37話 線と連携とその先と
更新が遅れてしまい、本当に申し訳ないです。
最近転職した関係で、バタついているのでしばらく遅れがちになると思います。
更新はちゃんとしますので、ご安心ください。
レナたちは地下へと続く階段を降り始めた。地上の空気は背後に遠ざかっていく。ミアとルナが先を歩き、私はそのすぐ後ろに続いていた。次の階段へと足を置くたびに石がわずかに軋み、閉じた空間の中でその音だけがやけに大きく響く。
一段、また一段と降りるごとに空気が変わっていく。ただ湿っているだけではない。肺に入ってくる空気が重く、呼吸のたびに胸の内側が押し込まれるような感覚があった。吸っているはずなのに足りない。酸素ではなく、何か別のものを無理やり押し込まれているような、不快な圧迫感。
レナは思わず壁に手をついた。冷たい石の感触が掌に伝わり、少しだけ呼吸が整う。
その瞬間、 視界の端で何かが揺れた。
最初はランプの光の反射だと思ったが、それが自分の勘違いだとすぐに気づく。石壁の表面に沿うように細い線が浮かんでいたからだ。
それはかすかに光を帯びながら、奥へ奥へと伸びている。それはどこか見覚えがあった。
──魔獣との戦闘のとき、そしてミアの里に向かう時に見たあの白い線だ。
だが、その奥に見たことのない色が混ざっていた。
「……なに、これ……」
黒い線があった。光を吸い込むように沈んだ色で、壁にべったりと貼りついている。その上をなぞるように、赤い線が絡みついていた。鈍く濁った赤。血の色に近いが、それよりも粘つくような、嫌悪感を直接刺激してくる色。
こんな色、見たことがない。
白い線の意味は、なんとなく分かる気がする。でも黒と赤は違う。明らかに異質で、見ているだけで胸の奥がざわつく。
「……レナ?」
前を歩いていたミアが振り返る。
「今、壁に線が見えた。前に見た白いのと……あと黒と赤、変な色で……」
ミアは目を細めて壁を見るが、何も見えていないようだった。
「私は普通の石壁にしか見えない。…でもレナ、顔色かなり悪い」
「空気が……重くて。ミアはなんともないの?」
「私は大丈夫。特に何の変化も無い」
その言葉に、前を歩いていたルナが静かに口を開いた。
「たぶん、原因は魔素が溜まってるからだね。こういう、地下水路みたいに流れが止まる場所は濃度が偏ることがあるんだよ。ミアは取り込んで魔力に変換できてるから体内で流せてるだけ、レナはそれができてないから外から押されてる状態になってる」
ルナの言葉を聞いても、レナの中でそれはうまく形にならなかった。言っている意味は分かる。単語も分かる。だが、体の感覚と結びつかない。胸の内側に残っているこの重さが、どうすれば“流れる”のかが分からない。
息を吸う。喉がひりつく。肺の奥で引っかかる。吐く。少し抜けるが、完全には消えない。
「……流すって、どうやるの」
思わず出た声は小さく、どこか頼るような響きになっていた。
ルナは一瞬だけ言葉を探すように視線を上げ、それから軽く肩をすくめる。
「感覚の話になるから説明しにくいんだよね、吸った魔素をそのまま溜めないで、体の中で回して逃がす感じなんだけど……まぁ、今すぐできるものじゃない」
「……じゃあ、どうすれば」
「無理に取り込もうとしないで、呼吸だけ崩さないようにして、体に入った分をそのまま押し出す意識だけ持って、変に溜め込む方が危ないから」
分からないまま、頷くしかなかった。できる気はしない。それでも、止まるわけにはいかない。
隣でミアがわずかに眉を寄せる。
「……私、取り込めてたのか」
その声は小さいが、はっきりとした戸惑いが混ざっていた。
