35話 残されてない時間
更新が遅くなってしまい申し訳ありませんでした m(_ _)m
ルナの表情を見ると、いつもの軽い笑みは消えていないが、その奥にある視線はどこか落ち着かず、通りの人影を無意識に追っている様子だった。ギルド前は人通りが多い。話すには都合が悪い内容なのだろうと、説明されなくても分かる。
「ここで続けるの?」
私がそう言うと、ルナは一度だけ肩をすくめて笑った。
「さすがにここじゃまずいかな。ギルドの前で“人に聞かれたら困る話”を長々するのは、さすがに無防備すぎるしね。少し歩こうか。人通りが落ちるところなら、ボクも話もしやすい」
そう言って先に歩き出す。私とミアは顔を見合わせてから、その後ろを追った。拒否することもできたけれど、今ここで立ち止まっても結局同じ話を聞くことになる。むしろ人の少ない場所の方が落ち着いて判断できる。ミアも同じことを考えたのか、特に何も言わずに隣を歩き始めた。
ギルド通りを少し外れた路地に入ると、人の数は急に減る。荷車の音も遠くなり、代わりに家々の壁に反射した足音だけが残る。
「さっきの続き。任務の内容次第ってレナは言ってたけど、正直“消えた境界線の調査”としか説明のしようがないかな。レナ達がどこまで巻き込まれるかについてだけど、うーん……相方が捕まってるっていう話は、もう言ったよね?」
ミアが短く答える。
「言った」
「だよね。それで、問題は“どこで”捕まってるかなんだ」
ルナは周囲を一度見回してから続けた。
「この街の西区に、水道施設の跡地がある。今は使われてない地下水路の設備で、地上の入り口はもうほとんど封鎖されてるんだけど、管理もされてないから人が出入りしようと思えばできる。連中はそこを拠点にしてるっぽい」
私は歩きながら、その言葉を整理する。西区の旧水道施設。街の中にある廃施設。コソコソ何かを行うならうってつけの場所だ。
「そこに相方が?」
「そうだね。さっき、調査が終わってから捕まったって言ったでしょ?あれを詳しく言うと、ボク達は調査が終わって、この街を目指して移動してた。もうすぐ街に着くってなった時に相方が捕まったんだよ」
ルナは軽く言うが、声色は固い。
「相方を捕えた連中はそのまま西区の地下に入っていった。そのまま追いかけようとしたけど、入口には見張りがいたから近づけなかった。見張りを倒して突入しても良かったけど、一旦引いたんだよ。地下構造も分からないまま一人で突っ込むなんて流石に無茶すぎるからね」
ミアが歩きながら聞く。
「相手は何人」
「見張りを含めて、見えただけで十人くらい。でも地下施設だからね。奥にどれだけいるかは分からないよね」
私はルナを見る。
「そ、そんなに敵が多いのに、私たちを選んだの?」
「そう」
ルナはあっさり頷いた。
「ベテラン冒険者も兵士も、さっき言った理由でまず候補から外れる。それに、事情を説明できないからね」
ミアが眉を寄せる。
「説明できない?」
「そう。全部はね」
ルナはそう言って笑った。
ミアは腕を組んだまま、わずかに顎を上げ、そのまま視線だけをルナに向けて静かに言う。
「まだ、足りない。“選んだ”って言うなら、ちゃんと、理由があるはず。答えを誰かに預ける話し方をしてなかった、だけが、理由なわけない」
低く抑えた声だったが、逃げ場を残さない響きがあり、その一言だけで路地の空気がわずかに張り詰める。
ルナはすぐには答えず、いつもの軽い笑みを浮かべたままほんのわずかに視線を横へ流し、通りの奥をかすめるように見てから小さく息を吐くと、言うかどうかを測るような短い沈黙のあと、諦めたように肩をすくめた。
「……レナ達さ、ついこの前薬草採取の依頼受けてたでしょ?」
