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魔導士志望者と奴隷ウルフ  作者: マサタカ
35/53

三十四話

「大変有意義な一日でした」

 仕事終わりの帰り道、隣でぽつりと漏らすルウ。けど、どっと疲れている俺にはなにも返答できない。

「ご主人様がどのようなお仕事をなさっているのか、気になっておりましたので」

「面白いものじゃなかっただろ?」

 会議が終わった後、ルウは研究所にいたいと言いだした。上司に確認したらあっさり許可された。正直、ルウのことを気にかける余裕がなかった。先輩たちとのことがあったし、仕事に逃げたかった。ルウはずっと俺の側にいた。魔導書の解読や資料の探索、打ち合わせや話し合い、部屋の移動ととにかく行動をともにした。なにも話しかけたり聞くこともしなかったのが、助かった。

「いえ、いつもと違うご主人様を垣間見られました。私には、どのように重要なのか理解できていない部分もあります。それでも、誰にでもできるお仕事ではないと推察いたしました」

 ……とてつもなく照れる。してもらって良かったかな。もしかして、これをきっかけにほれたりとか?

「それに、心配でもありました。けど、安心いたしました」

「安心? 心配ってなにがだ?」

「ご主人様がご自分の魔導書作成や個人的理由の研究にかまけて、本業をおろそかになさっていないかどうかです。それによって職場でどのような評価が下されているか、クビになりはしないかと。しかし、無駄な心配でございました」

「本当に無駄な心配だ! 真面目に仕事してるよ安心しろよ!」

「それに、ご主人様がああやって苦労して稼いだお金で、私を養ってくださっているという感謝も持つことができます。これからはお米小麦一粒、お肉の一欠片もむだにすまい、と覚悟を決められました」

「重いよ! 別にそこまで望んでねぇよ!」

 そうやってツッコんでいて不注意だったからか、前から歩いてきた子供にぶつかってしまった。

「あ、そういえばそろそろミルクがなくなりかけていました」

 唐突な話題転換だなぁ。けど、ちょうどすぐお店がみえてきたし、あそこで買っていけばいいだろう。

「それに、あれだけ働きになられたのですから、甘い物などが必要ではないでしょうか? 特に頭脳労働に糖分が効くそうですよ」

 もしかしなくても、自分が食べたいから俺を気遣うフリをして買ってもらおうとしているのか? 策士だな。

「じゃあついでになにか買っていこうか」

 けどルウが食べたがっているのだから。あっさりと買い物を終えて、会計となった。いつも通り、財布を取り出して払おうとしたのだが、財布がなかった。奥に手を突っ込んで探るがやはりない。記憶違いかと別のポケットを探す。けどどこにもない。

 さすがに焦ってくる。財布には全財産が入っている。それがないとなると、今の買い物だけじゃなく、今後の生活ができなくなる。

 朝慌てていたからといって、財布は絶対に持っていった。それは絶対だ。間違いない。だとすれば、研究所に忘れたか? しかし、財布を出すような場面も記憶にはない。

「落としたかもしれない」

 一番あり得るのは、それしかない。なんということか。

「財布をなくしたのですか? なにをしているのですか。ご主人様はあほですか? 失礼、間抜けですか? 違いますね、十歳児以下ですね」

 ルウの罵倒にも落ち込んでいる余裕がない。とりあえず、騎士団に相談してみよう。帝都の治安維持を担当している騎士団は、落とし物を探したり預かったりするのも仕事の一環だから。

「ならシエナに言っておくか。あいつ騎士だし。そのほうが早そうだし」

「しかしシエナ様も多忙の身。ご友人だからとはいえご自分の職務よりご友人の馬鹿使であほで間抜けな失敗の尻拭いを優先してはくださらないでしょう」

 無駄に罵倒がひどい。

「はぁ・・・・・・いたしかたございありません。私がなんとかしてみましょう」

「できるのか?」

「はい。では失礼いたします」

 俺に断りを入れると、ルウは俺に抱き着いてきた。首辺りに鼻がくっつくぐらい密着してきている。

「どわせくわありせふぃこるありぷ!!??」

 動揺しすぎて離れるが、ルウは俺の背中で腕を回して離さない。尻尾まで絡みついてきて動きを止めようとする。

 なに? なんなんだ? なんでいきなりこんな大胆なことを急に? 嬉しいけどご褒美だけどそれどころじゃなくてー

「くんくん、くんくんくん」

 ルウは頻りに鼻を動かして、なにやらもぞもぞしている。鼻頭と息が首筋に当たって、あごにに耳が当たって、擽ったくてもう辛抱たまらない!

