表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界観測《リミナル・サイト》 ―魔王も勇者も転生者!?でも私はただの村娘です―  作者: Rasky
第1章 都市ラグナス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/36

34話 怪しげな少女

「でもその前にさ、まずは信用してもらわないとね」


 その言葉に、すぐ頷くことはできなかった。少女は冗談の延長のように笑っているのに、「信用」という単語だけが場の空気より一歩先を歩いている。信用とは、本来は相手の言葉や行動を見て、少しずつ積み重ねていくものだと思う。けれど彼女は、その過程を飛ばして結果だけを求めているように聞こえた。


 抱きしめられたときの腕の強さも、耳元にかかった吐息の距離も、感覚としてまだ残っている。強く拒絶したくなるほど嫌だったわけではない。ただ、どうしてあの距離になるのかという説明がなく、意味が示されないまま身体的な近さだけが先に来た。そのせいで、安心していいのか警戒するべきなのか、自分の中で判断が止まっている。


 だから、信用してほしいと言うなら、その行動の理由を知りたい。そうでなければ、何を根拠に信じればいいのか分からない。


「……あのね」


 行動の順番は確かにおかしい。でも、理由も聞かずに悪意だと決めつけるのも違う気がして、どう言えば角が立たないかを探しながら、私はゆっくり口を開いた。


「私はあなたのことをまだ何も知らない。名前も、どこから来たのかも、どうして私たちに声をかけたのかも分からない。そんな分からないだらけの状態で、いきなり抱きつかれて耳元で囁かれたら、誰だって安心より先に警戒が浮かぶよ」


少女が今、何かで困っていて、私たちに手助けしてもらうために、“あなた達の悩みを解決できるよ。その代わりに…”って感じで近づいてきたことは、何となく理解できる。でも、なぜそこまでして私たちを選ぼうとするのかが分からなかった。


「だから、すぐに信用するのは難しいかなって思う。嫌いとかじゃなくて、まずはちゃんと知りたい。それからじゃないと、信じるかどうか決められないから」


 私の言葉を聞いて、少女は一度だけ瞬きを挟み、それから口元をゆるめた。その間はほんの一拍だったのに、返事を選んでいる時間のようにも見えた。


「やだなぁ、そんな大げさに取らないでよ。ちょっと近かっただけだって。人も多かったし、ああいう話は大きな声でしない方がいいでしょ? だから耳元で言っただけ。ちゃんと考えてやったんだよ、ボクなりにね」


 説明としては筋が通っている。距離を詰めた理由も、一応は示された。けれど、その理屈が先に用意されていたような整い方をしていることが、逆に引っかかる。偶然思いついた言い訳というより、問い返されることを見越していた返答のように聞こえた。


 隣でミアが、私にだけ聞こえる低さで言う。


「レナ、この人おかしい。図書館から出てきたことも、私たちが話してた内容も知ってる。あの会話、外まで聞こえる声じゃなかった。近くにいたのに、私たち気づいてない」


確かにそうだ。図書館の中では声を落としていたし、外に出てからもわざわざ立ち止まって続きを話したわけじゃない。あの内容を正確に拾うには、少なくとも私たちの近くにいる必要がある。それなのに、私は彼女の姿を覚えていない。あの髪色は目立つ。視界に入っていれば、印象に残らないはずがない。


 つまり、近くにいたのに気づかなかったか、気づけない位置にいたかのどちらかだ。


「困ってるなら、兵士とか他の冒険者に頼めばいいじゃん。どうして私たちなの?」


 今度は私が単刀直入に聞いた。観察していた、それか意図的に選んだという裏付けが欲しかったからだ。まずそこがはっきりしないとこのモヤモヤは消えない。


少女は一瞬だけ視線を横に流し、すぐに戻す。


「兵士は規則がある。まず身元確認、次に報告、許可。時間がかかるし、ボクが欲しいのはそういう手続きじゃない。ベテランの冒険者はまず依頼になるかどうかを見る。損得で判断する。君たちは、まだそこまで擦れてない」


