四十話
目を開けたら、ルウの顔が真正面、それも至近距離にあった。朝目覚めたときと同じで、思考が定まらない。
「おはようございます」
あ、いとおしい。それだけはわかる。
後頭部に柔らかい感触が。体勢から察するに膝枕されているのか。とてもいい。ルウの顔を眺めながら、ルウの膝を堪能できる。最高。
「なんだか気持ちの悪い顔をしていますけど、覚えていらっしゃいますか? なにがあったのか」
記憶をさかのぼる。エドガーと戦闘。そして森でのこと。つい先程あったことだ。それなのに、なんでこんなことになっているのか。けど、どうでもいい。幸せすぎる。ずっとこのままでもいい。
「血を、流しすぎたのでしょう。気を失って、ご主人様は倒れられたのです」
だいぶ傷つけられたからな。視線だけで、自分の体を眺める。確かめる。痛みは若干残っているものの、所々布や包帯を巻かれている。
「シエナ様が、応急処置をなさってくださったのです。私はどうしていいかわからず。シエナ様がいてくださって、よかったです。本当に」
「あいつは? どうなった? 森は?」
「ご主人様が倒れられたあと、シエナ様は半日戦い助続けられました。私とご主人様を守って。そして、まどっろこしい、と叫ばれまして、森全体をれんきん? というもので金属に変えて・・・・・・とにかく覆ってしまったのです」
「・・・・・・・・・」
単純明快。かつ大胆。そうやって無効化させるなんて。半日戦いあり続けて、それだけのことができる魔力があるなんて、もう・・・・・・。全部あいつ一人でいいんじゃないかな。というか、そんなことしても、魔法薬が消えなければずっと続けることになるぞ。そこまで魔力保たないだろう。
「それから数時間後、森を元に戻して安全をたしかめた後、シエナ様は白目になって倒れました。駆けつけた騎士様達に運ばれて、私たちは今森の外です」
効果時間が短いな。それもまだ未完成ゆえか。
「なんだったら膝枕をしていてやれ。君がそうしたらユーグは喜ぶと最後にシエナ様は仰っていましたが、どういうことでしょうか?」
「・・・・・・・・・さぁな」
余計な気を回しやがって。グッジョブだ。今度おごろう。
「そもそも、あいつはなんでここに来たんだろうな」
「この森に、怪しい人物が出入りしているという報告があったそうです。それで、調べにきたと」
運がよかった。もう少しその情報が入ってくるのが遅かったら、俺もルウも今頃は・・・・・・。最悪な事態を想像して、背筋が寒くなる。
「あのときの動物の魔法は、新しく作られた魔法なのでしょう?」
「ああ。そうだ。よくわかったな」
「なんとなくです。シエナ様と死者とは違っていたような気がして。今までの魔法と違うのでしょうか?」
「目のつけどころがいいなっ」
形だけなら、どんな魔法でも動物の形をさせて動かすことができる。それを操ることも。シエナのゴーレムも同様だ。けど、そうすると魔法の制御と指示に意識をとられる。万が一魔法士自身に危険が及んだときの対処が遅れる。だから、『炎獣』にはある程度の基礎となる指示、俺の意志を込めながら発動する。エドガーを探して見つけたら追い続けて攻撃し続けろとか。そうすれば発動以降は俺が操作しなくても自立で行動する。魔法士本人が操らなくてもいい魔法。けど、デメリットがある。一つは俺と距離ができすぎる、少しの時間で消えてしまうということだ。
「まだまだ改善しなきゃいけないな・・・・・・とはいえまだできたばかりだし、それに新しい魔法も創りたいし」
そ のまま新しい魔法について説明しようとしたとき、傷が微妙に痛んだ。どうやら顔にも傷ができたようで、痛んだ右側に手を動かす。手の感触から、違和感がした。
違和感を払拭用するために、顔をべたべたと触りまくる。しかし、やはり間違いない。布がない。普段顔を隠すために巻かれている、布が。
「ご主人様?」
ルウに、顔を見られている?この、傷を?自分の失敗、愚かさの象徴であるこの傷を――。
「うわああ!」
叫びながら、立ち上がりかけた。傷と急な動いたせいでふらっとしてまた倒れる。けど、そのままルウから離れる。
「見るな、見ないでくれ」
近付きながら、こちらに手を伸ばしかけて、戸惑ったのか引っ込める。一定の距離を保って、そのまま動こうとしない。
