第28回 #書き出し祭り 感想(ウラ版)
自分の感想が作品に追いつかないとき、真っ先に作者をへらへらバカにするような奴にはなりたくないな~の巻。
自分で自分の書いたもののことは、読む人を選ぶだろうなって思っている。
誰でも多分まあそうで、好みの幅や好む人々の層がどれほどか、という違いで。
何処を目指して、何処に向かって書いていくのか。
それが壁を越えたりぶち破ったりするのが気持ちいいし、思わぬところから反響があるのも嬉しい。
ジーン・シモンズが昔、自伝に書いていた
「壁に向かって泥を投げつけて、へばりついて残ったものを集める」
ようなもので。
ぶち破れはせずとも残るものはある。それを拾い集めてまた投げる。
そんなことの繰り返し。
今回、私が投稿した作品について概ね好意的なご感想を頂いていたのは嬉しい誤算で。
もっと選ばれない…もっと読み手を選ぶことになるかもしれないと思っていました。
あらすじを書くのが大嫌いで、あんな無駄なもんないとすら思うのに、ここではまず
タイあら
といって、タイトルとあらすじだけ公開されて批評される。
ああああどうしよう。
昔からそう。苦手な種目も科目も全然やらない。
柔道の寝技も大嫌いだったし、数学のテストで点数を取ることなんか中1の三学期で諦めた。
あらすじも「なし」とだけ書いて出せたらどんなに痛快かとも思うけど、多分もう誰かやってるからつまらんな。で、大人しく勉強のつもりで何かしら書いている。
今回は殆どポエムに振り切ってみた。本当は、あの部分から冒頭になる予定だった。
でも、あらすじ書いて、あの詩的表現があったら、どっちか確実に邪魔じゃん。
したら常識的な判断として詩的のほうを削るしかなくなるじゃん。
そうなると、もう残りの三千数百文字、そしてその向こうの何万文字も連なるはずの世界が何の意味も魅力も持たなくなるんですよ。私にとっては。
なので詩的表現の部分を序段として切り取って、そのままあらすじとして使ってみた。
正直に言えば、その段階でダメな人はこれ以上ムダな時間を過ごしてもらわずに済むとも思っていた。
専門用語も文章の基本も何も知らないで書いているけど、そういうことに引け目や卑屈さを抱かずに済む。温かく幅広い皆さんの目に触れていただくことでとても磨かれる思いです。
ウラ版なのでウラっぽいことを一つ言うと、今回の作品について頂いたご意見ご感想のなかでも私としては物凄くうれしくて、冥利に感じたことがあって。
そもそも感想を頂けること自体も、そもそも自作小説を読んでもらえることもメチャクチャ嬉しいというか、そのために書きながらギリ生きてるニンゲンであることは大前提としてお手元に置いてほしいんだけれども。
それは書き手と作品に対して敬意を持ちつつ、技量や構成について批評しつつご自身の好みなども交えて闊達に書いて下さった方が居たこと。
お名前を出してもいいか分からないけど、⇧と同様のリプライをご本人にはさせていただいているので読む人が読めばわかるし良いか。
プロレスラーの橋本千紘選手が所属団体の選手間について
「リスペクトがあるなら相手を必ずしも好きである必要もないし、リングでバチバチやってもいい」
と言っていて。要するにコレだなと。
目にした作品がお気に召さないことは誰しもある。全部が気に入らないということでなくても、ここはもっとこうした方がいいのにな、ここで自分には少し疑問符が沸いたな、ということぐらいは表に出ないだけで沢山あるし、あっていいはずだ。
だけど書いた人がそこに居て、それが作品として日の目を浴びている以上は最低限の敬意というものを持つのはもっと当たり前のことで。
今回、私の書いたものを頭や心の中で活かし、私が作品の中に表現した世界に足を踏み入れてくださったうえでの公平かつ熱意のある批評は本当に嬉しかったし、このバチバチ感は久しぶりだった。
目にした瞬間にカっと血が熱くなるというか、これがレスリングや柔道の稽古ならもうあと何本か続けて取っ組み合いを申し入れるところだ。やっぱりたまには出稽古をして、異種格闘技戦に挑むべきだし、自分の作風や性格に満足せず、これからも書き続けていないとな。
がんばれるよ。本当に。ありがとうございました。
書き出し祭りという名の一発勝負の、難しくも面白い…何よりの醍醐味ってコレなんだと改めて思った次第です。