 理屈は通る。だが、それは“兵士ではない理由”であって、“私たちである理由”ではない。それに、この街には他にも駆け出しはいる。


「他にも駆け出しならいるよ?」


「選んだからだよ。偶然じゃない」


 ついに少女ははっきり“選んだ”ことを認めた。


「やっぱり見てたんだね、私たちのこと」


「うん。悪い?」


「悪いとは言わない。でも、見て選んだなら、理由があるはずだよね」


 この街は広い。駆け出し冒険者なんて沢山いると思う。その中でも、力も十分じゃなく、魔法もろくに使えない。それでも私たちを選んだ理由、それが気になった。


「…君たち、答えを誰かに預ける話し方してなかった。分からないなら分からないって言いながら、自分で考えてた。ああいう人は、途中で投げない」


 私は思い返す。確かに、私たちは“どうすればいいか”を探していた。誰かに決めてもらうためではなく、自分で決めるために。


「頼めば聞いてくれるって確証がある訳じゃない。でも、話を全部聞いた上で、断るなら断るでいい。でも、君たちは途中で投げたりはしないでしょ?」


「それだけの理由であそこまで?」


 ミアが短く刺した問いに、少女は黙り込む。怪しさは消えない。ただ、適当に声をかけたのではない。選んだ。観察していた。何かしらの意図はある。現状、その事しか分かっていない。


 敵かもしれない。利用されるかもしれない。けれど、まだそうだと確定してないのも確かだ。魔素の感じ方に関しては、別にこの少女から聞かなくても、他に誰か教えてくれる人がいるかもしれない。ただ、この少女が私たちを選んだ。つまり、少女にとって他の駆け出し冒険者と私たちは、理由がなんであれ“違う”ということだ。


悩んでいる駆け出し冒険者自体は珍しくない。


───でも故郷を失っている駆け出し冒険者は、そう多くない。


私たちと、他の駆け出し冒険者の違いはそこだ。


この数日、私たちは冒険者としての活動だけじゃなく、故郷襲撃のことについても、並行して調べてきた。しかし、闇雲に探し回っていたため、なんの手がかりも得られなかった。

この少女はもしかすると別の理由で話しかけてきたのかもしれない。

ただ、図書館で私たちが調べていたのは、魔素だけじゃない。過去の襲撃の記録、被害報告、消えた村の名簿。その様子まで見ていたとしたら、彼女はそこも知っている。


そう。私たちはただ少女が怪しいから問い詰めたわけでは無い。“襲撃について調べた直後”に“あまりに強引に”話しかけてきたから怪しんだのだ。もし本当にただの変質者だったなら、私はとっくに距離を取っていた。ここまで問い詰めていない。


 私はミアと目を合わせる。ミアの目を見ればわかる。私と同じことを考えているのだろう。


「……順番、守ってくれるなら話は聞くよ。まずは名前。それから、何に困ってるのか。いきなり信用してほしいって言われても、私たちはあなたのことを何も知らないし、知らないまま判断するのは嫌だから、せめて“判断材料”くらいはちゃんと渡してほしい」


 少女は一瞬だけ呼吸を止めた。

条件を突きつけられることを想定していなかったのか、それとも想定していても改めて測り直したのかは分からない。

だが次の瞬間、軽く肩を揺らして笑う。


「にひひっ、わかったよ。警戒されてるのは分かってるし、いきなり信用しろなんて無茶だったよね。じゃあ改めて名乗る。

ボクは──ルナ。もう、さっきみたいに距離を詰めたりしない。変な誤解はさせたくないからね。ちゃんと順番も守るよ」


 名乗るまでのほんの一瞬の間を、私は見逃さなかった。でも、それが嘘の間なのか、ただの緊張なのかは分からない。


「私はレナ」


「……ミア」


 ルナは私たちを交互に見て、続けた。


「二人は冒険者なんでしょ。ボクもなるよ。今からギルドに行って登録する。

同じ立場になってから話した方が、少なくとも“正体不明の通りすがり”よりはマシでしょ?」


「まぁ、そうだね。その方がまだいいと思う」


「うんうん。もちろん、登録したからって完全に信用されるなんて思ってないけど、それでも名前を出して、この街で活動するって形にするなら、逃げるつもりで近づいたわけじゃないことくらいは伝わってくれると思うし」