「ごばどるえをあおぼこぼありごぼごぼごおお!」

「何を愉快な言語をのたまっているのですか。参りましょう。店主様、その商品は必ずまた後で買いにきます。申し訳ありありませんが、とっておいてくださいませんか」

 そう断って、ルウは店を出て行った。俺も少しぼうぜんとした後慌てて追いかける。ルウは外にいたが、立ちどまって周囲を探るように鼻をひくつかせている。

 そして、なにかに気づいたようにある方向へと走っていった。そして時折止まって、また鼻を動かして、そしてまたある方向へ。

「そうか、匂いか!」

 研究所へ来れた理由。俺の匂いが付着した財布を、嗅覚で探そうとしているのだ。

「やるじゃないかルウ。いやぁ一時はどうなることかとー」

「黙っていてください集中できません。ただでさえ風のせいで匂いが散ってしまっているのですから」

 そうやって財布を追っていくと、研究所とは全然違う道へと進んでいってしまう。それどころか俺が今まで足を踏み入れたことがない場所だ。

 周囲に人影がなくなっていき、建物も所々崩壊していたりつぶれてしまっていたり。通り過ぎる家はほとんどガラス戸や窓が荒々しく割れていて入口は木板でふさがれている。普段暮らし助ている光景と違いすぎて、寂れた街だった。

 うわさ程度にしか聞いたことがなかったここは、孤児や浮浪者、金銭的に普通の暮らしが送れない奴らが住んでいるらしい。たしかにとおりすぎる人々は、身なりがボロボロで、死んだ顔をしている。道端で寝ている老人は酔いつぶれたようになにかつぶやいていて、茣蓙を敷いて呪詛をはきかけるように叫んでいる乞食がそこら中にいる。

 それだけじゃない。まるで飢えた魔物が獲物を捉えたようなギラギラした油断のない視線が、そこかしこから。なんにしろ、長居していたくない場所だ。俺だけならまだしも、ルウも一緒なら守り切れないかもしれない。

とりあえず、右手に魔法を発動させた状態を保ちつつ、いつでも対処できるようにしておく。魔法士だというアピールもできる。

「ご主人様、あの子です」

 ルウが示したのは、さっき道でぶつかった子供だった。相手もすぐに察したのだろう。子供には似つかわしくない敵意を発して、逃げようとする。

 ルウがいきなり凄まじいスピードで走りだし、追いかけた。きっと仲間なんだろう、四人ほどの子供が行く手を遮るように立ちふさがる。木材や割れた瓶でルウに襲いかかった。

 ルウに危害を及ぼそうとした。それだけで万死に値する。発動している魔法を放とうとしたが、その必要はなかった。ルウは動物のように身を屈めて四つんばいになって攻撃を避けつつ鮮やかすぎる動きで対処したからだ。

 いきなり飛び掛かりつつ両腕を開いて子供の腹に突きを入れる。そのまま体を横に一回転させながら回し蹴りで手を攻撃して武器を弾きもう一回転。今度は顔にかかとがもろに直撃して吹き飛んでいった。

 残った二人がたじろいでいる間に腹に掌底を一つ。ぱぁん!という爆発にも似た音とともに前のめりになった瞬間、あごの下からもう一つ、とどめとばかりに最後に正面から。計三回の掌底をまともにくらい、そのまま後ろのめりで倒れた。