頬がなくなって、歯茎と奥歯がはっきりさらされている。ひたいからあごにかけて皮膚が完全に消失して、火傷で白くただれた筋肉がグロテスクに露出している。右側が完全になくなった面貌。例えるならそうだろう。
きっと、一度見たら忘れられないひどい顔。ふとした拍子に見られたことが、過去に数度あった。皆顔をしかめて、背けて、不愉快そうだった。方ない。俺自身もそうなのだから。この顔を見るのは、耐えられない。魔物よりもおぞましい。自分の過ち、失敗の証として一生残り続けるものなのだ。
ローブで顔を覆う。他の誰かに見られるのはまだいい。なんとか耐えられる。けど、ルウにだけは見られたくない。この子にこの傷を見られて、気味悪がられたりするのだけは、耐えられない。
「そのような反応をなされるのは、その傷のせいなのでしょうか? それとも、傷ができた理由でしょうか? その傷は、どのような理由でついたのでしょうか?」
ルウは、どんな気持ちで話しかけているのか。それを慮ることも今はできない。話したくない。
「見られたくないのは、傷だけのせいでしょうか? それともその傷ができた理由が原因でしょうか? だから隠したいのでしょうか?」
まさにそうだ。そうなんだ。だから聞かないでくれ。恥ずかしい。情けない理由なんだ。
「教えてはくださらないのでしょうか?」
知りたいのだろうか? けど、教えたくない。
「シエナ様はご存じなのですよね。なのに私には内緒になさるのは、寂しいような・・・・・・いえ私は奴隷ですから親友であるシエナ様とは違うとは承知してしますが」
ああ、好きだ。どうしようもないくらい自分の、恥ずかしさとか愚かさとか、自分を優先したいって気持ちより、ルウの教えてほしい、寂しいという気持ちを優先してしまうくらい。
ローブを、外す。ぷるぷると震えながら、ルウに見せる。いつもと同じだった。表情を一切変えない、感情がないルウの反応。今は、それが嬉しかった。
「痛かったのでしょうね」
本当に、ルウの感想はそれだけなんだろう。体中から緊張が抜ける。
「・・・・・・つまらない話だ」
魔道士を目指して、自分だけの魔法を作りだそうとしはじめたとき。あるアイディアが浮かんだ。もしかしたら、取り憑かれたように研究をした。こんな魔法が創れないだろうか? と。いつもと同じだった。そして、完成させられた。
そして、この魔法ができた瞬間、早速試そうとした。けど、魔法が暴走した。意図せずに、義眼に宿ってしまった。義眼を使っていると、自動で発動してしまう。そのことに驚愕し、魔法の制御を誤り、この顔になった。
「以前エドガー様の魔法から守ってくれたときも、その魔法を使ったのですか? 使いたくない魔法を?」
「・・・・・・ああ。自然とな。ああしなければ間に合わなかった」
「己の失敗からついた傷、そして魔法だから見られたくないし使いたくないということでしょうか?」
「それだけじゃない。この魔法の効果だ」
魔道士を目指すものが忌むべき魔法。自分自身で自分だけの魔法を編み出す。それが魔道士。ある意味この魔法は、正反対に位置する、俺が忌むべき魔法。今でも後悔している。
「本当に、最低で最悪な魔法を俺は創ってしまったんだよ」
自嘲から、笑みがこぼれる。す、とルウから布が差し出される。これで顔を隠せという優しさだろう。その布をとろうと伸ばした手が、ルウの手で包まれた。温かく、柔らかい。なぜか涙ぐんでしまうくらい。そのまま優しく引き寄せられ、肩を優しく押さえられる。ローブが自然と外れてしまう。そしてそのままルウは俺の傷を眺める。
かつてこんな近くにルウの顔があっただろうか。不覚にもドキドキする。
どんな感情を持ったのか。なにを考えているのかその表情からは読めない。耐えられない。視線をそらして、逃げようとする。けど、突然ルウが、俺の顔を舌でぺろりと舐めた。
「っっっ!?!?!?!?!?!?」
一回、二回。ためらうようにゆっくりだったその行為が、次第に連続で行われる。舌先が、懸命に動いてる。ぺろぺろぺろと勢いよく忙しなく傷全体をゆっくりと舐め尽くされていく。
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
なに? なにがおこってる? なんで? え!?