 理屈としては通っていると思う。少なくとも、ルナは同じ立場になると言った。もし本当に利用するだけなら、もっと甘い言い方をするはずだ。

それでも疑いは消えない。

ただ――今すぐ消えるつもりの人の目には見えなかった。


ミアが即座に言う。


「場所、分かるの?」


「……実は分かんない。にひひっ、実はボク、こう見えても方向音痴なんだよね。レナちゃんたちが案内してもらえたら助かるけど、もし断るならそれでもいいよ。自分で探してちゃんと行くから」


 自分の不利な部分も、誤魔化さずにあっさりそのまま出してきた。計算かもしれないが、少なくとも一貫している。それに、ルナの言葉の中には軽さと本気が同居しているようにも思えた。


「……案内くらいなら、する」


「ありがとう。怪しいって思われてるのは分かってる。疑ったままでもいいから、ちゃんと最後まで判断してほしい。ボクはそのためにも、同じ立場になるんだから」


 その言い方は、信用を取りに来ているというより、判断を委ねているように聞こえた。


 私たちは歩き出す。石畳の上に足音が三つ重なる。


 横目でルナを見る。人混みの中でも、あの髪色はやはり目立つ。近くにいたなら気づいたはずだ、という違和感は消えていない。


敵かもしれない。

ただの変わった子かもしれない。


どちらにしても、今はまだ分からない。


でも、敵意がなくて、ただ本当に困っているだけなら。その時は──






違和感と不信感を抱えたまま、私たちは並んで歩き、やがて見慣れた木造の大きな建物が視界に入る。


「わぁ、おっきいねぇ、こういう場所ってさ、強い人が集まってる感じがしてちょっと緊張するよね」


 扉を押し開けると、昼間のせいか中は混み合っていない。依頼掲示板の前に数人、酒場スペースに数組。受付の奥で、茶色の髪を肩で揺らした女性が顔を上げる。


「こんにちは。冒険者ギルドへようこそ。あら、レナさん、ミアさん。また来てくれたのね」


エリシアさんだ。

穏やかな笑みを見るだけで、さっきまで胸の奥にあったざわつきが少しずつ静まっていくような、いつもの日常に戻ったような、そんな感覚がした。


「さっきは図書館のこと教えてくれてありがとうございました。おかげで色々調べられました」


私はそう言いながら、胸の奥がじんわり温かくなる。応援してくれている人がいる、それだけで頑張ろうって思える。


「それは良かったです。魔力適性はしっかりありますから、あとは慣れていくだけですよ。あれ、その方は?」


エリシアさんの視線が、私の後ろへ向く。

その瞬間、私はゆっくりと現実に戻されるように、ほんの少しだけ肩に力が入った。


「この子の登録をしたくて戻ってきました」


「初登録なんだけど大丈夫かな、ちゃんとここで活動するつもりだから、形式だけじゃなくてきちんと手続きしたくてさ」


そう言いながら一歩前に出たルナに、エリシアさんは微笑んだまま頷く。


「初登録ですね。問題ありませんよ。ではこちらに、名前、年齢、出身地、職業や保有スキルをご記入ください。魔力適性が分かっているなら、それもお願いします」


「はーい」


 ルナは羽根ペンを受け取り、さらさらと書き始める。


 私は何気なく横目で見る。


【名前】ルナ

【年齢】12

【出身地】都市ラグナス領・西方辺境の小村

【職業】無し、狩猟経験あり

【スキル】───


 スキルの欄で一瞬、羽根ペンを持つ手が止まった。それだけで、胸がちくりとする。

書くことを選んでいる、そんな気がしたから。


 ――考えすぎかな


【スキル】双剣・片手剣の基礎扱い可・罠の解除可


【魔力適性】風


 魔力適性は、測定ではなく自己申告で書いた。きっと今までにどこかで測定したことがあるのだろう。


エリシアさんは特に疑う様子もなく頷く。


「風属性ですね。機動力型かしら」


「そんな感じ、正面からぶつかるより動き回る方が楽なんだよね、ちゃんと測ったこともあるし嘘は書いてないよ」


 “嘘は書いてない”


