006 簡単に異世界には行けない――――⑥
俺も椅子の埃をはらうと腰を下ろし、二人でピザポ〇トを食べながら喋りしばしゲームをする。この時間のために来たようなもの。
――が、持ってきていたゲームの電池が切れかけてしまい、充電が不十分だったことを悔やむ。
しかし……時刻を確認すると九時を優に過ぎていた。もうそろそろ帰ったほうが良い時間。電池切れを丁度良いという事にして、俺は持っていたカバンにゲーム機を突っ込んだ。
「じゃあ、帰るか? もう、やることもないだろ?」
「うん、そうだね……」
サトシの顔は浮かない。先ほど、ホッとした顔をした後、笑っていたのは何だったのだろうか。
冷静になったからか、改めて異世界に行けなかったことを残念に思っているといった様子。恐怖すると同時に、高揚もしていたというのは分かる……。
しかし――、俺には一つ、三十三階に降り立った時からずっと……ある不安を抱えている。
――――それはエレベーターから感じる嫌な雰囲気。
俺は自分の浅はかさを悔いていた。このビルのエレベーターは三台。だが……電源を入れて動かしたのは一台だけ。
ここまで乗ってきた、正直言って二度と乗りたくない一台だけ。どうして一台の電源しか入れて来なかったのか……。
だが、本当にこんなことが起こるなんて、誰が予想できただろうか。いや、出来なかったはずだ。
仕方がない――。仕方がないという言葉で、俺は自分の心に見切りをつける。
しかし、ここは廃ビルなのだ。知恵者であれば、エレベーターが止まってしまう可能性を考慮して、エレベーターの電源を三台とも入れるはず。いや、少なくとも二台くらいは……。
誰かにバレるかも、という危険より身の安全性を重視したはず、今思えばそれが正解。結果論という訳だけではなく――。
しかし……、俺達――いや、俺はそうしなかった。サトシのバックアップは俺の役目。なのにそこまで頭が回らなかった。
だが……、消防法の観点から言えば、非常階段を設置しなければいけないんじゃないのか――。
そう思いチラと非常出口の方に目を向けるが、何故か鉄の扉が閉まり南京錠で完全に封鎖されている。というより階段自体が使えなくされているような雰囲気だ。
侵入者が入れないようにしているのかもしれないが――それならエレベーターが点くのがまずおかしいだろ。
俺は考える。エレベーターにこのまま乗るのは、何かやばいんじゃないかと。
人為的なもの……なのかはよく分からないが、明らかな作為を感じる気がした。いや、全てが偶然なのかもしれない。
分からない――。考えても俺には分からなかった。
だからといって下りないわけにはいかない。このビルにいつ人が来るか分からないし、俺たちは完全な不法侵入者。廃ビルだからといって所有権が放棄されているはずはない。
となると、早急に帰らねばならないだろう。
「じゃあ……、忘れ物はないか?」
「んと、えーっと、ゴミはどうしよっか?」
ゴミ…。今はそんなものを気にしている場合ではないんだが……、確かに気にはなる。
このまま残していっても大丈夫だとは思うが……。
「あの紙束の近くに、ゴミが散らかってた場所があったから、そこに捨てとけばいいんじゃないか?」
「うん。そう……だね。分かった。捨ててくるからちょっと待ってて」
多分、サトシは名残惜しいのだろう。このまま残ると、何かあるんじゃないかって思っているのかもしれない。
――けれど……、おそらくやばいのはここから。
俺は再度エレベーターに目を向ける。白い明かりを漏らすその扉は、ここに来た時からずっと開いたまま。まるで俺たちを待ち構えているかのように佇んでいる。
普通は扉が閉まるはずのそれはどう考えてもおかしい。薄気味が悪い。
夢なら覚めてくれ、と思いながら頬をサトシには見えないようにつねってみるがただ痛いだけ。
心に去来する虚無感に「はぁ」と息をつく。これは覚悟を決めておいたほうが良いのかもしれない。いや…… 俺は既に覚悟は決めているし、もう――――。
と、思いつつスマホに目を向けていると、後ろからサトシの声が聞こえる。
「お待たせ」
言いながら駆け寄ってくるサトシに、伝えといたほうが良いんだろうなぁと思いながら振り返る。
「なぁ、サトシ」
「何……?」
喜ぶのか、悲しむのか、怖がるのか、怒るのか、サトシはどんな反応をするのだろう。
俺はエレベーターから感じている事をサトシに伝えてみる。しかしサトシから返ってきた反応は意外なものだった。