 叫びながら木材を振り上げ向かってくる少年をくるりと身を翻して避け、そのままの勢いで肘を後頭部に。倒れたのを確かめもせずに、逃げた少年を追いかける。

 時間にしておそらく刹那的、数秒もなかっただろう。あっという間の出来事に俺も驚きすぎて魔法を放つのを忘れてしまい、後を追うので精いっぱいだった。

ルウとの距離は縮まらない。逆に引き離されるばかりだ。あっという間に子供に追いつき、背中に飛び蹴りをかました。

 間抜けな悲鳴とともに、地面を転がって顔を擦った。倒れたままの襟首を持ちあげて、無理やり上体を起こす。少年をすんすんと嗅ぎ回り、懐あたりに手をやって探っていく。

「ありました」

 やっと追いつけたときには、財布を取り戻していた。ひとまず、目的を早々に達成できて、一安心する。

「しかし、すごいなルウ。子供とはいえあんな風に戦えるなんて」

 体術が得意とは知っていたけど、想像以上だった。

「いえ、造作もなきことです。文字通り児戯にも等しいものでした」

 強くてつつましい。そのうえかわいいなんて、俺の奴隷最強なんじゃないか?

「私の父はもっと強かったですし、母はそれよりもっと強かったです」

 ボキ、ポキポキ。

「ひぎぃ! いぎゃぁ!」

「そうなのか?」

「はい。夫婦げんかで父が母に勝てた姿を見たことがないくらいに」

「それは・・・・・・強いな」

 パンパンパンパン!

「あべ、ぶべ、ひぎゅ、ぐえ」

「母がなにかほしい物をねだって、父は我慢しなさいとなだめてそこからけんかに発展したのがお約束でした」

「おまえのお母さんやばくない?」

 ボゴ! ドゴ、ボカ!