ルナの言葉を聞いて、そこまで言う必要あったのかな、と私は思う。


 エリシアさんは疑っていない。申告された属性をそのまま受け取っただけだ。それなのに、ルナは“疑われる前提”で言葉を足した。


 先回りして否定するのは、責められる可能性を想定している人の言い方だ。それは後ろめたさかもしれないし、ただ警戒心が強いだけかもしれない。


 でも、何も考えていない子の言い方ではない。


「次は簡単な実力測定になります」


「うへぇ、やっぱあるんだ、模擬戦とか? あんまり派手なのは苦手なんだけど」


「模擬戦、もしくは基礎技能の確認ですね」


「じゃあ基礎技能でお願い、必要な分だけ見てもらえれば十分でしょ?」


エリシアさんとルナは裏にある訓練場へと向かった。数分後


「問題ありませんでしたね。双剣はなかなか難しいのに鮮やかでした。風魔法もしっかり使えてましたね。初登録はこれで終わりです。本日から正式に冒険者ですね」


「おぉ、早っ、もう終わり? もっと面倒くさいのかと思ってた。ていうか、登録費は?」


「登録費用はこの街ではいただいていませんから」


「良心的だねぇ、入り口が軽い方が人も集まるしね」


エリシアさんは銅製のプレートを差し出す。私たちと同じFランクだ。


「こちらがギルドプレートです。このプレートは魔力認証式になっていて、魔力を軽く通していただければ、紋章が淡く光るため本人確認が可能です。紛失した場合は再発行にお金がかかるので無くさないようにしてくださいね」


 ルナはそれを受け取り、魔力を通してみる。──だけではなく、光にかざし、刻印を指でなぞり、裏面を確認した。

一度で終わらない。二度、三度と確かめる。


「これが証明ってやつか、番号も刻まれてるし、名簿にも紐づいてるんだよね、これ落としたら面倒くさそうだな」


小声で呟くように言ったそれは、ただの12歳のセリフとはとても思えなかった。







ギルドを出ると、昼間の光と街の音が一気に戻ってくる。中では受付や手続きという枠があって、やることも順番も決まっていたけれど、外に出た瞬間それはなくなる。ここからは誰も進行を決めてくれない。

だから私は、ルナが最初に何を言うのかを見ることにした。登録を自分から提案し、実行し、終わらせたのはルナだ。なら次の一手も、ルナが選ぶはずだからだ。


ルナは数歩先で立ち止まり、振り返り、指先でギルド証のプレートを鳴らしてから言った。


「これでさ、少なくとも“正体不明の通りすがり”ではなくなったよね?ちゃんと名前も出したし、登録もしたし、実力も確認されたしさ。だから同じギルド所属で同じ街の冒険者として話をする土台くらいは揃ったと思うんだけど」


しっかりと順番を並べて伝えてきた。それはきっと、私が最初に「順番を守るなら話は聞く」と言ったから、その条件を満たしたことを伝えているのだろう。

でも、ひとつ前提がずれている。私は冒険者ギルドの登録を条件にはしていない。名前と困っていることを話すこと、それだけを求めたはずだ。

それなのに「同じ立場の方が安心だろう」と判断して、ギルドの登録したはルナ自身だ。


「土台は最初からあったよ。私は、順番守ってくれるなら話は聞くって言った。登録するって決めたのはルナでしょ?」


「私たち、立場そろえないと聞かない、なんて言ってない。名前と、困ってることを、言ってくれればいいって、最初から言ってる」


私とミアの言葉に、ルナは視線を少し外し、それから肩をすくめる。


「分かってるよ。でもさ?立場が違うまま話すと、どうしても“お願いする側”になるでしょ。そっちが判断して、こっちが待つ形になるのが嫌だったんだよ。それに、同じ冒険者として話すなら条件も出せるし、取引として成立するでしょ」


ギルドの登録をしたのは、信用を得るためではなく、上下関係の形になることを避けるためにやったのだと、ここで初めて焦点がはっきりした。


私は、ルナのプレートを握る手を見る。その手は震えてはいないが、指先に力が入っているようだった。登録が終わって緊張が抜けた状態ではなく、“これで対等になった”と自分に確認しているような、そんな握り方だと感じた。だから、


