な斧を担いでいた。


「バッシュだ。見ればわかると思うが、前衛をしている。…安心しろ。お前が逃げ出さないよう、後ろは塞いどいてやる」


(やべぇ、今の所仲間になるやつらが終わってるんだが…)


バッシュの短いその言葉には物理的な重量があった。

最後に、彼らの影に隠れるようにして、小柄な少女が歩み寄る。


聖職者と一目でわかる白いローブを纏い、祈祷用の杖を固く握りしめている。伏せられた睫毛の奥にある瞳は、静かな決意に満ちていた。


「……セーラ、です。回復魔法と、結界を……担当、します」


(この子だけはマシ……いや、この状況で震えてない時点で、この子も大概だわ。性格は…まぁ他の奴らに比べたらいい子そうだな)


「以上、王国が選定した最高の人員でございます」


騎士が、事務的に告げる。


「本日より、この即席パーティーによる連携訓練を開始。一週間後には、王都近郊での実戦演習に移行します」


「……はぁ!? ちょっと待て!」


エルピスの喉から、悲鳴に近い声が上がった。


「いきなり連携って……こっちはさっきまで引きこもりたいって思ってた……じゃなくて、今日初めて会ったばっかだぞ!? お互いの癖も何も知らない状態で戦えるわけないだろ!」


「問題ありません。勇者様の身体能力は今の一撃で証明されました。他四名もまた、個別の実力は折り紙付き。戦いの中で互いを削り合い、噛み合わせればよろしい」


(雑! マネジメントが雑すぎるだろ、この国!)


だが、エルピスの必死の抗議を、セーラだけは心配そうにこちらを見てくれていた。しかし他のパーティーメンバーたちは冷ややかな目で見守るだけだった。


彼らはすでに、この狂った決定を受け入れている。死ぬこと、殺すこと、そして「勇者」という旗印のために命を投げ出す準備を、とうに済ませているのだ。


——自分だけが、まだ「普通の人間」のままで取り残されている。


「……準備を」


騎士の声が響く。

先ほどまで広く感じていた訓練場が、急に狭く、息苦しく感じられた。


ガルドが一歩踏み出し、腰の剣を抜く。


「まずは、手合わせをしたい。勇者様、お前の『聖剣』の性能、俺の体で直接確かめさせろ」


「……っ」


エルピスは、震える手で聖剣を握り直した。

逃げ場はない。目の前には、世界を救うためなら仲間すら使い潰しかねない精鋭たちが立っている。


聖剣が、脈打つ。


『戦え』 『お前はもう、ただのエルピスではない』と。


「——始めるぞ」


ガルドの言葉を合図に、砂煙が舞った。

望まぬ英雄の、あまりに暴力的な「日常」が、今度こそ本気で幕を開けた。

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