第383話 教国からの返還要請
フランスは、窓を打ちつける雨を眺めた。
冷たい雨が外側を濡らした窓は、部屋の熱気で曇っている。
正午前だというのに、ぶあつい雲のせいで、あたりはうすら暗い。部屋のなかも、どんよりと灰色に染まっている。
「フランス」
呼ばれて振り向く。
シトーが、すぐそばにいた。
「窓の近くは冷える」
「……」
シトーに腕を引かれて、暖炉の近くの椅子に座る。
シトーが、暖炉に薪を入れた。
いつの間にか、火が弱くなっていた。
暖炉のそばにはカゴが置かれていて、その中でウリムとトンミムが一緒になって丸まっている。ウリムとトンミムは、ダラム卿の保有する城までたどり着いたあと、どちらも、毎日ほとんどずっと眠っていた。たまに起きてきて、食事をするが、それ以外は、ずっと、うとうとと、眠っている。
それは、フランスも同じだった。
時の回廊に入ったことの影響なのか、疲れが出たのか、フランスは何日も熱を出して寝込んでいた。
シトーが、薪に触れていないほうの手で、フランスの額にふれて言う。
「まだ、熱い」
フランスは、シトーの心地よい手のつめたさに目を閉じて聞いた。
「報せはあった?」
「いいや」
「イギリスは?」
「まだ、眠っている」
すでに、ダラム卿が保有する城に来てから、二週間以上が経過していた。
派遣した捜索隊にロビンも同行してくれているが、シャルトルたちの無事も、ヴラドの無事も、なんの報せもなかった。
それに、イギリスは、相変わらず目覚める気配がない。
「アミアンは?」
「今は、イギリス陛下の世話をしている」
「ダラム卿から、何か聞いた?」
シトーが、すこしためらってからうなずく。
内容を言いたくはないようだった。
「ダラム卿は、わたしには言わないようにしているんでしょう?」
またシトーがうなずく。
「わたし、聞きたいわ。わたしのことだもの」
ダラム卿は、この城に戻って以来、あまり姿を見ない。ひどく忙しくしているようだった。
もしや、つらい立場に追い込まれている可能性もある。聖女フランスが、皇帝イギリスを害した、と言われていることで。
シトーは、しばらく悩んでいたようだったが、しずかに説明してくれた。
「聖女フランスを、裁判にかけるべきだという声が高まっているらしい」
「そうなるわよね。教国との停戦協定破棄に、即座に至らないだけでも、ずいぶんダラム卿が頑張ってくれているのかも」
アミアンが集め回ってくれたうわさによると、今現在の、聖女フランスについての帝国でのうわさはこうだった。
聖女フランスが帝国に来てからというもの、皇帝は政務に顔を出さず、ついには病にふせっている。聖女フランスは、教国が送り込んできた、皇帝にあだなすものなのではないか。
そういううわさが出回っているようだった。
もともと、聖女フランスを歓迎するものたちと同じくらい、好意的でないものもいたらしい。未婚の皇帝の側に女が寄ることを厭うものたちも、一定数いたという。
まあ、それは、想像がつくことだわ。
それに、フランスが帝国に来てからすぐに行方不明となったせいで、イギリスの政務に支障が出ていたのかもしれない。そのせいで、さらなる反感を買っているのだろう。
そして、状況が変わらぬまま、数日がすぎた。
相変わらず、雨が降り続くある日、昼下がりのフランスの部屋にダラム卿がやってきた。
空模様と同じように、彼の顔は晴れない。
「なにか、あったんですね」
「ええ。帝国側のことだけなら、いかようにも先延ばしにできますが……。良くない状況です」
「もしや、教国から?」
「……はい。教国側から今日、申し入れがありました。即刻、聖女フランスを教国に戻すようにと」
「それは……」
「帝国で聖女フランスを裁判にかけるという話が、教国にも伝わっているようです。聖女フランスを裁判にかけるのならば教国で行う。もし聖女の返還に応じない場合は、停戦協定の破棄も視野に入れて徹底抗議するかまえのようです」
聖女は、教国において象徴のような存在だ。
それを、他国での裁判にかけてゆだねるというのは、教国としての面子がゆるさないのだろう。
フランスは、疲労の見えるダラム卿の目元を見ながら言った。
「教国に、もどります」
「あなたを引き止めたいと思っていたのです。ですが、陛下が目を覚まさない時間が長くなるほど、この帝国で、あなたの立場はあやうくなる。ここに、残るほうが危険かもしれません。聖女の力がある限り、教国で身の安全が脅かされることはないでしょうから。今は、教国に戻ったほうが安全です」
フランスは、力なくうなだれるダラム卿に向かって、笑顔を向けた。
ダラム卿が両手で、そっとフランスの手をとり言う。
「帝国では、裁判を大人しく待つ者ばかりではありません。元々、過激派と呼ばれる者たちもいます。陛下がいてこそ、ひとつにまとまっていましたが……。わたしに、力がないばかりに」
「ダラム卿、何もかも、本当にお世話になりました。それに……」
フランスはダラム卿の前にひざまずいた。
「あなたにとって大切な人を、守り切れず、それどころか傷つけて。本当に、ごめんなさい」
「やめてください、フランス」
ダラム卿は、フランスの腕をつかんで立たせ、ひとつため息をついて言った。
「これは、アミアンへの裏切りではありませんからね。友人である、あなたへの、わたしの気持ちです」
ダラム卿は、フランスをしっかりと抱きしめた。
彼は、やさしくフランスの背をなでて言う。
「あなたは、陛下に、すばらしい時間をもたらしてくださいました。あなたの側で、陛下の表情は、日に日に、ゆるやかに、おだやかになった。それが、どれほど、私にとって嬉しいことか。あなたに、感謝こそすれ、せめようなどと、そんなことをわたしが思うはずがありません。わたしこそ、陛下が眠りにつく中で、あなたのことを守り切れず、無力で……」
「十分に守ってくださいました。最近、眠れていないのでしょう?」
「あなたも、フランス」
ふたりで、抱きしめ合う。
それは、ひどく安心する、友人の抱擁だった。