「対等かどうかは、登録したかしてないかじゃ決まらないよ?ルナが何を隠していて、どこまで言う気があるかで変わる。話す内容で決まるんだよ」


登録は形式だ。中身が伴わなければ意味はない。そういう意図を込めた言葉に、ルナは小さく息を吐く。


「……だから今から言うつもりだったんだよ」


「一つ、気になってたこと、ある。ルナはなんで、そんなに急いでるの?」


ミアの言葉に、ルナの眉がわずかに動かすだけで、そのまま黙ってしまう。ただ、私はミアの言う“急いでいる”の意味がまだ理解できていなかった。


「急いでるってどういうこと?」


「ルナは、私たちに出会ってすぐに、取引を持ちかけてきた。すごく強引に。

だから、私たちは、“順番は守って”って言ったでしょ?そしたら、ルナは同じ立場がいいって言って、即ギルドに登録した。

そして、登録が終わったらすぐに、取引話の続きを話し始めた。あまりに、急展開すぎる」


ミアの説明を聞いて私は確かにと思った。そもそもよく考えると、取引話をするなら普通、落ち着ける場所に行くとか、せめてどこかに座るとか、そういう風にするはずだ。

それに、ルナの今までの振る舞いから予想すると、笑って誤魔化しそうなものだが、ミアの質問や説明を聞いても黙っているままだ。


少しの沈黙が落ちた。

通りを横切る人影が、その隙間を埋めるように通り過ぎていく。


そのあいだも、ルナが慎重に言葉を選んでいるのがはっきりと伝わってきた。

いつものように軽口で流すことも、曖昧に笑ってごまかすこともしない。ただ、どう伝えれば誤解なく届くのかを探すように、真剣に言葉を選んでいる。


その表情を見ていると、彼女が今、本気で言葉を考えているのだということだけは、自然と伝わってきた。


「……境界線が消えたでしょ?レナとミアの村と里の間にあったやつ。私たちはあれが消えたのを調べに来た」


「……あぁ、やっぱりそうだったんだ」


ミアの言葉を聞いて、森の奥地の手前に立ったときの感覚を思い出す。

あのとき、奥地に近づいたはずなのに空気が変わらなかった。


「なんか変だなとは思ってた。奥地の手前に立ってるはずなのに、境目がよく分からなかったし」


だから境界線が消えているかもと予想したのだ。確信があった訳ではなかったが…。

私の言葉にミアも頷きながら、あの時は怪我でキツくて気にする余裕も無かったけど、と前置きして、


「確かに普通なら、あそこは空気が変わる。レナにおぶられてあそこを通ったとき、圧も空気の変化も、あまり感じなかったような気がする。今思えば…だけど」


そしてそのまま、ミアはルナを見る。


「…でも」


少しだけ首を傾げて、


「だからって、なんでルナが調べる必要ある?」


ミアの言葉に、ルナは少し間を置いて、


「…任務だから」


「任務?」


ここでルナは黙る。嘘を足すならこの瞬間だ。でも足さなかった。


「今は言えない。でも敵として来たわけじゃない。それは本当」


そういったあと、ルナは一瞬、少し迷っているような表情をみせたが、ふぅっと息を吐くと、覚悟を決めたような表情になりゆっくりと口を開いた。


「……一緒に来てた仲間がいるんだ。調査が終わって油断したところを狙われて捕まったんだ。だから急いでる。お願いの形にしたくなかったのは本当だけど、それ以上に時間がない」


これでやっと、登録と焦りが一本に繋がる。

登録は信用のためではなく、「取引として話を進めるため」。

急いでいたのは評価が欲しかったからではなく、相方が捕まっているから。


私は言う。


「最初からそこまで言えばよかったのに」


ルナは苦笑する。


「最初から言ったら、任務の話になる前に切られる可能性があったでしょ」


「…まぁとにかく、行動の理由は分かった。取引として成立するかは詳しく聞いてから判断する。魔素の取り込み方を教える代わりに、ルナの相方の件を手伝うかどうかは、その任務の内容次第。私たちがどこまで巻き込まれるのか、そこは具体的に説明して」


ルナは静かに息を吸う。


「分かった。…じゃあ詳しく説明するね」


その言葉で、場の空気がほんのわずか変わったような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