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朽ちる  作者: だーいし。
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イントロダクション

10月。金木犀の香りが街中を包み込む。

空には入道雲が消えて空が高くなっていた。

消えてしまった入道雲は今どこでどうしているのだろう。

 

洗濯物を物干し竿に吊るしていく。

風になびいてハタハタと揺れる洗濯物は生きているようにも見える。

あの日、死のうとした私よりも洗濯物の方が生き生きとしている。

入道雲と同じようにしてあの街から私は消えた。

あの時はだいぶ弱っていた精神も、今ではこの洗濯物くらいには元気を取り戻していた。



一身上の都合と伝えて会社を辞め、あの病室以来大輝とは会っていない。連絡先も消した。

人の気持ちに敏感な大輝のことだ、きっと私の気持ちも察してくれている。


雄哉とも別れた。

一緒には行けないと伝えたとき、彼は悲しい顔をしていたけど何も言ってこなかった。

私も雄哉も、大体同じくらいのタイミングで会社を辞めた。

彼は地元の神戸に戻り、私は富山へと逃げるように新幹線に乗り込んだ。


知り合いがいる訳じゃない。ツテがある訳でもない。

私のことを誰も知らない場所に行きたかった。

 

今、私は安いワンルームのアパートを借りて、コンビニでバイトをしながら生計を立てている。

収入は少ないし話し相手もまともに居ない。

しかし私は何も不自由には感じなかった。


そんな生活も2ヶ月になろうとしている。

予定のない今日みたいな日(といっても休日はいつも予定が無いのだけれど)

は、大概本で読んだり買い物をしたり、たまに映画を観たりして過ごしていた。

 

洗濯を終え、お昼ご飯を食べ、ようやく一息着く。

何の気なしにTVを見ていたらスマートフォンのバイブが鳴り響いた。

これまた何の気なしに手に取って、内容を見てみる。


雄哉からのLINEだった。


「久しぶり。最近どうしているのかなって思って。」


思わず既読を付けてしまった。

さっきまでウトウトしていたのに今ではすっかり目が覚めてしまっている。 

動揺しているのが自分でも分かった。

 

暫く外を眺めていた。

洗濯物と並んで私も干されているような気持ちになる。

この湿った気持ちもいつかは綺麗に乾いてくれる時が来るのだろうか。

 

室内に戻り、温かいコーヒーをいれてみることにした。

いつもならミルクを入れるところを、今日はブラックにして。


1口啜る。

苦い。黒ぐろとした液体は裏切ることなく、苦かった。

雄哉の部屋の匂いがした。


TVの音が煩わしくなって消す。

なのに私は無音に耐えられなくてコンポに手を伸ばした。

普段からあまり音楽を聴かない私は何のCDが入っているのかすら忘れてしまっている。

 

無機質な画面に収録時間が表示されて1曲目が流れた。

 

『帰れない道をずっと歩いて 誰かの腕に優しく抱かれた』 

コンポから流れてきたのはそんな音楽だった。


『愛し愛されることは美しい 求めたものではなかったけれど』

懐かしい気持ちになった。

熱かった日々の記憶が、音を通して鮮明に脳裡に映る。


スマートフォンをタップして雄哉の連絡先までいき、躊躇った。

今更連絡した所で何が変わるというんだろう。


そういえば。

この感覚には覚えがあった。

あの時の将来の夢の欄に似ている。

「特に無し」と書いてしまったあの時。

「今更」と連絡もしない今。


「幸せになりたい」と書きたかった過去。

あと1歩で連絡できる現在。

 

このまま終わってしまっていいのだろうか。

このまま辞めてちゃんと諦められるのだろうか。 


今更連絡した所で関係が戻れるとは思わない。深く傷付けた。許されないことをしたのも分かっている。

上手くいったとしても、またきっと心が破けそうになる時も訪れる。

だけど。それでも。生きていくことを求めたい。


そう思って、思い切って、雄哉に電話を掛けた。


一定のペースで鳴り続ける呼び出し音は、ようやく鳴り出したイントロダクションのように感じる。


   

「もしもし?」


懐かしい声がした。

涙が溢れそうになった。

そうか、私は雄哉が好きだったんだよな。

上手くいくかは分からないけど、それでも私は雄哉と幸せになりたい。

そう伝えたら雄哉は何と言うだろうか。

 

わがままだなって怒るだろうか、呆れながら受け入れてくれるだろうか。復讐されてもいい。近くに居れるなら。


今思っていることを全て伝えてみよう。

もう終わっていたと思っていた最終回はまだ道の途中だったんだな。

本当の最終回が始まろうとしている。

微かに続編を期待しながら。

 

たあいわない会話をしていたら電話の向こうから晴れ渡ったような笑い声が聞こえた。


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