「うぇ、も、もう許して――」

「なぁルウ。もうその子解放してやらないか?」

 会話しながら、子供へ攻撃し続けているから、正直気の毒すぎる。指を一本一本へし折っていき、顔が蛸のように腫れてしまうほど往復ビンタをし、重い腹パン。やりすぎだ。

「しかし、人様の物を盗むのは泥棒。罪です。犯罪です。悪いことをしたのですからそれ相応の罰を与えるのが筋ではないでしょうか。そこに、大人も子供も関係ないでしょう」

 うん、その通りだ。けど、痛々しい。かわいそうすぎる。

「それに、この程度私が母のお洋服を駄目にしてしまったときの罰に比べたら、お遊びのようなものです」

「おまえの家庭ちょっとやばすぎないか?」

「そのようなことはありません。私の姉はつまみ食いをした罰で、鼻の骨を連続で――いえこれはさすがにご主人様にお聞かせするのは」

「そこまで言ったら全部教えてくれよ! 逆に気になりすぎるだろ!」

「生き物とは限界まで痛みにさらされ続けると笑うしかできなくとだけ」

「意味深すぎる! そしてこわすぎる!」

「それに、この子のせいで私の食事ができなくなるところだったのです。それは万死に値します。許しがたい最低なことです。許せません」

 そこかぁ。怒りの根源。そこに直結してるのかぁ。

「あとは、そうですね。爪を剥いで去勢しなければ」

 股間がひゅっとなって内股になってしまう。同じ男としてそれはさせられない。それに、仮に帝都の牢屋に入れられ罰せられたとしても、そこまで重い刑は受けない。

「けど、もうそろそろ許してやろう。な? その子ももう反省しただろう。まだ小さいんだから」

「ご主人様がそう望まれるのでしたら」

 ルウが手を離した拍子に、子供が地面に倒れる。

「財布も取り戻せたことだし、もう帰ろう。買い物だってまだ済ませていないし」

 本音をいえば、ここには長居していたくはない。

「そうですね。ちょうどおなかがすきましたし」

「・・・・・・奴隷のくせに」

 動くこともできない子供が、ぼそりと言ったことに二人ともとまってしまった。

「人以下の、物の奴隷のくせに、偉そうにこんな偉そうにこんなまねしやがって・・・・・・!」

 ありったけの憎悪と怒りがこもった目を、ルウに向けている。きっと悔しさもあったんだろう。涙と血と泥。汚れきった相貌が、負の感情でゆがんでいる。

「この子は――」

 むかついた俺を、ルウが制した。屈んで、少年と目線を合わせる。

「その奴隷にこてんぱんにされた、あなたは一体なんですか? 物である奴隷以下の、ごみですか?」

 歯茎を剥きだして、激しい歯ぎしり。さっきよりも強さが増した感情。けど、反論する術がないから、にらむしかない、精一杯の意地なんだろう。

「十歳ほどの子供がこんな生活をして、そして盗みをするからにはよほどの事情がおありなのでしょう。苦しいのでしょう。諦めてしまっていいでしょう。子供だから、力がないから。現実を受け入れて、致し方ないと。そしてそんな惨めでみすぼらしい生き方をずっと続けるのもいいでしょう。なにを選ぶのかはあなたなのですから。けど、その先にあるのは破滅だけです。この暮らしを続けるか、それとも変えるか。どうすればいいのか。どうしたいのか。なにが自分にとって一番大切にしたいのか。悩んでみるのもいいのではないですか。そういう苦しみを抱えて、あがいて生きるのもいいのではないでしょうか。心の内側までは、奴隷も孤児も、身分も命令も関係ないのでしょうから」

 そこまで言って、ルウは黙りこんだ。神妙な顔で、子供を見下ろしている。子供の頭を、なでなでと優しく撫でたけど、子供は、弱弱しくそれを振り払った。

「な、なんだよ、この……ブスのくせに!」

「んだとてめぇいまなんつったころしてやるくそがき」

 砕いてやろうくらいの力で、顔面をつかんだ。そのまま反対の手で魔法を発動。いつでも準備は整っている。

「落ち着いてくださいご主人様」

 これが落ち着いていられるか。こいつは諭そうとしてくれたルウに、あろうことか、ブスなんてぬかしやがったんだ。ルウのどこがブスだ。天上天下にいないほどのかわいい俺の奴隷によくもそんな最低な罵倒を・・・・・・。生かしておけねぇ。

「ご主人様の怒りのポイントが不思議です。あるとき突然、荒ぶられてしまわれてはこちらも困ります」

とりあえず顔の骨を砕いて全身焼いて――

「なにぶつぶつと物騒なことを。小さい子供相手に大人げないです」

「子供も大人も関係ない」

「ついさっきまでのご自分が仰ったことを振り返ってください」

 ルウに後ろから抱き着かれるようにされて押さえられてしまって、あまり乱暴に動けない。ようやく落ち着いて、そのまま帰ろうとしたが、いつの間にか柄の悪い奴らに囲まれてしまっている。

「おいおい、おまえドジったのかよ」

「けど、いくら財布のためとはいえ、こんなところに来るなんざ間抜けだな。殺されたって誰も助けねぇし知られねぇってのにな」

 どうやら、こいつらは子供の知り合いらしい。男女も種族も混じりあって年齢もバラバラの奇妙な一団が連帯感を醸しつつ会話をしている。というよりも、あの子供はこいつらに命令されて盗みをさせられてた可能性もある。初めてではないんだろう。武器を扱っている様子や身のこなし、余裕さがにじみでている。

 不安そうに俺に寄ってくるルウの肩を抱いて、ほほ笑む。大丈夫だ、と伝えて、安心させる。数にして二十人。これだけの人数なら、きっと戦っても勝てるだろう。ルウを守りながらだと難しいが、彼女もある程度は戦える。

「おいおまえら!」

 けど、それよりまず言ってやりたい文句がある。

「こいつにどんな教育してんだ! そいつはウチの子をブスって言ったんだぞ!」

「ああ?」

「謝罪じゃすまさないからな! 覚悟しておけ!」

「そんな状況ではないでしょう・・・・・・」

 横のルウが、呆れているが、俺にとってはそれが一番重要なのに。

「おい、もうこいつやっちまおうぜ」

「だな。奴隷のほうは適当にかわいがったあと売り飛ばして――」

「ぶっ殺し確定!」

 我慢ができず、魔法をいきなり放ち、仲間の一人を燃えあがらせる。身を焦がす苦痛にのたうつ仲間をそのままに、襲い掛かってくる。両手を使って、連続で放つ。移動しつつ、魔法を放ち続けて、何発かはわざと外す。そして、油断しきっている相手が複数人、笑いながら俺に向かってくる。

