第01話 田舎から来た冒険者
王都の冒険者ギルドは、朝から賑わっていた。
掲示板の前に冒険者たちがたむろし、受付には列ができている。
その列の最後尾に、場違いな少年が一人。
麻の服に革のブーツ。
背中に安物の剣を一本。
肩には田舎の土の匂いがする布袋。
カイト、十六歳。
今日から冒険者になる。
「次の方、どうぞ」
受付の女性が手招きした。
カイトは胸を張って歩み出た。
「冒険者登録、お願いします!」
「はい。お名前は?」
「カイトです!」
「ご出身は?」
「オルト村です! 東の山の向こうの——」
「ああ、田舎の」
受付嬢の声が少しだけ曇った。
田舎から出てきた新人は珍しくない。
そして、大半は一年以内に消える。
死ぬか、諦めるか。
「冒険の経験は?」
「ありません!」
「……戦闘の経験は?」
「ありません!」
「……何かできることは?」
「特にありません!」
受付嬢は笑顔を崩さなかった。
プロだ。
「では、鉄ランクからのスタートですね。最初は低難度の採取依頼をお勧めします」
「採取依頼! やります!」
「……元気だけはあるのね」
受付嬢はそう呟いて、カイトにギルドカードを手渡した。
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最初の依頼は薬草採取だった。
王都の北にある森で、解毒草を十本。
初心者向けの、何の危険もない依頼のはずだった。
「えーっと、北の森……こっちか?」
こっちではなかった。
カイトは三十分で道に迷った。
「あれ? おかしいな。地図だとこの辺に道があるはずなんだけど」
地図を逆さまに持っていた。
気づいたのは、さらに三十分後だった。
「やべ、完全に迷った」
森の奥深くに入り込んでいた。
木々が鬱蒼と茂り、日差しが届かない。
鳥の声もしない。
初心者が入るべき場所ではない。
「まあ、何とかなるだろ」
何とかなる根拠は一切なかった。
だがカイトは歩き続けた。
深く考えないのは、生まれつきだ。
森が開けた。
やっと抜けた——と思ったら、崖だった。
崖の下には鬱蒼とした樹林帯が広がっている。
そして——崖の縁に、見覚えのある葉が群生していた。
「あ! 解毒草だ!」
カイトは駆け寄った。
崖の縁ギリギリに膝をついて、手を伸ばした。
その瞬間、足元の地面がごっそり崩れた。
「うおっ!?」
崖が崩壊し、カイトは大量の土砂と岩と一緒に、崖下へ落ちた。
轟音。
土煙。
木が折れる音。
岩がぶつかる音。
そして——静寂。
「……いてて」
カイトは瓦礫の中から這い出した。
かすり傷程度で済んでいた。
落下の途中で茂みに突っ込み、別の茂みに跳ね、さらに別の茂みを通過して、最後に積み重なった砂礫の上に転がり落ちたらしい。
あの崖の高さから考えれば、生きているのが奇跡だった。
周囲を見回した。
崖下の樹林帯が、滅茶苦茶になっていた。
大量の岩と土砂が木々をなぎ倒し、白い糸のようなものがあちこちに散乱している。
そして——目の前に、何かがいた。
それは巨大な蜘蛛だった。
岩の下敷きになって、潰れている。
レアモンスター、大蜘蛛。
崖下の樹林帯に巣を張り、罠を巡らせていた銀ランクの討伐対象。
それが、カイトと一緒に落ちてきた岩に轢き殺されていた。
巣も罠も、崖崩れで根こそぎ破壊されている。
蜘蛛の糸束、毒嚢、甲殻の欠片——素材が足元に散乱していた。
「えっと……解毒草は?」
手を見た。
崖が崩れる前に掴んでいた解毒草が、しっかり握られたままだった。
「あった! ラッキー!」
カイトは解毒草を十本摘み直し、足元に散乱していたレア素材も袋に詰めた。
そしてギルドに戻った。
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「あの……これ、何ですか?」
受付嬢が素材を見て固まった。
「解毒草です! 十本!」
「それは分かります。その横の山は何ですか」
「なんか崖が崩れて、下にいた蜘蛛が潰れてて、周りに落ちてたやつです」
「……大蜘蛛の素材ですね。これ」
「そうなんですか?」
受付嬢が他のスタッフを呼んだ。
スタッフが素材を確認して、顔色が変わった。
「新人が崖崩れでレアモンスターを討伐した……?」
ギルドがざわついた。
「おい、聞いたか? 鉄ランクの新人が大蜘蛛を討伐したらしいぞ」
「は? 嘘だろ。あの辺りの大蜘蛛は銀ランクの討伐対象だぞ」
「本人は道に迷っただけって言ってるぞ」
「道に迷って大蜘蛛を倒すやつがいるか!?」
カイトは周囲の騒ぎを不思議そうに眺めていた。
「え? 俺、何かした?」
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翌日。
カイトは新しい依頼を受けるためにギルドへ来ていた。
「どっちにしようかな……」