「ずっと使えないのは、取り込めてないからだと思ってた」
ルナが横目でミアを見る。
「取り込めてなかったら、ここで普通に動けてないよ、さっきから息も乱れてないし、体も重くなってないでしょ」
ミアは一度だけ息を吸う。確かに、重さは感じるが動きは鈍っていない。
「……じゃあ、魔法が使えなかった原因は術式か」
ミアがぽつりと落とす。
その言葉に、ほんのわずかだけ力が混ざる。納得と、悔しさと、理解が同時に来ている顔だった。
私はその横顔を見て、逆に焦りが強くなる。ミアは自然に魔素を取り込めているのに、自分はまだ何も分かっていない。
胸の奥の重さが、さっきよりもはっきりとした“異物”に感じる。
「……私だけ、遅れてる」
無意識に漏れる。
ルナが短く言う。
「今はそれでいい、全員が同じことできる必要はないし、できないことを無理にやろうとする方が崩れる、レナは見えてるものを教えてくれればそれで十分役に立つ」
その言葉で、ようやく視線を上げる。
理解はできていない。呼吸もまだ苦しい。
それでも、
止まる理由にはならなかった。
「……分かった」
私はそう言って前を向いた。完全に納得できたわけではない。だが、今は人命がかかっている状況だ。それに、今すぐにどうこうできる問題でもないことも理解している。どちらにしても、止まるわけにはいかなかった。
階段を降り切って通路へ出ると、足元の水が靴に絡みつく。浅いが広く、泥が混ざっているせいで踏み込むたびに底がわずかに流れる。ミアはすぐにしゃがみ込み、水面に指先を差し入れて軽く掻き、浮いた濁りを目で追ってから指を引き上げると、そのまま鼻先に近づけて匂いを確かめた。
「まだ新しい、濁った水に微かに匂いも混じってる。恐らくついさっき、人が通ってる」
ルナが頷く。
「うん、気配が近いね」
私の視界には、奥の角を曲がるように伸びた白い線が映っている。その上に赤い線が絡みつくように続いている。黒い線は角の前にある床の割れ目に沈んでいる。
いる。
その認識が言葉になる前に、ピチャッと水を踏む音が角を曲がった先の方から弾けた。
その音に、しゃがんいでいたミアが立ち上がると同時に腰を落とす。重心を下げて、いつでも踏み込める位置に入っている。ルナは半歩だけ位置をずらし、ミアの背後から横へ出られる角度を作る。その様子を見た私は一歩だけ下がった。戦闘の邪魔にならないように2人の後方に位置を取る。
その瞬間、角から男が飛び出してくる。距離は三歩分。踏み込みと同時に腕を振り上げている。勢いを乗せて叩きつける構え。
ミアが迎え撃つために出る。真正面ではなく、わずかに外側から入り、爪を振った。だが男は腕を差し出してミアの爪を受け流す。
「っ!」
ミアの体が横に流れ、そのまま背中から石壁に当たる。衝撃がそのまま体に伝わったのか、肺の空気が押し出された。
その隙に男が前へ出る。次の標的として私に視線を向ける。
その時、男の剣先から私の腹部へと伸びる赤い線が見えた。その線を避けるように、私は足を引く。
赤い線をなぞるように、私の腹部があった場所に向かって男は剣先を滑らせた。間一髪、足を引いたおかげで躱すことができた。
「っ!?」
攻撃を避けたことに少し驚いた様子だったが、止まることなく、更にこちらに踏み込んでくる。その時、男の左足が濡れた石に乗り、滑った。ほんのわずか、膝が外にズレる。
その瞬間、視界の中で緑の線がそこに集まる。また、見たことの無い色の線だった。だが、そこを狙うべきだと、狙えと、直感がそう告げていた。
「ルナ、左足!」
私の声にルナが反応する。足元へ小さく風を押し込む。濡れた床に沿って空気が流れ、すでに滑っていた足がさらに流れ、男の重心が崩れた。