 魔法士は基本的に遠距離しか攻撃ができない。特に炎系の魔法を扱う俺はそれが顕著だ。やつ等もそれを把握しているらしい。おそらく狙いを定まらせないようにするためだろう、大きく動いてそれでいてできるだけ距離を詰めようとしてくる。

 わざと外した魔法、『炎球』を、思念で操って距離が近い三人の後方から、頭上から、下方からぶつける。燃焼よりも威力を強めたため、燃えないでそのまま吹き飛ぶ。

 武器で攻撃してくるやつには、ひらで留めて火力と範囲を強め盾のようにして防いで、武器を消失させる、そのままこちらから踏みこんで至近距離から魔法を爆発させる。

 また、当たりそうになった攻撃は足に発動させた炎弾を爆発させ、その衝撃で空へと飛んで回避。頭上から両手で発動させた少し大きめの魔法『炎塊』をぶん投げるようにしてぶつける。

 最初は人数的に不安だったが、なんてことはない。戦争と比べたら、ぬるいものだ。確かに俺の炎系の魔法は単純なものしかない。が、相手は魔法士じゃない。兵士でもない。簡単な魔法ですぐに倒せる。

 普通の日常生活じゃ役にたたないと思っていたが、戦争で学んだ戦い方がまさかこんなところで役立つとは。ちらり、とルウをうかがう。ルウがけがでもしたら、って心配だったけど、ルウもなんてことはなく交戦している。しなやかな動きで避け、跳び、攻撃して次々と倒していく。

はぁ、奇麗だ。

圧倒的までに屠っていく姿は、一種の優雅すらかんじる。返り血にも顔色一つ変えずに戦っている姿はこの世に存在する美術品にも絵画にもない美麗さと荘厳さが備わっている。周りの情景はすべてルウという完璧な女の子の美を補うためのついででしかない。

 感嘆の念を漏らしながら雄たけびをあげて攻撃してくるやつに対処する。肘に魔法を発動させて爆発、その威力を利用して速さと攻撃力を高めた拳を顔面に叩きこむ。

 最後に残った五人ばかしを複数の炎のロープ、『光縛』で手足を拘束、そのまま首を絞めて気絶させた。

「そっちも終わったみたいだな」

 相手していたやつが全員倒したところで、ルウに声をかけた。疲れた気配などみじんもなく、手足についたほこりや汚れを、軽くたたいて落としている。

「はい。しかし驚きました。ご主人様が、まさかあれほど戦えるとは」

「それほどでもないさ」

 ルウのほうがよっぽど強い。俺なんてただ兵士に毛が生えた程度でしかない。

「お強いのですね。それに、たくさん魔法を使われていました」

「俺なんて強くはない。戦争では敵にも味方にも、もっと化け物がいたさ。それに、あんな魔法は特別なことじゃない。誰だってできるし、もっとえげつない複雑な魔法を使える奴らもいたさ」

 魔導書作りにしろなんにしろ、俺はなにも特別な才能があるわけじゃない。事実として、こんなものは一から編みだした魔法じゃなくてただ一般的な魔法を応用させただけにすぎない。情けないけど。

 なんとなく腑に落ちないルウだったが、そのとき、誰かが走ってくる気配がして振り向きながら魔法を発動させる。

「あれ? ユーグじゃないか。ルウちゃんも。こんなところで一体なにをしているんだい」

「シエナ、おまえこそ」

 きょとんとしながらのシエナと、そんな遣り取りを交わす。後ろには数人の騎士がシエナに従っていた。

「住民から通報があったんだよ。この辺りで派手な音がする。ただのけんかにしては物騒すぎるって。それで駆けつけみた。ここは犯罪者たちの巣窟となっているんだよ。知らなかったのかい?」