掲示板の前で、採取依頼と討伐依頼を見比べていると……
「カイト!!!」
入口から、聞き慣れた声が響いた。
振り向くと、息を切らした少女が立っていた。
赤い髪を後ろで束ね、旅装に身を包んでいる。
そして目が据わっていた。
「り、リーナ?」
「やっぱりここにいた! 何考えてんのよ、書き置き一枚で村を出るなんて!」
「いや、冒険者になるって言ったじゃん」
「言った!? 『ちょっと王都行ってくる』って書いてあっただけでしょ!?」
「うん。冒険者になりに」
「省略しすぎよ!!」
リーナは幼馴染だった。
物心ついた頃から隣にいて、カイトがやらかすたびに怒鳴ってきた少女。
ちなみに村で一番声が大きい。
「書き置き見つけてすぐ追いかけたのよ! 同じ道を三日! あんたを一人にしたら何するかわかんないでしょ!」
リーナはギルドの中を見回した。
冒険者たちがカイトの方を見てヒソヒソ話している。
「……何、この空気。あんた、もう何かやらかしたの?」
「やらかしてないよ。薬草を採ってきただけだ」
「じゃあなんであんたの周りが騒がしいのよ」
「さあ……なんか大蜘蛛がどうとかって」
「大蜘蛛!?」
「崖が崩れて——」
「やっぱりやらかしてるじゃない!!」
リーナは拳を握りしめた。
「あんたはいつもそう! 何もしてないのに何か起きる! 村でもそうだった! 畑を耕してたら温泉が湧いたり、釣りをしてたら川の流れが変わって魚が大量に打ち上がったり、山菜採りに行ったら熊の寝床に落ちて熊が逃げたり! それで王都に出たら初日に大蜘蛛!?」
「いや、大蜘蛛は崖が崩れて——」
「崖が何よ!」
「勝手に崩れて」
「だからそれが問題なのよ!!」
周囲の冒険者たちが遠巻きに見ていた。
何人かがニヤニヤしている。
「おい、あれが昨日の新人か?」
「彼女にめちゃくちゃ怒られてるな」
「彼女っていうか……嫁だろ、あれ」
「よ、嫁!」
リーナの顔が赤くなった。
「嫁じゃない!!」
カイトは首を傾げた。
「リーナ、なんで怒ってんだ?」
「あんたに言ってるんじゃない!! あいつらに言ってるの!!」
リーナは深呼吸した。
三回。
それでも収まらなかったので、もう三回。
「……いい。もういい。決めた」
「何を?」
リーナはカイトの胸ぐらを掴んだ。
「あたしも冒険者になるわよ。あんたの隣で、あんたを止める。それがあたしの仕事!」
「止める? 何を?」
「全部よ!!」
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受付嬢はリーナの登録を手際よく済ませた。
「お二人でパーティーを組まれますか?」
「はい」
「えっ、いいの? リーナ、戦えるのか?」
「魔法は使えないけどガッツならあるわよ。あんたより根性あるから」
「それは否定しない」
受付嬢がカイトを見た。
「昨日の件、ギルドでもかなり話題になっていますよ。『あのラッキーな新人』って」
「ラッキーなだけなんですけど……」
「そのラッキーが凄いんです。大蜘蛛の討伐は、通常なら銀ランクのパーティーで挑む案件ですから」
リーナが額を押さえた。
「……ほら。だからあたしがいなきゃダメなのよ」
「いや、リーナがいたら何が変わるんだ?」
「あんたの手綱を握る役よ!」
「俺、馬じゃないんだけど」
「馬の方がまだ言うこと聞くわよ!!」
受付嬢がクスクス笑っていた。
「いいパートナーですね」
「パートナーじゃない!」
「パートナーじゃないの?」
「……パートナーよ。パートナーだけど! 変な意味じゃないから!」
リーナは受付嬢に向き直った。
「とにかく、こいつの依頼にはあたしがついていくから。いいわね?」
「もちろんです。パーティーでの活動をお勧めします。特に——彼のような方には」
「どういう意味ですか?」
「手綱を握る方が必要という意味です」
「わかってるじゃない!」
カイトの隣で顔を赤くしているリーナを、周囲の冒険者たちが温かい目で見守っていた。
「嫁だな」
「嫁だわ」
「だから嫁じゃないって言ってるでしょ!!!」
「冒険者はあきらめない」シリーズの第3弾作品になります。
今作は公開時期がGWということもあり、今までの作品とはちょっと雰囲気を変えてコメディーテイストの作品となっています。
初日のみ4話連続掲載で、2話目は15時に公開予定となっています。
本作品もどうぞよろしくお願いします。
また、もしも「本作の物語の展開が気になる」…という方は、
物語や世界観は違いますが、同じシリーズの第1弾作品である
「記憶の遺跡 ― 失われた王国」
https://ncode.syosetu.com/n8100lv/
や、第2弾作品である
沈黙の迷宮 ― 王族失踪事件
https://ncode.syosetu.com/n6533ly/
をチェックしてみてはいかがでしょうか?




