縁は切るもの拾うもの
縁を切るというのは楽になりたくてすることかもしれない。
憎悪や憤怒を抱えているうちは相手に期待してたり、裏切られたと思うだけの信頼が残ってたりする。
もうそーゆーの全部いいか、と諦めるから縁も切ろうという話になる。
さらにここから進んで完全に諦めがつくと、縁を切ったことすら気が付かないぐらいふっと目の前からそれが消える。別に人物に限った話じゃない。
今まであんなに入れ込んでいた分野、趣味や仕事や目標などの行動が変わる…というより、まるっきり消える。そのための労力、お金、時間が丸ごと浮く。人生の中に穴が開く。いや開けてた穴が塞がってゆく。
挫折と憂鬱がそれをさせる場合もある。
忘却が前進に繋がる場合もある。
いずれにしても縁というのは時々、切りたくて切らねばならぬこともある。
繋がって維持させ続けなければならないものでもない。
水道管じゃないんだから。
私の好きな人が常々、言っていることがあって。
「一度そこへ置いて行って、しばらくして必要になったら取りに戻って拾えばいい」
「ただし戻った時に残ってるかは、そこまでの自分の行い次第」
とのこと。
自分の行動次第で、それは変わるし、変えられないものに対しては自分の考え方や接し方を変えてゆける。
その人は「変わるということ自体を常に自分に対して善性で有意義なものへと変えてゆく」タイプなのだと思う。変わることは良い時も、そうでない場合もある。
ただそれを自分が如何に受け止めるか、解釈するか、は、その時の自分次第だ。
誰が見たって喜べないことにすらきっとプラスの側面がある。
ただそれらとの縁を切れるというのは絶対にプラスなことに出来る可能性がある、ともいえるわけで。
そういう人を見ていると学ばされるなあと思いつつも、縁を諦めきれないと縁のために他の物事が腐ったり干からびたりバチボコ壊れていくので…悪縁に限らず一旦切る、ぐらいの柔軟性があってもいいとは思う。
ただそういうことを、聞かれてもないのにベラベラひけらかすような人だったら、それは切ったほうがいいかもしれない。
だってほら、年に何度も
「そろそろマイミク整理します(*^-^*)」
って言い出す奴にロクなの居なかっただろ?