 ここは、帝都内とはいえ人がいる所からはだいぶ距離がある。それでも俺たちのことが伝わるって相当激しかったんだろうか。

「それで? なんで君たちはここに? んん?」

 にやにやしたシエナに、気まずさに似たものを抱えながら事情を説明する。

「ほぉ~? これでまた帝都でうわさされるね。ただでさえ奴隷によからぬ研究所勤めの魔道士(予定)って評判がたっているというのに。はっはっは」

「またよからぬレッテル貼りをされるのかよ……」

「あながち間違いではないからね」

それから、全員連行されることになった。俺たちも証言を述べるために騎士団の営舎へ。

「ちきしょぉ、おまえ、おまえだって奴隷なんだろ!? なんでこいつらの側に立ってんだ!」

 連行されることになったうちの一人が、ルウにがなりたて始めた。手枷足枷をはめられて、両側を騎士に抑えられつつも、唾がかかるくらいの勢いとけんまくに、庇うようにして間に入った。

「も? も、とはどういう意味でしょうか?」

「どういうもくそもあるか! 字俺たちはなぁ、おまえと同じ奴隷だったんだ! 主のところから逃げて、ここに隠れてたんだよ!」

 そいつの言葉で、全員が声を失った。何人かがそいつらの首筋をつぶさに観用字見察する。

「逃亡奴隷だったか」

 押さえていた騎士の一人に、敏感に反応したシエナが舌打ちと同時ににらみつける。

「あなたたちは、奴隷だったのですか? 逃げたのですか? どうして――」

「おい、連れていけ」

 遮るように、無情なシエナがそう命じる。俺たちもシエナに促されて、動き出す。

「逃亡奴隷とは、なんでしょうか?」

 なにも言えなかった。ルウは返答しない俺を諦めたのか、シエナにも同じ質問を繰り返した。

「・・・・・・主の元から逃げだした、『隷属の首輪』を無力化した元奴隷のことだよ」

 ちらり、と俺に気遣うように説明をした。

「これを、外せるのですか?」

 自らの『隷属の首輪』に手をやりながら、驚いたルウはシエナになおも聞き続ける。

「・・・・・・詳しくはわからないが、しょせんは魔道具だからね。なんらかの方法で鍵を手に入れたり破壊したり、無力化はできる。ただ、奴隷自身には壊せないってだけさ」

 奴隷自身が壊そうとすれば、その反動で死に至るかとてつもない激痛が襲って気絶してしまうらしい。へたをすれば、死に至る。

「そのようなことが可能なのですか? この首輪は奴隷の証で奴隷商人しか扱えないのでは?」

「奴隷商人が創っているわけじゃない。多分、創り方を知っているやつがいて、それで売り買いしてるんじゃないかな。なんだったら、設計図自体も。だから、鍵だとか壊し方だとか知っている輩が帝都にいてもおかしくはないよ。帝都のどこかでも、この首輪を売り買いして無理矢理用字無理やり奴隷にしている輩がいるし」

「そうなのですね」

 しゃべりすぎだ、と視線で抗議するも、もう遅かった。

「奴隷が逃げたら、後のほうが大変だ。それだけで重罪、牢獄に入れられるより厳しい罰が与えられるし、ずっと探されて追われて、あいつらみたいにましな生き方もできない。隠れて泥棒みたいなまねをするしかなくなる。普通の生活や生き方ができなくなる。万が一普通の生活を手に入れたとしても、周囲に知られれば通報されて最悪殺されてしまうかもしれないよ」

 きっと、騎士の仕事でそういう場面を何度も目撃してきたんだろう。シエナには真剣味があった。それからも、逃亡奴隷がどんな風になるか。法律や奴隷の立場。金。人権の有無。シエナは明るいかんじと言い聞かせるように、説得するようなかんじを交互に混ぜた話し方で説明を続ける。

胸騒ぎがした。別に決まったわけでもない。妄想かもしれない。『隷属の首輪』を無力化できると知ったルウはどうするのか。方法を探ろうとするんじゃないか? そうなったら、ルウはいなくなってしまうんじゃないか、ある日突然いなくなってしまうんじゃないか。

 不安で、こわい。

「でも、あるのですよね。無力化する術が」

 士団の営舎に到着したとき、ルウが不意に漏らした。


 そこにどんな意味があるのか、知ったらどうするのか。聞けなかった。

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