その唐突な話題に私は一瞬だけ瞬きをしながらも、一週間ほど前に受けた初依頼を思い出しつつ小さく頷く。
「そうだね」
ミアも短く答える。
「受けた」
ルナは「うんうん」と軽く頷きながら続ける。
「たまたまなんだけどさ、あの日ボクも近くにいたんだ。あぁ、別に尾行してたわけじゃないよ?頼れそうな人が居ないか探してたときに偶然ね。
それでさ、薬草採取って新人が最初に受ける依頼ってイメージあるでしょ? だから最初に君たちを見たときも、“ああ、よくいる新人だな”って思ったんだ」
口調は変わらないのに、次の言葉に入る瞬間だけほんのわずかに声の温度が落ちる。
「でもさ、そのあとスライムと戦闘になったよね?しかも五匹。たかがスライムとはいえ、いきなり五匹も現れたら、普通の新人なら逃げるか、せめて焦ったりくらいはすると思うんだよ。足が止まったり剣を抜くのが遅れたりするのが当たり前でさ」
その言葉を聞きながら、私はあの時のことを思い出す。薬草を摘み終わったときに気が付けば囲まれていて、普通ならあまり出ないと聞いていたスライムが五匹もいた。
確かに状況だけ見たら焦って当然というか、むしろ今考えると、よく冷静に対処出来たなと思う。
「でも君たちは違った、二人とも慌てなかったし、ミアはすぐに位置をずらして包囲されないようにしてた」
ルナはそう言いながら、当時の光景をなぞるように視線をこちらへ向ける。
「だからさ、新人だけど戦い慣れてる人なのかなって思ったんだよ」
ルナは軽い調子のまま続けるが、その目だけは観察するように鋭いままだった。ミアは何も言わず、腕を組んだまま視線だけを向けて静かに聞いている。
「それでちょっと気になって見てたんだけどさ、面白いことに気付いたんだよね。ミアは予想通り、戦いに慣れてる感じだった、動きに無駄がないし足運びもちゃんとしてる。
…でもレナは違った、動きだけ見れば完全に初心者で、足運びもぎこちなかったしさ。攻撃のタイミングも遅いし切り込み方も甘いし、正直言って戦える人のそれじゃなかった」
「そこまで言うかな!?」
あまりに好き勝手に言われたので、思わずツッコんでしまった。しかし、ルナはそれに構うことなくほんの少しだけ声を落としてこう続けた。
「でもさ、レナは目の動きがあまりにもおかしかったんだよ」
私は褒められているのか、バカにされてるのかよく分からないその言葉に何も言えず、ルナの言葉をそのまま受け止めるしかなかった。
「自分の周りだけじゃなくて、ミアの周りにいるスライムまで見てたんだよ。視線がずっと動いててさ、あっち見てこっち見て、全体を追うみたいに。普通さ?初心者は自分の目の前だけで精一杯なんだよ、周りを見る余裕なんてない。
でも君は違った。動きは初心者なのに目だけが落ち着いてて、ずっと周り全部を見てる感じだった」
ルナは小さく笑いながら言う。
「だからさ、“ああこの子ちょっと変だな”って思って、ちょっと興味出ちゃったんだよね」
「あれ、やっぱりバカにしてる?」
わずかな間が空き、その空白を埋めるようにミアが口を開く。
「……まぁ、それで、私たちに声をかけた、って?」
「そう、さっきも言ったけどボクは冒険者はあんまり頼れないんだよ、特にベテランはね。あの人たちはまず依頼になるかどうかを見る、損か得か、金になるかならないか、それで判断するのが普通だからさ」
ルナは肩をすくめる。
「別に悪いことじゃないよ、それが普通だと思う。でもボクが欲しいのはそういう人じゃなくて、ちゃんと話を聞いてくれて、戦力になって、状況を見て自分で判断してくれる人」
そこでほんの一瞬だけ間を置き、わずかに笑う。
「でもベテランじゃない人」
「都合いい」