立ち上がりながら隙を伺っていたミアは、その隙をつくために踏み込んだ。壁を蹴って一気に距離を詰め、体を低く沈めたまま男の脚の内側へ爪を差し込む。重心がズレていた男は回避が間に合わず、肉が裂けて血が飛び、体勢を支えきれずにその場で膝を落とした。
それでも男は倒れ切らない。右手を床につき、無理に体を持ち上げようとする。そのまま腕を伸ばし、ミアの頭を掴もうとした。
その腕が届くより先に、横から踏み込んだ影が割り込む。ルナだった。半歩で間合いに入り、体を捻りながら右の刃を振り抜き、伸ばされた腕の付け根を断ち切る。肉と骨が裂け、血が噴き出す。
「——ぁ゛っ、ぐ……!」
喉の奥で潰れた声が漏れる。男の体勢が完全に崩れた瞬間、間を置かずに左の刃を返し、そのまま首筋へと叩き込む。
「が……っ、ぁ——」
刃が深く沈み、空気が抜ける音が漏れる。
男の体から力が抜け、そのまま水に崩れ落ちた。
一瞬だけ、空気が止まる。
倒れた男から血がゆっくりと広がっていく。さっきまで動いていたはずの体はもう動かない。その事実を目で追って、私はようやく息を吐いた。喉の奥に引っかかっていたものが、遅れて落ちる。
「……は、ぁ……」
肺が勝手に空気を求める。心臓の音がまだ速い。けど、さっきまで張り詰めていた何かが、ほんの少しだけ緩む。
隣でミアもわずかに肩の力を抜いている。爪についた血を振り払いながら、短く息を吐いた。
ルナも刃についた血を軽く振って落とし、周囲に視線を走らせる。その動きはまだ警戒を解いていないが、それでも今の一手で一人減らせた事実が、確かに場を軽くしていた。
——その直後、奥から足音が聞こえてくる。
それは、一つではない。複数だった。
その瞬間、宝石のようなその赤い瞳のその視界の先には、緑の線が映っていた。さらに、その視界に赤い線と黒い線が増えた。
「痛い……」
線が増える度に、段々と頭痛が激しくなってくる。先程からジクジクと刺されるような頭痛がしていた。だが、二人のように戦えない自分にできることは、ただ線を観察して助言するだけだった。だから──
「……ここじゃ無理、押し切られる」
頭痛を無視してそう口に出した。押し切られると思った理由は説明できない。だが、ここにいてはまずいと直感が告げている。
レナの言葉を聞いたルナがすぐに判断する。
「左に入ろう。狭い通路で数を制限する」
それを聞いたミアが私の腕を掴み、左の通路へ引く。狭い。横に並べない。だから一度に入れるのは一人か二人。
通路の少し奥に入った瞬間、背後から追手が来た。そのまま槍が突き出される。ミアはレナに当たりそうになったそれを見て、さらに腕をひき、自分の後方にレナを飛ばす。と同時に、ミア自身も体をずらして槍を流す。空を切った槍の先端が壁に当たる。その隙を見逃すはずもないルナが、槍を持っていた男の手首を斬り落とす。
「っぐああぁ!!」
地に落ちた槍を、手首を切り落とされた男のさらに奥へ向かって蹴った。詰まって身動きが取れない様子の別の男の頭部に、飛んで行った槍が突き刺さる。
更に、その間に壁を蹴って追っ手の頭上へと飛んだミアが、鋭い爪を振り下ろして別の男の首を切り裂いた。
そうして、三人を一瞬の間に倒した。
そのまま続けて、一人、また一人と処理する。
レナは後ろで線を、敵の位置を見る。
「右からまた一人来る!」
……
「左、もう一人!!」
その都度、ミアとルナが動く。そうやって追っ手を切り捨て、血飛沫の舞う通路を奥へ奥へと突き進む。
