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孤高の男

 レンはジワリと痛みが残る右手の拳をポケットの中に忍ばせながら、人気の無い夜の商店街を歩いていた。


 神河(かみかわ)レンはこの辺りでは名の通った不良で、日頃からいざこざに巻き込まれることも決して少なくなかった。

 彼は近頃の不良とは違い昔気質のヤンキーで、徒党を組むよりも一人で行動することを好んだ。金色に脱色した髪の毛、短ランにボンタンという出で立ちは、他の生徒から一線を引かれる存在だったが、しかし、当然のように彼と同じく少し道を踏み外した不良からは目が付けられやすかった。


 この日も突然、背後から木刀で殴りかかってきた相手の顔面に強烈なカウンターパンチをお見舞いしたところだった。

 175センチ、70キロと細身だががっちりした体格は喧嘩でその強さを発揮した。レンはこれまでに喧嘩で負けたことがない。恵まれた体格だけではなく、運動神経も良かった。

 喧嘩が強くて背が高い。金髪に切れ長の目とスッと通った高い鼻。孤高の一匹狼は、これで硬派な男ならば申し分ないのだが、どうも女にだらしなく、そして気移りしやすいところが玉に瑕だった。

 いずれにせよ、その素行の悪さに付き合おうという物好きな女性は数少ないのだが。

 その見た目と体格、身体能力を活用する場が違えば、彼の高校生活はもっと華やかになっていたはずであろう。


 薄暗い商店街のシャッターの前に置かれたゴミ袋。人目を盗んだ野良猫の親子が、見るも無惨にその袋を切り裂き中の残飯をむさぼり食っている。子猫はまだ小さく、親猫の傍でただ身を小さくして佇んでいた。

 レンが少し離れた所からその様子を眺めていると、警戒した親猫が路地の方へと身を隠した。取り残された子猫は「ミャア」と心細そうな弱々しい鳴き声を一つ。

 レンはそちらへ歩み寄り身を低くして「チッチッ」と小さく舌を鳴らし手招きをする。

 しかし、子猫は怯えながら威嚇にはほど遠い精一杯の鳴き声を発した。すると、親猫が凄まじい勢いで戻ってきたかと思うと、子猫の首元を噛みヒョイと持ち上げて逃げて行った。


 レンはその様子を寂しげに眺めたー


 レンが物心ついた頃には、既に母親のレイカと二人暮らしだった。父親の顔すら知らない。


「生きてるか死んでるかわからない」


 レイカに尋ねてもそうとしか返ってこないので、幼いながらにそれ以上の詮索は良くないと感じていた。

 レイカは生計を立てるために水商売の仕事に就いていたため、レンは幼い頃から1人で過ごすことに慣れていた。しかし、中学生にもなると愛情の乏しさはレンを不良の道へと歩ませた。


 レンはゴミ袋を力一杯蹴り上げた。袋から飛び出した空き缶の跳ねる音が虚しく響いた。



「神河レン君、神河レン君、生徒指導室へ来て下さい」


 次の日、朝から校内放送が響き渡った。


「何だよ?」


 椅子に座る花田と対峙するかのように立つレン。レンは両手をポケットに突っ込み、眉間にしわを寄せて花田を睨みつけた。


「キミ、しばらく停学ね。昨日、桜花高校の生徒を殴ったんだって?」


 深刻な雰囲気に反して、レンには花田の顔がにやけているように見えた。


「いつまでだよ?」


「いつまでですか、でしょ?」


--いつもより強気だな


「いつまででございますでしょうか!?」


 机を強く叩きつけるレン。その衝撃で湯呑みからあがった飛沫が、花田のワイシャツに飛んだ。


「知りたい?」


「当たり前だろ」


「いつまでかは……わからないよね」


 花田はシャツをハンカチで拭いながら淡々と言った。


「は? ふざけんなよ?」


 花田は無精ひげを撫でながら「選択肢をあげましょうじゃないの」と今度は明らかにニヤリと笑い、まるで人を馬鹿にするような口調で言った。


「選択肢?」


 花田の顔半分に映し出された窓の外に揺れる木の葉の印影。それが妙に薄気味悪く思えた。


「まず一つ目。1ヶ月自宅謹慎して、読書30冊。で、感想文を書く」


「はぁぁぁ? んなの読めるわけないだろっ!」


「あら、そぅ、残念ねぇ」


「でっ! 二つ目は?」


 レンの声をかき消すようにして、掛け時計が始業を告げる鐘を打つー

 強い風が吹き抜け一瞬の涼を感じた。既に気温は30度は超えているだろう。蒸し暑い。花田の額には汗の雫が光る。エアコンの無い室内の生温い風を呑気な扇風機がグルグルとかき回している。

 しかし、花田は窓際へと向かうと外の様子を確認して窓とカーテンを素早く閉めた。


「暑いねぇ、暑いねぇ」とワイシャツのボタンをはずし始める花田。


「クーラーもねぇのに閉めたら暑いの当たり前だろっ!」


 レンの声など聞きもせず今度は廊下側へと向かい、そっと開けたドアの隙間から廊下の様子を窺い……


 バタンッ、ガチャッ


 素早く強く閉められたドアの風圧がレンの髪を揺らした。


--これが噂の……襲う気だな


「これは誰かに聞かれたらまずいんだよねぇ~」


 レンの耳元でそっと囁かれた言葉はリズミカルに踊っているようだった。


「気持ち悪りぃなぁ! さっさと話を進めろよ!」


 ゆっくりと椅子に座る花田の目線の高さがレンと揃う。

「ねぇ、あっちの世界へ行って、ミッション達成してきてくれない?」


 花田が片方の口角だけを上げてニヤリと笑った。


「はっ? 意味わからねえこと言うな、俺のことバカにしてるだろ」


「バカになんかしていないよ~」


 その声はいつもの調子より少し高い。


「それがバカにしてんだよ!」


「ちがうちがう、キミは選ばれたんだよ、神河レンちゃん」


 レンの怒りとは対照的に花田は冷静だった。


「選ばれたって、誰にだよ?」


 花田は少し間を置き、自分自身を指差しながら声を潜めて言った。


「私にだよ、花田センセにね」

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