「でしょ? だからなかなかいないんだよ。でも君たちなら条件に当てはまりそうじゃない?それに、ちゃんと考えて答えを出してくれそうな君たちならもしかしたら話を聞いてくれるかもって思った。だから声をかけたんだよ」
その言葉は軽く聞こえるのに、どこか不思議なほど真っ直ぐだった。
「レナ、君は森にあった境界線に近づいたことがある…というか何回か越えてるよね」
私は思わず足を止めかけた。
「……どうしてそれを」
「いや、さっき“奥地の手前に立ってるはずなのに、境目がよく分からなかった”とか“レナにおぶられてあそこを通ったとき”とか言ってたじゃん」
その言葉に思わずハッとした。確かに、あの時私は森の奥の空気を思い出して、つい口に出していた。あまりに迂闊すぎだ。ミアの方を見ると、同じ気持ちなのか苦い表情をしている。
ルナは続ける。
「調査中、村にいたゴツイおじさんに獣人族が住んでいた里が襲撃にあったって話を聞いた。それってもしかしなくても、ミアの故郷のことだよね?」
「…そう」
「だよね。つまり君たちは、連中と何かしら関係してる可能性のある出来事を経験してる。だから相方が捕まったって伝えたんだ。もちろん時間が無いってのも、他の条件が当てはまってたってことも理由だけどね」
ミアが腕を組む。
「というか、境界線越えること自体は別にダメって訳じゃないんだけど…なにか勘違いしてる?」
「 「え…?」」
ルナは何を言ってるのだろう。越えること自体はダメじゃない?
「ありゃ、ほんとに勘違いしてた…」
「ど、どういうこと?」
「えーっと…そもそもね、境界線って現魔王が100年前に争いを避けるために世界に刻んだシステムみたいなものってことは知ってるよね?」
「知らない」
「嘘でしょ?」
「いや、ほんと」
ルナは口をポカーンと開けながら、ありえないものを見るような目で私とミアを交互に見ている。
「ま、まぁ…この件に片が付いたら、ちゃんと教えてあげるよ」
「うん、ありがとう」
ルナの様子から見て、私たちはこの世界での常識を知らなかったようだった。“境界線を越えるな”と言われて育ってきから、それが境界線のルールなのかと思っていたがどうやらそういうわけではないらしい。
私の村ではそもそも、境界線についての話題はあまり誰もしたがらなかったし、別に私自身「越えたらダメなんだな」程度の認識だったから、それ以上のことを自ら聞いたりすることもなかった。
「ボクの事信用してくれた?」
「してない」
ミアが即答する。
「そっか。まぁでも、だから取引なんだよ。信用が前提じゃなくても成立する形」
私としては、境界線のことについて今すぐ聞いてみたいが、何事にも優先順位というものはある。今聞くべきことは、これだろう。
「その旧水道施設に行くとして、私たちは何をするの?」
ルナは少しだけ真面目な顔になる。
「潜って相方を見つけて連れ出す。それだけ」
「それだけ聞くと、やることがすごく簡単に聞こえる…、やっぱり戦うことになるでしょ?」
「見つからなければ戦わない。でも見張りはいるし、地下だから逃げ道も限られる。気づかれたら戦うことになると思う」
そしてルナは一呼吸置いて続けた。
「だから、ちゃんと判断してほしい。これは頼みごとじゃなくて取引だからね。危険だと思うなら断っていい。でも協力してくれるなら、ボクも約束は守る。魔素の取り込み方も教えるし、できる範囲で君たちの問題にも手を貸す」
そこでルナは少しだけ視線を落とす。
「もちろん、無理にとは言わない。君たちが危険だと思うなら断っていい」
そこでルナは言葉を切り、ほんの一瞬だけ表情を曇らせた。
「──ただ……時間はあまり残ってないと思う」
路地の外から、遠くの通りの音がかすかに聞こえる。荷車の車輪の音、人の話し声。ここだけが、妙に静かだった。