三人の連携は、役割を分担しているからか、既に熟練の域に達していた。私の指示を聞いたミアとルナの振るう爪と双剣が、一寸の迷いもなく敵の腹を、喉元を裂く。断末魔さえ水音にかき消され、死体が重なっていく。
「よし!いけるよ…!」
ルナの確信に満ちた声。だが、その直後だった。不意に通路が開け、壁が遠のく。音が反響し、空間の“重み”が変わる。
先行するミアの足が、凍りついたように止まった。
「……ここ、広い」
致命的な一瞬。判断の遅れを、戦場は逃さない。レナの視界、脳裏に焼き付く網膜投影——前に五本、後ろに二本の緑の線が映る。
だが、“先程まで導くように視界に映っていた白が見当たらない。”
さらに、視界の端から、どろりと赤と黒い線が侵食してくる。
「っ、まずい。追いつかれた!」
ルナの悲鳴のような警告。それに呼応するように足音が殺到する。水を蹴立てる音が、鼓膜を執拗に叩く。
ミアは反射的に横へ踏み込み、最短距離で敵の懐へ潜り込んだ。爪を滑り込ませ、喉笛を抉る。生暖かい肉を裂く感覚で止まることもなく、噴き出す鮮血を浴びながら、次の敵へと突き進む。
ルナはミアの隙を埋めるように割り込み、双剣を一閃。腕を断ち切り、よろめいた敵の首を容赦なく刈り取る。水と、血と、脂。足元はぬめり、地獄のような滑りやすさだ。
レナは震える足を必死に動かし、視界に走る線を必死に追った。割れるような激しい頭痛を無視して、二人の隙をカバーするように、視界に映る可能性の断片を喉を潰さんばかりの声で叫ぶ。
「右! くる! 次は左ッ!」
声と同時に、線が示す直感が視界の先で噛み合い、弾け、また噛み合う。
絶望的な人数差の中、三人の歯車は狂わない。一人、また一人と、命の灯火を消していく。
そして——。
最後の一人がルナの刃に喉を断たれ、水面に沈んだ。
音が、消えた。あれほど喧しかった足音も、荒い呼吸も、すべてが嘘のように。ただ、微かに揺れる水の音だけが、耳障りに響いている。
三人は動けなかった。静寂が、鋭利な刃物のように肌を刺す。追撃がないことを確認し、数秒。ようやくレナの肩から力が抜けた。喉は焼けるように乾き、肺が酸素を求めて悲鳴を上げている。
「……は、ぁ……っ……」
私は崩れるように息を吐く。ルナは刃の血を払い、奥を睨みつけたまま警戒を解くこともなく殺気を放っていた。
だが、追っ手を倒しきったという微かな安堵が、毒のように全身に回ったその時だった。
「侵入者が現れたと聞いて来てみたが……小娘が三人だと?」
低く、地底から響くような声。
反射的に視界を飛ばした先。暗がりの向こうから、一人の男がゆっくりと歩いてくる。
足音は軽い。なのに、水の揺れ方が異常だった。波紋の一つ一つが、重圧を孕んでいる。その気配だけでも圧倒されそうだった。
男が足を止める。転がる死体と血の海を、まるで道端の石ころでも見るかのような冷徹な眼差しで眺める。
「まぁいい。……にしても、なかなかの手練のようだな。この数を相手にここまで辿り着くとは、運だけでは説明がつかん」
賞賛ではない。それは、これから踏み潰す虫の性能を確認する、観察者の言葉だった。男が腰の剣に手をかける。
ただそれだけの所作で、その場の温度が数度下がった気がした。
瞳に映る線が警報を鳴らしている。赤い線が爆発的に広がる。目の前の男に繋がる線だけは、墨を流したように濃く、禍々しい。
「……来る」
誰に向けた言葉とも分からずに、不意に呟いた次の瞬間、男が踏み込んだ。
爆ぜる水。視界から、男の輪郭が消える。
「——ッ!」
ミアがどうにか迎え撃つ。しかし、男は最小限の洗練されすぎた動きでそれをいなし、爪を流した。金属の擦れる嫌な音が響く。
レナは必死に線を追った。網膜に焼き付く赤い線の先を叫ぶ。