右半分は既に痛覚も触覚も壊死している。だから、感触もなにもかんじない。ただ、好きな子が自分の顔を舐めているという倒錯的な行為に、パニックになってされるがまま任せてしまう。
「私の両親は、けがをしたらこうやって傷を舐めて癒やそうとしていました。きっと、ウェアウルフ特有のことかもしれません」
名残惜しそうに離れたルウの熱い吐息。それがいやらしくて。
「今更ご主人様の傷を舐めて、傷が治るわけがありません。しかし、気づいたらこうしていました。ご主人様の傷を、心を、癒やしたいと、そう思ってしまったのでございます」
この子は、なんて優しいのだろうか。俺を慮ってくれるなんて――。
「ですぎたまねをいたしました。奴隷の私がしていいことではありませんでした。もうしわけ――」
ルウの額に、指を当てる。ある呪文を唱えながら。ぽう、とほのかな光がともった。指が離れたあと、ルウは擦って何事かと確かめている。
「今、なにを?」
「今の、そしてこれまでのお礼だ。ある魔法をかけた」
ずっと考えていた。ルウと出会って俺は救われた。ルウがいなかったらきっとスランプを脱しきれなかっただろう。それだけじゃない。魔法以外の幸せがあったということを教えてくれた。ルウとの生活が楽しい。作る料理が嬉しい。一緒に暮らせること。あらゆることに感謝できる。
けど、俺はなにも返せていない。なにかしたい。俺はルウに与えてもらった。今度は俺もなにかを返したい。そう悩んで、ある魔法を発明した。ルウの役にたつんじゃないかって。簡単な魔法だから、創るの事態はすぐだった。
「危険なものじゃない。効果は実証済みだ」
「わ、私は奴隷でございます。奴隷である私にそんなこと。当たり前のことでございます。なにゆえそこまでしてくださるのですか?」
「・・・・・・好きだ」
言葉にしていた。え、とルウが目を見開く。聞き間違いか、それとも聞き逃してしまったのか。どちらにせよもう一度伝えたかった。
「好きだ。ルウ。君が好きだ」
ぽかん、としている。口はあんぐりとだらしなく、目はいつもより大きく開かれている。恥ずかしい。こわい。けど、我慢できなかった。ルウと出会えたこと。一緒に暮らすきっかけ。この魔法を発明して与えた理由。様々用字さまざまな説明を、集約した言葉。ここで伝えたかった。今ここで伝えられなかったら、きっと一生無できなかった。
「ひとめぼれした。だから、奴隷として買った。誰のものにもしたくなかった。だから、さっき魔法をかけた。好きだから。ずっと一緒にいてほしい。奴隷と主という関係じゃない、恋人に・・・・・・なりたい」
表情と違って、ルウの動きは人間めいている。次第にそわそわと落ち着きがなくなっている。尻尾が尋常ではない勢いでぶんぶんぶんぶん! と激しい動きをして、耳を縦に横に引っ張ったり引っ込めたり折りたたんだり。
「・・・・・・・・・ありがとうございます。嬉しくぞんじます」
ややあって、口を開いた。最後の言葉を、半ば予想して歓喜と緊張で、今か今かと待ち続け――
「ですが、無理です」
そして、フラれた。




