死にたがるのをやめたとき死んじゃうこともよくある話で
最近とても好きな人から「まだ生きててくれなきゃ困るから勝手に死ぬな!」とお引止めいただいて。それだけが理由じゃないけど、でも、大きな力になってくれたのは確かで。
なんとなく生きる前提になっている気がして。
そうなると苦しい。だって死にゃ済むこと全部やらなきゃならない。
でも、多分それを乗り越えないと新しい貯金が作れないとも思うんだ。今までの経験や出来事、そのときに思ったこと、今になって考えること、そういうのを出し切って出尽くしさ先に、またイチから構築していく。
それがしんどいって言ってんだろ!!
みたいなことを、まさにそのままやらなきゃならない。
でもそれだけの価値、それ以上の愛を持って接してる人が言うことだから、やるよ。そりゃあ。
というわけで生きようとしてみた矢先に案外あっさりポックリいけるんじゃねえか?
とも思っているわけでね。
探すのをやめたときに見つかることもよくある話、っていうじゃない。
せっかく最近ちょっと明るくなって、なんか目標が出来たとか頑張ってたとか言ってたのに…って思われたほうが、まだいいかなって。
もうひとつ。
遠くに居るお友達が苦労も色々あったけど結婚して、夫婦山あり谷ありで幸せに暮らしてると思ってたのに厄介で重たい病気をしてしまって。
生き死にを考えると彼女の顔が脳裏に浮かぶことが増えた。
ニンゲンは色んな人にいろんな形で生かされている。
それに気づいたご褒美が幸福か、救済か。
それが問題だ。
幸福は終わる。
救済は終わり。




