Z 不器用ですから
Z 不器用ですから
「行ったか」
キサラギは、ニッシに向かって問い掛ける。ニッシは、ドアに耳を当てながら短く返す。
「あぁ。足音は遠のいた。――さてと。それじゃあ、遠慮なく聞かせてもらおうか」
ニッシはドアから離れ、ベッドサイドに腰掛けながら、キサラギのほうを向いて言った。キサラギは、ホッと胸を撫で下ろし、表情を緩めながら言う。
「だいたい、聞きたいことは見当がつくけど。言ってみろよ」
それを見たニッシが、口元をニヤつかせながら言う。
「キサラギ。お前、ヤヨイに惚れてるだろう」
「案の定だな。その通りだよ、馬鹿。文句あるか」
キサラギは、そう照れながら言うと、裏拳でニッシの背中を叩いた。ニッシは、笑いながら言う。
「サーラ以上に、自分に寄せられた好意に鈍感そうだもんな、ヤヨイは。――とっくの昔に声変わりも済んでるのに、いつまでも弟のように扱われて可愛がられているのが気に入らない。だから、異性として認められたくてカッコつけようとしてる。なっ、そうだろう。こんな、妙ちくりんの髪をしてさ」
そう言ってニッシは片手で、キサラギの襟足に生えた長い一房を掴んで軽く引っ張る。キサラギは、引っ張られた側の目をギュッと瞑りつつ、ニッシの指を両手で開きながら言う。
「悪かったな、変ちくりんで。男気があるところを見せないと、ずーっとガキ扱いされっ放しだろう」
「方向性を間違え過ぎだろう。俺が叩き直してやろうか、キサラギ。訓練生の枠は空いてるぞ」
労わるように髪を手櫛で梳かしていたキサラギは、にわかに目を輝かせてニッシに詰め寄って言う。
「それは、何か。俺も、ニッシみたいに騎士になれるってことか」
鼻息荒く顔を近づけるキサラギを両手で制しつつ、ニッシは身を反らしながら言う。
「やる気があればの話だけどな。言っておくが、俺や、団長である俺の親父の扱きは容赦ないからな」
聞いてか聞かずか、キサラギはニッシが言葉を切った直後にベッドから降り、ニッシの前に平伏しながら言う。
「お願いします、副長」
ニッシは、あまりのキサラギの軽率さに、若干、顔を引き攣らせながらも、口の端に笑みを湛えながら言う。
「言質は取ったぞ。ゆめゆめ、今の約束を忘れるな」
「はいっ。自分、頑張るのであります」
キサラギはキラキラと瞳を輝かせながら、ニッシに向かって敬礼した。このあと、キサラギはニッシと共にニッシの父が待つ家に向かうのだが、このあとに続くニッシとキサラギの物語は、また別の機会にお話しよう。
ヤヨイとサーラを巡る物語は、ひとまず、これで完結とします。しかし、彼女たちのドラマは、まだまだ始まったばかり。それでは、みなさん。機会がありましたら、次回作でお会いしましょう。