「下! 次は右ッ!」
ミアが沈む。コンマ数秒後、彼女の頭があった場所を、音を置き去りにした剣筋が通り抜けた。そこへ、ルナが刺し違える覚悟で斬り込む。
男は一歩引き、刃を受け流すと、返す刀でルナの脇腹を狙う。ひねり、避け、距離を取る。
速さなどという次元ではない。
無駄がない。すべてが最短の殺意で繋がっている。
「次!斜め上からくる!避けてッ!」
レナの指示に、ミアが踏み込みを止め、横へ流れる。かろうじて繋がる戦線。
だが、その絶望的な均衡を、最悪の事態が断ち切った。
視界が、歪む。
線が、霧のように薄れていく。
「……え?」
赤い線が消えた。次に緑、最後にどす黒く存在感を放っていた黒い線が消えていく。
未来を予見していたかのような色の付いた線が消え、さっきまで死の気配で満ちていた空間が、ただの広い地下空間に戻った。それと同時に、頭を針で刺されるような頭痛もピタリと消える。
その、一瞬の空白。
男の踏み込みが、さらに深くなった。逃げ場を奪うような、必殺の間合い。
ミアの反応が、致命的に遅れる。
剣先が肩を掠めた。肉が削げ、鮮血が舞う。
「っ……!レナ!次はどこ!?指示をッ!」
ミアが叫ぶ。だが、レナの瞳にはもう何も映らない。
「……見えない。ごめん、線が、なにも見えな——」
懺悔は、男の無慈悲な突進にかき消された。一直線に距離を詰め、ミアへと肉薄する。
頼りきっていた線のない世界で、彼女を回避させる道を導き出す術はない。
瞬間、鈍く、肉を貫く感触が響いた。
「……あ」
ミアの体が、不自然に止まる。剣は彼女の腹部を深々と貫通し、背中から冷たい刃が突き出していた。
溢れ出すのは、止まることのない生温かい赤。
「ミアァッ!!」
レナの絶叫と同時に、膝から崩れ落ちるミアを救わんとルナが飛び込む。叫びも、迷いもない。ただ一心に、双剣を振り下ろす。
だが——男は、その献身すら餌にした。半歩ずらし、ルナの軌道を外す。
直後、返しの一撃がルナの脇腹を深く、無惨に引き裂いた。
噴き出す血の量に、ルナの体が大きく揺らぐ。それでも彼女は、止まろうとしなかった。血に濡れた水面を蹴り、もう一度、前へ。
——しかし遅すぎた。
男の剣が、鋭い弧を描いてルナの首筋を走る。皮と肉の抵抗すら虚しく、まるで紙を切り裂くかのように鋭く断ちきり、首から噴水のように真っ赤な液を噴き出しながら、ルナの動きが停止した。
ミアに続けて、バシャリと体が地に沈む。
残されたのは、レナ一人。
足が、動かない。
脳が「逃げろ」と命令しているのに、感覚が死んでいる。
相変わらず線は見えない。見えるのは、己の想像にかたくない真っ暗な闇のような未来だ。
男が、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。
その一歩一歩が、レナの心臓を直接踏みつけるような重圧。
「お前で最後だな」
静かな声。それが、死刑宣告だった。
息ができない。胸が潰れそうに痛い。
迫り来る男の姿が、やけにゆっくりと、鮮明に映る。
視界の端には、腹を貫かれたミアと首を裂かれたルナが映っている。二人の周りに広がる赤は、命が尽きたことを残酷なまでに証明していた。
次は、私の番。
——死にたくない。
無情にも、男の手にある剣が、正確に、過ちなくレナの首へと迫る。
嫌だ。死にたくない。逃げなきゃ。避けなきゃ。そうしなければ私も、私も——
その瞬間、銀閃がレナの首を薙いだ。
先程まで、運命を色鮮やかに映し出していたその赤い瞳。
光を失いゆくその瞳が最期に捉えたのは、視界の下で崩れていく自分の身体と、血に濡れた石床だった。




