三十話
工房で、目を閉じる。雑念を振り払い、余計なことは全て捨てる。イメージが浮び上がる。ルウの柔らかく暖かい感触も、まだ残っている彼女の残り香も。胸も吐息もそれの熱っぽさもそれがあたったときのぞくぞくした――
「うわあああああああああああ!!」
集中できてねぇじゃねぇか。なにが雑念を振り払うだ。
魔導書作りを少しでも進めるためにと、研究をしようとしたが、今日はやめておいたほうがいいだろうか。しかし、寝ようとしても、やる気が消えない。試しに魔導具作り助詞不足の可能性ありのレシピや設計図から始めてみたが、躓いている。
もう一度、意識を統一する。なにを作るべきか。なにを作りたいのか。そこからだ。閃ききはどこにでも転がっている。水面のように静かで、無になってしまえば自然とインスピレーションが働く。昔はそうだった。穏やかに、そうしてルウの尻尾や耳。あれを魔導具にできない助詞不足の可能性ありだろうか。そうすれば負担をかけることなく俺もいつでも『もふもふタイム』ができる。
・・・・・・・・・なんか違う。一応羊皮紙に書いておくとして、次だ。
また思いついた。ルウの等身大の人形はどうだろうか。本人そっくり質感、柔らかさ。それならいつでも抱きしめてもらうことができる。やっぱりなんか違う。一応書き留めて、次。
ルウの――
「ってルウのことばっかりじゃねぇかあぁ!」
羊皮紙を地面に投げてセルフでツッコんでしまった。こんなもん魔導書に載せられるわけねぇだろ。万が一試験で合格してもルウに嫌われるわ。
「ご主人様、まだ起きていらしたのですか?」
ノックとともに、ルウが入って来た。おこしてしまったのだろうか。
「ああ。寝られなくてな。もう寝ていていいぞ。俺はまだ少し続けているから」
「はい。あの、あまりご無理はなさいませぬよう」
優しすぎて好き。ってそれどころじゃない。魔導書を作らないと。そうだ、さっきのルウとの会話でおもいだした。魔導書を作って魔導書を作るために俺は生き残ったんだ戦争が終わったんだ。だったら魔道士にならないと。大勢が死んだ。死ぬかもしれなかった。けど生きている。なら生きているなら夢を叶え――
ぎゅっと柔らかい何かが背中に当たった。そこで思考が停止する。ルウが抱きついている。脳が弾ける。
「お、おおおおおお字おまえいいい一体なにしてどうしてどこで?」
いきなり大胆すぎるルウに、言動がおかしくなる。
「尻尾を、お使いください」
「いや、今それどころじゃなくて」
「シエナ様から、聞きました」
そういえばあいつ、俺がいないときにやってきてルウと仲良くなってるらしい。くそ。
「ご主人様は、まだ戦争のことを忘れていないと。それで苦しんでいるんじゃないかと。毎晩、うなされていますから」
ルウも知っていたのか。
「そんなとき、私が試しに尻尾に顔を擦ったり埋めさせたりすると実に気持ちの悪い笑顔で穏やかになられます」
俺ない間に『もふもふタイム』してたの?
「私の尻尾をもふることで、少しでもご主人様のお役にたつのなら、お使いください。私自身、今はご主人様のお役にたちたいと心から願っています」
誘惑に勝てず、差しだされた尻尾を愛でる。もふる。余裕のなかった心が解きほぐされていく。柔らかい毛並み一本一本指先でかんじるたびに、頭の中からなにかが抜け落ちていく。
「ご主人様、ご無理はなさいませんよう」
「無理なものか。俺は好きでやっているんだよ」
「けれど、先程のご主人様のお顔、楽しんでいる様子ではありませんでした。切羽詰まった、とてもこわいお顔でした」
「そんなにか?」
「はい。もっと、楽になさってください。私が言えたことではありませんが」
途切れ途切れの声が、何かを耐えるように、次第に切なくなっていく。切羽詰まったか。けど、確かに俺は戦争中のことを思い出して研究をしていた。しきりに戦争のことをおもいながら研究をしていた。それが原因だったんだろうか。
「・・・・・・こわいんだ」
いや、違う。戦争に行く前から、何度も不安になっていた。もしかして、俺は魔道士になれないんじゃないかって。年に何人も試験を受けて、全員不合格という狭き門を、通れるのか? 何人か研究所でも魔道士を目指していた人がいる。試験の内容、創った魔導書。それから仕事で調べた過去の魔法、魔道士、魔法士。それらと自分を比べてしまう。俺も、無理なんじゃないか? こわかった。恐怖をごまかすためにも研究に熱中した。
今は、もっとこわい。夢を諦めてしまったら。夢を持たなくなった俺は、どうなるんだ? 今まで魔道士を目指してきた。最近はふと悩んでしまうこともある。諦めるべきなんじゃないか。けど、十代の頃から抱き続けてきた夢を捨ててしまったらどうなるのか、それがこわい。魔道士になれないという現実を受け入れてしまうのがこわい。なんの夢も情熱も持たない人生。楽しくない仕事と家を往復する毎日。それがずっと続くんじゃないか?
「なにも変わらないんじゃないでしょうか。魔道士になっても、諦めてしまっても。ご主人様はご主人様のままだとおもいます。というかご主人様が魔道士を諦めても私的にはどうでもよかろうなのです。むしろその研究費用を生活費に回してもらえたら」
「素直だなぁルウは・・・・・・」
「ですが、もしそんな生き方が嫌なのでしたら、私がこうして癒やします。『もふもふタイム』して差し上げます」
尻尾に込められる力が強くなった。それに伴って気持ちのいい感触と、泣きたくなる衝動が。ルウと一緒に生きる人生。『もふもふタイム』だけの人生。それも案外いいかもしれない。
「なにも考えず、おやすみになってください。せめて今日だけは」
急激に眠気が襲ってきた。そういえば、最近熟睡できたのっていつだっけ。
「明日には、また変わっているかもしれません」
それだけ、最後に聞こえた。




